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「むしろ、完熟してないほうがいいと思います。流通を考えると、運んでいる間に追熟するほうが都合がいいのでは」
「そうですね。これは、すごい! 従業員とともに、いろいろな歌を歌って聞かせたら、生産性はぐっと上がりそうです!」
よし! それなら問題ないです!
私はグレドさんに駆け寄り、その手を取ってぎゅうっと握り締めた。
「アシェンフォード公爵家がすべて買います! 契約しましょう!」
「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございます!」
やったぁ! ナゴンに引き続き、パンにも使える希少食材ゲット!
「じゃあ、アシェンフォード公爵領に戻りましょう! あ、完熟したヤツだけ収穫してもらってもいいですか? 持って帰ります!」
「かしこまりました!」
まずはアシェンフォード公爵家に行って、お兄さまをひっ捕まえて契約書を作成させよう。
ああ、そういえば、お父さまとお兄さまは今、領地に戻って来ているの。理由としては、先日の王太子殿下の一件への抗議……かな? まぁ、政治的駆け引きってヤツ。
「よかったな! ティア!」
「これでまた美味しいパン作ってね!」
「もちろん!」
小豆が手に入った。使い勝手がよくてお安いフルーツも手に入った。
じゃあ、お次はいよいよチョコレートよね!
「ああ、どこかにカカオ、ないかなー?」
伸びをしながら呟くと、収穫用の籠を持ってきたグレドさんが首を傾げる。
「カカオ? って、なんですか?」
「え? カカオっていうのは……」
説明しようとして、ふと口を噤む。カカオは十六世紀にはヨーロッパに入ってきていたけれど、考えてみれば、ナゴンのようにこの世界ならではの名前がついている可能性もあるよね。
「わたくしがそう呼んでいるだけです。ココアの原材料を探していて……」
「ココアの原材料ですか? それはテオブロマの実です」
「テオブロマ?」
あれ? どこかで聞いたことあるぞ? あぁ、そうだ。カカオの木の学名じゃなかったっけ? テオブロマ・カカオ。たしか、ギリシャ語で『神様の食べもの』という意味だったはず。
「テオブロマも、これと同じ植物の魔物ですよ。ただ、これと違ってこの国に広く自生……いえ、生息しております」
「そういえば、その子の名前はなんですか?」
「この国での名前はまだありません。私が買い付けをした国では『コル』や『カルディア』などと呼ばれていました」
どちらも『心臓』という意味だ。真っ赤なうえ、洋ナシのような形だからかな?
「じゃあ、大々的に売り出す際には名前をつけたほうがよさそうですね」
「ああ、そうですねぇ」
メロンとか、イチゴとか、マンゴーみたいな……響きがよくて、耳に残りやすくて、それでいて胸がときめくような……。カカオもそうだよね。テオブロマは正直覚えにくい。
「それで話を戻しますけど、そのテオブロマを栽培している方を知りませんか? お話を伺いたいのですが」
「え? 栽培している人はいないと思いますよ。少なくとも、私は聞いたことがないです」
「えっ!?」
栽培している人がいない!?
「ど、どういうことですか!?」
「テオブロマは栽培できるようなものじゃないんです。とにかく気性が荒く、攻撃性が高いので」
こ、攻撃性が高い!? カカオが!?
「それでどうやって数を手に入れてるんですか!?」
「テオブロマの生息地を歩けば、たくさん落ちていますよ。テオブロマはあちこち歩き回りますし、動物や人間、魔物を見ると、自分の実を毟ってドンドンぶん投げて攻撃するので」
ええっ!? カカオ、そんなに殺意高いの!? 怖ぁっ!
まさかの話に呆然としていると、グレドさんが収穫した実を磨きながら肩をすくめた。