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8 残念王子は穴を掘る

8 残念王子は穴を掘る

 平和な王宮の昼下がり。王妃の白くてふわふわな犬。犬と戯れ駆け回る子供達。バーベキューの匂い。

「こっちですわよー。さあ、ジャンプ!」

「ワン!」

「ははは、おいでおいで」

「ヴォルクも喜んでいるな。もうすぐ肉が焼けるぞ」

 王太子が住む王宮の一画を訪れた王妃がそれを見て、管理責任者の王太子宮侍女長に言った。

「とても平和な光景ですね」

「はい、まことに」

「庭が穴だらけでなければ」  

 庭には大人でも入れる深い溝が掘られていた。

 王妃お気に入りの犬ヴォルクはそれに大喜びでかくれんぼしたり、溝を駆け登ったりしている。

 庭にはテントが張られて、レオナード王太子は薪でパンと肉を焼いていた。

「母上。いらしていたのですか。」

呑気に料理を続けるレオナード。マルコがあわてて頭を下に向け礼をとる。エリザベートは驚いた様子もなく、片足を後ろに下げ膝を折り挨拶をした。

「レオナード、これはどういうことか説明しなさい」

「どういうことか?」

「エリザベート。」

 王妃の困惑を理解できない王太子のため、王妃はエリザベートに説明を求めた。

「王妃様。王太子殿下は将来軍に入るための自主訓練をしております。軍では全て自分で行わないといけないため、料理を練習されているのです。」

「そう、それではこの穴も秘密基地みたいなものかしら…。レオナード。これから料理する時は火事だと勘違いされないよう、周りに連絡してから行いなさい。」

「わかりました。母上。」

怒られるかと思っていたマルコはホッとした様子だった。

「ヴォルクがそちらに遊びに行って帰ってこないと思ったら肉の匂いのせいだったというわけね」

「くぅーん」

「母上からどうぞ。鶏肉とパンです」

「ナイフとフォークはないの?」

「かぶりついてください」

 侍女長がレオナードをたしなめようとしたが、王妃はそれを制止した。

 ピクニック用の敷物の上に座り、王妃、王太子、マルコ、エリザベートはレオナードが作ったものを食べることにした。

「レオナード様、肉をパンにはさむと美味しいですのね。この前より食べやすいですわ」

「うむ。街でサンドイッチというのを見かけてな。真似してみたのだ。」

「ということはこういうことは前もしているのね。

まったくこの子は…。ああでもお肉はちゃんと焼けていて美味しいわ」

「ワン!」

「ヴォルクも美味しいみたいですね」

とマルコが言った。

「ところでエリザベート。あなたの父親がコンフローネ商会と始めた経営セミナー。なかなか良かったですね。」

「ははは。流石のカミーユ嬢も母上が来た時はかなり緊張していたな。」

とレオナードが笑った。

「やはり、王妃様もいらしてたんですのね。」

とエリザベートが言う。

「ええ、プライバシー席のほうでね。最近、変なビジネスセミナーで怪しい儲け話をするところが多くてね。念の為、査察に来ていたの。

真っ当な内容だったし、勉強になったわ」

「母上は何で変な儲け話に貴族たちが引っ掛かるのだろうと言っていたからな。」

「そんなに詐欺みたいなのが多いんですか?」

とマルコが聞く。

「ええ、そうよ。変な薬とか美容とか。そんなもの効くわけないのにね。ノヴァンシュタイン公も対策に悩んでいたから。」

「そうでしたのね。なら、私良いことをしましたわ。経営セミナーは私の一言がきっかけですの。経営の学校があったらいいのにと言ったら、カミーユ・コンフローネが自分の商会でやってみようかなというのが始まりですの」

エリザベートが自慢げに言うと

「まあ、そうでしたの。ノヴァンシュタイン公爵は全然そんなこと言わなかったから。エリザベートは最近がんばっていますのね。家庭教師のサウス夫人から聞いているわ。」

と王妃が言った。

うんうんとエリザベートはうなずく。

「公爵家からの使用人たちからも最近は評判いいみたいね」

「おほはほほ、そんなことは」

「でも、もう少し王宮の者たちにも態度を改めないとですね」

「うっ」

 先日の食事会で久しぶりにエリザベートが「何でこんな料理持ってくるんですの!」と給仕のメイドに怒鳴ってしまったのだ。

 そのことを指摘されてエリザベートは言葉に詰まってしまった。

 レオナードは考えた。エリザベートは今までがんばってきたし、メイドたちの態度も改めて優しくなってきた。なのになぜいきなり怒鳴ってしまったのか。

 あの時、エリザベートの皿だけ多いものがあった。

「もしかして、エリザベート。苦手なニンジンとピーマンが入っていたからか」

「…。毎回ですの。」

「どうした、エリザベート。」

「毎回苦手で残しているのに、なぜか私の皿だけいつも多くのっているですもの。またかと思いまして」

「あら、エリザベートは苦手だったの?」

と王妃が聞いた。

「そうなのです。王妃様の手前、苦手とは言えなくて。出されたものは食べなくてはいけませんし…。後で怒鳴ってしまったメイドには謝ります」

「そうね。それがいいでしょう」

と王妃は言った。

 レオナードは考えた。

「なぜ、料理長はエリザベートの皿だけ苦手なものを増やしたんだ?」

 残したものを見れば、言わなくても好き嫌いは分かるだろうに。

「エリザベート、料理長に会ってみないか。直接言えば、苦手なものを出さないでくれるかもしれない」

「え、私が直接ですか?」

「王家のコックだから王家が言うべきだろうが、会ってみることで分かることもあるかもしれない。」

エリザベートは最近は使用人のことをちゃんと人として見るようになった。今なら使用人たちの仕事を見てもらうのも大丈夫だろう。

「分かりましたわ。ガツンとコックになぜ私の皿にニンジンとピーマンを入れるのか問い詰めますわ」

やっぱりダメかもしれない。 

 レオナードはマルコに視線で助けを求めた。

「エリザベート嬢。正面から文句言うのなら、今までと同じ八つ当たりです。相手を誉めつつ、言いたいことを含ませるのが貴族の言い方です。」

王妃もうなずく。

「エリザベート。言い方で同じことでも相手が受け取りかたは変わるのです。あなたは将来たくさんの人々の仕事を管理することになる。感情のまま、言っていいわけありません」

と王妃に諭されてエリザベートは反省したように見えた。

「分かりましたわ。私やってみますわ」

とエリザベートは言うのだった。


 エリザベートとレオナードは厨房にやってきた。レオナードはここのコック長がかなり偏屈だと聞いたのを思い出した。王妃が来た時も、今はスープを作っているのでと面会を断ったとか。

 コック長に取り次ぎをお願いすると、いかつい男が出てきた。料理にそんなに筋肉いるのかと思うくらい上腕筋が立派なコックだった。

「なにか私に用で」

 上の者から話しかけられるまで、下の者はしゃべってはいけないというマナー無視。レオナードはエリザベートが怒り出さないか心配だった。

「初めまして。エリザベート・ノヴァンシュタインですの。いつも美味しいお料理を出してくれるので、お礼を言いに来たんですの。」

それを聞いたコック長は怖い顔だったのがころっと変わり、にこやかになった。

「そうでしたか。いつも、残さないで召し上がってくれてありがとうございます。」

 残さずに?もしかしたら誰かが残り物を捨てていた?

「特にコンソメスープがとても美味しいですわ」

それを聞いたコック長はとても嬉しそうだった。

「スープはコックにとって命。火事になってもスープを作るときはその場を離れないのものです。」

「まあ、そうなんですの。とても仕事にプライドを持ってらっしゃるのね。実は私の級友が王宮の料理人になりたいという人がいて。女の子の平民でもなれるでしょうか」

「平民なのは関係ないですね。料理人は腕さえあればいいので。ただ、力がとてもいる仕事なのでお嬢さんができるか…」

「その子はジャガイモ何箱でも持てると言ってましたわ。」

「そりゃあいい!なかなか根性ありそうな子ですね」

とコック長は豪快に笑った。

 コック長はエリザベートのことが気に入った様子だった。

「ノヴァンシュタイン公爵令嬢の好きなものがあればメニューにいれますよ」

「そうですわね。私は豆腐が好きですわ。王宮以外ではなかなか食べられませんですし。

 あと、実はニンジンとピーマンを減らしてもらえたらうれしいですわ」

「あらー、苦手だったのかい。誰かからかノヴァンシュタイン公爵令嬢はニンジンとピーマンは好きだから大盛りでと言われたから、いつも多く入れてたんだ。すまないな。」

「いいえ、大丈夫ですわ。」

 エリザベートはこれからは苦手な物を大盛りで入れられないことになることにホッとしたようだった。


「エリザベート、ちゃんと言えたな。」

「そうですわね。たしかに会ってみないと分からないことも多かったですし、言い方でちゃんとこちらのことも聞いてくれるのがよく分かりましたわ。コック長は貴族のメイドが嫌味で言ったことを真面目に受け取ってしまったのでしょう。やはりビシっと言ってやろうかと思ったのですが、あの兵隊のような顔を見て言うのやめて良かったですわ。」

「うむ。コック長というより傭兵のような男だったな。ははは。」

とレオナードとエリザベートは笑うのであった。


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