2 ポンコツ令嬢はチートを目指す
2 ポンコツ令嬢はチートを目指す
エリザベートとレオナードは公爵家の馬車に乗って港街に向かっていた。婚約者とはいえ、婚姻前の年頃の男女二人きりにならないよう公爵家のメイド、アンも一緒だ。
「ちょうどお父様がアンカレラに行く仕事があって良かったですわ」
アンカレラは漁港で栄える街だ。貴族の別荘地でもあり、エリザベート家も別荘とヨットを持っていた。
「エリザベート。ライムを用意したがどのように使うのか」
「えーと、この本によると長い船旅をしている人はとある病気にかかりやすいのですって。最初は歯茎から血が出てあざができたり歯が抜けるそうですわ」
「ふむ。ではこのライムが治療になるのか」
「その通りですわ。長期間新鮮な野菜や果物を食べてないとなる病気だからですわ。」
「なるほど。その本は面白そうだな。俺も見ていいか?」
「もちろんですわ」
レオナード様が本を見ているならわたくし暇ですわ。外の景色でも見るしかないですわね。それにしても揺れますわね。領地ごとに道路がきれいだったり、ガタゴトしていたりするわね。なぜかしら。
「アン。着くまで暇だわ。何かないかしら。」
「刺繍は針をつかうから危ないですし。編み物はいかがでしょうか」
「目を使うし、酔いそうだわ」
「それもそうですわね。あ、王太子殿下!大丈夫ですか?」
「大丈夫って?あ!馬車、止まって!止まってー!」
本を馬車の中で読んで酔ったレオナード王太子は顔が真っ青になっていた。
「エリザベート、アン殿。レディの前で粗相など本当に申し訳ない。」
「気にしてませんわ。着替えはいっぱいありますし。」
「馬車の外だったのが幸いでしたね」
「エリザベート。俺に何かあったらパルティに…」
「少し休めば治りますわ。ただの馬車酔いですわ」
普段から王子に無礼で周りをハラハラさせるエリザベート様だけど、こんな時は頼もしいとメイドのアンは思った。
港街では大きな船がとまっていた。
「あれがうちの商船だよ。エリザベート。」
「パパすごいですわ。とても大きいですわね。」
「何日も航海するからね。外国に行くんだよ」
「どこの国に行きますの?」
「それは香辛料を買いにサティアに行くんだ。とても高く売れるんだ」
「そうなんですのね」
「エリザベート!この大量のライムは何だ!
ていうか王太子殿下に荷物持たせるな。王太子殿下を荷物持ちにするなんて世界広しと言えどお前くらいだ」
「気にするな。エストワール。俺が好きで手伝っているのだ。」
ライムが入っている木箱を持ちながらレオナードは言った。
「王太子殿下も義妹を甘やかさないでください」
「王太子殿下は心広い方ねえ」
「お義母様も!もう、うちは全くこんなんだから」
「エリザベート、これを舟員たちに渡すのだな」
「はい!そうですの。船長を紹介してくださいませ、パパ」
「差し入れかい?優しいな。うちのエリザベートは」
エリザベートの一家と王太子は船の上に乗せてもらい、船長に挨拶した。
「公爵様直々にお見送りありがとうございます。
エストワール坊ちゃんお久しぶりですね。
お嬢様は初めてですね。」
「実はうちの娘から差し入れがあるんだ」
「ほう、なんですか?」
エリザベート嬢は胸を張った。
「ノヴァンシュタイン公爵令嬢のわたくしが教えてあげますわ。船乗りがかかるという血が止まらなくなる病気にはこのライムが予防になりますの。ありがたく頂戴するといいですわ」
さあ、来い。そんなこと知りませんでした、エリザベート様、さすがですねと誉め称えるのですわ。
…あれ?
「…良く知っているねえ、お嬢さん」
あれあれ?
「エリザベート、ちゃんと勉強しているんだね」
珍しくエストワール義兄様に褒められたましたわ。
「航海を無事でありますようにと願ううちの娘尊い」
パパはいつも通りですわ。
「うん、エリザベートちゃんは天使ですもの」
ママもいつも通りですわ。
褒められましたわ。でも、違う。
これ、外しました?
「エリザベート、ライムをおろしていいか?」
とレオナードに言われ
「あ、はい。その辺にお願いします」
とエリザベートはテンション低めに言った。
「ぜっぜんダメですわ」
王宮のレオナード王太子の部屋に近い庭園で、エリザベートはレオナードとお茶をしていた。通りがかりマルコが二人に声をかけた。
「殿下、数日姿が見えませんでしたがどこ行っていたんですか。」
「エリザベートの手伝いに行ったのだ。」
「お父様に頼んで港街まで視察に行って参りましたのよ。殿下にライムを用意してもらって」
「当然のように殿下を使ってませんか?」
「まあ、聞いてくださいまし、マルコ。」
エリザベートは言った。
レオナードはメイドにマルコの席を用意させた。
「殿下にライムを用意してもらったのは船乗りがかかるという血が止まらなくなる病気をライムで治せるんですと教えるためでしたの。」
「うむ。でも船乗りたちはそのこと知ってたな。」
ははは、とレオナードは笑った。
「こんな謎の病気に治療法があるんですかと言われてわたくしが女神のように崇められる予定でしたのに」
「でも、エリザベートは褒められてたじゃないか。お嬢さんよく知っているねと。あと、ライムの差し入れありがとうと言われたな」
あら?何かしら。マルコの視線が冷たいですわ。
「エリザベート嬢。壊血病の予防にライムがいいのは常識ですよ」
「ええ?マルコご存じですの?」
「うちの歴史関わることですし、労働階級の子供でも学校で習うことです。」
「そうなのか?」
「レオナード、貴方も知っておいてください」
「うむ。」
「しょうがないですわね。次はこの本によるとてんさいを栽培して…」
「砂糖を作るのはもうやってます。うちの主要輸出品です」
「ええ…?では大豆を使ってニホン料理の醤油と味噌を…」
「味噌も醤油もすでにありますよね。」
「ミソスープも刺身も寿司もニホン料理として 流行しているな」
「あとは悪いやつの陰謀暴くぐらいしかないですわ。領地経営改革なんて私には無理ですもの」
「14歳の令嬢がどうやってどこにあるかも分からない陰謀を暴くんです?」
「この本によるとレオナード様を横取りする男爵令嬢が」
「そんな女いないぞ、エリザベート」
「うーん、手詰まりですわ。この本は預言の書ではないのかしら。」
エリザベートが言うとマルコが慌てた。
「そうじゃないと思いますよ。その本は古そうでしょ。きっとその本が書かれた時代なら新しい知識だったけど、時代が進んで今は常識になってしまったとか。
そう言えば、最近きちんとマナーの勉強もちゃんと受けているそうじゃないですか。エリザベート嬢の評判も上がってきてますよ。この調子で」
わたくしと婚約したくなくて必死ですわね、マルコ。やはりこの本は預言書ではないのかしら。
「そうだ。領地経営改革だ」
とマルコは言った。
「はあ、マルコ。あたくしには無理と言ったばかりですわ」
「足元を固めるのは大事ですよ、エリザベート嬢。意外とこう地道なことが大きな成果をあげるんです。今の王妃様も昔領地の経営に関わっていたそうですよ」
「そうなんですの?」
「マルコの言う通りだ。領地経営は王妃になるためにいい勉強になる」
「でも、わたくしにはとても難しいですわ」
レオナードはエリザベートが持っている本をじっと見た。
「その本は古いが今流行りの『ニホン系』によく似ていたな。」
レオナードはエリザベートから本を借りて読んでいた。元々王宮の本ではあるのだが。
「『ニホン系』って文明の進んだニホンからやってきた人間が無双する小説ですわね。わたくしも義兄上から勧められて読んでますわ。
そうだわ。ニホンに行けば色々チートな方法が得られるのでは」
レオナードとマルコはエリザベートの顔を見た。
「エリザベート嬢、まさか知らなかったのですか?」
「エリザベート。ニホンという国はないぞ」
「えーーーーーー!」
「エリザベート嬢。うちの国にはいつからか分からないのですが、ニホンの記憶を持った者が生まれてこの国を発展させると言われています」
「うむ。ただ、それは元々とある小説から始まって大流行した設定ではと言われているな」
「そんな!」
「地図に載ってないだろう?」
家庭教師の授業を真面目に聞いているわけではないけど、確かに授業では聞いたことはない。
「ではミソスープとか醤油とかはなぜあるんですの?」
「まあ、東洋には似たようなあるから。日本は東洋の国という設定だろう?」
「それも小説であった空想料理をコックが再現したのが始まりとか」
「王妃様が好きな豆腐も?」
豆腐は日持ちしないので貴族で食べられる高級品だ。
「ああ、母上が読んでいる小説からこれ食べてみたいとコックに言って流行ったみたいだな。大豆ミートとして貴婦人方に人気だ」
「そしたら。そしたら。ニンジャもスモトリもいないの?今流行りのハットリサスケは?ウルフドッスンは」
巷で流行のニホン系小説では今忍者や相撲のヒーローが流行っていた。
「そ、それは。」
「きっと東洋には居るんだよ」
「そ、そうですわね。きっと居ますわね」
実はレオナードとマルコもまた忍者はいると信じていたのであった。