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「麦と向日葵」(Wheat and Sunflower):麦穂×日向

#記念日にショートショートをNo.2『恋色の贈り物』(Love-colored gift)

作者: しおね ゆこ

2018年4月23日(月)サン・ジョルディの日 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n4773ic/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/neeec5a6332c1)

【関連作品】

「麦と向日葵」シリーズ

 自室の壁に掛けられたカレンダーで日付を確認する。今日は4月22日の日曜日。久しぶりに休日と重なった私の誕生日だ。昨年までの私なら、ラッキーと思っているところだけど、今年の私は違う。誕生日に学校に行けないなんて、つまらない。なぜなら➖あいつに会えないからだ。あいつは私と同じ高校3年生でクラスメイトであり、友達のいない私が、唯一そこそこ話すことができる➖存在だ。

名前は日向葵(ひなたあおい)。ヴァイオリンを習っていて、部活は弓道部。そして、私と同じ図書委員。高身長でイケメンというわけではないけれど、男女問わず人気がある。根暗で地味な私とも話してくれる、優しい男の子だ。昨年はじめて同じクラスになり、昨年はじめて同じ委員になっただけの、たまに話す間柄。だけど、週に6回学校で会い、月に1回委員会で顔を合わせるたびに、私は気がつくと日向に惹かれていた。

今年は大学受験だから、もしこのまま何もしなかったら、大学が離れてしまうかもしれない。寧ろその確率はとても高いだろう。だから、明日の4月23日、私はあることをしようと考えている。そこにあるかもしれない、一縷の望みにかけて。


 翌日の4月23日月曜日。私はいつも通り学校に向かった。スクールバッグに、ある一冊の本を忍ばせて。とても運の良いことに、今日は月に1回の委員会の集まりがある日なので、私は委員会でそれを渡そうと考えていた。

 教室に入り、自分の机に鞄を置く。時刻は8時15分。教室を見渡す。疎らなクラスメイトの中に、日向はいない。始業10分前になると、続々とクラスメイトが教室に入ってきた。その中に、日向の姿は見えない。まだかな、と思う反面、まだ来てほしくないような、もどかしい気持ちに駆られる。始業5分前の25分、ようやく数人のクラスメイトに混ざって日向が教室に入ってきた。もし目が合ってしまったらどんな反応をしていいか分からないから、私は黙って、目を合わせないように下を向く。

 やがて始業のチャイムが鳴り、今日も1日がはじまった。

 終礼が終わり、クラスメイトが教室を出て行く。委員会がはじまる16時30分まで、そわそわしながら時間を過ごす。教室は数人が残っているだけで、閑散としている。今日も戻って来てくれるのかな、と期待しながら、日向の席をチラッと見る。日向は昨年、委員会がある日はいつも、5分前になると教室に戻って来て私と一緒に委員会に行ってくれたのだ。別に一人で行けばいいのだけど、「城出(じょうで)、そろそろ時間だよ」と毎回、声を掛けてくれていた。いつも以上にドキドキして、机の上の数学の問題が、ほとんど頭に入って来ない。かすかなドキドキが、胸の中で奏でられる。

 25分になり、日向が教室に戻って来た。わざと気付かないふりをして、日向の言葉を待つ。

「城出、そろそろ時間だよ」

日向の声が聞こえた。

「はーい」

と返事をして、手早く荷物を纏める。日向は私が荷物を持ったのを見ると、少し先に教室を出て、廊下で待っていてくれる。私は急いでその隣に並ぶ。歩きながら、どうやって切り出そうか、どんなタイミングで話し出せばいいのかを考えていると、日向が先に口を開いた。

「城出、昨日誕生日だったんだろ?おめでとう」

そっけないけど、誕生日を覚えていてくれたことが嬉しくて、

「うん、そうだよ。ありがとう」

と少しドキドキしながら答える。日向が「うん」と頷く。

また沈黙が姿を取り戻しそうで、「あのね!」と言葉を紡ぐ。「ん?」と日向が私を見る。胸の鼓動が早くなる。

「あのね、日向って図書委員でしょ?」

私の言葉に日向が(何当たり前のこと言ってるんだよ)と言うように、私を見、「うん、それはまあね、城出もじゃん?」と言う。私は続ける。

「うん、だから本好きでしょ?」

「まあ城出ほどではないけど…」

私の問いかけに答える日向。

「それでね、サン・ジョルディの日って知ってる?」

首を振る日向。私は説明する。私の言葉を聞く日向。

足音と私の声が、静かに溶け合う。鼓動が段々と激しくなる。

「…サン・ジョルディの日はね、女性が好意がある男性に本を贈る日なの。だからね…」

そこで言葉を切る。廊下の端で、まわりに人がいないことを確認して、スクールバッグから本を取り出す。

手が震える。

頬が熱い。

でも気持ちを伝えたいから。想いを届けたいから。

「だからね…!これ、日向にあげる!」

日向のネクタイ辺りを見ながら、本を差し出す。ドクン、と心臓が静かに時を刻む。一瞬の沈黙。

「…これ、僕に?」

日向の声が空を破る。緊張して、声が出ない。コクン、と首を振る。

「ありがとう」

日向の指が、私の指にかすかに触れる。本が、私の手からするりと離れていく。

「城出」

日向が私の名前を呼ぶ。顔を上げる。

「委員会が終わったら、一緒に帰れる?」

びっくりして、固まった緊張をそのままになんとか頷く。

「じゃあさ、行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれない?」


 夕暮れの町を一人佇む。日向にここで待っているように言われ、私はベンチに腰を下ろす。

 5分ほどすると、日向が戻って来た。後ろ手で何かを持っている。やがて、私の前で立ち止まると、

「そんなにお金持ってないし、多くても邪魔だと思うから」

と言った。そして、それに、と小さく呟く。

「それに、100本はその時にとっておきたいから」

日向が私を見る。その頬が紅潮して見えるのは、夕焼けのせいなのだろうか。

 「麦穂」

日向が、私の名前を呼ぶ。はじめて、私の下の名前が日向の口から聞こえる。心臓がトクン、と震える。

「好きです」

1本のバラが、目の前にあった。

【登場人物】

○城出 麦穂(じょうで むぎほ/Mugiho Joude)

●日向 葵(ひなた あおい/Aoi Hinata)

【バックグラウンドイメージ】

【補足】

◎ストーリー設定について

「サン・ジョルディの日」を軸に構成しています。

【原案誕生時期】

公開時

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