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テストモニター

作者: ぱるす

 その「自律式ロボットのテストモニター」という怪しげなアルバイトに参加したのは、ただ金が欲しかっただけじゃない。毎日に退屈していたのだ。繰り返す単調な日々に。

 晩酌のビールを一口飲んで、もう一度、手元の資料を見直す。世界が驚愕する超テクノロジーという売り文句が仰々しく躍っている。実に怪しいが、反面、楽しみだ。明日になるのが待ち遠しいなんて気持ちは何年ぶりだろうか……。


 当日、サイバロイド社の受付には俺を含めて五人の参加者が集まっていた。見るからにオタクといった風体の男、リーマン風の男、金髪のチャラ男、学生っぽい感じの女の子、そして俺。

 全員、なんとなく気まずい雰囲気のまま時間を持て余していると、約束の時間にやや遅れて長身の男が現れた。

「皆様、ようこそおいでくださいました。私、サイバロイド社の研究主任、高崎と申します」

 男はそう言うと「では、こちらへ」と奥の方へと歩き出した。

「時間が押しておりますので歩きながらで失礼しますが、参加者の方々の本人確認をさせていただきます」手元のカルテのようなものをめくりながら早口で喋る。遅れたのはお前だろうと思ったが、言い争いが出来るような雰囲気ではないので、黙ってついて行く。

「まず、大田さま。大田健吾さま」高崎がチラと後ろを振り返る。

「あ、はい。俺です」オタクが手を上げると、高崎は何やらカルテに書き始めた。たぶん出欠簿か何かだろう。

「次、西本弘一さま」「はい」リーマンが手を上げる。

「では次、石川亮輔さま」「おーッス」チャラ男が答える。コイツは中身も見たまんまのようだ。どうでもいいが。

「次、小松優香さま」

 ……という言葉から一拍置いて「あ、はい。ごめんなさい、私です」という声がする。彼女だ。今回の参加者で紅一点。大学生かと思っていたが、声が幼いので高校生なのかもしれない。

 それにしても、高崎は長身のうえに大股で歩くので、皆、ついて行くのが大変な様子だ。小松など駆け足に近い感じになっている。時間に遅れるわ、配慮は足りないわ、研究者というのはちょっと浮世離れしているのだろうか?

「最後、飯島幹雄さま」「はい」少々憮然として、俺は答えた。


 英語で何とかラボ――俺はあまり英語が得意ではない――と書かれた扉の前に到着した時には若干の疲労感すらあったのだが、高崎は構わず説明を始めた。

「皆様にお見せしているのは、現時点では弊社の最高機密です。いわば商品化前の最終ベータ版という代物です」

 なんだか知らないが、ずいぶんと勿体ぶった言い方だ。こっちは疲れてるんだから早く見せろと言いたいが、高崎は涼しい顔だ。

「では、世界が驚愕する超テクノロジーをご体験ください」そう言うと、ドアを開けた。


 中には、犬がいた。

 正確に言うと、犬型ロボットがいた。大昔のソニーのアレみたいな感じの。

「さぁ皆さん、近づいてみてください」と、高崎。俺たちは恐る恐るアイボ(仮)に近づいて……と、いきなりワンワンと吠え出した。

 オタクとチャラ男は尻餅をついた体勢のまま逃げ出そうとしている。想像以上に肝っ玉の小さい連中だ。そういう俺もちょっと驚いたが。

 しゃがんでみると、パタパタと尻尾を振りながらこっちに寄って来る。小松は「可愛いー」と喜んでいるが、それはどうだろう? 機械パーツが剥き出しのせいか、むしろ不気味な気がする。

「この子、可愛いですよねー。そう思いませんか? あ、えーと……」「飯島だ」俺が答えると彼女は嬉しそうに笑って、アイボ(仮)を抱き上げた。

「はい、飯島さんも」と、こっちに腕を突き出す。おいおい、俺にその機械を抱けってか? 嫌そうな顔をしてみせるが、彼女は笑顔のまま俺を見ている。くそ、面倒だが仕方ない……その可愛さに免じて抱いてやろう。

 抱っこするとクーンと鳴いて鼻(らしき部位)を押し付けてきた。なるほど、確かによく出来ている。本物の犬っぽい。すると、さっきまで逃げようとしていた二人が興味ありそうに寄って来た。いつの間にか、リーマンも覗き込んでいる。やがて皆でアイボ(仮)をいじっていると、突然、高崎が言った。

「その犬の名前はパトラッシュです」

「パトラッシュ?」全員が同時に振り返る。

「そうです。パトラッシュです」

 いや、聞きづらかったわけじゃないんだが……。普通、こういう場合は名前の由来とか言うんじゃないのか? だが、空気を読まない男、高崎はそんなのお構いなしだ。

「不気味の谷という言葉をご存知ですか?」こちらに歩きながら彼は続ける。

「ロボットが極めて本物に近づいた時、あと一歩で本物になる……というギリギリの狭間で発生する嫌悪感のことです」チラとこちらを見る。

「聞いたことがあります」リーマンが答えた。皆の視線が彼に移る。

「例えば人型でも、完全にロボットに見える場合は問題ないが、人間に非常に似ている場合には嫌悪感を抱くという話ですね」

「その通りです。よく御存知ですね」高崎が手の平を上にしてリーマンに向ける。

「コンピューター関係の仕事をしているもので」眼鏡を触りながらリーマンが答えた。

 と、今度はチャラ男が「え? あれ? でも、それとパトラッシュと何か関係あんの?」と突っ込む。どうでもいいが、もうパトラッシュと呼んでいるのか。順応性の高いヤツだ。単に軽いだけかもしれんが。

「まぁ今はそう深く考ていただかなくても結構です。ただ自然体で、弊社の素晴らしいテクノロジーを感じていただければ……」と、何故か満足気な高崎。

 結局、参加者全員、なんだかキツネに抓まれたような気分で、その日は解散となった。

 確かにパトラッシュはよく出来ていたが、二十二世紀の今、あの程度で世界が驚愕するというのは、ちょっと誇大広告過ぎやしないかと思う。まぁでもバイト代は出たし、可愛い女の子とも知り合いになれたし、そう悪くはなかったな……。


 数日後、再びサイバロイド社に集められた俺たち。

 なんでも、テストモニターとしての結果報告があるらしい。以前の顔ぶれが揃っている。が、小松の姿が見当たらない。俺は無意識に彼女を目で探していた……のだが、高崎を見つけてしまった。

 俺の視線に気付いたのかニッコリ笑うと、彼は大股でこちらにやって来た。

「皆様、お久しぶりでございます。サイバロイド社の高崎です」

 彼は俺たちを見渡すと、満足気に微笑んだ。

「どうやら実験は大成功のようですね。これならほとんどのお客様に気に入っていただけるでしょう」納得したように頷くと、また何やらカルテに書き出した。

 また……だ。いったい何の事かサッパリわからない。俺は思わず声を上げた。

「高崎さん。ちょっと説明してくれませんか? せめて何の実験だったのかくらい、教えてくれてもいいんじゃないですか?」俺の台詞につられて、オタクとチャラ男もそうだそうだと言い始めた。

 高崎は肩をすくめて「わかりました。では御説明しましょう」と言うと、手元の資料を俺たちに渡し始めた。

「これはパンフレットです。まだ推敲中ですがね」そう言う高崎の言葉は俺の耳には届かなかった。おそらく、その場にいた全員、声を失っていただろう。

 パンフレットには微笑む小松と、細かいスペック表が載っており、彼女の写真の下には KOMA-II という型番らしきものが記されていた。



 その後、俺が数十年ローンを組んで KOMA-II の購入契約をしたのは言うまでもない。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさか、そっちがロボットだったとは、やられました(^o^)
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