第六話
それから僕は、昼休みになるとあの空き教室へ行くのが日課になった。
晴れていても雨が降っていても、必ず窓を開けた。
週に2.3回、藤原は昼休みが終わる15分前くらいに、花壇を見にきていた。
彼女が来るのは大体月、火、金曜。
自然と僕もその曜日になると、外を意識するようになっていた。
「今日の英語の課題やった?」
今日は来るのが早い。
「やったよ」
「えー見せて欲しい!」
そう言いながら彼女は両手を合わせて、お願いっというようなポーズをした。
「いいけど…今持ってないよ」
「昼休み終わったら見せて!」
昼の2コマ目に英語がある。
「わかった」
必死に訴える彼女がなんだかおかしくて、少し笑ってしまった。
「沖田くん初めて笑ったねえ」
彼女はそう言うと、なんだか少し嬉しそうだった。
そう言いながら教室に入ってきて、僕の前の椅子に座った。
「私ずっと思ってたんだけど、沖田くんさ、髪の毛後ろ切って、前髪あげた方がよくない?
こーやって…」
そう言いながら、彼女は自分の前髪を少し上に上げながら、僕の顔を覗き込んだ。
びっくりした僕は咄嗟に後ろに離れた。
「ごっごめん」
彼女も驚いた表情をしていた。
「いやっ…びっくりして」
「いやそーだよねっ。
ごめん、私時々距離感変ってよく言われるの。
ほんとごめん!」
「いやっ大丈夫…」
僕は驚いたのもあるが、極力自分の目が隠れるようにしていたため、単に恥ずかしかった。
尚且つ綺麗な彼女の顔がすぐ目の前に現れて恥ずかしかった。
恐らく僕はとてつもなく赤面しているだろう。
そう思うと余計に俯いてしまった。
久しぶりに心臓がバクバクしている。
そうこうしていると昼休み終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「私片付けしなきゃだった!
じゃあ後でね」
そう言って藤原は外へ出て行った。
彼女の後ろ姿が見えなくなった後、口から空気が抜け、肩がガクッと落ちた。
心臓がまだバクバクしている。
僕は一つ二つ深呼吸をして、まだ心臓がゾクゾクとしているのを感じながら、部屋を出た。
教室に戻るとまだ藤原は戻っていなかった。
「次授業なんだっけ?」
そう言いながら加藤が戻ってきた。
「数学」
「げー!数学か!もりせんじゃん!
めちゃめちゃ眠いのに!きつい!」
もりせんとは、数学の担当、森本先生の略称だ。
バトミントン部の顧問で、体格が良く、どちらかというと空手部とかにいそうな先生。
結構厳しい先生で、空手場と体育館は隣同士のため、加藤のこともよく知ってるらしい。
加藤が勉強が苦手ということも周知の事実で、よく授業で当てられている印象だ。
(絡まれている…の方が正しいかもしれないが)
加藤と話していると、藤原が戻ってきた。
僕は一つ深呼吸をして席を立った。
「藤原」
教室で誰かに声をかけること自体、そういえば初めてだ。
藤原が振り返る。
「はい」
英語の宿題をしたノートを渡した。
「ありがとう!本当に助かる!
終わったらすぐ返すね」
僕は頷いて席に戻った。
「なになに?
なんのノート?」
加藤がすかさず聞いてきた。
「英語の宿題。
見せて欲しいって」
「えっ俺も見せてほしい!
藤原終わったら借りても良い?」
「いいけど、間に合う?」
「殴り書きでどうにかする」
加藤はそう言いながら笑っていた。