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2-3 暗雲

 ついに私にも一人前の仕事が言い渡されたわ!

 ケルミットの店を出て、地図を広げる。そうよ、やっぱり地図ってこれくらい分かりやすいものよね。

 場所は徒歩圏内、西の居住区画にある民家。衝撃厳禁ってことだったけど、私なら余計な振動だって加えさせない。足音すら殺して走るのもお手の物だわ。


 人の波を縫い大きな通りを駆け、時に小路を通りショートカットしながら目的地に向かう。

 ……殺しのために身につけた技術(スキル)が、こんなところで使われるだなんてね。

 あいつなら……育ての親ならなんて言うかしら。

「芸術の技をこんなことになんて」か、あるいは「どんな時でも美しく振る舞えることは素晴らしいことです」か。

 そもそも、ルーヴィヒ帝国のため育てられた暗殺者が、できれば消えて欲しい厄介な国、トリア王国で暮らしているだなんて知れたら、やっぱり怒られるでしょうね。


 ……ケルミットは私のこと、腕利きの賞金首狩りとでも思っているのかしら。そうだったらいいな……きっと本当の私を知ったら幻滅するから。

 殺し以外の仕事、いっぱい頑張ったら汚れた手も少しは人の色を取り戻すかな。

 私に、普通の人生を送る資格はあるんだろうか。そんな風に考え事しながら走っていたら、気がつけば目的の住居区画に到着していた。


 えっと、配達先の住所は……ここね、表札も間違いなし。知らない家の扉をノックするのは少し緊張するけど……これは仕事よ、ちゃんとしなきゃ。

 扉に備え付けてある金属製のドアノッカーを持ち上げ、コンコンコンと三度叩く。遠くから返事が間こえれば、少しして扉が開かれた。


「あら、どちらさま?」


 出てきたのは少し腰も曲がったおばあちゃん。私は手提げ袋から商品が入った箱を取り出して身分を示す。


「私はショルティ武具商店のアマービレよ。注文を受けてた商品を届けに来たわ」


 箱を手渡すと、おばあちゃんはゆっくりと蓋を開け中身を確認する。


「確かに、注文していた包丁だねえ。前使ってたものが欠けちゃって、困っていたんだよ。武具屋さんの刃物なら安心さ、ありがとうねえ」


 自分の仕事に感謝されたことが、なんだかむずがゆく感じる。こんな経験は初めて……。


「あ、おばあちゃん、料金はこの紙の通りね!」

「はいはい、用意していますよ」


 発注伝票の写しを示し、代金をもらう。これでこのお仕事は一先ず完了、後は帰るだけ。


「それじゃあね、おばあちゃん!」

「はいよ、気をつけて帰ってねぇ」


 清々しい気分で、帰路につく。結構なスピードで配達終わっちゃったから、今帰ったら、あまりの早さにケルミットも驚くかも。そして私の有能さを褒め称えるの!

 なんだか楽しみだわ。どうせならうんと早く帰っちゃおうと、壁や屋根も伝って最短距離で走ってみる。

 ん~、天気も良いし風が気持ちいい! あっという間に駅前通まで到着、道路に降り立ってお店の方角を見る。


 ....…なんだろ、何か燃えてる。って、人じゃない? しかもショルティ武具商店の真ん前。

 なんだか嫌な予感がしていると、ケルミットが店頭に出てくる。鎮火した黒焦げはそれを見て、慌てて立ち上がって走り出した。

 ふーん、なるほど、強盗か何かね? そしてきっとケルミットが追い払ったんだわ!

 さすが私の雇い主ね、なかなかやるじゃない。強盗(仮)はこっちに向かって走ってくる。ちょっと私もちょっかい出しちゃおうかしら……? しっかし、どこかで見た顔な気が————


「あー! あの時私の獲物を横取りしようとした男じゃない!」


 思わず口を突いた私の大声に、強盗はびくりとして立ち止まる。


「げ、ご同輩の女じゃねぇか! 勘弁してくれ、今日はもう手を引くぜ、やつを狙うなら好きにしな!」

「へえ、やっぱりケルミットを狙ってきたんだ。悪いけど、私の今の雇い主は彼なの。まぁ仕事内容はちょっと違うけど……」

「ちっ、鞍替えしやがったか。ならどうする、ここでやり合うか?」


 息も整わないまま、男はソードブレイカーを取り出す。はあ、仕方が無いか。


「やり合うことなんて無いわ。だって――――」


  次の瞬間には男は頭を地に打ちつけて伏せられる。手負いの使いっ走りなんて私の敵じゃ無い。


「また来られても面倒だわ。あんた、所属はどこ? 雇い主はだれ?」

「けっ、話すと思――――」


 男が手放していたソードブレイカーの切っ先を彼の首筋に添える。


「これ、ただの毒じゃ無いわよね? 異様に粘性のある薄墨色……体内フォルツを痛覚に変換する呪いって辺りかしら? 動脈より静脈に差した方が効果は強まったはずよね」


 これでどう反応を変えるかだけど……。


「……分かったよ、どうせ義理立てすることもねえ。俺は野良の暗殺者だ。今日は私怨によるもんだが、元々の依頼主は ――――〝G〟の調律師、だ。あんたもご同輩なら分かるだろ?」


 カラン、と金属が落ちる音。遅れて、その音は私が落としたソードブレイカーによるものだと気がつく。


「はは、〝調律師〟を知らねぇ暗殺者はいねぇよな! それも〝階名持ち〟だ。悪いことは言わねぇ、上を辿るのはやめな。俺も手を引くからよ」


 口の中が乾く。隣国ルーヴィヒ帝国が抱える暗殺者集団〝調律師〟。その中でもAからGまでの階名を冠する者は異次元の実力を備えている。

 どうして〝調律師〟がケルミットを狙っていたの? いや、違う。狙っていたのは、あの時ケルミットがお城に納品したピュアクリスタルだ! だから〝階名持ち〟ではないものの卓越した戦闘技術を持つ〝気狂いピエロ〟があの時トリア王国にいたんだ。


 平和ボケしすぎてたかしら。どうして今まで気にも留めていなかったのか……。


「おい、大丈夫か? いいな、俺はもう行くぞ」


 いつの間にか男は私の腕を払いのけており、覚束ない足取りで離れていった。

 ……とても嫌な予感がする。

 雨粒が頬に落ちる。さっきまで晴れていた空は、いつの間にか雨雲に覆われていた。

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