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2-2 刺客

 有言実行か、あの日からマリィ姫は本当に頻繁に遊びに来るようになった。

 その度に僕は気が気でなかったのだけれど、ある時店頭作業の途中で兵士さんに話しかけられたと思えば、どうやら僕の商店にマリィ姫が入り浸っているのはお城では既に周知の事実らしい。

 聞けば、彼女の放浪癖には昔から城も手をこまねいていたが、最近は行き先が分かっているから探す手間が省けているとのことだ。

 更には、その行き先が王国認定商店であり、賞金首を単身狩れるほどの腕利きも常在しているというのであれば、むしろ歓迎すべきだ、ということらしい。


 なんだか気を揉んでいたことは杞憂だったらしく、どうせマリィ姫の相手をするのはアマービレだし、僕は平常通り商店の経営に注力することにした。アマービレへのスタッフ教育は滞っているけれど……そもそも営業に困って雇ったわけでもないから、そう気にすることでも無いか。


  ――と思っていたけれど、アマービレは気にしていたようだった。

 久しぶりに姫が遊びに来ない営業日、常のように僕の補助を受けながら業務をこなしていたアマービレが、突然うなだれて呟いた。


「……やっぱり私、お店の役に立ててない気がする」


 そのただならぬ様子に、僕は少し慌ててフォローする。


「大丈夫さ、仕事は確実に一つずつ覚えていけば――――」

「大丈夫じゃ無いわ。私、衣食住を提供してもらってる上に、お給金まで貰ってる。それなのに、対価に見合った仕事が出来てない」

「それは先行投資の意もあって……」


 いや、今かけるべきは慰めの言葉ではないのかもしれない。雇用主として、スタッフの現状に合った仕事を振らなくちゃいけないのかも。それなら……。


「分かった、それじゃあキミにしか頼めない仕事を頼もう。僕が店を離れるわけにはいかないから次の休養日にと後回しにしていたんだけれど、実は宅配の依頼があったんだ。商品は箱に詰めてあるから、それを依頼者のご自宅に届けて欲しいな。もちろん代金を受け取るのも忘れずにね」

「私にしか出来ない仕事……!」


 アマービレの表情が分かりやすく明るくなる。うん、これは良い采配かも。


「衝撃は厳禁な代物だけど、身軽なアマービレにお願いできるなら僕も安心だよ。お願いできるかな?」

「任せなさい! きっちり役目は果たすわ!」


 うん、やる気は十分みたいだ。しかし、自身の役割について気にするだなんて、意外と律儀なんだなぁ。

 運びやすいように手提げ袋に入れて荷物を託す。


「それじゃあ行ってくるわ!」


 意気揚々と店を飛び出したアマービレを微笑ましく見送り、僕は久しぶりに静かになった店内で粛々と仕事に取りかかることとした。




 カチカチ、と時計の歯車が細かいビートを刻んでいる。そんな小さな音が目立つほど、店内には静かな時間が流れていた。

 一人の時はあたりまえの空間だったけれど、今ではなんだか物足りなさすら感じる。


 アマービレがやってきて、ほんの十数日。一人じゃ無い時間が既に日常として定着していたことに少し驚いたけれど、まあ悪い気分では無いかな。


 確かに一人が気楽なことに変わりはないけれど、今は今で日々に刺激があって楽しくもある。

 父さんと暮らしていたときとはまた違った賑やかさが――――チリン、とドアベルの音。

 まだ店を開けて少し、ピークタイムはまだ先だけど、この時間のお客さんも珍しくは無い。


「いらっしゃいませ〜、ごゆっくりと……」


 異様な空気を察知する。

 ガッチリとした男だ。普通お客さんは入店するなり商品に目を向けるけれど、その男の視線は僕を射抜き続ける。その既視感のある目と顔を脳内で照合

すれば――!


「――っ! お前はあの時の暗殺者!!」

「けっ、覚えてやがったか。お前とあの女のせいであれから仕事が回ってこねえ。これは私怨だが、まずはお前から始末して、あの女も探し出してやる!」


 男は懐からソードブレイカーを取り出す。

 あんな使いづらい武器、日常使いしているのかこの男は!

 おそらく剣先の毒に触れれば身体の自由は奪われるだろうね。


 しかし、たまたまか? アマービレが不在の時にやってきたのは。アマービレが帰ってくるのはまだ先だろう。僕が一人でなんとかしなくちゃいけない。


 生唾を飲み込み、応戦すべく気を引き締める。大丈夫、ここは僕の店だ。


「諦めるんだな、さっさと終わらせてやる!」


 男が踏み込むために前傾姿勢に移る。

 張り詰めた張感からか、ゆっくりに見えるその動作を捉え、僕はカウンターの下のスイッチを押した。


 途端、外の明るさが嘘のように店内の光が一切消え去り、暗黒に包まれる。


「うお!? 何しやがった!」


 慌てふためく男の姿は、僕からはよく見える。なんたって〝暗視〟の眼鏡をかけているからね。さて、目を奪ったから次は足だ。


「対象は前方の熱反応。行っておいで〝縄蛇〟」


 護身用品の魔法生物を放つ。それは暗闇の中でも対象の熱源に向けて這っていき、そして男の両足を捕らえて縛り付ける。


「痛゛! なんだ!?」


 足を奪われて転倒した男の短い悲鳴。顔も床に打ったかな。

 さあて、そろそろ仕上げだ。

 光が戻りつつある店内で、僕は棚から一冊の魔法教本を取り出す。この商品を店に置いた時に、中身はだいたい読み込んである。自分で経営する店の中にいる商品オタクを低めるなよ!


「『火系統魔法の基礎的考えと応用』より二十八ページ。フォルツを熱力に変換し、凝縮し密度を高める。そこにフォルツを小さく破裂させ衝撃を加えることで、組成空気中の酸素と反応、炎として発現し燃え上がる。ここで攻撃に転用する場合、気圧変動で対流させた風をぶつけ、酸素の供給と共に対象へ向かわせる。なお、延焼を防ぐ場合は巻末コラムの風魔法との組み合わせを参照し、真空状態にするべし――ここに詠唱は完了せし、〝炎流〟」


 炎の塊が一直線に男の方へ向かう。


「商人風情が魔法の発現だとぉ!?」


 男は両腕と不自由な両足を懸命に動かして店外へと退避するも、扉のすぐ外で炎に包まれて燃え上がる。男はごろごろと転がり回り、ようやくの鎮火を迎えた時には既に完全に戦意は削がれたようだった。


 どうだ、人の店で好き勝手はやらせないぞう。今の炎で足を縛っていた縄蛇もお役御免。


「ちっくしょう、覚えてろよ!」


 ふらつきながら立ち上がった男は、捨て台詞を残して走り去っていった。

 しかし、困ったなあ。今後も報復なんかにこられちゃ商売あがったりだ。もっと店の防犯装備を充実させて、次は生け捕りにして夜警団に突き出さなくちゃね。


 走り去る男を見送るのもそこそこに、僕は店の掃除をするべく店内に戻ることとした。


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