2-1 来客
アマービレがショルティ武具商店で働き始めて早五日。着々と仕事内容を覚えてきては、いる。
ただ、ちょっとだけその早さはゆっくりなのかなあというかなんというか……。
「ちょっとケルミット! レジスターが開かないんだけど!」
「あー、ロックかかっちゃってると思うから、右下のボタン押してごらん」
「取り寄せってどういうこと? 店に置いてないものを注文されたわ!」
「レジの後ろの棚にカタログがあるから、提示して品番を確認しようか」
「ごめんなさいケルミット、お店の電球を壊しちゃった」
「おや、梯子をぶつけちゃったんだね、替えの電球を出してくるよ」
今日も僕の店は、一人の時ではあり得なかった賑わいだ。
お客さんの反応も様々だ。
「おや、無骨なこの店も華やぐじゃないか」などと好意的な言葉もあれば、「早くしてくれ、こっちも暇じゃ無いんだ」などと不慣れなアマービレに悪態をつく人もいる。
この店にくる客層はまだまだ狩猟者や備兵がほとんどだから、良くも悪くも血気盛んな男たちが多い。彼らに急かされてしまえば、いかにアマービレと言えど心的負担は少なからず、といったように見える。
そしてその概念が的中してか、この日の店仕舞いの時間に、ついに彼女は弱音を吐いた。
「私、役に立ててるのかしら。ケルミットの仕事を余計に増やしちゃってるだけな気がする」
第一印象の傍若無人さは完全になりを潜めた態度。ちょっと気の毒にすら思える。
「初めから完璧に仕事がこなせる人なんていないさ。実はアマービレのおかげでここ数日は客足が伸びているんだよ」
「……そうなの?」
「ああ、やっぱり看板娘の存在は大きいね。あはは……」
フォローになっているだろうか、自信は無いけれど、心なしかアマービレの様子もやや落ち着いたように見える。
しかし、人に仕事を教えるのって難しいんだなあ。彼女の存在を収益に結びつけられるのは、まだ先のことになりそうだ。
休養日を挟んだ就労日早朝、支度を済ませて店を開くと間もなく、ベルの音と共にお客さんが来店した。
「いらっしゃいませ〜」
「ふーん、狭い店だけれど、よく整頓されているのね」
この店には似つかわしくない小柄な少女だ。
それだけでも不思議に思うのだけれど、僕は更なる違和感を覚える。
一見ありきたりな市民の服装に見えるけれど、商人としての目利きを信じるならば、纏うその生地はかなり上等なものに見える。……というか、どこかで見たことがあるような……?
「あ、見つけた! あなたがアマービレね?」
「そうだけど、なにか?」
少女はばっと表情を明るくしてアマービレに駆け寄る。
「賞金首の〝気狂い道化〟をたった一人でやっつけちゃったんですって? そんな勇士を一目見たかったの」
「はあ……」
なるほど、アマービレ目当てでの来店か。それならこんな成りの少女が武具商店に来た理由にも――――
いや、待てよ。一般に向けた賞金首に関する詳細な広報はされていない。なのに、どうして賞金首を獲ったのがアマービレだと知っている?
それに、どこか既視感のある顔立ち……最近、どこかでその面影を感じたような……!?
「こんなに可憐な女性でしたのね。わたくしも負けてはいられませ――」
「あああああ! とんだご無礼を、王女殿下!」
そうだ、服装も髪型も違うからすぐには気がつけなかったけれど、彼女はトリア王国が第一王女の――――
「あら、もうバレちゃったのね。申し遅れましたわ、トリア王国王女マリアヴェルネア・ラ・グロリアーテ、ちょっとお城を抜け出してきちゃいました」
スカートの裾を持ち上げて一礼すると、舌をちろっと出しておどけてみせる。
って待てよ、今不穏なワードが混ざっていたような……。
「えーと、王女殿下、お城を抜け出してきたというのは……」
「言葉の通りよ、だってお城の中って退屈なんですもの。あと、王女殿下って呼び方は堅苦しくて好きじゃないの。親しみを込めて、マリィ姫って呼んでちょうだい」
まずいぞ、きっと城の警備は今頃総動員でお姫様を探しているに違いない。もしこの店に滞在しているところを見つかりでもしたら、僕は姫をたぶらかした犯人として最悪極刑に――――
「うふふ、そんなに青い顔しなくても大丈夫よ。わたくしがお城を抜け出すことなんて日常茶飯事ですもの。あなたたちに不利益が及ぶことはないわ」
「わざわざ私に会いに来るためだけにお城を抜け出してきたの?」
気が気でない僕とは正反対に、アマービレは全くいつもの調子を崩さない。
「そう、その通りよ。わたくし、あなたに興味が湧いたの。まだ成人を迎えて日が浅いように見える女性が単身賞金首を討って獲るだなんて、普通じゃないもの」
「そう? 世界は広いもの、私より若くて強い人なんていくらでもいると思うけど」
「まあ、謙遜なさって! そういったところも好感が持てるわ」
困惑する僕を余所に、会話は膨らんでいく。
しかし、アマービレには王族に対してへりくだるという感覚がないのか!? 愛想の欠片も無い対応に、僕は胃が痛いよ。
僕がお腹を押さえている間にも、女子二人の間では会話が続けられている。
「あなた、十六歳になるのね。それなら、わたくしはアミィより一歳人生の後輩ね」
「アミィって、私のこと?」
「そう、アマービレだから愛称はアミィ。気に入らなかったかしら?」
「……いや、慣れない呼び方だから驚いただけ。好きに呼んでくれて構わないわ」
「良かった、嬉しいわ。わたくしのことは気軽にマリィって呼んでね。お城の外でまで仰々しくは呼ばれたくないもの」
……仲良くなるの早すぎません? というより、お姫様の距離の詰め方が尋常じゃ無い。
まるで友達という存在に飢えているかのような……。そう思案していると、お姫様の興味は僕にまで飛び火した。
「あなたもよ、ケリィ、王女様とかお姫様とか堅い呼び方はダメよ」
「……マリィ姫と呼ばせていただきます。これで勘弁して下さい」
コミュニケーション弱者にはついて行けない勢いで踏み込んでくる。王族だと言うことを抜きにしても、あまりに異様な距離の詰め方だ。
その違和感に考えを巡らせていると、それを遮るように姫は自身の唇に指を当てる。
「少し静かに。城の者が近くまで探しに来たみたい。このお店、勝手口はあるかしら?」
「……ええ、案内致します」
当初の懸念は晴れたわけではない。姫と密会していた(ように見える)ことが城の警備に知られれば、せっかく王国認定商店の記章を貰ったこの店も悪い意味でマークされてしまう。
速やかに勝手口まで姫を案内すると、最後に姫は振り向いて一言残していった。
「このお店、気に入ったわ。また遊びに来ますわね」
……勘弁してくれ、心臓が幾つあっても足りないよ。
僕の心労はなんのその、マリィ姫は去り際も優雅に勝手口から駆けだしていった。