1-4 報酬
小国ではあるものの、その城は大層立派である。
そりゃあ、お隣の大国、ルーヴィヒ帝国の異様に巨大な城に比べたら控えめに見えるかもしれないけれど、それでもこのトリア王国で王城以上に立派な建物は他に無い。
一般人が立ち入ることなんて滅多に許されないその城に、僕、ケルミット・ショルティはまだ互いの名前くらいしか知らない少女と二人招き入れられた。
僕は背負っている最重要案件ピュアクリスタルを納品するため、アマービレは遂に討ち取られた賞金首にかかる報奨金を受け取るために、厳重なる監視の目を伴い、女王陛下の元へ向っているのだ。
入城する際に武器や護身用具の類いは全て一時預かりとなり、僕はピュアクリスタルが入った簡易金庫のみ、アマービレは着の身のままで黙々と先導する兵士さんについていく。
それなりの距離を歩いていて、続く沈黙に若干の気まずさを感じなくも無いけれど、会ったばかりの女の子と何を話したらいいのかも分からないし……向こうも雑談を楽しみたいタイプではなさそうだ。何度かちらりと見ているが、常に険しい表情を崩さない。
しかしまあ、ここまで来てしまえば僕の仕事は完遂されたといっても過言ではないだろう。ここに来るまで一悶着も二悶着もあったけれど、なんとかお城まで無事たどり着けて安心している。
これで商会の面々も僕のことを認めざるを得ないだろう――――と、目の前の兵士さんが立ち止まる。
その前に伸びるのは幅広で長い階段。いよいよ、女王様に謁見する時が来たようだ。
等間隔で兵士が両脇に控える階段を登って行くと、その先にはベルベットのカーペットが伸び――――
――――絢爛なる王座には絵画のように美しき存在が君臨していた。
……兵士さんに先を促される。呼吸も忘れて見入ってしまっていたようだ。
女王でありながら稀代の大魔導士だという噂は今まで何度も耳にしていたが、なるほど纏うオーラというか雰囲気というか、これは一目見ただけで平服したくなる存在感だ。
高まる緊張感と共に歩みを進めれば、既に女王様の目の前。カラカラに渇いた口で、やや不明瞭になってしまった発音で僕は女王様にピュアクリスタルを捧げる。
「ショルティ武具商店の店主、ケルミット・ショルティと申します。この度は依頼の有りました、ピュアクリスタルを納品に参りました」
簡易金庫から布を被ったそれを取り出すと、ピュアクリスタルは勝手に浮き上がり、はらりと布を落として女王様の手元に飛んでいった。
「この透明感、滅多に見ること叶わぬ純度だ。ケルミット・ショルティ、相当な手際であったと窺えよう。容易ではなかったであろう、よくぞ、よくぞ。最上の賛辞を贈ろう」
女王様の元にトレーを抱えた近衛兵が歩み寄る。女王様がタクトのように右手を舞わせれば、そのトレーの上からキラリと輝く意匠が浮き上がり、僕の元に届けられた。これはまさか……!
「王国認定商店を証明する記章……! ありがとうございます、女王陛下!」
この記章を持っているだけで最大級の信用になる! あらゆる取引が優位に運べるだろう。
僕の功績……というよりは父さんが残した根回しによるものが大きいけれど、それでもショルティ武具商店の功績であることに変わりは無い。
父さんから引き継いだ武具商店も、いよいよ国を代表する商店になるぞ!
僕が興奮を隠しきれずにいると、背後から、それと相反するように冷静なソプラノボイスが僕を飛び越していった。
「えーっと、私、賞金首の〝気狂い道化〟を狩りました。手配書通りならトリアス金貨十枚が貰えると思うのだけれど、今貰えるのかしら?」
「なっ……無礼だよアマービレ!」
女王様を前にしてなお、ぶっきらぼうに構えるアマービレの様子に肝が冷える。女王様の機嫌を損ねてしまったらどうなることか――――。
「うむ、汝はアマービレと言うのだな。大義であった。あの連続殺人犯には隣国ルーヴィヒ帝国共々手をこまねいていた故、ようやく心配事が一つ減ったというものだ。だが……夜警管理官」
「はい、ここからは私めが」
少し離れた位置で控えていた壮年の男性――呼ばれ方を見るにおそらく夜警団を纏める国側の役人――が丈夫そうなバインダーを片手にアマービレに近づく。
「大変素晴らしい成果ではあるのですが、正規の手続きは踏んでいただかないといけません。まずはこちらの用紙に必要事項の記載をいただきますので……そうですね、別室にご案内致します。ささ、こちらへ」
管理官の額には冷や汗が見える。そりゃそうか、この通りの性格を見せたアマービレのことはできるだけ早く女王様の前から引き離したいだろう。
僕の方の手続き、納品に対する対価等は既に事前に書面契約済みだ。今日はあくまで現品渡しで、これでお役目はおしまい。
案内に従って来た道を引き返すわけだけれど……どうもアマービレのことが心配でならない。一応命の恩人ということになるから、なにか彼女自身が不利益になるような振る舞いをしてなければいいけど……。
まあ考えても仕方が無い、今日はちょっと背伸びしたレストランで美味しいものでも食べよう!
――――
――
なんとなくそんな予感はしていた。なにせ彼女は物乞い、というか強盗紛いの路上生活をしていたようだし、賞金首を狙ったのも衣食住を欲する切実な欲求からであったとセリフの端々から読み取れた。
報奨金の手続きに時間がかかり、すぐに手元に金銭がこないとなれば、やはりこうなるのは明らかであった。
結局何が何なのかと言うと、ちょっぴり高級なレストランで普段は手が届かない料理を堪能し、満足感に包まれながら帰路につく僕の視界に、裏路地でレストランからの廃棄食品を漁るアマービレの姿が映り込んだのだ。
ああ、それはもう気まずいというか、哀れみを覚えたというか……。確かに命を救ってもらってるわけですし、恨めしそうなアマービレの視線に耐えるのも心の毒というかなんというかというわけですし、一食一宿くらい提供するのが人情というものでは無いかと、僕は自身に問いかけるわけでして……。
「えーっと、アマービレだよね? 住む場所にも食べるものにも困っている、ってことで合ってるかな?」
正直ファーストコンタクトがアレだったわけで、彼女には苦手意識というかちょっとした恐怖すら感じているのだけれど、僕は勇気を出して声をかけた。偉いぞケルミット。
「……だからなに? 最近はずっとこれよ、慣れっこだわ」
……やっぱり苦手だ、人の厚意すら拒絶する意思を感じる。かといってここで、はいそうですか、と立ち去るのも寝覚めが悪い。もう一歩踏み込んで、僕は彼女に提案する。
「僕の店、二階が居住フロアになってるんだけど、今部屋が余ってるんだ。助けてもらった恩もあるし、数日くらいなら住む場所と食べるものくらいは提供できるけど……どうかな?」
首が僅かに持ち上がり、薄茶色の瞳に光が反射する。
「本当? でも私、対価になるものは持ってないわよ」
「いや、もう貰ってるさ。今言ったように恩義があるからね」
月明かりに照らされた通りから、アマービレが居る薄暗い小路へ僕は足を運ぶ。
「あらためて、僕はケルミット・ショルティ。商人の等価交換の原則に基づいて、助けて貰った対価を提供することを約束しよう」
僕が差しだした手を見てアマービレは一瞬躊躇いがちにびくりと指先を動かし、そしてゆっくりと手を取り立ち上がった。
「言葉に甘えることにするわ。私、まだこの街のこと全然知らないの」
「おや、移民だったんだね。大丈夫、言葉さえ話せれば、この街にはいくらだって仕事はあるさ」
僕が引く手に従い、月光の当たらぬ小路から抜け出す。
空に輝く二つの月に照らされたアマービレの表情は唇を固く結んだものだったが、心なしか柔らかな瞳をしているように感じた。