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4-6 英雄

 チリンと、店のドアベルが響き渡る。


「いらっしゃいませ~!」


 僕は常のように、よく通るよう意識した返事を返し、お客さんの方を見る。おや、その馴染みの顔は……。


「おお、ケルミット少年! 店が開いていたから覗いてみたんだが、もうお城の用事の方はいいのかい?」

「ええ、ヌンさん。ようやくショルティ武具商店も通常営業再開です」

「それはよかった。この店と取引している同業者も多いんだ、皆心配していたぞ」

「あはは、それはご迷惑おかけしました」


 ヌンさんは大きく首を横に振る。


「いいや、迷惑だなんて言っちゃバチが当たるよ。なんせ、ケルミット少年は国を救った英雄なのだからな」

「大げさですよ。僕は、僕にできることをやっただけです」

「うむ、謙虚なところも英雄らしい」

「いやぁ、戦いの場に出て分かりましたけど、僕には荒事は似合いませんよ」

「そう、その荒事だ。ケルミット少年がどんな八面六臂の活躍をしたのか興味がある。聞かせてはくれないか?」

「そうですね……お店も再開したばかりでお客さんも少なく、暇をもてあましてたところです」


 僕は国を護るための騒動と、その後のことについて話し始める。作戦立て、特訓、そして決戦の流れは……聞き応えがあったのだろう、時々ちゃかしながら良く聞いてくれた。けれど、意外なことに戦後処理についてもヌンさんの興味は強く引かれたようだった。




 あの決戦の後、僕とアマービレ、そしてマリィ姫は、女王陛下が招集をかけた国の重鎮に囲まれて質問を受けていた。

 なにせ国の存亡をかけた作戦および戦闘がたった三人の少年少女による秘密裏の動きで行われていたのだ。


 そりゃあ重鎮たちは怒り心頭だったわけだけれど、そもそもマリィ姫の未来視自体が他に例が無く信用されていない魔法だったこと、アマービレの出自を晒すわけにはいかなかったこと、一介の商人がそんな戦いの場に出るだなんて許す人がいるはずもないこと、そして〝調律師〟及び〝階名持ち〟の恐ろしさを伝えるすべがなかったことなどなど、三人が内々で動いていたことに関してはたしかにそうせざるを得なかっただろうと納得して貰える空気にはなった。

 なにより、結果が正当性を証明しているのだ。


 下手に上に相談してこの陣形を崩されていたのなら、同じ結果は得られなかったに違いない。最終的には戦いの場を見ていた陛下の鶴の一声で、僕らはお咎め無し、それどころか正式に国の英雄として認められることとなった。


 今回のことで明るみに出た、〝調律師〟と〝階名持ち〟の脅威、そしてそれを組み倒した僕とアマービレの功績を称えて、騎士号を与えると女王陛下は仰せになったのだ。

 流石に分不相応だと僕は反対したけれど、高名な魔法士でもある陛下は僕の魔法技術を高く買ってくれたみたいで……。


 けれど、僕は商人で、父から受け継いだ店を守っていかなきゃいけない。そのことを切々と訴えると、騎士号は授けるが騎士団としての常駐の活動は望まない、と特例までいただけることになった。

 国の危機にさえ力を貸してくれれば良い、という英雄への計らいだ。


 同じく、アマービレも「堅苦しい訓練なんてごめんだわ」と断ったものの、国としてはアマービレほどの戦力は手放したくない。僕と同じく有事にのみ騎士として参じること、ということで落ち着いた。

 全く、騎士団として働いてくれればアマービレも安定した仕事が得られたのだと思うんだけれど……。


「あらケルミット、お客さん?」

「アマービレ、仕事だよ」


 アマービレはこうして今も僕の店で店員業を続けている。騎士の方が何十倍も良い稼ぎが得られると思うんだけれど、彼女はここで細々と生活していたいらしい。

 居候も継続中……せめて家賃分くらいは働いてくれよう。


「ははは、アマービレちゃんもすっかりこの店の看板娘だな! よし、せっかくだから防犯アラームを五つほどいただこう」

「ほらケルミット、私のおかげで売り上げが上がったわ!」

「はいはい、そうだね」


 僕の商店は今日も賑やかだ。一人で経営していた頃の静かさが嘘みたいに。

 再び、ドアベルの音。


「アミィ、西の森で大熊が大暴れしているようですわ! わたくし、一目見てみたいです!」

「マリィ! ね、ケルミット、行ってきてもいいよね?」


 本当に、本当に賑やかになった。まぁ、特例とはいえ騎士号を授かっている以上、アマービレにも姫をお守りする義務がある。それなら僕も送り出さないわけにはいかない。


 身支度を整えたアマービレが、何か思い出したように僕に顔を向ける。


「そうだケルミット、新しいナイフが欲しいわ。〝幻月〟のナイフは普段使いには勿体ないし、あのハンティングナイフは〝階名持ち〟との戦闘で刃が潰れちゃったの」

「いいけど……ちゃんとお金は払える?」

「当然! お給金はちゃんと貯金しているわ!」


 それなら、と僕は商品を見繕う。アマービレの戦闘スタイルなら、これはどうだろう。


「さて、これはこの間の〝リフレクション〟のナイフと同型のシリーズさ。グリップ感は一緒だし、使い慣れていると思って。このシリーズは全十種類あって、〝リフレクション〟は実はその十番目に値しててね。番号が進むにつれて扱いが難しくなるんだけれど、今回提示するのは九番目に値するもので――――」

「おっけー、それいただくわね。これ、代金!」

「ちょっと、まだ魔法の効果の説明が!」


 僕の手から奪い取るようにナイフを取り、これまたちょっと憎らしいことにちょうどの代金を置いて店を出て行った。商品の値段を覚えるレベルでしっかり店員をやれていることに喜ぶべきか、商品知識には興味がなさそうなことに怒るべきか……。

 まぁ、それもこの平和な日常の中では些末な問題だ。


 ピュアクリスタルは無事守護晶石として完成され、トリア王国の安全は保障された。

 だからこそマリィ姫はアマービレを連れて悠々と飛び回れているのだ。……いや、姫にもちゃんと仕事はして欲しいのだけれど。


 そんなこんなで、僕の商店は平常営業中。多種多様な商品を揃え、商品知識も完璧に調べ上げている。

 経営するのは店主の僕と、看板娘が一人。


 そんな僕は、今日も可憐な暗殺者に魔法のナイフを売る。


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