3-3 活路
特訓を始めて四日目。タイムリミットは最短であと三日。今日を含めて三日間で準備を完了させなきゃいけない。秘密兵器となる魔法の商品は現在急ぎで発注中だから、今日は主に体術の特訓をすることにしている。個人的にはだんだんと動けるようになってきている実感はあるんだけれど……。
「ほら、すぐ反応して! 捌いたら反撃!」
「そんな、こと、言っても!」
アマービレの攻撃も苛烈になっていき、結果的に僕が地面に転がる頻度は変わっていない。一旦休憩の時間となり息を整えていると、アマービレが僕の側まで来て、腰に手を当て見下ろす。
「ケルミット、知識が豊富なのは分かるんだけど、整理されてないからぐちゃぐちゃなのよ。お店を回すときも、どこになんの商品があるか分かってなければ円滑な商売はできないでしょう? 戦いも同じだから、動くことに慣れて知識や型を瞬時に出せるようにしなさい」
「あはは、そうだね、僕がキミに最初に教えたことだった」
特訓を始めてから色々な動きは身についてきた。それらを体系づけて整理して、動きを洗練させなくては。
――――チリンとドアベルの音。特訓の間もお店は開けている。急いで店舗内に戻り、僕は接客に移った。
特訓と営業が終わり、二つの月が空に浮かぶ時間。食事を終え、アマービレと戦術についてリビングで語らう。既に何日か過したこんな日々。戦地に赴くためのそれであるはずなのに、嫌いな時間ではない。
そして、今日は特別な日。二つの月が重なったあの日から月の巡りが一巡する日。再び二つの月が交差するこの日に、僕はやらなければならないことがあった。
「アマービレ、今日は特別な日なんだ。いいものが見られると思う、一緒に来てもらってもいいかな?」
僕は金庫から持ち出した木箱を携え、アマービレを夜の街へ誘う。
「こんな時間にどこへ行くの?」
「この街で一番空に近いところさ」
商店を出て、月下の街へ。夜風の匂いはもう冬の気配を感じさせる。
澄んだ光に導かれ、歩くことしばらく。
辿り着くは時計塔。螺旋階段をどんどん上っていき、大きな鐘が備えられる頂上まで。
そこで僕は木箱の中身を取り出す。
「……それって、ナイフ?」
「ああ。これからこのナイフを特別な商品に仕立て上げるんだ」
ナイフには魔法陣が刻まれている。その陣に、空高く重なった二つの月から発せられる月光を浴びさせる。
「先月の月が重なる日に、一度月光を浴びさせているんだ。それから一ヶ月間光を泳がせ、そして今日再び光を浴びせることでこのナイフは完成する。……ほら」
「魔法陣が輝いてる……! 白と淡い青の光。きれい……」
月光を閉じ込め、魔法のナイフが仕上がる。この製法は、近年魔法研究家によって考案された新しい手法だ。まだ市場にはほとんど出回っていない。
そうして出来上がった魔法のナイフを鞘に収め、アマービレに差しだす。
「これを、キミに売ろうと思う。世界に一本しかない魔法のナイフさ」
「高価なものじゃないのかしら? 店に並べなくていいの?」
「ああ、たしかに高価なものさ。けれど、対価に金銭は望まない。これは国を脅かす巨悪に立ち向かうと決意したキミの覚悟を担保に、譲り渡したいと思うんだ」
「私がそうしたくて決めたことよ」
「それでもさ。生まれ育った国でも無いのに、僕らのために力を尽くそうとしてくれているんだ。この国で育った者として、こちらも相応の対価で応えなきゃいけない」
魔法のナイフが、僕の手からアマービレの手に移る。
「――――分かったわ。私も力の出し惜しみはしない。……このナイフに込められた魔法って?」
「そのナイフに宿るのは、〝幻月〟の魔法陣さ。使い手が想像した一手先の剣筋を相手に見せることができる。そうすると、相手は幻影と本物、どっちに対応したらいいか分からなくなるんだ」
「それは強力な攻撃手段になり得るわね。ただ、多用は厳禁ね。きっと〝階名持ち〟ほどのやり手なら、何度か見ただけで一手先も纏めて防ぎきる」
「使い時はキミに任せるよ。魔法陣を抜きにしても、切れ味は保障する」
アマービレはナイフを鞘から抜き、くるくると取り回し具合を確かめる。
「うん、いい重さと重心。ありがたく使わせてもらうことにするわ」
ナイフを収め、月光をバックにアマービレは僕に笑顔を向けた。
「絶対に勝つわよ、ケルミット。あなたも自信を持って立ち向かいなさい、私の雇い主なんだから」
そのまぶしさに、僕は目を細める。けれど決して目を背けず、僕は大きくそれに頷いた。