3-2 特訓
「遅い! 次!」
「ちょ、ちょっと待って――プレスト!」
そう広くはない店の裏庭で、アマービレが振り回す木剣を必死の思いで躱し続ける。というか、逃げ続ける。
作戦会議の翌日から特訓と称して始まった一方的なしごきは、仕事の合間を縫って繰り返し行われていた。
手加減はしてくれているみたいだけれど、それでもただただ逃げるだけしかできない自分が嫌になる。 気狂いピエロが優しく思えてくるほど、アマービレの攻撃は怒涛の勢いだった。――――っと。
「うわっと!」
紙一重で身体を半身にして上段斬りを躱す。今のは危なかった。如何に木剣といえど、あんなものくらったら大たんこぶ間違い無しだ。
「油断しない!」
「――っ!」
続けて回転蹴りが迫り来るのを、両手を交差させ前さばきでいなす。これは昔、体術の教本で基礎だけ練習したものだけれど、こんなところで役に立つとは。
しかし、これはチャンスだ、一撃でいいからアマービレに反撃を――――と、僕の掌底は空を切り、アマービレは既にバク転を重ねて彼方に引いていた。
なかなかままならないなあ。息巻いてみたはいいけど、これじゃあ本当に〝階名持ち〟の前へ首を差し出しにいくだけになっちゃうかもしれない。
アマービレが構えを解いて歩み寄ってくる。僕もそれに倣い、張っていた緊張を解いた。
「やっぱり……大した筋力もないし、身体能力が高いとは言えないけど、道具を使いこなしてる分並み以上の戦闘続行力はあるわ。それに、なぜだか知らないけど体術の基礎も悪くはない」
「あはは、傭兵向けの体術の本は多く扱ってたから、あらかた目は通してたんだ。知識だけの独学だけどね」
「ふーん、だとしたらセンスがないわけじゃないのね。けれど……」
アマービレは流れるように武術の型を披露し、僕の眼前で寸止めする。
「知識は経験を伴わなきゃ、ただのハリボテよ。できるだけ多くの状況に対応できるように、実践しながら身体に叩き込みなさい」
「そうだね……それじゃあもう一度頼むよ」
実際、僕の役割は多様な商品を活用したトリッキーな動きになるのだろうけれど、基礎的な体捌きができなければ役目を果たす前に退場してしまう。まだ日付はある。確実に力をつけていこう。
二日目の特訓には姫も同席していた。味方の動きを覚え、どんな魔法を使うべきか候補を挙げておく、ということらしい。
組手が落ち着いたタイミングで、僕はふと浮かんだ疑問をアマービレに投げた。
「そういえば体術の練習ばかりしているけれど、〝階名持ち〟の攻撃魔法は警戒しなくていいのかい?」
タオルで汗の処理をしつつ、アマービレは即答してくれる。
「基本的には使ってこないものと思っていいわ。身体能力がえげつないほど高いんだもの、攻撃魔法を一つ発現させる時間があれば三度は首を落とせるわ」
マリィ姫がそれに補足する。
「攻撃魔法の発現って意外と難しいのよ。魔法で起こした現象を攻撃に転じさせること自体かなり難しいのに、詠唱時間も加味すれば隙は多く生まれるわ。まあ、わたくしくらいの魔法士になれば、詠唱のほとんどを省略して即座に発現させることも可能ですけれど」
マリィ姫は少し得意げだ。
「そうか……僕も少しなら魔法の行使ができるから、戦闘スタイルにはめ込めるかと思ったんだけれど……」
「あら、ケリィも魔法が使えるのね。どんなものか見せてくださる?」
「大したものじゃないよ? それじゃあ、事故の危険が少ない水魔法を……」
攻撃に使える水魔法で、裏庭で使っても周囲に影響が少ないものを考える。暗記している魔法書のページを思えば、あれがいいかな。
「『水魔法の基礎と実践における応用について』より五十六ページ。第一章で述べた空気中水分の水滴化を経て、二章に記述した集合と凝縮を行う。そうして集めた水泡を攻撃に転じる初歩的な手段として、対象の呼吸を制限する手法が挙げられる。水泡が大きければ、対象は逃れるために多くの体力を消耗するだろう。――――ここに詠唱は完了せし。〝大水泡〟」
おおよそ僕の身体がすっぽり収まるくらいの水泡ができあがる。これで敵を窒息させるといった用途だ。
「こんな感じだよ。時間もかかっちゃうし、実戦投入は難しいかな? あはは……」
「……驚きましたわ。ケリィ、あなた今まで魔法士の手ほどきを受けたことはありまして?」
「いいや、店で扱う魔法書を読み込むだけの独学だけれど……」
「才能って言うのは恐ろしいですわね。ケリィ、今日からの特訓は魔法訓練も行いますわよ。十分作戦に組み込む余地があります」
本の内容を再現しているだけ、と思っていたけれど、マリィ姫の反応を見るに少し特異な才能だったらしい。商品を扱うことしか能の無いオタク、というのが自己評価だったけれど、意外と少しは僕も動けるのかも?
とは言え、既に身体の節々に痛みが出ている。普段運動しない人が突然動けば、そりゃ筋肉痛にもなるよなあ。
三日目、だんだんとアマービレの動きにも慣れてきた。ただ、体術の方が安定してきているのはいいのだけれど、魔法の方は少し滞っているというか……。
「やっぱり、短期間で詠唱を短縮化するのは難しいのかしら……ケリィの詠唱は少し長すぎますわ」
「えっと、やっぱり実戦投入は難しいかな?」
「具体的に言いますと、平均的な魔法士が四節で発現させる魔法に、ケリィは九節かけているの。だって、魔法書の解説をそのまま読んでいるだけなんですもの」
「あはは、やっぱりそうだよね……」
付け焼き刃の戦闘転用訓練じゃ間に合わないのかなぁ。
「……せめて、手元に魔法書があれば短縮できそうだけれど」
「あら、それはどうして?」
「文字を早く読むのには慣れているんだ。魔法書の内容を脳内で高速詠唱して、それを発現させるというのは前に試したことがあるよ」
「……一応、その様子を見せて下さる?」
僕は隅に積み上げておいた魔法書を一つ取り上げる。そうして適当なページを開き、意識を集中させる。
「速読読込、脳内転写、――――〝水渦〟」
風と水の複合魔法、竜巻のように回転する水の渦を生み出す。維持するのもそこそこに、魔法を解除する。
「本があればこんな感じだけど、かさばっちゃうし、戦闘中に本を取り出すのは難しいよね」
「複合魔法をたったの三節で、ですって? ケリィ、もしわたくしが並の魔法士だったら嫉妬していたほどですわ。ですが、それ自体は恐ろしいほどの速さですけれど……」
ネックになるのは本を持ち歩き広げるという動作か。高速戦闘中に適う動きじゃないよね。マリィ姫はしばらく考えた後、僕に問いかける。
「戦闘で用いる魔法を幾つか抜粋して、小さな本に纏めるというのは如何かしら?」
「なるほど、そうすれば何冊も持ち歩くことをしなくても――」
「ダメよ。本で片手が塞がってたら近接戦闘に支障がでるわ」
アマービレから却下される。たしかに、せっかく特訓した体術も、片手落ちにしてしまえば効果も半減以下だ。何かいい手段はないだろうか……。マリィ姫が、そういえば、と切り出す。
「お城の会議で、出納大臣が小さな水晶に決裁書を封じて投影しているのを見たことがありますわ。そういった商品を扱ったことはありまして?」
「いや、僕の店は主に武具と周辺商品について扱っているから、そういった事務用品はあまり調べたことが無かったけれど……なるほど、それは興味深い商品かもしれない。すぐに取引先に聞いてみるよ」
もし両手をフリーにできるような商品だったら、高速戦闘にも耐えられそうだ。新しい商品か、なんだか楽しくなってきたぞう。ついでに他の装備品についても更新を検討しようかな。