3-1 作戦
なんだか大事に巻き込まれた気がしないでもないけれど、ここまで聞いて生まれ育った国を襲う危機から目を背けるほど、僕は不義理じゃない。
けれど戦う力も大してあるわけじゃない僕ができることと言ったら、まずは話を整理することくらいだろうか。
模造紙を広げ、要点を書き出しながらまとめていく。
「まず目的を整理しましょう。大きな目的は、いずれ襲い来る〝調律師〟の魔の手を払い、トリア王国の守護晶石を守ること、でいいでしょうか?」
「ええ、その通りですわ。それとケリィ、かしこまった喋り方のまま話を進めるのも大変でしょう。アミィに話すように進めてもいいのよ」
金髪のくせっ毛をぽりぽりと掻く。まあ、ここまで来たら今更、か。
「それじゃあ……ここで確認したいんだけれど、マリィ姫、その未来がいつ来るかというのは分かるのかい?」
「いえ、正確には……ただ、なんとなくのイメージに対する距離感で、大まかな時期は分かりますわ。おそらく、七日後から十二日後辺り、かと」
「〝未来視〟の中で破壊されるのは完成した守護晶石? それとも未完?」
「未完のものですけれど……なるほどそういうことね、守護晶石の完成まではあと八日ほどかかるとお母様は仰ってたわ。だとすると、七日後から八日後辺り、といったところまでは絞り込めるわね」
「それなら、七日後には迎撃態勢を整えていなきゃだね」
模造紙に数字を書き、可視化していく。
「それまでに僕たちができる準備についてだけれど……」
「その前に私が知ってることを話させてちょうだい」
アマービレが模造紙上に書かれた〝調律師〟の文字の上に手を乗せる。
「私、こないだ商店を襲った賊を捕まえて問い詰めたの。そいつは下請けの下請けに過ぎなかったんだけど、大元の依頼主のことは聞き出せたわ。依頼主は〝調律師〟。その中でも特別強力な力を持つ 〝階名持ち〟よ」
「階名持ち……?」
知らない言葉が増えた。階名と言えば音楽における音階に割り振られる、ドレミに代表される名称だったと思うけれど……。
アマービレは説明を続ける。
「〝調律師〟はね、特別な毒を毎日飲まされるの。その毒は身体能力を飛躍的に上げる代わりに心身を蝕み、いずれは死に至らせる劇毒なんだけど、調律師の中にはその毒に対する耐性が異様に高く、際限なく身体能力を上げ続ける化け物がいるの。彼らにはAからGの七つの階名が与えられ、世界情勢を変える特に重要な任務の際に駆り出されるわ。その七人のことを〝階名持ち〟っていうの」
そんな恐ろしい存在が背後に……。しかし、まてよ、つまり――――
「このあいだの賊はピュアクリスタル運搬の際に襲ってきた暗殺者の一人だった。つまり、初めからピュアクリスタルに関連する騒動には〝階名持ち〟が関わっていたってことか」
「でしたら、我が国の精鋭たちを打ち払い、単身クリスタルの元まで攻め入るであろうあの悪鬼は、その〝階名持ち〟である可能性が高いってことね」
「十中八九そうでしょうね。やつらにはたとえ訓練された兵士でも、何十人集めようが勝負にならないわ」
なんだその化け物は。国防なんて意味を為さないじゃ無いか。いやでも、現に国家間の均衡は破られていない。何かその要因があるはずで――――
「高位の魔法攻撃も通じないのかしら? むしろ、守護晶石の完成を阻止したいということは、魔法に対して強い警戒心を抱いているのではなくて?」
マリィ姫の指摘に、アマービレは頷く。
「どれだけ身体能力が高くなろうが、人間であることに変わりは無いわ。高温で焼かれれば死ぬし、長時間氷付けにされれば組織は壊死する」
「それでしたら、わたくしも応戦致しますわ」
「えぇ!?」
思わぬ立候補に、声が漏れる。その反応が不服そうに、マリィ姫は頬を膨らます。
「皆さんはお母様の魔法技術にばかり目を向けますが、わたくしだって負けず劣らずの魔法行使ができるのよ。お城を抜け出すことを甘く見てもらっているのだって、そんじょそこらの賊ではわたくしの相手にならないことをお城の方々は知っているからですわ」
そんなに強かったのか、このお姫様は。そうだとしたら……。
「衛兵さんたちを動かせる限り動員して、動きを封じている間にマリィ姫の魔法を浴びせるってのはダメなのかな?」
アマービレが躊躇いがちに呼吸を止め、それを押すように声を発した。
「無駄ね。何人あてがおうが、皆殺しにされるのがオチよ。……〝階名持ち〟は私が何とかする。最悪刺し違えてでも、魔法を打ち込む隙を生むわ」
「そんなのはダメだ!」
口から飛び出た大声に、自分でも驚く。一度首を振り、努めて平静に言葉を続ける。
「アマービレの強さは僕も近くで見ている。けれど、話に聞く化け物……〝階名持ち〟を一人で抑え込めるのかい?」
「私も腕には覚えがあるの。〝階名持ち〟と少しだけやり合ったこともあるわ。受傷を顧みないのなら、一瞬の隙くらいは生めると思う」
「ダメだ、キミが傷つくことを前提とした策なんて僕は認めない」
おいケルミット、何を言おうとしている。お前はただの商人だ、戦場に立つことなんてできっこない。でも……男として黙ってはいられないよな?
「僕も戦うよ。僕ならセオリーから外れた方法で敵の隙を生めると思う。僕とアマービレで〝階名持ち〟を抑え込めて、マリィ姫の魔法を喰らわせるんだ。何、勝算がないわけじゃないさ。僕は武具商、商品の力で翻弄してやるさ」
「バカ、あんたなんか――――」
役立たずとは言わせないぞ。店に攻め入った暗殺者を撃退した実績もあれば、なんなら〝調律師〟に襲われて生還してる。
強く見つめる僕の目線に観念してか、アマービレは止めていた息を吐き出した。
「特訓よ」
「……え?」
「特訓するって言ってんの。今のまま〝階名持ち〟の前に出ようものなら、その威圧感だけで犬死によ」
あはは、それは洒落にならない。
「分かったよ、よろしくね、アマービレ」
「せいぜい決戦の日を迎える前に死なないようにね」
アマービレと握手を交わす。重なった二人の手にを包むように、さらにマリィ姫の手が重なる。
「話はまとまりましたわね。でしたら、今日はもう日が暮れます、お城に戻りますわ。わたくしの方でも、できることを進めておくわね」
西日が差す室内は、まるで燃え上がっているかのようだった。七日後までには準備を整えなくてはならない。
明日からどんな特訓を課されるのか。やや戦々恐々としながらも、僕は模造紙の日付に丸をつけた。