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2-5 存亡

「今日は面白いものを持ってきたの。(ちまた)で流行っている遊戯盤のようですわ」


 マリィ姫は今日も僕の商店にやってくるなり、ボードゲームを広げ出した。

 高貴な身であらせられるはずなのに、このお姫様は結構俗なものが好きだったりする。


 店舗の事務室のテーブルを占拠して遊び始めたマリィ姫とアマービレを見て、なんだか普通はあり得ないことが日常と化していることに不思議な感覚を覚える。同時に、日々考えているマリィ姫の目的について思考を巡らせる。


 一国のお姫様ともなれば、相当な高等教育を受けているはずだ。おそらく頭もキレるだろう。

 そんな御仁が城下町の武具商店に入り浸り遊びほうけているだけ、とは考え難いのだ。

 ……昔からよくお城を抜け出していたらしいから、そんな考えも空回っている可能性もあるんだけれど。


 今日はお客さんも少なく、二人が遊んでいる声が良く聞こえる。和気藹々(わきあいあい)としたそれは、まあちょっとした癒やしにもなるかな。

 そうして心地よいBGMとして作業に勤しんでいると、ふと、気になる会話が聞こえてきた。


「ところでアミィ、〝調律師〟ってご存じかしら?」

「…………うん、楽器の音程を調弦する人のことよね?」


 空気感が少し変わったように感じる。普段に無く、アマービレは言葉を選んでいるように聞こえた。

 対するマリィ姫も、少し間を空けて会話を続けた。


「そう、その通りね。じゃあ、『乱れた世界を調律する』ってどういう意味だと思う?」


 ガタ、と遊戯盤上が崩れる音。驚いて事務室を見てみれば、アマービレは目を見開いて立ち上がっていた。


「マリィ、その言葉はどこで聞いたの?」


 ただならぬ様子に、マリィ姫は確証を得たように言葉を紡ぐ。


「アミィ、たぶん表の世界の人間じゃないでしょう? わたくし、昔から国内の色んな事情を見て回ってたから、ちょっとした所作を見て(・・)気がついちゃうの」


 それには僕も気がついていなかったわけじゃない。ただ、それはアマービレという人格を否定しうるものではないと思っていたんだ。


「……私が〝調律師〟と関係がある、と?」

「いいえ、そうは言っていませんわ。ただ、アミィならどんな組織か知っているかもしれないって思ったの」


 マリィ姫は椅子を引き立ち上がり、事務室内を少し歩き、アマービレと僕を視界に入れる。


「聞いて、わたくしね、未来が見えるの」


 突拍子もない告白に、思わず僕も会話に割って入る。


「未来、ですか? 未来視だとか予言だとかって、せいぜいが占い師のオカルトに近い話じゃないんですか?」


 うん、その通りね、とマリィ姫は再び話し出す。


「でもね、生まれつきなの。ほら、誰からも教えてもらってないのに魔法が使えちゃう赤ん坊とかってたまにいるでしょう? それって、フォルツが通ることで魔法が発現してしまう魔法陣のような役割をもつ通り道が身体の中にあるからなの。それはたまたま生じるもので、狙ってできるようなものではないのだけれど。わたくしの場合、それが他に例を見ない〝未来視〟の魔法だったみたい」


 魔法の文明はいにしえよりあるけれど、そんな話は聞いたことが無い。けれど、ここでそんな与太話を持ち出す理由がマリィ姫にあるのか? 混乱し言葉が詰まる僕に変わり、アマービレが質問を投げる。


「それで、どんな未来を見たって言うの? それが〝調律師〟と関係があると?」


 マリィ姫は頷く。


「わたくしの未来視は、制御できないの。たまにふと、今いる場所で起きる未来が脳裏に再生されるのよ。それでね、あなたたちがお城に来る数日前に、城内でたくさんの衛兵と賊が争っている未来を見たの。賊はたった一人。『乱れた世界を調律せん』だなんて言って、多くの衛兵の命を奪っていたわ」

「……〝調律師〟が殺しを行うときの合言葉よ」

「あら、やっぱりご存じでしたのね」


 マリィ姫とアマービレの間でなにやら物騒な話が膨らんでいく。僕には分からない言葉だらけで、そもそも――――


「〝調律師〟ってなんなのさ、アマービレ」


 アマービレは問いかけた僕の目をじっとみて、何かを諦めたように嘆息した。


「思えば私を覆う暗さを隠しておくのは無理だったのかもね。これは裏の世界――暗殺者の世界じゃ有名な話なんだけど、お隣のルーヴィヒ帝国には、国お抱えの暗殺者集団があるの。その名は〝調律師〟。ルーヴィヒ帝国にとっての政治上の障害や交易の不利益を覆すために、各国の要人を暗殺するプロ集団よ」

「なっ……つまり、マリィ姫が見たのは、その暗殺者集団に属する暗殺者が王城の奥深くまで入り込む未来だったってことか!?」


 叫びに似たそれには、マリィ姫が答えた。


「お城の守りは決して薄くはありません。国民の入城ですら細心の警備を施しているのですもの、他国の不届き者が易々と進入することはあり得ません。ですが……わたくしの見た未来はそれがあり得るものと示しているのです」


 姫は目を伏せる。僕は更に浮かんだ疑問を呈す。


「その……見た未来というのは変えられないんですか?」

「うふふ、良い質問ね。結論から言いますと、変えられますわ。未来を見たわたくしが何か予定していなかった大きな行動をとれば、今までも何度か未来は変えられてきました。ですが、今回見た未来はあまりに凄絶すぎて、どう行動すれば避けられるか、分からないの」


 それもそうだ。不可能と思える城攻めを、軍隊も無しにやってのける暗殺者集団だなんて、どう行動を変えれば防げるかなんて検討もつかない。いや待てよ、そうか、それで――――


「マリィ姫、僭越ながら僕の推察を述べますと、あなたはアマービレに一つの可能性を見いだしたわけですね?」


 姫には珍しい驚愕の表情。当たりみたいだ。


「まあ、明晰な頭脳をお持ちですのね。あれだけ厄介な〝気狂いピエロ〟を(たお)せる実力をお持ちな移住者であるアミィになら、この未来を変えられるかもしれないって思ったの。それで――――」

「――――だからアマービレがいる僕の商店に近づいた、そういうことですね?」

「……ええ、もうケリィにはお見通しですわね」


 おかしいと思ってたんだ。決して暇では無かろうに、アマービレと仲を深めるためにこの店に入り浸るだなんて。

 そこまで言及しようとして、はっと気がつく。アマービレの反応は――――


「そう、マリィとは良いお友達になれたと思ってたけど、私は利用されてただけだったのね」

「ちが――――いえ、きっかけはそうだったことは否定しませんわ。けれど、信じてアミィ、あなたと遊んでいて楽しかったことは本当よ」


 しばらくの沈黙。アマービレの気持ちを考えれば、僕がどんな声をかけるべきかすぐには出てこなかった。けれど、僕の心配とは裏腹に、アマービレは長く息を吐き、強い眼差しで前を見た。


「この前、私もトリア王国内で暗躍する〝調律師〟の端緒を得たわ。調律師の魔の手はもう近くまで伸びてるの」

「アミィ……わたくしを助けてくださるの?」


 アマービレの口の端が少し緩む。


「だって、私たち友達でしょ? 私、友達なんていたことなかったの。大切にさせてよ」


 マリィ姫の瞳が不規則に反射する。そして目を瞑り一つ深呼吸すると、マリィは決然とした表情で切り出した。


「トリア王国第一王女として、そしてアミィとケリィのお友達としてお願いしますわ。国を護るために力を貸してちょうだい」


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