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1-1 プロローグ

 その日は、ちょうど二つの月が交差した日だった。



 大陸の極東に位置するトリア王国。その地で、僕の店は王城通りと駅前通りが交差する一画に軒を連ねる。

 煙を吐くブーツ、光を放つ手袋、赤熱するスキレット。

 一見、奇天烈に見える種々雑多な品々は、僕の店が誇る立派な商品たちだ。

 一年前に父から受け継いだこの〝ショルティ武具商店〟も、随分と扱う商品の幅が広がってきた。

 元々は軍人や傭兵向けの商品ラインナップだったけれど、僕の趣味も取り入れた経営に舵を切ってみれば、幸運にも客層は一気に広がった。

 街に響く始業の鐘と共に店を開けば、早速店の扉のベルが鳴る。


「いらっしゃいませ~! おやヌンさん、今日はお早いですね!」

「やあ、ケルミット少年。なんか目新しいものは入ってるかい?」

「そうですね、こんなのはどうでしょう?」


 新商品を並べる棚から大振りな一品を持ち上げる。


「それは……義手かい?」

「まぁ、正確には拡張義手ですね。これ、筋力があまりない方でもかなりの膂力(パワー)を発揮することができるんですよ!」


 右手にすぽりと装着し、パフォーマンス用に設置していた木製の端材を握りつぶして見せる。


「ほう、なかなか。筋力強化の魔法陣でも仕込んでいるのかい?」


 うん、いい質問だ。その辺りは十分に勉強してあるぞ!


「いえいえ、なんとこの商品には一切魔法が関係していないんです。近年の科学技術の発達には目を見張りますよ! これは蒸気機関を用いて作られていてですね、あ、蒸気機関ってご存じです? その名の通り、蒸気の力を様々な道具に活用するんですけれど、これがまた面白い力でですね、ほら、魔法の道具って専門家たちが技術の粋を凝らして時間をかけて作るわけでしょう? でも科学技術の結晶たる蒸気機関は、設備と設計図さえあれば、ちょっと製法を勉強すれば誰でも量産できてしまうんです! ほら、最近完成した駅だってそうですよ。交通手段の歴史を見れば、いかだ、ロバ、牛車や馬車、そして魔導式自動車と変遷してきたわけですが、どうですあの蒸気機関車は! ごつごつした見た目に黒光りするカラーリング、そして備わる機能美! 道具の力もここまで発達したのかと心が躍りますね! ところでその制作秘話なんて知ってます? 先日駅前通りで――――」

「いやあ~! 勉強になったよケルミット少年! 君の商品にかける情熱は相変わらずだね。そう、今日は防犯用の催涙玉を買いに来たんだった。二つほど頂けるかい?」

「催涙玉ですね! 少々お待ちを」


 まだまだ話し足りないけれど……売れ筋の商品は常にストックしてある。在庫を引き出しから取り出し、レジスターを設置してあるカウンターに回る。


「では、トリアス銅貨四枚いただきます……はい、確かに。毎度ありがとうございます」

「うむ。ではな、ケルミット少年。少々おせっかいを言えば、この自分になら兎も角、一般のお客さんにはあまり熱く語りすぎない方がいいぞ」

「あはは……またの来店をお待ちしています」


 商品のこととなると、少しだけ喋りすぎてしまうのは僕の良くない癖だ。扱う商品のことは徹底的に調べ上げて、商売する上で恥ずかしくないだけの商品知識を身に着ける。それがこの商店の経営を受け継いだ時に誓った僕のポリシーだ。

 さあ、今度はどんな商品を仕入れようか。蒸気機関に関する書籍を入荷してもいいかもしれない。いや、断じて僕の興味本位ってだけではないぞう。そうと決まれば、早速ヌンさんが経営する夕焼け書店のカタログでも引っ張ってきてみよう。


――――――

――――

――


 チリン、とドアベルの音。


 おっと、仕事に没頭していたらもう夕暮れ時か。危ない危ない、今日は月の巡りが少し特別な日だというのに。もう遅い時間だけれど、今日最後のお客さんになるかな。


「いらっしゃいませ〜、どうぞご自由にゆっくりと!」


 カウンター越しに入り口を見れば、背の低い人物が一人。焦茶色のローブだろうか。フードを目深に被っていて、人相はよく見えない。

 もう秋も中頃、最近肌寒くなってきたから少しくらい厚着していてもおかしくは無いけれど、顔が見えないということには若干の気味の悪さを感じる。


 その人物はきょろきょろと店内を見渡すと、目的のものを見つけたのか一直線に陳列棚へ向かう。そして商品を一つ手に取ると、ロクに確かめもせずにカウンターに置いた。


「えーと、安い品ではありませんが、これで間違いはないですか?」


 こくりとフードを揺らす。お客さんが欲しいというのなら、その売買契約を妨げることはこちらからはしないつもりだけれど……。

 あらためて商品に目を落とす。最上位とはいかないけれど、上物のハンティングナイフだ。

 主に狩猟者が好むもので、猛獣が跋扈する山岳地帯などで使われることが多いみたいだけれど、その取り回しの良さから軍人でも愛用者は少なくない。

 ちょっとした魔方陣も仕込まれていて、単節の簡単な詠唱だけで魔法を発現させることも――――。


「早くして」

「おっと、すみません」


 思いの外澄んだ高い声。

 商品にまつわる情報に思考を巡らせていると、お客さんから催促される。

 万引き防止の警報魔法(アラート)を無効化させ、値段を告げて代金を受け取る。


「そしたらお客さん。このナイフに刻まれた魔法陣についてなんだけれど……?」


 代金をレジスターにしまう僅かの間。ほんの数秒目を離した間に、お客さんの姿は既に無く、ドアベルがチリンと鳴る音だけが置き去りにされていた。


「あらら、付与された魔法を使わないんじゃ高いお金を払った意味もないんだけれど……」


 実際に商店の経営をしてみると、本当にいろいろなお客さんがいるなあと実際させられる日々だ。


 さて、今日は二つの月が交差する日だ。日が落ちきる前に、特別な商品を鞄に入れて外出の準備をしよう。


 武具一辺倒だった当初と比べて扱う商品の幅も広がってきたけれど、昔からのお客さんに需要があるのはナイフや火薬。

 少しずつぼくの趣味も取り入れながらも、やっぱり僕は今日もナイフを売る。


お手に取ってくださりありがとうございます!

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