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ある皇帝の追憶②


 さて。

 我々帝国人の海神信仰は、教会から異端視されているが、我々の方は、教会の教えを嫌ってはいない。

 なぜなら、海神は我々にとって自然の脅威そのものであり、その怒りを恐れ、隙あらば海底に引きずり込もうとするその眷属たちから逃れようと、命乞いをしているにすぎない。死後、冷たい海の底に迎えられるより、天上にあるとされる光の国に往きたいと思うのは当然ではないかな?

 本来、避けられるはずの死でさえ、避けられなかった時代が続いたせいで、余計にそのように考えるのかもしれない。

 歴代の皇帝たちは、帝国民に敵国の捕虜になることを許さなかった。誇り高き民ゆえと表向きは誇っていたが、何のことはない。身代金を払う余裕がなかっただけのこと。

 そのせいで我が帝国の兵士たちは、負け戦であることを悟っても敵に下ることができず、結果、国に帰ることもなかった。

 働き盛りの男たちが帰らないのだから、当然人口は減り、あらゆる面で生産力が落ち、国力は低下する。

 それでいて血の気が多く、老いも若きも、男も女も、身分の高き者も低き者も戦をしたがる。

 帝国人は馬鹿なのだろうかと、私は一時期、真剣に悩んだ。

 なければあるところから奪い取ろうとする短絡的な思考。根拠もなく一発逆転を狙う賭博師のような気質。

 きらきらと太陽の光を反射するこの海は、荒れさえしなければ、望む以上の恵みをもたらしてくれる。その上、一年中、薄着で過ごせるこの陽気だ。気が大きくなるのも仕方がないし、一か八か賭ける気持ちがなければ、とても海になど漕ぎ出せないのも確か。

 そんな気風の結晶とも言うべき我が兄、第四皇子は主戦論を唱えて、大半の貴族たちの心を掴んでいたが、国境付近で行われたディーバイ王国の示威行為を聞き及んで、さすがに口を噤んだ。彼の風魔法は、中程度の帆船を一隻、風のない日もぐんと進ませることができるが、降りしきる隕石から国土を守る威力はない。

 もともとの国力が違う上に、こちらは陸で戦うことが不得手だ。

 それを忘れるほど戦熱に浮かれていた連中は、土魔法の究極を、ある者は目にし、ある者は音に聞いて、さすがに少し冷静になったようだ。

 魔法で人を攻撃することは禁じられている。

 もちろんその合意を破ることはできるが、いつも足並みの揃わない大陸中の国々が、これに関してだけは同意して(意見をそこに集約するのは並大抵の努力ではなかっただろう)いまに至る。

 人道的にとか、道徳がどうとかいう以前に、さすがにこれを守らなければ、脅威を感じた他国の打つ手によって、国が立ち行かなくなることは想像に難くない。

 しかし、我が国のいちばんの財産、帆船の係留施設に流星嵐(メテオストーム)を叩き込まれたらどうか。

 もちろん、その光景を想起するよう、マクエス卿が群衆の思考を誘導したのだが。

 当時の私は、あの穏やかで優し気なディーバイ王国の第三王子、ハイマン殿下がそのようなことをするとは俄かには信じられず、ただ、話に聞いた魔法の威力に驚き、怯えると同時に、秘かに憧れを抱いた。

 その数年前に、希望を抱いて意気揚々と他国を目指す私とマクエス卿を、歓待してくれたのは彼だけであった。

 帝国語に堪能で、私を侮ることもなく、礼節に則って、ほどよい思いやりも見せてくれた。

 十人いる兄の内、一人でもこのような気質であればと、幼心に切なくなったものだ。

 数年を経て帝国を訪れた彼は、すでに優しいだけの男ではなくなっていた。

 終始礼儀正しく、こちらを気遣うところは変わっていない。

 ただ、滲み出る威圧感。父である皇帝とはまた違う、威厳のようなものをすでに備えはじめていた。

 私には、もう一人、忘れられない人がいる。他国でなんの成果も出せず、悄然と母国へ帰る私とマクエス公を、奮起させてくれた年若い令嬢。

 彼女について、いかにも誇らしげに「わが妻が」とハイマン殿下が口にした時、私の中にあった彼に対する憧憬は変質した。

 いや。いまも変わらず尊敬し、信頼すべき男と思っているが、その時の私は、言いようのないショックを受けた。

 文字通り私の人生を変えた、エリス・ティナ・バーランド嬢は、すでにバーランド姓ではなくなっていたのだ。



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