少年期の記憶
「なあ、俺ってどんな子供だった?」
「なに急に」
久しぶりに実家に帰ってきた。呼ばれることがなければ帰らないので滅多に来ることはない。俺は何となく聞いているような感じで母親に尋ねる。自分を保つために必要なことなのだ。ただ俺が弱っていることは決して悟られてはいけない。というのも俺たち風見家の家族仲は良くはない。ただ悪すぎもしない。だが家族であっても隙を見せてはいけないのだ。そんな家族だ。
「いや、なんとなくさ。」
「あんたはお母さん、お母さんっていつもついてきてたしょ」
ほらこれだ。すぐに茶化す。
「そういうのはいいから。こんな子供だったとかあるじゃん」
「女の子のけつばっか追っかけてたしょ」
本当にそうだったんだろうがこういう場面ではもっと他にあるだろ。
「もういいわ」
俺が馬鹿だった。この母親はどうしようもない。一生思い出話に花を咲かせる家族団らんは来ないだろう。今未来は決まった。
母親に見切りをつけたあと俺は自分の部屋で考えることにした。俺の部屋は微妙に生活感があるし使われていた形跡がある。しかしこの家には2人しか今は住人はいない。親父もお袋も自分の部屋で寝ているはず。なぜだ。
「なあ!誰かここ使ってる?」
「猫が使ってるわ」
そうだ。うちには猫がいたな。大学に行って家にいない間に親父が拾ってきたんだったか。よく見れば勉強机の椅子は毛まみれだし、ベッドも枕も同じような感じだ。なんか鼻がムズムズしてきた。まあ仕方ないか。一人になるにはここを使うしかないのであきらめて俺はベッドに寝転がる。
俺も弟もたぶんこの家が好きではない。母親もそうだが、親父も癖があって思春期はなかなか大変だった。肥大する自意識。理想と現実とのギャップ。それらと葛藤する時期には母親と父親は助け舟や助言をしたりするものなのだろうが風見家では彼らはなかなかの脅威であった。というか葛藤の中の要素の二つであった。余裕のない少年時代の俺にはかなりきついものがあったように思う。
親父はまあ昔気質の感じで殴る蹴るは当たり前。それについては原因を作る俺も悪いがいかんせん人として合わないのだ。だがそんなものは親父には関係ない。話していてお互いに意見を言い合うなんてもってのほか。親父が黒といえば黒、凝り固まった価値観を曲げることはない。俺にも意思や考えがある。それが合わなければ言い合いになりどちらかが不機嫌になってお互いの部屋に閉じこもるのだ。そんなことだから思春期はなるべく親父とは同じ空間にいないようにしていたし、家族で飯を食う時は早く食べ終わるようにしていた。それで食べるのは早くなったな。しかし面倒なことに親父はさみしがり屋なのだ。話すきっかけを作るために最近学校はどうだ?とか答えにくい質問をしてきて俺が曖昧に答えれば将来はどうするんだ?と聞かれ話が盛り上がるわけもなく微妙な空気が流れる。親父の親父、俺の祖父さんにあたる人もこうだったんだろうと容易に想像がつく。祖父さんは早く死んで俺はあったことはないがこの親父は祖父さんと喧嘩をして家を出ているらしいから俺ともそりが合わなかったに違いない。親父から見れば俺は軟弱に見えるんだろうが今はそんな時代ではないし、考えることや情報が多いのだ。
お袋は面倒くさいがまだ話すことはできる。こちらの言っていることを一度は聞いてくれるからだ。しかしそれを理解するわけではない。なにかとあれしろこれしろと口うるさいし、口喧嘩では一生勝敗はつかない。どちらかが劣勢になるのだが俺もお袋もそれを認めないし旗色が悪くなれば捨て台詞を残して去っていくのでどちらもいい気持にはならない。
俺はなかなか優秀な子供だったと思う。天才と呼べるほどではないがやることなすことすべてに期待されるほどの成果を出したからだ。しかしそれは子供の世界での話だし成長過程でのことだ。俺は自分でもやればできるという驕りがあった。それが俺を腐らせた原因だと思っている。大人たちの期待を感じていたしそれに応えられるのは自分しかいないと思っていた。
しかし現実はそうはならなかった。最初こそ突出していた才能はそれ以降伸びることはなく、周りの子供に取って代わられるようになる。一つの分野を伸ばしている子供には勝てなかったのだ。努力なんてしたことの無かった俺は周りを見下していたために少し頑張ればあのくらい出来ると驕り、成長をやめてしまった。その結果既に手の届かないところへ行った競争相手を前に俺は初めて挫折を味わうことになった。しかし俺は嫉妬から敗北を認めようとせず同じ舞台を避け、勝てる勝負で勝ちお山の大将をやめなかった。そんな俺を周りは異分子とみなすようになる。見下していた奴らも見下されていたことにどこかで気づいていたのかもしれない。
陰口やがいじめに発展した。しかしプライドの高かった俺は決して彼らに屈することはなかった。俺はあらゆる手段で彼らに対抗し彼らが構ってこなくなるまで抗い続けた。嫌がらせやいじめがなくなったとき、俺は勝利の喜びが湧いてくると思っていたが実際はむなしさだけが残った。舞台の外での勝敗は誰も見てはいないし、ひとりだった俺と勝利を分かち合えるような友はそこにはいなかったからだ。日の射した場所に上がるのをやめてしまった俺に誰かの期待や応援はもう無い。俺は戦うのをやめた。