逃走――――②
カタリナ・ナパーム・ゲッテムハルトは、いうなればいじめっ子の中でも優先的に祐樹のことを虐めていた人物である。
ただ気に入らない。男なんてこの学園には不要な人物。何より、自身の憧れのヒロインである先輩に気にかけられていることが、何よりも気に食わなかった。
「こんなにわたくしは頑張ってますのに、なぜあの人わたくしではなく、あなたみたいな混ざりものにっ!」
混ざりもの。それが祐樹を現した蔑称。人間でもアビスでもない、祐樹への最大限の侮辱。
「.....ぁ!くっ!」
さすがに今までは黙ってスルーしていた祐樹だが、なにか琴線に触れたのか、カタリナの制服の胸元をつかみ上げ、すぐ後ろにある壁にたたきつける。
想像以上の力で叩きつけられ、肺にたまった空気が押し出され、痛みで喘ぐ。
「けほっ...あなた!一体―――――っ!」
「好きで」
文句を言おうと思った口が止まる。祐樹の瞳を見て、言ってはいけないと、この言葉を邪魔してはいけないと本能が悟る。
「好きで、こんなのになった覚えはない」
その言葉は、静かな教室にやけに響いた。カタリナの瞳に見えるのは全てをあきらめたかのように真っ暗な瞳が、悲しみで揺れた祐樹の姿だった。
「......悪い」
「祐樹君!?」
「ゆ、祐樹さん!?」
慌てて教室から出た勇気を追いかける梨々花とアンナ。この頃はまだ様ではなく、さんだった。
梨々花はそのまま教室をでたが、アンナは一度立ち止まり、カタリナにキッ!と視線を向けた。
「......見損ないました。あなたがその程度だったなんて」
「っ」
その言葉をぽつりと吐き、今度こそアンナは教室を立ち去った。認識なんて、ただの同級生程度、混ざりものと仲良くしている気味悪いやつら。
なのに、さっきの言葉はカタリナの心に突き刺さった。
「あうう....昔の古傷が痛みますわ....」
一番すさんでいたころを思い出し、胸を抑えるカタリナ。それをみた菜々あはは...と苦笑いをした。
「じゃ、じゃあ!どうやってそこから仲良くなったのか知りたいです!」
「ん?確かあれは―――――」
「ストップですわ祐樹さん!」
ヒロインの強化された肉体を存分に使い、離れていた距離を一瞬で詰めて、口をふさいだ。
「あ、それは私も気になります」
「そういえば、皆知らないですよね?」
椎菜と梨々花興味を持った。
「ギスギスした雰囲気から急に笑顔でデレデレな様子で祐樹様に挨拶を――――」
「で、デデデデデデデレてませんわぁ!」
一応反論はしているが、顔が赤いのでまったくもって無駄である。なんかこのままだとカタリナがかわいそうに見えてきたので、話題の転換をする。
「え..ええっと、み、皆さんはどういった感じですか?」
「私は、今日の菜々さんと似たような感じですわね」
とアンナ。
「私は、もともと祐樹くんに興味があったのでどこかの誰かさんのように嫌悪してませんから、普通に話しかけましたよ?」
「うぐっ」
と、ナチュラルに椎菜がカタリナの胸にグサッとする一撃を放り投げた。
「勉強教えてもらいました!」
元気よく梨々花が手を挙げる。
「............私も?」
祐樹以外の視線が集まり、表情筋の動かない顔でこてっと首を傾げた。全員がこくんとうなずいた。
「だって、あった瞬間に抱き着くのはさすがにあれですわよ」
「覚えてます?あの時の廊下が一時的に時間止まったの」
カタリナとアンナは、当事者――――というよりも、祐樹の真後ろにいたためよく覚えている。
「え?そんなことあったっけ?椎菜ちゃん」
「梨々花さん.....もう少し頭のほう何とかしましょう?」
とさらっとひどいことを言った。
「.....祐樹は、私の命の恩人。祐樹に会うためだけに、私はこの瑠璃学園に入ったといっても過言じゃない」
三年前に起きた、とある街をアビスが襲った事件。14歳だったアデルは、この街に住んでいたのだが、目の前で大好きな両親は真っ二つにされて死亡。動物型のアビスが、その爪を振るおうとした瞬間、アビスの体は、胸から出てきた真っ黒な剣に貫かれ、そのまま真っ二つに。
「.....大丈夫か?」
それが、二人の出会いだった。
「へぇ....素敵な出会いですね!」
「でしょ。菜々はいい子」
「えへへ...」
「.....え?今のどこかで素敵な部分ありました?」
当たり前のように素敵といった菜々に対し、突っ込みを入れるカタリナ。
「.....五人とも。どうやら休憩は終わりのようだ」
いつの間にかカタリナから解放されていた祐樹は、持っている端末に目を落とす。隣では、祐樹の腕を掴み、密着するようにその端末を覗き見ていた。
「どうやら、出動中のギルドチーム『ローゼンメイデン』が接触したけど取り逃がしたようだ。方向的にこちらに来る可能性が高いから、全員、ジャガーノートの準備を」
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