一日目ーーー③
「………あれ?今なにか聞こえませんでした?」
「?」
いよいよ、ヒロインの思惑巡る大運動会の一競技目が始まろうとしていた時、菜々がなにやら聞こえたのか、耳をすませ、それを無事にに思って近くにいたアンナが同じようにして耳をすませる。
「……特に、私にも聞こえませんわよ?気の所為ではなくて?」
「………うーん?」
謎に引っかかるが、今は気にするべきところが違うので、一旦脳の端っこに置いておく。
勿論、裏では祐樹がジャガーノートと無人機を駆使して、侵入者のお掃除をしているので、恐らくだが聞こえたのはその侵入者の悲鳴だろう。
「………おい、あの小さいヤツ、資料にあったか?」
「あん?……本当だ、新しく入った?ヒロインか?」
「その話お兄さんにじっっっっっくり聞かせて欲しいなぁ」
ガシッ!と迷彩服に身を包んでいる男二人の頭を掴む青年が一人。ギギギと壊れたロボットのように頭をゆっくりと動かすとーーー
「それじゃーーーーてめぇらの血の色を教えてもらおうかこの犯罪者共が」
ザン!と祐樹の背中から現れる二つのアビスの腕。
「「ヒッーーーーー」」
当然、その後、二人の姿を見たものは誰もいなかった。
「っ!?」
そして、人一倍何やら耳がよく聞こえる菜々は、定期的に聞こえる悲鳴に恐怖を覚えたとか。
「最初の競技は、いきなりの障害物競走ですね!」
「……ねぇ、加奈惠ちゃん!私が知ってる障害物競走じゃないんだけどー!?」
なにこれー!?と外部入学の菜々がグラウンドに設置されている障害物を見て悲鳴が上がる。クラスのみんなはそんな菜々を暖かい目で見ていた。
ヒロイン大運動会の日程は、一日目に個人競技主体の種目、二日目にクラス、そしてギルド主体の種目、最終日にちゃっとしたエキシビションをして、パーティーをして解散という流れになっている。
一日目は個人種目で、一人三種目にまで出ることが出来る。競技の数は少ないのだが、如何せん日本全国のヒロインが集まっているから、1つやり終えるだけでもかなりの時間が掛かる。
一般の障害物競走なら、跳び箱や平均台ハードルなどの障害物があるが、ここにいるのは全員が身体能力が魔力によって強化されているヒロインである。
菜々の目の前に広がるのは、椿原の全技術を集結させた、人工アビスの腕が振り下ろされる一本道、一体どうやって掘ったのかとい言いたいほどの10メートルを超える穴……などなど、一度でも気を抜けば普通に怪我をしてしまいそうなものばかりである。
「ちょ!?本当にあれ大丈夫なんですか!?」
「大丈夫ですよ菜々さん。この障害物で大きな怪我をしたという人は聞きませんし、ちゃんと親切設計にーーーーー」
ウィーーーーン、シャコシャコシャコシャコ…………。
加奈惠がそう言った瞬間、人工アビスの腕が物凄い速さで腕を上下に動き始め、そのスピードを見た全校生徒が全員顔を青くした。
「………り、梨々花さん大丈夫でしょうか」
自身のギルドメンバーを思いながらスタートラインを見つめる菜々。
「大丈夫ですよ、きっと」
「そうですわ。梨々花さんは私達のギルドメンバーですもの」
と、後ろから椎菜とアンナが菜々の肩に手を置いた。
ーーーな、なにあれー!?
スタートを待機していた梨々花は、目の前にいるヒロイン越しにあまりの速さで振り下ろされる腕を見て心の中で悲鳴を上げていた。たらりと頬に流れる冷汗。周りを見れば誰しも同じような顔をしているが、そんなのお構い無しにレースは無常にも進んでいく。
至る所からきゃー!やらいやー!やらと悲鳴が聞こえ、なんとかゴールはできるものの、全員ボロボロの様子である。
そして、いよいよ次は梨々花の出番。梨々花は胸の前で両手を組み、目を閉じる。
ーーーお願い祐樹くん…私に力を貸して!
そして、戦闘時のルーティーンである、祐樹から誕生日としてもらったプレゼントであるネックレスに触れる。これが、戦闘時と普段時で自分を切り替えるスイッチ。
今この瞬間、元気ハツラツで、お馬鹿で可愛い梨々花はいない。ただただ冷静にアビスを倒す、一人のヒロインだ。
パァン!とピストルの音が鳴り、ビビっているヒロインから一人だけ抜け出す梨々花。その姿を見た瑠璃学園メンバーが喜ぶ。
「梨々花さん、すごく早いです!」
「あの子、見た限り戦闘モードに入ってますね」
第一種目は、10メートル以上の幅がある穴を飛び越えること。落ちてもスポンジが身を守ってくれるが、梨々花はしっかりとそれを飛び越えクリア。空中でくるりとしっかりと魅せていくのも忘れずに、二つ目に向かった。
「………ん?」
そして、そのざわめきを聞いた祐樹がくるりと後ろを振り向き、椿原から提供されている無人機(ステルス機能付)の画面を呼び起こす。その内一機だけ、祐樹が大運動会を見たいため、グラウンドの方へ飛ばしているのだ。
「…そうか、始まったか。頑張れよ梨々花」
画面に写った梨々花に優しく笑った祐樹。次の瞬間には、冷たい顔色に戻り、目の前にいる山のようになっている不法侵入者を見つめた。
「………こりゃ五十人どころじゃないな。この後もわんさか侵入してくる……はぁ、めんど」




