かくして、大運動会は始まるーーー①
曰く、最優秀賞を取ったヒロインは祐樹との一日デート券を進呈する。
曰く、噂の出所はアルフヘイムだと言う。
曰く、その話はハミングバードから盗み聞ーーーコホン、話が耳に入ったのだという。
「………なるほど、とりあえず三人が悪いということか」
「ごめんなさい祐樹さん……ほら、お口開けて、食べさせてあげますから」
「結構です………」
あれから、合流したハルモニアと花火と共に食堂に向かい、事の話を聞くことに。結論としては早とちりした沙綾が悪いのだが、盗み聞きしてた二人も悪いということで、現在三人は祐樹のご機嫌取りをしていた。
もちろん、そんな光景を見てるお姫様の菜々は当然面白くないわけで…………。
ーーー……私の案なのに。
プクー、と頬を膨らませながら紅茶を飲んでいた。
「……菜々さん、ごめんなさい……まさかこんなに大きくなるとは思わなくて」
というか、ぶっちゃけ言うと美冴が何もしなければ噂はあのまま嘘として流れたのだが、嘘を真にした美冴が80パーセント悪いのだ。
菜々の隣に移動してぺこりと頭を下げた沙綾。
「………別に、私は沙綾さんに対して怒ってないです……」
「……?それでは、どうしてそのように不機嫌そうなんですか?」
「……………」
菜々は黙って上級生二人に囲まれている祐樹を見つめる。その目に浮かぶのは嫉妬。はたまた、独占欲。
「………なるほど、菜々さんも祐樹さんのことをお慕いしているんですね?」
「……お慕い……?」
聞き馴染みのない言葉に、菜々の視線が沙綾に向かう。
「違うんですか?」
「……そもそも、お慕いの意味が分からないです………」
「そうですか……では、表現を変えますね。菜々さんは、祐樹くんのことを”好き”なんですよね?」
「……………!?」
一瞬にして菜々の顔が赤くなった。
「ち、ちちちちち違います!!」
「? 朝凪さん?」
「わわっ!な、なんでもないです!」
ソファに、憔悴からかぐでーと背中を預けたままボーッとしていた祐樹だが、自身の姫様の声だけはしっかりと聞こえたので、頑張って体を起こした。
しかし、明らかになんかあったような赤い顔だったため、祐樹の顔には疑問が浮かぶばかり。
「ほ、本当になんでもありませんから!さ、沙綾さん!ちょっとこっちに!」
と、慌てて菜々は沙綾の手を引っ張り、どこかへ去っていった。
「……なんだったんだ?一体………」
「……そうね、祐樹くんがいずれ解決すべき問題よ」
「そうね……勿論、私たちにも関係ある問題なのよ」
「………なんなんだ?一体………」
小鳥遊祐樹。誕生日が来れば16歳。
ヒロインの心、英雄知らず。
ちなみに、祐樹のことが明確に好きだと表現しているのは神楽しかいないので、この大量にいるヒロインレースは神楽が周りより一歩リードしている。
「…………分からないんです」
「分からない、ですか」
沙綾の手を引き、中庭のとあるベンチまで連れていき、そこに腰を下ろし、しばらく黙っていた菜々。ぽつりぽつりと話し始めた。
「お師匠様と出会ったのは、入学式の日です……その日、私は花火様にほぼ強制的にアビスの討伐隊に入れられ……そして、お師匠様のその背中に憧れました」
今でも鮮明に残っている。祐樹が自身を後ろに庇い、1発当たれば命をかすめ取る凶刃から守ってくれたあの光景。
あの背中に、あの姿に憧れ、菜々は祐樹に教えられ、厳しく鍛えられてきた。ガーディアンの契りを結んだ初日に多少のトラブルがあったが、それでも二人の師弟としても、人間関係としても、どこか周りよりも親密だったとは思う。
だが、菜々には未だに分からない。
祐樹に会うと嬉しいーーー分からない。
祐樹と喋ると楽しいーーー分からない。
祐樹が、朝凪隊以外の誰かと喋っているとつまんないーーー分からない。
祐樹が、自分以外に見せる笑顔がたまらなく羨ましいーーー分からない。
「でも、今は何か……色んな気持ちがぐるぐる自分の中で渦巻いてて……ぐちゃぐちゃで……分からないんです」
「……なるほど……つかぬ事を聞きますが菜々さん。今まで、本気で恋をしたことがありますか?」
「……え?………ない、です……」
「そうですか………私から言えることは、自分としっかりと向き合う……しか言えないんですよね、残念ながら…」
あはは、と言いながら軽く笑った沙綾。
「菜々さん。敵にあんまり塩を送るような真似はしたくありませんが……勝負は常に、公平に、です」
「……えと?」
「負けませんよ、菜々さん。大運動会も、祐樹くんとのデート券も……恋敵としても」
こうして、色々なヒロイン達の思いが渦巻く中、ヒロイン大運動会は始まろうとしていた………。




