波乱ーーー①
深夜、任務に出ているヒロイン以外が全員寝静まった頃に、裕樹達は瑠璃学園へ戻ってきた。裕樹の背中には、フェンリル極秘研究所で保護した相澤金星がすやすやと眠っている。
「到着。お疲れ様、裕樹」
「お疲れ様です、学園長……それより、なんでヘリ酔い大丈夫なんですか?」
行きは酔いすぎて、椿原に着いた瞬間にトイレにてリバースした美冴なのだが、帰りは大丈夫だった。
「なに、それすら気にならないほどに考え事に没頭していたのだよ……それこそ、ヘリ酔いなん的にならないほどに」
「………それなら、毎回没頭して欲しいんですけど」
「無知言うな。君は私に頭の使いすぎてぶっ倒れろと言いたいのか?」
と、どこか呆れ顔で言った美冴の顔は疲れ切っていた。それほど、頭を動かしたという事だろう。
「冗談ですよ……保健室では、綾瀬先輩が待ってるんですよね?」
後方科生徒会長、片桐綾瀬。美冴からの連絡を受けて、二時間前から待機済みである。
「あぁ……そうだ、それと朝凪隊には諸々と私が説明しておこう」
「はい、助かります」
この諸々には、裕樹の仕事内容についても入っているが、裕樹は全てを分かったような顔で頷くと、保健室へと向かった。
「いらっしゃい、裕樹くん。待ってたわ」
メガネに光を反射させながら、青色の瞳が裕樹を見つめた。
「すいません、綾瀬先輩。もうこんな時間なのに………」
「大丈夫よ。明日ーーーいえ、今日は授業免除させてもらってるから」
とは言っても、既に綾瀬は必要な単位は取り終えているので、出るのは合同授業だけでいいのだが。
「さ、この子をこちらへ」
「はい」
裕樹は、ゆっくりと綾瀬におんぶしている金星を預け、ベッドに寝かせ、色々と器具を綾瀬に着けた。
「………うん、特に心機能も安定してるし、呼吸も正常………眠っているだけね」
「……フゥ、そうですか…………」
そこで、裕樹はようやく安堵した。
「それで、今回のお仕事はどうだったの?」
「……………最悪でしたよ」
綾瀬は、裕樹の仕事内容を事細かに知っている数少ない人の中の一人。
思い出しただけでも、怒りが湧いて出てくる。膝の上で握りこまれている裕樹の拳を、綾瀬は優しく手のひらを重ねる。
「貴方が何人殺し、どんな死を目の前で見たのかは共有出来ないけれど………それでも、私達にはその心を癒すことしか出来ないの………ごめんなさいね。貴方のことを知っておきながら、こんなことしか出来ないくて………」
裕樹の心は既に壊れている。それはいつだった頃からは知らないが、裕樹が初めて人を殺した時には、特になんとも思わず、その死体をゴミを見つめるような目で身を下ろしていただけだ。
彼女たちを思いやる心も、仲間が死んだ時に流す涙の心もある裕樹だが、やはりどこか歪で、壊れている。それは、アビスに寄生されたからかどうかは知らない。
「………いえ、それでいいんです……綾瀬先輩達が俺の味方で……俺の傍にいてくれる限り、大丈夫ですけどーーーー」
しかし、最近は裕樹の心は一人の少女と関わっていくうちに、徐々に変化の兆しを迎えている。
かつてまで見られなかった変化に、綾瀬は青色の瞳を驚かせる。
「………すいません、今はこのままで……」
「………えぇ、存分に甘えなさい。そのまま押し倒しても構わないから」
「あ、それはしないんで大丈夫です………」
「………いけず」
裕樹は、優しく綾瀬を引き寄せ、縋るように抱きしめ始めた。
「……ねぇ裕樹。私とガーディアンの契り、結びましょう。そしたら、こうして堂々と甘えていいから」
「………先輩、既に姫様いますよね……」
今更だが、ガーディアンに守られる立場にいる下級生のことを姫様、またはお姫様と言う。




