逃走ーーー①
「あ―――待ってください!」
「ひょおおわぁ!」
濡羽色の少女―――朝凪菜々は、引っ張いていた少女の手を逆に引っ張り返す。その反動で、後ろに倒れこんでしまったが、少女の目の前には、先ほどのアビスがいつの間にやら生やしていた新たな腕が地面へと突き刺ささり、あまり乙女とは言えないような声が響いた。
「アンナさん大丈夫!?」
「え....えぇ。助かりましたわ」
アンナ・フューネ。どことなく上品な雰囲気を醸し出している少女。青色の髪をストレートミディアムにしており、紅色の瞳で、中等部のころからこの瑠璃学園に所属している少女だ。
中等部のころから優秀な成績を収めており、アビス相手にも冷静に戦える実力者――――なのだが、今のアンナにそんな覇気はなかった。
「バカっ!ぼさっとすんな!」
遠くのほうでアビス本体とやりあっていた祐樹が、アンナと菜々の目の前に躍り出て、二人を狙う凶刃を弾き飛ばす。空いた穴は、いつの間にかいたアデルのほうに任せた。
「ゆ、祐樹様!」
「アンナ!早くジャガーノートの起動をしてそいつを守れ!」
「っ、はい!」
アンナは、右手の中指に嵌めた指輪をジャガーノートのコア部分に触れさせ、起動させる。コア部分に魔力が流れ込み、音を立てながら変形してく。
ジャガーノート可変式大剣型『レーヴァテイン』。真っ赤な炎を連想させるほどに赤く、それでいて美しいフォルムをしている。
大剣ではあるのだが、扱いやすいように軽量化されているが、威力は上がっているという謎の設計。
「祐樹様!連携しますか!」
「いやっ!今はっ!いいっ!」
ダインスレイブをふるいながら、自身の何倍もの大きな鉄の腕を次々と弾き飛ばしていく祐樹。菜々は、そんな祐樹の姿をじっと見つめていた。
「....この感じ。撤退するか」
チリっとまたもや首筋に感じる同胞の何かを感じ取る祐樹。攻撃が止み、梨々花たちが戦っていたほうを見たが、この場の戦力では倒しきることができず、悔しそうに虚空をにらみつけていた。
「すいません祐樹さん....倒しきれませんでしたわ」
しゅん...と三人を代表して、カタリナが謝った。先ほどのアデルに向けていた態度と同一人物には思えないほどしゅんとしていた。
「いや、謝る必要はない。あれは、確か三年生が標本として捕獲していた難易度A-クラスのアビスだ。本来ならギルドで倒すのが一番いいといわれる手合いだ」
アビスには、エル・ドラドが設定している危険度というものがあり、種類はD~SSまで分かれている。
D~B+までが一人、もしくはペアで倒せる小型なのだが、A-からは、ギルドと呼ばれるチームによって討伐することを推奨している。
「それに―――そろそろ状況説明にあの人がでてくるだろうし」
「えぇそうね。まぁ、君には説明はいらないと思うんだけど」
コツ、コツとすでに自身の武器である斧型のジャガーノート起動させている少女が祐樹たちへと歩み寄る。
「先輩」
「のんのん祐樹くん。先輩ではなく、お・ね・え・さ・ま♡でしょ」
瞬間、祐樹の額に青筋が浮かび上がった。
学年が違うヒロイン同士での絆を重んじる制度の一つとして、師弟関係を結ぶガーディアンの契りがあげられるが、もう一つ。何やら変な風習がある。
「今までは中学生だったから注意しなかったけど―――ほーら。もう高校生でしょ?あきらめて私のことお姉さまと呼びなさい?」
なにやら、上級生は自身のことを○○様と呼ばせていることだ。
「ぜっっっっっっったいにいやですね」
たくさんのためとともに否定する。逆になぜ高校生になったら呼ばないといけないのかという疑問がでた。
先輩と呼ばれたこの人物。新名花火と呼び、この瑠璃学園でも上位に入る実力とアビス討伐実績があるのだが、なんかいろいろと言動のせいで損をしているヒロインだった。
そして、なにより祐樹が一番の不安の種として、無意識のうちに苦手な人だと判断した人物である。
「花火。無駄話はいいから、早くこの状況を説明して」
雄一、同じ二年生であるアデルが花火へ早くしろという視線を投げる。表情筋は動いていないが、どことなく何やら不機嫌そうだ。
「あらら....こほん。祐樹君が言う通り、あれは三年生の先輩方が、研究のために捕獲したA-級機械生命型のアビスが逃走しました………正直、アデルがいたとはいえ、良くもちこたえと思うよ」
と、真面目な顔をして説明を始めた花火。正直言うと、誰かは怪我をしても仕方がなかったとは思っているが。
「だって!こっちには祐樹くんがいるもん!当たり前だよ!」
「そう。祐樹がいるから当たり前」
「祐樹さんがいるから当たり前です」
と、梨々花、アデル、カタリナがほぼ同時に言った。
「………なんか恥ずいんだけど」
「……ふふっ。そうですね。祐樹くんがいるから大丈夫ですもんね」
と、それを聞いて花火も笑った。