慌ただしい入学式ーーー①
今から約100年前。人類は、アビスと呼ばれる謎の生命体によって、壊滅の危機に陥っていた。
目的不明、何故人を襲うのかも不明、どこから来たのかも何もかもが不明な存在は、全人類を恐怖のどん底まで叩き落とした。
現代兵器は何もかも効かない。核ミサイルを打とうが、全てアビスの養分にされ、不定形だったアビスは機械という新たな体まで手に入れさせる事態となった。
奴らは色々な形で人間へと襲いかかり、ある時は影、ある時は動物、ある時は人型の姿になり、捕食、寄生、成長を繰り返しながら、人類を翻弄した。
何もしなければ人類は滅亡する。さすがに危機感を覚えた政府は、アビスという共通の敵を目の前にして手を取り『対アビス』という目標の元、一つになった。そして、開発したのが、世界の技術と魔法の力によってできた一つの可変式武器。
人類の希望と、アビスの滅亡を期待され、『ジャガーノート』と呼ばれるようになった。
しかし、これにも欠陥があり、『ジャガーノート』は10代の少女ーーーしかも、ジャガーノートに内包されている魔力とのシンクロ率が高くなければ扱えないという事が分かってしまった。
なぜ男は使えないのか。大した理由は見当たらず、幾度やっても失敗ばかり。
アビスに唯一対抗できる少女達が、前線に出て戦うのは必然。ジャガーノートを扱える少女は『ヒロイン』と呼ばれ、世界から英雄視されることになった。
「ふぁ……」
4月11日、火曜日。人工的に植林された桜の花びらが舞い散る屋上で、春の陽気に、眠気という状態異常を付与されそうになっている男が一人。
国立瑠璃学園に、強制的に入学させられた男のヒロイン、小鳥遊祐樹である。
ーーーー眠い。
今日は、入学式だと言うのに、呑気にこのまま昼寝でもしてしまおうかと考え始めた祐樹の、普通の人間よりも強化されてしまった耳が、こちらに近づいてくる音を拾った。
バタン!とドアを開ける音が一つとーーーー
「いた!やっと発見した!」
元気で、この学園に来てから多分だが一番聞いているであろう声が耳に入った。
パチリ、と瞼を開けると、真っ白な雲と、壮大な青空とともに、一人の少女が視界に映った。
「もう! わざわざこんな1番遠いところまで来て!」
「………説教もいいが、その位置、パンツ見えるぞ」
「え……わわっ!!」
指摘され、頬を赤らめさせてから二、三歩ほど下がる銀髪の少女。実際には全くもって見える気配はしなかったが、精神衛生上良くなかったので、離れてもらうことに。
「それで、わざわざお前の言う通りにこんな一番遠いところまで来て、何の用だ?梨々花」
二宮梨々花。銀髪緑眼の日本人離れした容姿を持つ少女。
高校一年生にしては、発育の良い体。そしてその美貌。きっと街の男に聞けば100人中100が可愛いと言葉にするだろう。
そして、彼女を見た時に一番目を引くのが背中に背負っている謎の鞄ーーといっても、同じのを祐樹も持っているのだが。
「それはこっちのセリフ!もうすぐ入学式が始まるのに、どうしてまだここで寛いでいるの!」
「………いや、別にほとんど知ってる顔だからやる必要あるの?」
海の上に建てられている海上都市全体が、国立瑠璃学園の敷地。中高一貫制であり、殆どの生徒は祐樹のことを知っている。
どうせ、外部入学してくるとしても、せいぜい30人程度。それくらいなら入学式なんてくそめんどいのに出なくてもいいのでは、と思っているが、梨々花は諦めが悪く、祐樹の腕をひしっ!と抱くと、引っ張り始めた。
「ほーら!今から体育館行くから、う…ご…い…てぇ~!」
「ば、バカ!あんまり急に引っ張るなって」
んー!と頑張って引っ張るが、少々ーーーいや、かなり特殊な状態である祐樹の体はピクリとも動かない。
「わ、分かった分かった……行くから一旦手を離せ」
「ほんと!」
結局、梨々花の勢いに祐樹が根負けする。なんだかんだ梨々花に甘い祐樹。ハァ、とため息をひとつ付き、すぐ側に置いていた鞄に手を伸ばして立ち上がった。
「ほら、行くぞ………握れ」
「うん!」
祐樹が梨々花に向かって手の平を差し出すと、嬉しそうに笑って手を重ねる。ギュッと握ると、祐樹は梨々花を引き寄せ、膝裏と肩に手を回すと、梨々花を持ち上げた。
「行くぞ。ちょっと飛ぶからしっかり捕まってな」
「うん!祐樹くんタクシーしゅっぱーつ!」
しっかりと首に手を回したのを確認してから、助走を開始し、屋上から跳んだ。
その高さは軽く10メートルにせまるくらいの高さまで跳び、祐樹は背中に意識を向けると、機械仕掛けの羽が突如として現れた。
「飛ばすぞ。入学式まで後何分くらいある?」
「えっと……あと20分かなぁ」
「………おい、まだ全然余裕あるじゃん……」
何がもうすぐだ。と呟くと、えへへ、と梨々花が笑った。