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自分語り

寒い朝に思い出すのは

作者: ごろり

 まだ布団の中で微睡んでいたい。そう思いながらしぶしぶ起きだす。

今朝も、この時期らしい、キンと冷える朝だ。

でも、昭和の冬は、もっと寒かったような気がする。


 幼い頃、私はいつも祖母と一緒にシングルベッドで寝ていた。

比較的暖かい土地で生まれ育ったとはいえ、冷え性で、足の指にしもやけがよくできていた私の体を、祖母はぎゅっと抱きしめてくれ、私はその腕の中で、ぽかぽかとした温もりに包まれながら眠りにつき、朝もその温もりの中で目覚めていたのだ。


 私は、祖母が五十手前のときに生まれた初孫だ。

若いおばあちゃんだった祖母は、私を溺愛してくれていた。

近所の奥さんたちとの井戸端会議では、孫である私がどれだけ可愛くて賢いかをよく自慢していたと、祖母亡き後に聞いたときは、顔から火が出そうになったが……


 祖母は、いつも私に、故郷の古いしきたりや、風習、女子としての振舞い方などを教えてくれた。

ほんわか優しいイメージの人ではなく、どちらかと言えば厳しい、凛とした女性だったが、日本舞踊をやっていたせいか、背筋がシャンと伸び、仕草も優雅で、容姿の美しさでも有名だった。


私の小学校の若い担任ですら、家庭訪問のときに対面した祖母の優雅な立ち居振る舞いと、上手に淹れてくれた日本茶の美味しさ、そしてその美しさの虜になったと、後の同窓会の席で聞いたときは驚いたものである。

何しろ、後に結婚し、生まれた自分の娘にも私と同じ名前をつけたのだと言う。それは決して私が優秀だったからあやかったのではなく、祖母に憧れてのことだったそうだ。失礼な話である。


 先ほど述べたように、女子としての振舞いについて、祖母は厳しかった。言われてからする手伝いは手伝いにあらず! 気が利かない女子おなごは一番嫌いだと言って憚らなかった。

祖父母が存命の頃は、我が家は男尊女卑がまかり通っていて、祖母は私や妹たち、嫁である母にも、普段から当然の如く男性をたてるよう言っていたし、夕食の品数は祖父と父が何品か多く、食べ始めるのも当時家長であった祖父と父が先であった。


また、祖父の前で正座をくずしたり、口答えをするなどもってのほかで、ちょっとしたことで私が祖父と口論になり、うっかり「くそジジイ!」と罵ったときなど、母の顔色が無くなり、後で「お前のせいでお母さんがおばあちゃんから叱られる……」と泣かれたりしたものである。

私は、思春期にはとても反抗的な性格だったため、そんなこと知るか!と、あまりまともに聞いていなかったが……


 そして、何と言っても祖母は海女であったため、海の豊かさと恐ろしさを私に教えてくれた。

捕れたてのアワビやサザエ、ウニなど、海辺の海女小屋で焼いて食べさせてくれたし、海に棲むという亡者の話や、漁に出る際の海上安全を祈る祭祀のやり方なども教えてくれた。


しかし、何しろ手厳しい人だったので、教育の仕方はスパルタで、あの土地の子どもにしては遅くまで金槌だった私(おそらく小三くらい?)を、小舟の上から突き落として溺れさせ、もがいて浮かび上がることを覚えさせて無理やり泳げるようにしてくれたのも祖母である。

いざとなったら潜って助ける自信があったのかも知れないが、とんでもないなぁと今でも思うし、決して真似してはいけないと思う。


 そんな祖母が亡くなったのは、私が高校を卒業し、京都の短大への進学が目前に迫った春のことだった。

病院のベッドで物言わぬ姿となった祖母を見て、私は正直ホッとした。

肝臓を患い、とても苦しんでいた祖母が、これ以上痛みや苦しみを感じなくて良いのだと思うと、寂しさや悲しみよりも、心から「良かったなあ」という思いが湧いてきたからだ。


 あれからもう数十年の歳月が過ぎ、私も、祖母が初孫の私を抱いた年齢に近づきつつある。

とてもあんな風な厳しくも美しい大人にはなってないなぁと、我が身を顧みて思う、そんな冬の朝なのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] エッセイの内容とは直接関係無いのですが、今と比べれば色々と不便で野蛮で理不尽が横行していた昔を懐かしむのは、きっと贅沢なのでしょうねぇ。 ふむ、私も立派な老害ですな!(笑)
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