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前回のお話
裸足に抜身の剣で迷宮に突入
神の試練と思われるダンジョンに足を踏み入れた秀司は、スウェットの上下に裸足で淡く光る石畳をペタペタと歩いている。そして、右手には粗末な抜身の鉄の剣で、ショートソードに分類される短めの剣だ。
淡く光る石畳は少し冷えているが、普通に歩く分には裸足でも影響が無い。
しかし、ダッシュや急停止をした場合は足が擦れて痛いのは当然だ。
秀司は一昔前のRPGの主人公のように抜身の剣を軽く振りながらダンジョンを進む。
100mほど真っすぐ進んだ先は大きな丸い部屋になっており、前方と左右にそれぞれ部屋を抜ける道が見えている。
秀司は何も考えずに左の道を選び、更に50mほど進んだ先で『カシャ、カシャ』という異音が秀司の耳に届く。
異音は通路を進んだ先の曲がり角から聞こえており、秀司は警戒感を露わにして足を止めて曲がり角を見つめる。
異音は徐々に大きくなっており、明らかに近づいてきている。
曲がり角から異音と共に現れたのは、粗末な布のズボンにシャツを纏った人型の骸骨だ。
ズボンやシャツはボロボロに破れており、ズボンの裾やシャツの袖は引き千切ったかのように丈が足りていない。
秀司は動く骸骨を見て1歩後ろに下がるが、骸骨は武器を持っておらず、身長も170㎝弱で威圧感もそれほどではない。怖いだけだ。
骸骨の顔だけが秀司の方を向いた状態で、骸骨の動きが完全に止まる。
秀司は動きを止めた骸骨と見つめ合うようにして呟く。
「う……動くんだよな?」
その言葉が骸骨に届いたのかは不明だが、骸骨は身体を秀司に向けてゆっくりと駆け出す。
「こっわ! いや……動き遅っ!」
秀司は怖がっているのか分析しているのかわからないが、骸骨の動きはお世辞にも早いとは言えない。骸骨の足が石畳に触れる際に『カシャカシャ』と音を立てて駆けてくる。
骸骨は右の拳を大きく振りかぶりながら秀司に向ってくる。
「いやいやいやいやいやいや、今時の小学生でもそんな風に突っ込んで来ねぇぞ!」
骸骨が口を大きく開けて拳を振り上げる様子が滑稽に見えたのか、秀司は骸骨に対する恐怖心を払拭していた。
秀司は足を肩幅よりやや広げて膝を少し曲げる。つま先に体重を掛けて上半身はやや前傾姿勢の構えを取る。右手に持つショートソードの鍔に左手を添えて身体の正面に持って来る。
テニスの構えをするかのような秀司の構えだが、今の秀司にとってはこの構えがもっとも平常心を保つ事が出来る。
骸骨は広い通路の中央で構える秀司に、振り上げていた右の拳を走る勢いと一緒に上から振るう。動きの遅さも相まって完全にテレフォンパンチだ。
秀司は走ってきた骸骨の拳が届く距離になる直前にその場で数㎝上に跳んでおり、左足だけで着地した後に、右にステップするようにして骸骨の突進から身を躱す。
壁を背にした秀司はステップした後は身体を骸骨に向けているが、骸骨は勢い余ってそのまま秀司の前を通り過ぎていく。
少しだけそのまま進んだ骸骨が振り返って再び秀司に向かってくる。
秀司は再び右の拳を振り上げて突っ込んでくる骸骨に呟く。
「……その攻撃ならカウンター取れるな」
再びテニスの構えを取った秀司は、骸骨の右拳が振られる直前にその場で数㎝跳んだ。そして、ステップして今度は左に避ける。
その動きはテニスで自分の左側に来たボールを、得意のフォアハンドで回り込んで打つ動きだ。
避けただけの前回と違う点は右手に持ったショートソードが、テニスのフォアハンドを打つ直前の構えを取っている点だ。
軽く開いた右脇に右肘は曲げられており、伸ばした左腕が身体の前に出て腰は捻られ、膝は軽く曲がった状態で、手に持つショートソードの剣先は天井を向いている。
秀司は骸骨とすれ違うタイミングで少し上に跳んで、ショートソードを横振りに一閃する。
「んぅぅ……あぁ!!」
秀司の剣術はド素人でもテニスのフォアハンドなら話は別だ。
フォアハンドを打つ際に胸付近の高さは、もっとも力が入る高さであり、その高さのボールを打つのを得意としている選手は多い。
軽く跳んでショートソードを振れば、秀司の得意な高さに170㎝弱の骸骨の首が来ている。
秀司のショートソードは吸い込まれるように骸骨の首に直撃して、頭と胴体が分かれた骸骨は崩れるようにしてその場に倒れた。
倒れた骸骨を見つめる秀司はショートソードを高く掲げる。
「勝ったぁぁ!」
動く骸骨を剣で倒すのは気分が良かった。漫画やゲームの世界に入ったかのように秀司の心を掻き立てた。
秀司が素手であれば話は違っていたが、骸骨が素手で秀司はショートソードを持っている。動きの遅い素手の骸骨が再び現れても秀司の脅威にはならない。
ファンタジーやゲームの主人公気分。いや、勇者になった秀司は意気揚々と歩を進める。倒れた骸骨が消えてドロップアイテムを落とす訳でも無かった。それを確認した後はそのまま放置された。
通路を抜けた先は大きな四角い部屋で、中央に1体の骸骨が佇んでいる。四角い部屋の前方と左右には道があり、骸骨を避けて通り抜ける事も可能だが、秀司は自ら骸骨に向かっていく。
秀司に気が付いた骸骨も秀司に向って走り始めており、馬鹿の1つ覚えのように右の拳を振り上げている。先ほどの骸骨と同様に、右拳を上から下に振り下ろすような攻撃なのだろう。
秀司はショートソードを持つ右手を左肩の前で構えた状態で走る。
秀司は骸骨の上から振り下ろす右拳を骸骨の左側を半身になって、駆け抜けるようにして回避する。同時に左肩の前で構えていたショートソードを、右手だけで斜め下に向かって振る。
秀司の強く吐き出した息と共に、バックハンドのスライスショットの要領で振られた一撃は、骸骨のあばら骨の下にある剥き出しの背骨に叩きつけられる。
しかし、先ほどのフォアハンドと違ってスイングスピードは遅く、骸骨の背骨を断ち切るには足りていない。
前方に走りながら打つテニスのショットとしては、スライスは有効な選択だが、同じ動きを戦闘でした場合は、剣を振るスイングスピードは遅く、込められる力も弱くなってしまう。
前回と同様にフォアハンドでカウンターを取れば無難に終わった戦闘だったが、勇者秀司は調子に乗って選択肢を誤ったのだ。
骸骨の背骨にショートソードが食い込んだような状態で止まってしまう。
(やっべ!)
骸骨は身を低くしている秀司の頭を狙って、握り込んだ右の拳を高々と上げる。
秀司に骸骨の予備動作は見えていない。
しかし、秀司は慌ててショートソードを無理やり両手で持って、ショートソードを右に振り上げるようにして骸骨を持ち上げてしまう。
ショートソードを両手持ちにすれば、体重の重くない骸骨を簡単に持ち上げる事が出来たのだ。
しかし、この状態を維持しても骸骨に顔面などを蹴られてしまう可能性がある為、秀司は素早くショートソードを振り下ろして、骸骨を石畳に叩きつける。
骸骨は『ガシャン!』と大きな音を立てて地面に叩きつけられ、その際に様々な箇所の骨が折れてしまう。特に頭部は半分以上が割れている。
秀司は動かなくなった骸骨から少し離れてジーっと様子を窺う。
そして、骸骨を石畳に叩きつけた際に抜けたショートソードを高く掲げる。
「……勝った!」
しかし、今回の戦闘では反省点も多く、調子に乗ってスライスショットで斬りつけたのが失敗だった。切れ味の鋭い武器であれば、骸骨の骨を断ち切る事も出来ただろうが、秀司が持っているのは細かい刃毀れや傷のある粗末な鉄の剣だ。
秀司は攻撃方法をミスした事実を素直に受け入れて、次の戦闘では気を付ける事を心に決める。
四角い部屋を抜けた通路では骸骨との戦闘は無かったが、次の大きな四角い部屋の中央で佇む骸骨と戦闘になった。
しかし、2度の戦闘と同じように右の拳を振り上げて迫ってくる骸骨に、秀司は自慢のフォアハンドの動きで骸骨の首を一撃で叩き切った。
あっけない戦闘だったが、倒れた骸骨の骨に触れれば骨は固く、この骨が秀司の身体に叩きつけられれば、少なくないダメージを負うだろう。
秀司の装備は何処にでもあるスウェットの上下だ。防御力という点では期待できない。
厳しい練習での疲労は抜けておらず、万全の状態ではなかったが、ゲームのような世界で舞い上がった秀司は、疲労を忘れて迷宮を突き進んだ。
その後も通路で遭遇した骸骨や、四角い部屋の中央で佇んでいる骸骨も首を斬り飛ばし続けた。
ダンジョンの通路で曲がり角などの死角がある際は、耳を澄ませて音を確認し、大きな部屋に入る前は大きく息を吐き出して戦闘に備えた。部屋に入らなければ骸骨は襲ってこないが、部屋に入ったのを見られた瞬間に駆けてくるのだ。
そういった緊張感は秀司の気力と体力をゴリゴリ奪っていく。
少し涼しいダンジョンの中でも、秀司はテニスの練習でもしているかのように汗を流している。更に度重なる戦闘で足の裏には少なくない傷を負っている。
ダンジョンに入って数時間が経過した秀司はトボトボと通路を歩く。
(あぁぁ……喉乾いたなぁ……)
秀司は振り返って来た道を見るが、頭を左右に振って前に進む。
迷子である。
これまで大きな部屋には入ってきた道とは別に2つか3つの道があったが、秀司は常に何も考えずに道を選び続けてきた。同じような通路に同じような部屋が続き、気が付いた時には完全に帰り道がわからなくなっていた。
進んでいるのか戻っているのかもわからない通路を、秀司は項垂れて前に進む。
(腹……減った……)
秀司は大きな丸い部屋に出るが、中央に骸骨はおらず、進める道は2つだ。
(はぁぁ……右で良いや……)
初見の部屋なら戻れば良いのだが、似たような部屋が多すぎて既に判別は不可能だ。
その後も歩き続けた秀司の動きには陰りが見え、骸骨の首を飛ばすキレのある剣筋にも影響が出ている。しかし、疲れた状態でも身体に染み込んだフォアハンドの動きは健在で、ワンパターンの骸骨は秀司の敵ではなかった。
骸骨が2体同時に出現すれば状況は変わったのだが、通路でも大きな部屋でも骸骨は常に1体だった。
戦闘と迷子で疲れ果てた秀司の前には、既に何度目かの大きな部屋が見えている。
しかし、秀司は部屋に入る手前でピタリと動きを止める。
運悪くこちらを向いている骸骨の手には、持ち手だけが持ちやすく細みだが、2Lのペットボトルほどの太さと長さの木の棒を持っているのだ。
遂に骸骨が素手から粗末な木の棍棒を持つようになったのだ。
秀司は簡単に骸骨の攻撃パターンを予測して、大きく息を吐き出してから部屋に足を踏み入れる。
秀司が部屋に入った瞬間に棍棒を振り上げた骸骨が駆けてくる。
(またワンパターンか?)
秀司の予測通り骸骨は振り上げていた棍棒を上から下に叩きつけるように振るう。
秀司はパターン化されたような動きで左に回避するが、秀司はショートソードを振る事が出来なかった。
棍棒を持った骸骨は素手の骸骨と違って秀司の前を駆け抜けない。棍棒を振る際の最後の1歩は強い踏み込みと同時に足を止めている。
秀司の間合いの外で止まった骸骨に、ショートソードを振る事は出来ない。
骸骨は秀司に向って1歩踏み込み、下げていた棍棒を雑に振り上げる。
秀司は骸骨が踏み込んできた段階で後ろに小さく跳んでおり、着地と同時に後ろ向きに走って骸骨から距離を取る。
距離を取られた骸骨は再び棍棒を振り上げて駆けてくる。
(パターンは同じか)
秀司はフォアハンドの構えを取って骸骨を迎える。
骸骨が最後の1歩を踏み込んだと同時に棍棒が振り下ろされるが、秀司はそのタイミングでフォアハンドの構えの体勢を維持したまま小さく後ろに跳ぶ。
秀司の足が石畳に触れ、骸骨の棍棒が空を切った瞬間に、秀司は右足を前に出し、左足を強く踏み込んで、木の棒を振り下ろした直後の骸骨の首にショートソードを叩き込む。
頭と胴体が分けられた骸骨は石畳に崩れ落ちた。
「はぁ……足……いってぇ……」
これまでもっとも負担の大きかった親指の付け根付近の皮が大きく捲れてしまった。
秀司は座り込んで右足の裏の皮が捲れてしまったのを確認する。
「せめて靴下が欲しい……」
呟くような秀司のボヤキに応える者は居ない。細かいフットワークなどで足の裏は酷使されており、骸骨と戦う度に状態が悪くなっていく。
立ち上がった秀司は大きな痛みのある部分が石畳に触れない奇妙な歩き方で、部屋の隅まで行って腰を下ろす。
「スウェット降ろしたら靴下っぽくなるかな……」
秀司は立ち上がってスウェットをお尻で履くかのように、下にズリ下げて足の裏を覆う。そして、立ち上がって軽くステップを踏むが、石畳に踏み込んだ足はズルっと滑ってしまう。
秀司は溜息を吐き出してスウェットを腰で履いて再び座り込む。
「……我慢するしかないか」
少しだけ休んだ秀司は1番近い通路に入って再び歩き始める。
その後も足の痛みに耐えながら通路や部屋での戦闘を重ねた。例え骸骨が棍棒を持つようになっても、集中力を維持していれば棍棒に当たる事は無い。
その後も迷宮を歩き続け、戦闘を重ねた秀司は部屋の隅で壁に背を預けてぐったりと座り込む。
(眠い……)
既にダンジョンに入って20時間ほど経過しており、体力自慢の秀司でも飲まず食わずでは限界だ。
気を付ければ棍棒に当たる事は無いが、集中力不足で危ない場面は何度もあった。このままの状態が続けば、いずれ骸骨が振る棍棒に当たってしまうだろう。
しばらく座り込んでいた秀司は部屋の隅で寝転がる。
石畳は固いが眠気の方が勝り、秀司はそのまま意識を手放そうとするが、不意に聞こえてきた『カシャ』っという音で目を開く。
部屋の中央には先ほど倒したはずの棍棒を持った骸骨が立っており、先ほど倒した骸骨は綺麗サッパリ消えている。
骸骨はその場で足踏みをするように回って、遂に寝転がっている秀司と目が合う。
「ぐぇ、マジかよ」
秀司は動きを止めた骸骨を見て慌てて立ち上がる。
既に骸骨の行動パターンは読めている。
骸骨は秀司を発見すると必ず動きを止める。部屋の中央で佇む骸骨はその場でグルグル回るだけで、秀司が通路に居る間は目が合っても部屋の中の骸骨が襲ってくる事は無い。
しかし、通路や同じ部屋の中で骸骨と目が合った後は、必ず右手を振り上げて走ってくる。
「来んなよ……マジで……」
秀司は素早く立ち上がって骸骨に歩み寄って立ち止まる。骸骨の攻撃を避けるスペースを確保した秀司は、落ち着いて骸骨の攻撃を後ろに小さく跳んで避ける。
決まりきったパターン通りに、秀司は無防備な骸骨の首にショートソードを叩き込む。
喉の渇き、空腹、睡眠不足が重なって秀司の動きは悪くなる一方だが、身体に染み込んだフォアハンドの動きだけは健在だ。骸骨の攻撃パターンが変わらない限りは、フォアハンドでの一閃は変わらないだろう。
秀司は崩れ落ちた骸骨の前で床にへたり込む。
「部屋の中はまた現れるのかよ……試練って超ハードじゃん……」
少しだけ休んだ秀司はヨロヨロと立ち上がって、1番近い通路に入っていく。
T字路を右に進んだ先は今までとは違って小さな小部屋だ。
「お? 宝箱か?」
小さな部屋の奥には宝箱のような木の箱が置いてあり、秀司は無警戒に歩みを進める。
秀司が宝箱に求めるのは金銀財宝、武器や防具、貴重な道具なのではない。
「飯……水……飯……」
秀司は崩れ落ちるように宝箱の前に腰を下ろす。剣は床に無造作に置かれ、秀司は両手で荒っぽく宝箱を開ける。
宝箱の中身を見た秀司はガックリと肩を落とす。
「食いもんじゃない……」
秀司は再び宝箱の中身に視線を戻し、赤く小さな丸い物を指でヒョイっと拾い上げる。
ビー玉のような半透明な赤い物は、手で持った感触としては硬い石である。
宝石と言われれば信じてしまうだろうが、秀司は握りしめる硬く赤い石に落胆している。
「要らない……」
大きく溜息を吐き出してから立ち上がった秀司は、赤い石をズボンのポケットに突っ込む。そして、フラフラと来た道を引き返していく。
出来る事なら迷宮を引き返したいが、似たような部屋や似たような通路に阻まれて、思うように戻る事は出来ない。
むしろ奥に進んでいるだろう。素手の骸骨を全く見ないようになったのだ。
そして、通路を歩くフラフラな秀司の前に、棍棒と粗末な木の盾を持った骸骨が現れた。
盾持ちはヤバくね?
次回は少し時間を戻して別キャラに登場して頂きます。
『秀司……お前……』をお楽しみ下さい。
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次回もよろしくお願い致します。