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神の試練  作者: しゅむ
第0章:夢
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0-4

前回のお話

最高の環境で最高の練習

※試練は忘却の彼方

 秀司は憧れのプロテニス選手である錦戸選手との練習を終えて泥のように眠った。


 そして、8時間ほどで目覚めた秀司は再び同じ部屋に居る事に歓喜する。

「イィィィッヤァホォォオオ!」


 ベッドから飛び出した秀司は寝間着に着ていたバスローブを脱ぎ捨てて、全裸で白い部屋に飛び込む。

「出せるぞ……。この部屋ならなんでも出せるぞおぉぉぉぉ!!」


 秀司の足元には愛用のラケットバッグとテニスボールが当然のように現れている。昨日と違う点は新たに出現させたテニスウェアに着替えている事だ。


 そして、準備万端の秀司は叫ぶ。

「錦戸さまぁぁぁあ! 錦戸慎也さまぁぁあああ!!」


 この日もストレッチから始まった秀司の充実した練習が始まった。練習の途中で40歳を迎えた今も世界ランキングの上位に名を連ねるテニス界のレジェンドであり、世界最高のサービスを操る名手まで呼び出した。

 日本語で話す違和感バリバリの名手から手取り足取りサービスの指導を受けた。


 秀司は食事の際に2人から貴重な経験を聞き、練習に明け暮れ、夢のような時間を終えた後はお風呂で汗を流して眠りにつく。

 秀司は朝とは違って綺麗に整っているベッドや、交換されているタオルなどに疑問は持たない。高級なホテルではそういったサービスが行き届いているものだ。


 次の日は現在の世界1位の選手も追加で呼び出して練習した。秀司にとって夢のような時間だった。


 お風呂で汗を流して最高の気分で眠りについた秀司は目を覚まして混乱する。


 見覚えのある天井。最高級には程遠い布団やシーツに枕。小さいベッドで身体を起こせば、視界に広がるのは勝手知ったる狭い部屋。


 そこは完全に慣れ親しんだ自宅である。


 ホテルの1室かのような広い部屋、大きいベッド、憧れのプロテニス選手が現れる白い部屋に通じる扉は何処にもない。紛れもなく自分の部屋である。


 秀司は驚愕と落胆が入り混じった複雑な表情で吠える。

「ノォォオオオオオオオオ!!」

「朝からうっさいわよ!! 早くご飯食べちゃいなさい!」


 自室で目覚めた上に、母に怒鳴られてしょんぼり朝食を終えた秀司は、肩をガックリ落として学校に向かう。しかし、徐々に昨夜見た夢を思い出して顔がニヤけていく。


 現実では考えられない夢のような時間だった。付きっきりで練習相手になってくれるプロのテニス選手。それも世界最高の選手だ。

 夢とは思えないが、秀司の手に残っている感触や身体の使い方などの様々なアドバイスは明確に記憶している。小さく身体を動かせば夢で練習した通りに身体が動く。


 秀司は夢の内容を思い出してニヤニヤし、アドバイスを思い出す時は真剣な表情に変わる。しかし、すぐに午後の部活動で試したくてニヤニヤする。


 そんな気持ちの悪い秀司はご機嫌で教室に入る。もちろん1年生の教室だ。

「おっはよー!」


 テンション高めな秀司の挨拶に何人かが気怠い挨拶を返すが、全く気にしない秀司は自分の席に座る。


 そんなニヤける秀司に西山が声を掛ける。

「うぃっす。ご機嫌じゃん。良い事でもあったか?」


 秀司は満面の笑顔で口を開く。

「あった! あったぞ! 最高の夢を見た!!」

「なんだ夢かよ。まぁ、良いや。どんな夢だったんだ?」

「おぉ! 聞いてくれよ!夢でな……」


 秀司の笑顔が曇っていくのを見て、西山が口を開く。

「ん? どうした?」

「いや……夢の内容が出てこないっつーか……」

「忘れちまったのか?」


 秀司は泣きそうな表情でゆっくり首を縦に振る。

「おぃおぃ! 泣くなよ!」

「……泣いてねぇよ」


 西山は今にも泣きそうな秀司の肩を優しく叩く。

「夢なんて大抵は忘れちまうだろ? 気にすんなよ」

「……いや……最高の夢だったんだよ……」


 秀司は最高の夢だった事は覚えている。不思議な部屋で白い部屋に入ってテニスの練習をした事を覚えている。

 しかし、錦戸選手と練習したという事を話そうとした瞬間に、頭に霞が掛かったように思い出せなくなった。サービスの名手や世界1位の選手との練習やアドバイスは覚えているが、秀司にとって1番大事な錦戸選手との練習内容が思い出せない。貴重なアドバイスを思い出せない。


 西山はガックリと肩を落とす秀司を慰めるように告げる。

「まぁ、思い出すこともあるし、思い出したら教えてくれよ」

「あぁ……」


 その話はそこで終わり、気落ちする秀司が他愛もない雑談を西山と交わしていれば、朝のホームルームが始まり、担任が出席確認や連絡事項などを告げていく。


 秀司はボンヤリと窓の外を眺めていると、霞が掛かっていた夢の内容を思い出す。忘れていた錦戸選手との夢の時間を思い出す。


 秀司は思わず立ち上がって声をあげる。

「思い出したぁ!!」


 秀司は教室中の視線を集める。連絡事項を告げていた担任は秀司を睨むように見つめている。


 全くその事に気が付かない秀司は西山を見つめて口を開く。

「西山! 思い出したぞ!」


 西山は慌てた表情で人差し指を口に当てて、反対の手では秀司に座るように促している。

 しかし、既に遅い。遅すぎる。


 担任はゆっくりと秀司の目の前にやってきて口を開く。

「ほー、何を思い出したんだ?」

「はい! 夢の……あっ……」


 満面の笑顔だった秀司の表情は固まってしまい、視線は助けを求めるように右往左往しているが、教室は生徒たちの堪えた笑い声が漏れている。


 教員は秀司の肩に手を置いて口を開く。

「座って静かにしてようか。そして、連絡事項をキッチリ頭に叩き込もうか」

「……はい」


 担任は素直に座った秀司から離れて連絡事項の続きを話し始めるが、秀司が真剣な表情で話を聞いていたのは極僅かな時間だけだ。

 夢の内容を思い出した秀司がニヤけるのに1分も必要なかった。


 朝のホームルームが終わって、西山と南が秀司の席に寄ってくる。


 南は笑いを堪えるようにして口を開く。

「くくく、お前ヤバすぎだろ」

「そんで? 思い出したんだろ?」


 西山の言葉に秀司は顔を輝かせるが、事情を知らない南は首を傾げる。

「何を思い出したんだ?」

「最高の夢を見たんだとさ」

「あぁー、夢って忘れるよな」


 納得した南は期待するような表情で秀司に尋ねる。

「どんな夢を見たんだよ」

「おぉ! 聞いてくれ! 昨日にし……」


 輝く笑顔で夢の内容を話そうとした秀司の表情は凄まじい勢いで曇っていく。

「せか……ノォォオオオオオオオオ!!」


 秀司は頭を抱えて絶叫した。

 錦戸選手の事を話そうとした瞬間に再び頭に霞が掛かり、錦戸選手との夢の時間を忘れてしまった。ムキになって世界1位の選手と練習した事を話そうとして、同じように練習内容がスッパリと頭の中から消え去った。


 秀司は机に突っ伏して口を開く。

「忘れたから……寝る……もう1回見る……」


 西山と南は苦笑を浮かべる。

「拗ねんなよ。また思い出すかもしれんぞ」

「あんまり深く考えんなよ」


 2人はポンポン秀司の肩を叩いて自席に戻っていった。秀司の反応からしてテニスの話になると察したのだ。深堀してはいけない話題である。


 眠くもない秀司がしばらく机に突っ伏したまま動きはなかったが、突然身体を起こして周囲をキョロキョロと窺う。

 既に授業が始まっており、秀司の動きに教員が僅かに驚いている。


 しかし、教員は不気味な笑顔になった秀司を見て、関わらない事を心に決める。怖いからだ。


 秀司は笑顔で授業の準備を始める。

(思い出した♪思い出した♪)


 不気味な秀司は授業の用意を終えて黒板を見つめる。

(あれ? もしかして誰かに話せないだけか?)


 単細胞ではテニスに限らずスポーツの世界で上に行く事は出来ない。あらゆる戦術を覚える必要があり、相手の戦術に対して有効な戦術を選択しなければならない。


 自分の長所と短所を把握するのは当然だが、相手の長所と短所も把握するのも重要だ。

 自分の長所を最大化し、自分の短所は上手く隠す。そして、相手の長所を消して短所を攻める。もちろん相手も同じように攻めてくる。

 様々な戦術を試して有効なものを特定し、試すまでもない有効な戦術は切り札として持っておく。そうやって徐々に勝利を手繰り寄せていく事で、最終的に勝利を掴む事が出来る。


 秀司も戦術などは記憶しているが、直感で相手を見抜いて対応する事が多く、作戦などに頼るよりも直感に頼る部分が大きい。


 しかし、直感はテニス以外にも力を発揮し、夢の内容が話せない事も直感的に気が付いた。そして、気が付いた事は即実行して試さなければならない。これも試合に勝つ為の術である。


 秀司は振り返って後ろの席の友人に告げる。

「俺、夢で……」


 しかし、秀司が話そうとした内容だけが頭の中から消えていく。

「え? 何? 夢の話?」


 秀司は困惑の表情を浮かべるクラスメイトに告げる。

「ごめん。忘れて」


 秀司は夢の内容が話せない事を確信し、ボーっと黒板を見つめ続ける。教員の言葉は耳に入らず、ノートに何かを書く事もしない。


 そして、ボーっとしていた秀司はカッと目を見開く。

(思い出した!!)


 そして、秀司はクルクルっとペンを回してノートに夢の内容を書こうとするが、書こうとした瞬間にピタリとペンが止まる。


 秀司は溜息を吐き出す。

(書くのも無理か……)


 再びボーっとしていれば夢の内容を思い出すが、他者に伝えるような行為は不可能だった。自分だけしか見ないと心に決めて書こうとしても結果は同じだった。


 プロテニス選手たちが秀司に伝えたアドバイスは書けなかったが、それを自分なりに噛み砕いて、自分のテニスの修正点を書く事は出来た。

 書けた部分だけを見れば、夢との関連性は少ない。真摯に自分の修正点をまとめただけである。


 夢の内容を他者に伝える事は出来ないが、修正点や改善点、アイデアとして一部を切りとる事は可能だった。

 夢の内容を自慢できないのは惜しいが、夢での出来事が消え去る事は無い。


 秀司は夢を思い出してニヤニヤしながら1日の授業を終えた。そして、テニスの天才が書いたような1冊のノートが完成した。

 何度も夢での出来事を忘れ、思い出してを繰り返して完成させたノートで、テニスに関する事だけしか書かれていない。


 そして、授業を終えれば駆けるようにして部活に向かう。

 その日の秀司は絶好調だった。


 夢での練習は現実にも作用しており、昨日の秀司とは別人のように上達していた。切っ掛けがあれば大きく上達する世代というのもあるが、秀司のレベルは1年生ながら顧問の手に余るレベルであり、有効な指導が出来ていなかったのだ。


 そんな伸び悩んでいた秀司はプロの指導で大きく飛躍したが、秀司は全く満足していない。世界の頂を目指し、そして世界の頂を知った秀司が今のレベルで満足するはずがない。


 練習を終えた秀司は帰宅してお風呂に入り、夕飯を食べてから自室でテニスの試合を観た。過去の試合で結果は知っているが、本人たちから聞いた試合中の心の動きや考えていた事、重要な場面などの話を聞いた後は、全く違う視点で観る事が出来た。


 もっと観たいという気持ちはあったが、身長を伸ばす為に秀司は早めの就寝を選んだ。


 そして、目覚めた場所は例のホテルである。大きなベッドに肌触りの良いシーツと枕。

 呆然とした表情の秀司が身体を起こした先で見たのは、夢のような練習が出来る白い部屋に繋がる扉である。


 秀司は歓喜の雄叫びをあげる。

「よっっっっしゃぁぁぁぁああああああああ!!」


 秀司はベッドから飛び降りて白い部屋に突撃していく。


 この日も秀司は夢のような練習を終えるが、最後のストレッチ中に錦戸選手が口を開く。

「明日は休みね」

「……え?」


 4日間の濃密な練習で秀司の身体は少なくない悲鳴を上げていた。当然のようにその事を知っている秀司の指導者たちは、次々に明日の練習は休みと告げてくる。


 練習は1時間から2時間程度で切り上げるのが理想で、1日中テニス漬けというのは好ましくない。負荷の高い練習を続ければ怪我に繋がり、怪我をすれば練習も試合も出来なくなってしまう。


 白い部屋を出た秀司はお風呂で汗を流した後に、寝間着にしているスウェットに着替えて、ガックリと肩を落として眠りについた。

 そして、目を覚ましてもいつものように飛び起きて白い部屋に向かったりはしない。


 ゆっくり白い部屋の前まで行き、ドアノブに触れて身体の動きをピタリと止める。

「休み……休みかぁぁ……」


 秀司の身体は練習の2日目から疲労による痛みを訴えていたが、空に浮かぶ雲をぶち抜いているモチベーションの高さで無視をしていた。しかし、大尊敬する選手たちの言葉は絶対である。


 ドアノブから手を離した秀司は白い部屋の扉にベタリと張り付く。

「うぉぉおお! 練習したいよぉぉおお!」


 しかし、休みという指示をしっかりと守る秀司は、気怠そうに部屋の廊下の先に見えている扉を見つめる。この部屋がホテルだと仮定すれば、間違いなく部屋の外に出る扉である。


 そして、ようやく思い出して呟く。

「あっ、試練……試練だ! やべぇ!」


 秀司は錦戸選手と練習を始めてから完全に忘れていたのだ。神のような者に体験させられた1年後の災害について。その災害で死んでしまう事や右手を失ってしまう事。


 この部屋で目覚めた時の試練に対する高いモチベーションは、全てテニスの練習にすり替わってしまったのだ。


 しかし、右手を失う事も思い出した秀司は頭を切り替える。

「よし。先に試練をクリアして、残りの時間で練習しよう」


 秀司はブツブツと呟きながら廊下の先にある扉に向かう。

「試練の内容ってなんだ? 外になんかあんのか?」


 しかし、白い部屋への思いを断ち切る事が出来ずに振り返る。

「あの白い部屋にずっと居たい。あそこには神が居る。俺の神々が居るのに……」


 1年後に右手を失うのは嫌だが、それ以上に白い部屋の誘惑が強い。


 扉は流行のドアノブをしており、ドアノブを引けば扉が開くワンアクション式の物だ。部屋に入る時はドアノブを押せば部屋に入る事が可能だ。


 部屋を出た秀司を柔らかい綺麗な絨毯が迎える。スウェットで裸足の秀司は素晴らしい感触に思わず『おっふぅ』という気持ち悪い声が漏れてしまった。


 出た先の正面には手摺があり、階下にはロビーのような広い空間が見えている。天井は高く、ロビーを出た先は広い廊下が見えている。


 廊下の左側には同じような扉が並んでおり、秀司は扉から手を離して手摺に歩み寄る。その際に右に視線を向ければ、左と同じように扉が並んでいる。まさにホテルの廊下のようである。


 秀司が手摺に触れてロビーを見下ろした時である。背後で『ガコン。ガチャリ』という不穏な音が秀司の耳に届く。

 扉が閉まった音の後に聞こえてきた音は破滅の音である。迂闊な宿泊者を地獄の底に叩き落す魔の音色である。


 秀司は壊れたブリキの玩具のように首を回して振り返り、オートロックされた扉を見つめ続ける。


 この状態に陥った者の行動パターンはほぼ決まっている。鍵が閉まっていると頭ではわかっていても、身体が勝手に扉を開けようと試みるのだ。


 秀司も決まりきった行動パターンの通りに、慌てて扉に戻ってドアノブを押し込む。


 しかし、『ガン!』という強い拒絶の音が秀司の耳に届き膝から崩れ落ちる。

「ぬおぉぉおお! 開かない! 出なきゃ良かった! あぁぁあああ、白い部屋に行けなくなったぁぁ……」


 秀司は両手で自分の髪の毛をグシャグシャにしながら苦悩する。

「部屋のどっかに鍵あったか? いや、フロントに行けば……フロントなんてあるんか?」


 秀司は俯いたまま無造作に掌で扉に触れる。

「はぁぁ……マジかよ……開かないのかぁ……開いてよぉ……」

『ガチャン』


 秀司は頭を跳ね上げて扉を見つめる。

「開いた? ……え? なんで? まぁ良いや!」


 笑顔の秀司は扉に触れていた手を離して、絨毯に手を着いて立ち上がる。

『ガチャリ』

「うぉおぉおおい! 何で閉まるんだよぉぉおお!」


 再び慌てた秀司は拳を握って扉を強くノックするが、扉が開く気配は全くない。


 秀司は扉にペタリと全身を張り付けて口を開く。

「嘘だろ? さっきは開いたじゃん……頼むよ……開いてよぉ」

『ガチャン』


 再び開錠の音が秀司の耳に届くが、秀司は落ち着いた様子で少し扉から離れる。


 腕を組んでジーっと扉を見つめる秀司の耳に『ガチャリ』という音が届く。

「ふっ、見切ったぜ」


 再び扉の鍵が閉まっても秀司は慌てない。


 手を伸ばして扉に触れた秀司は口を開く。

「……開いてよぉ」


 しばしの沈黙の後に『ガチャン』という開錠の音が響く。

「はっはっは! 楽勝だぜ!!」


 落ち着きを取り戻した秀司は、扉の上部に貼り付いているプレートに自分の名前が記載してある事に気が付く。

「いやいや……池田秀司ってメッチャ書いてあるじゃん……プライバシーって無いの?」


 しかし、秀司は気にする事も無く、廊下を歩き始める。部屋に入れる事が重要で、試練から戻ってきた時に再び白い部屋に入れる事が重要なのだ。

 手摺沿いに廊下を進みながら秀司は他の扉を見るが、プレートに名前の記載は見当たらない。


 そんな何も記載のないプレートを見て唇を窄めるが、特にそれ以上は気にする様子はない。俺のだけわかりやすくて良いや。程度にしか思っていない。


 そして、部屋の扉はコの字型になっている廊下に無数に用意されており、全てを合計すれば100を超えるだろう。


 秀司は深く考えずにロビーに降りる為の階段に向かう。扉の数よりも少ないが、ロビーに降りる階段は等間隔に複数用意されている。


 秀司は近くにあった階段からロビーに降りて辺りを見渡す。

 秀司の部屋があった廊下の下には大きなスペースがあり、丸い机と椅子が沢山置いてある。広いフードコートのようなスペースには、何組か座って何か飲み食いしながら会話をしている者たちの姿が確認できる。


 しかし、食事などを提供している場所は無く、どのように食事を確保するのかは不明だ。


 ロビーを挟んでフードコートの対面にあるのは2階の扉と同じ扉だ。しかし、等間隔に設置してある扉は2階よりも間隔が広い事から、中の部屋が相応の広さを有している事が窺える。


 白い部屋を思い出した秀司は一瞬だけ心を惹かれたが、グッと堪えてロビーの観察を続ける。


 ロビーから抜ける為の広い廊下の反対側には大きな両扉がある。しかし、秀司がその扉の先に行こうとは思わなかった。その扉だけは他の扉と違って大きく豪華なのだ。


 1人で開けるには勇気が足りない秀司はロビーを抜ける広い廊下に足を進める。


 短く広い廊下を抜けた先は外ではなく、ショッピングモールのように店が並んでいるが、扱っている物は同じようで、店の外にはあらゆる種類の武器が乱雑に並んでいる。


 床の優しい絨毯とは不釣り合いな店主たちが、店の奥にあるカウンターの向こうで頬杖をついて秀司を見つめている。店主たちの容姿や性別は様々で、強面のオッサンも居れば、可愛らしい女性まで様々だ。


 店の外に並ぶ武器をよく見れば、それぞれの店が専門性を持っている事が窺える。


 テニス馬鹿な秀司も男の子である。多くの店から片手剣が並んでいる店の前で足を止める。


 秀司は木の樽に鞘も無い状態で突っ込まれている剣の1つを引き抜くが、秀司から見ても剣の品質は良くないのがわかる。錆びているといった事は無いが、刃毀れや小さな傷を簡単に見つける事が出来る。


 秀司が引き抜いた剣をジーっと見つめていると、スキンヘッドで髭を三つ編みにしている強面の店主が口を開く。


「小僧、初めてだな?」

「えっ、あ……はい」


 店主はカウンターの奥で椅子か何かに座っているようで、カウンターから出ている上半身は僅かだ。短い腕が丸太のように太い店主はニヤリと笑う。


 店主の表情にビビった秀司は持っていた剣を慌てて木の樽に戻す。

「小僧……ちょっと中に入って来い」


 秀司にNoとは言えない。テニスが強いとかそんな事は全く関係ない。店主が怖すぎるのだ。武器屋の中に商品は全くない。しかし、そんな事を強面の店主に聞けるはずもない。


 挙動不審な様子で店主の前までやってきた秀司は足を止める。

「おぃ、なんか素材を見つけたら俺んとこに持ってこい」

「はい! ……え?」

「あ゛ぁ?」


 店主が秀司を睨みつければ即降伏である。

「押忍。素材を見つけたらここに持って来るっス」

「おぉ、待ってっからな」

「では、失礼します」


 秀司は頭を下げて足早に店を出て先に進もうとしたが、店の中から怒鳴り声が響いてくる。

「おぃ、小僧!! コラァ!! 武器忘れてんぞぉ!!」

「ひぇぁい!」


 秀司は恐る恐る店の前に戻って店主に視線を向ける。

「なんでも良いから外の武器は持ってけや」

「……あの……良いんですか?」

「あ゛ぁ? 黙って持ってけば良いだろうが」


 秀司はペコペコ頭を下げる。

「はい。すいません。ありがとうございます」


 大雑把に刃の長さに合わせて樽が用意されており、秀司は1番長い直剣が突っ込まれている樽から、1本の剣を引き抜いて振ってみるが首を傾げて樽に戻す。


 刃の長い剣から順番に樽から引っこ抜いては軽く振って樽に戻していく。

 そして、刃が60㎝弱の剣を引っこ抜いた際に秀司の動きが止まる。


 柄の長さは短く、両手で持つには少し無理があるだろう。しかし、この剣の長さが秀司にとっては非常に馴染みがある。

 テニスラケットの長さは概ね70㎝に届かない程度で、秀司が持っている剣は70㎝を僅かに超える程度だ。その長さは秀司がもっとも慣れ親しんだ長さに近い。


 所謂、ショートソードに分類される直剣だが、秀司が振った感じは1番しっくり来ている。


 秀司はなるべく状態が良い剣を選んで店主に告げる。

「この剣を頂きたいです」

「おぉ、持ってけ持ってけ」

「あざぁまっす!」


 秀司は頭を下げてから逃げるように進んだ。しかし、鞘も無ければ剣を吊るす剣帯も無い。その結果スウェットに裸足で抜身の剣を持つ異様な状況が生まれてしまった。


 この格好でホテルのような建物に戻るのは少し勇気が必要だ。世紀末のひゃっはーな人達でも、もう少しまともな格好をしているだろう。


 武器が並んでいた多くの店が終わった先は連絡通路のようになっているが、高い天井に柔らかい絨毯は続いており、室内でも非常に明るい。


 連絡通路を抜けた先は再びショッピングモールのようになっており、秀司に近い左側の店は店内が広いのだが、無数にある商品棚がガラガラの殺風景な店だ。

 店の奥にある清算カウンターに並ぶ店員は多いのだが、商品の種類に対して店員の人数が合っていない。


 店の1番手前にある商品棚にはリンゴとパンの2種類しかなく、店の外から見える他の棚には木材や革製の口が狭い袋も店の外から確認できた。更に商品の前には値札のような物があり、数字が書いてある。


 店の看板などは見当たらず、どのような店なのか全くわからないが、秀司は金銭を所持していない。値札のような物がある以上は持っている剣と違って、無料で貰える物ではないと理解している。


 対面の店に至っては奥にあるカウンターと複数の店員のみで、商品は全く置いていなかった。


 大きな2つの店を抜けた先も大きな店が対面しているが、カウンターと多くの店員が居るだけで、2つの店内にも商品は全く置かれていない。


 謎の店を抜けた先は巨大な広場になっており、中央にある円形の大きな噴水が秀司を出迎える。


 噴水の周囲を覆う低い石壁の至る所から湧き水のように水が漏れ出ているが、漏れ出した水は床の絨毯に落ちると消えるようになくなってしまう。


 噴水から少し離れた場所には噴水の半分を囲むように、大きな丸みを帯びた門のような石碑が10個あり、1番手前にある石碑だけ門の向こう側がすりガラスのように歪んでいる。


 ショッピングモールはこの場所で行き止まりになっており、他の場所に行く事は出来ないようだ。


 秀司はすりガラスになっている石碑に近づいて、すりガラスの部分に剣を突っ込んでみたが、引き抜いた剣に異常は無く、秀司は石碑の前で佇む。


 しばらく佇んでいた秀司は左手で頬を叩いてから、門の中に左手を突っ込んで痛みなどが無い事を確認してから顔も突っ込む。


 そして、目の前に広がる光景を見て呟く。

「おぉ……ゲームみたいなダンジョンだ……」


 秀司の目の前に広がっているのは、大人4人が横に並んで歩けるほどの広い通路であり、その通路の床や天井、側面を形成している石壁は淡く光っている。


 いつの間にか全身が門を抜けていた秀司は慌てて振り返るが、振り返った先の壁はすりガラスの門と同じようになっている。


 秀司がすりガラスになっている石壁に触れれば、触れた手は突き抜けていき、手に続いて顔を突っ込むが、突っ込んだ先で見える景色は大きな噴水広場だ。


 秀司はダンジョンに戻って通路の先を見つめる。

「ここが試練なんだろうな……」


 秀司はダンジョンの通路に向かって最初の1歩を踏み出す。

「右手は絶対死守だ! 五体満足で世界1位になる夢を叶えるんだ!」


 秀司はスウェットに裸足で、粗末な抜身の剣だけを持って通路を進む。


 暇人が言っていた。神が言っていた。

 試練をクリアすれば1年後の災害は小さくなる。


 災害が小さくなれば学校は倒壊せず、生き埋めになって右手と命を失わない。


 ようやく秀司は試練に挑む。

 1年後の災害を防ぐ為。自身の右手を守る為。秀司の夢である日本人男子で、史上初のテニスの世界ランキング1位という栄光を掴む為に神の試練に挑む。


私なら白い部屋に籠って出てこない自信がある!


今回で0章は終わりです。

次回から1章になりますが、私は0章の『日本人男子で史上初の世界1位』という部分が修正できる日を待ち望んでいます。



何でも無い事を含めて、追記や修正をツイッターでお知らせしております。

https://twitter.com/shum3469


次回もよろしくお願い致します。

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