1-13
ボス戦までの道のり
黒革鎧の骸骨が待ち受ける部屋に入った秀司はゆっくりと歩みを進めていく。
そして、秀司の両脇には頼れる相棒の小松と、泣く子も黙る美少女のリディアが並ぶ。
同じように両脇には全身鎧を従えた黒革鎧が、秀司たちに向かってゆっくりと歩みを進めてくる。
小松が秀司からゆっくり離れていくと、小松の正面を歩いていた全身鎧も黒革鎧から離れていく。
小松の意図を察知したリディアも同じように秀司から離れて、自分の正面に居る全身鎧を引き付ける。
各自が離れた事により正面の相手と1対1で戦う構図が完成する。
秀司たちの作戦通りではあるが、仲間からのサポートは受けられない。正面の相手は独力で何とかしなければならない。負けてしまえば仲間が数的不利に陥ってしまう。
負けて失うのは自分の命だけではない。仲間の命まで刈り取られてしまう。
その事実を認識した小松とリディアは忘れていた恐怖に襲われる。
そんなタイミングで秀司が雄叫びをあげる。
「ぉあぁぁあ!」
秀司にも恐怖や不安が無い訳ではない。自分が黒革鎧との対決に負ければ全滅は必至だ。仲間の命を背負っているのは秀司も同じである。
しかし、秀司はプレッシャーとの付き合い方を心得ている。
テニスでは1ポイントに掛かるプレッシャーは状況によって全く違う。重要なポイントはミスをする恐怖と常に戦わなければならない。
プレッシャーに圧し潰されない為に声を出すのは1つの手段である。
リディアは秀司に触発されたのか、柔道の試合開始前のように雄叫びをあげる。
「ヤァーー!」
プレッシャーを軽減した秀司とリディアの歩みは軽くなったが、小松の歩みは重くてギクシャクしたままだ。
しかし、秀司は小松に視線を向けない。
秀司は頼れる相棒を信頼している。プレッシャーに圧し潰されるような相棒ではない。
小松は2人と同じように声を出そうとするが、2人のように声を出してプレッシャーから逃れた経験はない。軽く息を吸い込んでも吐き出すだけだ。
小松はゲームでの重要な対戦の前に、画面から視線を上に外して小さな深呼吸をする。その際は軽く目も閉じている。
小松は藁にも縋る思いで全身鎧から視線を上に外し、目を閉じて小さな深呼吸をする。
状況は違ってもプレッシャーに対抗する方法は有効だったようで、小松が全身鎧に視線を戻した時、先ほどよりも全身鎧の動きが少しだけよく見える事に気が付く。
自分のやるべき事や全身鎧の攻撃パターンが頭に浮かんでいき、気が付けば恐怖による震えは止まっていた。しかし、秀司やリディアのように完全にプレッシャーから解放されてはいない。
小松が僅かにプレッシャーから解放されたタイミングで、黒革鎧の骸骨が秀司に駆け出した。その動きに連動するようにして全身鎧も小松とリディアに駆け出した。
秀司も突っ込んで来る黒革鎧に駆け出すが、黒革鎧は走る勢いのままに槍を突き出してくる。
ショートソードの長さでは届かない秀司は、黒革鎧の槍を体捌きで見事に避け切る。そして、そのまま踏み込んだ秀司は右手に持ったショートソードを黒革鎧の肩に向かって突き出す。
しかし、黒革鎧は半身になってショートソードを避け、秀司と黒革鎧はすれ違うように駆け抜けた。
すぐにお互いが振り返って睨み合う。
黒革鎧は半身の姿勢で槍の切っ先を秀司に向けた中段に構える。
秀司も左手のバックラーを前に出すような形で半身に構える。
先に仕掛けたのは黒革鎧だ。
中段に構えた槍は高速で秀司に突き込まれるが、秀司は落ち着いた様子でバックラーを使って受け流しながら前に出ようとする。
しかし、秀司は前傾姿勢になるだけで足が前に出ない。
秀司が前に踏み込むよりも早く黒革鎧の槍は引き戻されており、再び槍が秀司に襲い掛かる。
秀司はバックラーで槍を受け流した際に槍の軽さに驚いて前に出なかったのだ。
一撃の重さを捨てた速度重視の槍は、秀司の身体を一撃で貫くような致命傷には至らないが、当たれば確実に秀司の動きを鈍くする。
黒革鎧は一撃で殺す攻撃ではなく、相手の動きを殺す攻撃を繰り出している。
秀司は相棒の小松が好んで選択する攻撃方法を黒革鎧がしてきたと瞬時に見切ったのだ。
速さに重点を置いた槍の攻撃は秀司が前に出る時間を奪ってその場に釘付けにする。高速の突きを無視して強引に秀司が前に踏み込めば、回避や受け流しが困難になってしまう。
秀司が前に出る速度よりも、黒革鎧が槍を手元に引き戻す速度の方が圧倒的に速いのだ。
しかし、前に出なければバックラーを使った受け流しと体捌きで、秀司は高速の槍を無傷でやり過ごしている。
秀司と黒革鎧の戦いは持久戦の様相を見せ始めた。
リディアは目の前の全身鎧の剣が届く間合いに極力入らない。
剣がギリギリ届かない位置から長物の鈍器を振り回すが、全身鎧は盾をしっかり構えてリディアの攻撃を受け止める。もちろんまともに受け止めたりはしない。
斜めに構えた盾でリディアの鈍器の破壊力を流している。
全身鎧は鈍器を盾で防ぐと同時に1歩踏み込んで剣を振るが、すぐにリディアも下がって全身鎧の攻撃を回避する。
リディアの攻撃は全身鎧に防がれてしまうが、全身鎧の攻撃はリディアに届かない。
全身鎧が黒革鎧やもう1体の全身鎧に向かう素振りを見せれば、リディアはすぐに踏み込んで強烈な薙ぎ払いをお見舞いする。
リディアの攻撃は盾で防がれてしまうが、全身鎧がこの場から離れる事は出来ない。
余裕がある時にチラっと秀司や小松の様子を見れば、拮抗した戦いを繰り広げており、本当にこの状況を維持するだけで良いのか、何度もリディアを悩ませる。
しかし、リディアに打開策は無い。
秀司のように攻撃を避けてから鈍器を振っても、盾はしっかりとリディアの鈍器を受け止めてしまう。
リディアも秀司と同じように膠着状態に陥ってしまう。
小松は新しい武器である槍で全身鎧に多くの傷を付けているが、中身の骸骨にダメージを与えるには至っていなかった。
しかし、小松は慌てていない。
全ては槍を持った小松と戦う全身鎧の攻撃パターンを見極める為だ。手斧の時とは若干違う全身鎧の攻撃パターンを暴いている最中だ。
小松は全身鎧と距離を取った際のパターンまで把握に努める。
前回と違って今回の全身鎧は黒革鎧やもう1体の全身鎧を助けに行く傾向がある。
膠着状態になっている戦闘に合流して、2対1や2対2の状況を作り出したいのだろう。防御に徹した全身鎧は短時間であれば2人を相手にする事も可能だ。
その隙に黒革鎧が攻撃に回れば、膠着状態を打破できる可能性がある。
小松は「ふぅぅー」っと息を吐き出して、槍の間合いよりも更に距離を広げる。
全身鎧はチラっと黒革鎧やもう1体の全身鎧に顔を向ける。
そして、そちらに向かおうと身体を向けるが、小松はリディアと違ってその行動を容認する。
全身鎧が身体を横に向けて動き出してから、ようやく小松が全身鎧に駆け出す。
そして、全身鎧が身構える前に小松は走りながら槍を身体の横に持ってきて、腰も回して捻りを加える。
誰が見ても小松が横振りの攻撃を繰り出すのは目に見えている。
全身鎧は盾を小松に向けて防ごうとするが、小松は盾とは反対側である全身鎧の右側に位置している為、小松の槍が到達する際に全身鎧は盾で防げない箇所がいくつか発生してしまう
それでも小松の攻撃に合わせて身体や盾を動かせば、腕や頭などの重要な場所は盾で防ぐ事が出来る。
珍しく小松が息を吐き出して声をあげる。
「っ、はぁ!」
小松の槍は全身鎧の予測通り横振りだ。
腰を回して横振りに振るわれる槍は、小松が何度も見てきたある動きと酷似している。
唯一の友人であり、暴走気味な困った相棒。
秀司が何度も一撃で骸骨の首を切断してきたフォアハンドの動きだ。
しかし、小松の狙いは全身鎧の首ではない。
小松は全身鎧の盾の下を掠めるようにして、全身鎧の足首よりもやや上、足を覆う防具の中でも最も細い部分に横振りした槍の刃を叩きつける。
槍は命中した箇所を半分ほど切り裂いて止まるが、全身鎧は足の力が抜けたようにガクリと膝を着いた。
すぐに小松は槍を引き抜くようにして手元に戻しながら離れる。
小松の手には全身鎧の中にある足の骨を切った感触があった。
しかし、小松は一気に勝負を決めようとしない。まだ全身鎧の片足を破壊しただけで、近寄ってくる相手に対しては剣や盾で攻撃も可能だ。
全身鎧はすぐに立ち上がるが、片足を失った動きは非常に遅い。
小松は素早く動いて盾の届かない位置に回り込み、的確に上半身の肩や肘などの関節部に攻撃を集中させる。フェイントを加えて動けば、小松の動きに付いて来られない全身鎧は大きな隙を晒す。
小松は槍を上に振り被って叩きつけるようにして全身鎧の肩を破壊する。
剣を落とした全身鎧は残った盾を使って抗うが、小松に頭蓋骨を貫かれてその動きを完全に止めた。
小松は素早く秀司とリディアの戦いに視線を向ける。
秀司と黒革鎧はお互いに浅い切り傷はあるものの、黒革鎧の攻撃を秀司が避け続けるという膠着状態だ。
しかし、黒革鎧は小松が勝利した事を視認している。
リディアは全身鎧の攻撃を避けて鈍器を振るっているが、全身鎧の盾に阻まれている。
黒革鎧の動きが変わった事を秀司は敏感に察知して、視線を黒革鎧に固定したまま口を開く。
「小松!」
小松はそれだけで何かを察して、落ちている全身鎧の盾を拾い上げてリディアに向かって走り出す。
それとほぼ同時に黒革鎧もリディアに向かって走り始める。
しかし、黒革鎧の独走を許す秀司ではない。
「待てオラァ!」
黒革鎧は振り返って槍を振るが、苦し紛れの攻撃は秀司に当たる事は無い。
秀司は黒革鎧の足止めに重点を置いた戦いに変化する。立ち位置は常にリディアを背にするように動き、無理な攻撃もしない。
黒革鎧が秀司に足止めされている間に、盾を持った小松がリディアの全身鎧に突っ込んでいく。
小松が突っ込んで来る事に気が付いた全身鎧は、リディアから少し離れて小松に正対する。
小松は利き手の右手で盾を持ち、正面に構えてそのまま全身鎧に体当たりを仕掛ける。
小松の盾を使った体当たりは全身鎧が身構えた盾で受け止められてしまうが、勢いよく走ってきた小松の体当たりは、全身鎧に尻餅を着かせる事に成功する。
そんな隙を逃すリディアではない。
跳ぶようにして間合いを詰めたリディアは、振り上げた鈍器を全身鎧の頭に叩きつけるように振り下ろす。
しかし、リディアの重い一撃は全身鎧が掲げた盾に防がれてしまう。
それでもリディアの重い一撃に備える為に、盾の下には剣を持っている右手も添えられている。当然、両手を上げれば頭から下はガラ空きである。
全身鎧のガラ空きになった顔面には、勢いよく突き出された小松の槍が迫っている。
回避や防御は不可能だ。
小松の槍はフルフェイスの兜を正面から貫いた。
仰向けに倒れた全身鎧の胸に足を乗せた小松は、顔面に刺さった槍を引っこ抜く。
小松とリディアは視線を合わせるだけで、素早く秀司に向かって駆け出した。
秀司は背後から聞こえてくる足音で勝利を確信するが、決して油断はしない。
テニスの試合では最後の1ポイントが決まるまでは、相手に逆転のチャンスが残っているのだ。試合の終盤に勝ちを意識してからプレイの質が落ちる事もある。
また、ちょっとしたミスから相手に流れが傾いてしまい、勝利が手から零れ落ちしまう事も多い。
秀司は勝利を意識したこの瞬間が危険だと気合を入れ直すように剣を振る。
「おっらぁぁあ!」
小松とリディアが横に並んだ状態でも秀司は集中力の欠如が見られない。
3人を同時に相手にすることになった黒革鎧は、圧倒的に不利な場面でも諦めていない。
3人から巧みに間合いを取って自分に有利な槍の間合いを維持する。そして、集中力が乱れた相手に狙いを絞りたいが、有利な立場に居る3人は高い集中力を維持している。
リディアは柔道の試合を通じて実体験している。勝利を目前にした手痛い敗戦の経験がリディアの気を引き締めている。
小松はゲームを通じて身を持って知っている。特に秀司は敗戦ギリギリの場面から巻き返してくるのだ。
黒革鎧の思惑は崩れ、3人は目の前の敵が完全に沈黙するまで高い集中力を維持する下地がある。
秀司が仕掛けて黒革鎧の槍を受け流し、横から小松が黒革鎧に槍を突き入れる。
抜群のコンビネーションを見せる2人に、黒革鎧には次々に大きな傷を付けられていく。
そして、常に黒革鎧の死角を狙って動くだけのリディアだが、黒革鎧にとっては非常に脅威だ。リディアの持っている鈍器がまともに当たれば、刃物と違って骨の1本や2本は確実に砕けてしまうだろう。
小松の槍は黒革鎧の骨に傷を付け始め、徐々に動きが鈍くなっていく。
そんな追い詰められた黒革鎧の死角からリディアが鈍器を叩きつける。
黒革鎧はギリギリの回避に成功するが、その態勢は大きく乱れてしまう。
秀司は勝負所だとフォアハンドの構えを取って黒革鎧に素早く接近する。しかし、黒革鎧も見え見えの横振りを喰らってやるほど甘くはない。
縦に構えた槍で秀司の攻撃をやり過ごそうとするが、小松が黒革鎧の腕を石突で力強く叩いて、縦に構えていた槍を横に傾かせる。
黒革鎧は首を死守する為に顔を俯かせて首を守る襟に顎を埋めて、槍から片手を離して腕を犠牲にする覚悟で前に出す。
しかし、黒革鎧の腕は秀司の放つ必殺の横振りを防ぐには間に合わず、黒革鎧の骸骨が唯一防具を纏っていない顔面を上下に切り分ける。
3人は黒革鎧の顔面を上下に切り分けても油断なく後ろに跳ぶ。
そして、動きを止めた黒革鎧をジーっと見つめ続けるが、小松がゆっくりと歩み寄って槍の先端で黒革鎧のあらゆる部分をツンツンする。
小松の確認にも全く動かない黒革鎧を見て、ようやく秀司は安堵の息を吐く。
「ぶはぁ……」
そして、秀司とリディアは右手を高々と掲げる。
「勝った!」
「Yahhh!」
秀司とリディアの表情は輝くような笑顔だ。
リディアは黒革鎧をたった独りで押さえた秀司を尊敬し、頼って良いのだと心から思えた瞬間だ。
小松が苦笑気味に2人を見つめた時。
3人の視界は真っ白に染まった。
次回はボス戦。
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次回もよろしくお願い致します。




