1-10
前回のお話
ボス戦ひゃっはー
ピーーンチ!
秀司は扉を押さえていた小松が横に来たタイミングで全身鎧に駆け出した。
小松と2人なら負けないという謎の自信に満ち溢れている。
右側の全身鎧の盾に飛び蹴りしてバランスを崩させた隙に、2体の全身鎧の間をすり抜けるようにして黒革鎧の骸骨に迫る。
秀司の少し後ろでは『ガキィン!』という金属音が響いている事から、小松が上手く残っていた全身鎧と戦闘に入ったのだろう。
秀司は小松が1対1で負けないという謎の信頼を寄せており、あとは小松が来るまで粘るだけだと楽観的だ。
黒革鎧の骸骨は迫る秀司に向って槍を突き出す。
「うっ、おぉお!」
秀司は槍の速さに驚きで声を漏らすが、左手のバックラーで器用に逸らしている。
前に出ながら槍を捌くという高難度を平気でやり遂げる秀司は、槍が引かれる動作に合わせて一気に踏み込んでいく。
そして、剣の間合いに入った秀司は剣を小さく振り被る。
「よっしゃ! もら……ぐぅお!」
黒革鎧の骸骨は槍の石突を使って、間合いの近い秀司を横に吹き飛ばすように殴りつけた。
しかし、咄嗟にバックラーで受けた秀司にダメージはなく、間合いが離れただけである。
しかし、離れた間合いは槍の間合いであり、黒革鎧の骸骨が得意とする距離だろう。
慌てた秀司は黒革鎧の骸骨が持つ槍に集中するが、横で聞こえた『ガチャン』という金属音に慌てて視線を投げつける。
既に全身鎧の剣は秀司に迫っており、避けるという動作は間に合わないが、秀司はバックラーで受け流す練習を積み重ねてきた。
全身鎧の動きは今までの骸骨たちよりも速いが、秀司が攻撃を受けてしまうような剣速ではない。
秀司は全身鎧の剣を綺麗にバックラーで受け流すが、その直後に迫る槍に気が付いて身体を捻る。
槍は秀司の腕を浅く切る程度だが、秀司は迷宮に入って初めて敵の攻撃で傷を負った。
秀司は腕の痛みに顔を顰めるが、そんな事を考慮しない全身鎧が再び剣を振るう。
「初めて切られたぞ!」
悪態を付く秀司だが、その動きは速く、全身鎧の剣は掠りもしない。
しかし、秀司が動いた先に高速の槍が突き込まれる。
「ぐ、ぁっぶねぇ」
秀司は槍をバックラーで逸らすが、槍に対応した僅かな時間で全身鎧は再び剣を振り被っている。剣を体捌きだけで避けるが、避けた先には槍が襲い掛かってくる。
2体は連携するようにして秀司に襲い掛かっているが、秀司は驚異的な反射神経と体捌きで致命傷を負う事はない。
徐々に黒革鎧の骸骨が操る槍の速度が増していき、秀司の体勢が崩れたところを全身鎧が狙い始めてくる。秀司は全身を浅く切られてしまうが、それでも致命傷は避け続ける。
秀司は黒革鎧の骸骨から距離を取る為に、全身鎧の剣を後方に跳ぶようにして避ける。
「……小松は」
手に入れた僅かな時間で小松が戦っているであろう場所を確認する。
小松は全身鎧から猛攻を受けているが、ただ守勢に回っている訳では無い。時折、手斧を振って全身鎧のあらゆる部位を切っている。
攻撃パターンの把握と弱点の発見に主眼を置いた戦いだと見抜いた秀司は、改めて迫りくる2体の骸骨に視線を向ける。
黒革鎧の骸骨の斜め前に全身鎧が立っており、お互いがお互いをフォロー出来る理想的な立ち位置だ。
秀司は全身鎧に向かって駆け出すが、黒革鎧が全身鎧の真後ろに来るように位置を微調整している。
全身鎧は間合いに入った秀司を剣で薙ぎ払うように斬りつけるが、後ろに小さく跳んだ秀司には当たらず、素早いフットワークで間合いを詰めた秀司の剣も全身鎧の盾に防がれてしまう。
秀司は黒革鎧の骸骨が槍を使えないように、常に全身鎧を盾のようにして立ち位置を変える。その間にも全身鎧の剣は止まらないが、体捌きやバックラーを巧みに使って受け流す。
そして、秀司は全身鎧に無数の切り傷を付けるが、金属製の鎧を破壊するまでには至らない。
秀司は関節を破壊する小松の戦い方を思い出して、右肘や膝付近を狙うが、金属鎧が凹むだけで、思うように金属鎧の動きを制限できない。
金属鎧は劣勢を感じ取ったのか、後ろに引いていき、黒革鎧と前後を入れ替わる。
「守護者が守られるんかい!」
秀司は守護者のように立ち回っていた全身鎧に文句を叫ぶが、黒革鎧の骸骨は水を得た魚のように高速で槍を突き込んでくる。
秀司は黒革鎧の骸骨が繰り出す槍を掻い潜って、間合いを詰める事には成功するが、石突での素早い攻撃が厄介で、黒革鎧に攻撃を繰り出す事が出来ない。
そして、石突を防いで飛ばされた先に全身鎧が突っ込んでくる。
全身鎧は秀司の体勢が整うと、すぐに後退して黒革鎧と入れ替わってしまう。
しかし、秀司の目的は小松が勝利するまでの時間稼ぎである。
それでも秀司は自力で倒す事を諦めていない。
しかし、間合いに入った際に踏ん張って石突をバックラーで受け止めても、背後や横から全身鎧が襲い掛かってきて、黒革鎧に攻撃が出来ないでいた。
何度目かになる秀司が槍の間合いを嫌って、黒革鎧と距離を取った時だ。
黒革鎧の骸骨が秀司から視線を外して別の方向に顔を向けた。
秀司は黒革鎧が見ている先に視線を向ける。
「それは許容できないわ」
黒革鎧の骸骨が見ている先は小松であり、いくら秀司が小松を信頼していても、小松が2対1で自分と同じように耐えられるとは考えていない。
焦った秀司が黒革鎧の骸骨に向かうも、全身鎧が前に出て来て秀司の行く手を遮る。
「いやいやいやいや、お前の相手は俺だって!」
秀司は全身鎧の剣を受け流して黒革鎧の骸骨に迫るが、黒革鎧の骸骨は小松に向かって走り始める。
しかし、黒革鎧の骸骨が速いと言っても、秀司より速い訳では無い。
早々に追いついた秀司は振り返って突きを繰り出した黒革鎧の槍を受け流す。
「俺が相手だ。間違えんな!」
そのまま踏み込んだ秀司は石突の攻撃をバックラーで受け止めたと同時に、初めて黒革鎧の骸骨に剣を振るう。
半身になって避けた黒革鎧は巧みに槍を操って、秀司の剣を受け、同時に石突や穂先で秀司を攻撃する。
槍は近い間合いでも槍の持ち手を変えて近接にも対応可能だ。
秀司は剣で槍の柄を狙って切りつけるが、槍の柄を覆っている革に傷を付けるだけで、槍を破壊するのは不可能な手応えを感じた。
黒革鎧は槍の柄で秀司の剣を受け止めても全く焦るような事はなく、平気で秀司の剣を受けたまま槍の柄で押し込む。
秀司は黒革鎧の防具で覆われていない顔面に向かって、空いている左手のバックラーで殴りつける。
しかし、黒革鎧は身体を仰け反らせるようにして回避し、そのまま後ろにバックステップで距離を取ってしまった。
放置した金属鎧が動いた際に発生する『ガシャガシャ』という音は聞こえているが、走っているような音ではなく、ゆっくり秀司に近づいて来ている。
秀司は金属鎧が見えていなくても、音で大体の位置を掴んで警戒を怠らない。
再び槍の間合いになった事で黒革鎧が槍を突き込んでくるが、秀司は慌てずにバックラーで受け流すが、円盤のように飛んできたカイトシールドが秀司の左上腕部に命中してしまう。
防具など身に着けていなかった秀司の左上腕部は『ゴリ』っという嫌な音を立て、左腕はダラリと下がって動きを止めてしまった。
秀司は痛みで顔を顰めるが、バックステップで黒革鎧から離れる。
しかし、秀司の負傷を敏感に察知した黒革鎧が秀司を逃がすはずがない。
そして、走っているような『ガシャン!ガシャン!』という激しい金属音は確実に近づいてきている。
秀司は右手の剣と体捌きで槍を回避するが、避けきれずに切り傷が増えていく。
追い詰められた秀司だが、金属を破壊したような派手な音が耳に届く。
(小松が来る)
確信にも似た予感が秀司を安心させるが、近づいていた金属音が小さくなっている事に気が付く。
しかし、秀司は近づいて来ない金属音を気にしている余裕はなく、必死に槍を回避している。
そんな黒鎧の猛攻を回避している秀司に小松の叫び声が届く。
「秀司! 避けろ!!」
秀司は『避けてるだろうが』と小松に無言のツッコミを入れるが、背中に衝撃を受けて1歩2歩と小さく足が前に出てしまう。
秀司の耳には金属が石畳に落ちる音を捉えたが、秀司の身体や足は乱れた体勢を整えるのに精一杯で、黒革鎧の繰り出す槍を避ける為の回避行動が取れない。
秀司は槍の軌道を逸らす為に剣を小さく振るが、黒川鎧の引く事を考慮していない全力の突きの威力は凄まじく、槍を逸らす為の剣は何の役にも立たなかった。
そして、黒革鎧の槍が秀司の胸元に吸い込まれるように入っていく。
「秀司!!」
小松の声が部屋に響く中、胸元から乱暴に槍を引き抜かれた秀司は肩から倒れて血を吐き出す。
秀司が倒れた近くには全身鎧が持っていた剣が落ちている。
「あんにゃろ……剣も……投げたのかよ……ごふっ」
重心の関係もあって剣を目標物に刺す目的で投げるのは至難の業だ。しかし、鉄の塊でもある剣の重量は1㎏を余裕で超える。
そして、剣を投げて刺す目的ではなく、単純にぶつけるだけなら難しい事ではない。
1kgを超える物体が戦闘中の背中にぶつかった場合、誰だってバランスを崩すだろう。死角からの投擲であれば尚更だ。
秀司はゆっくり首を動かして走ってくる小松に視線を向けて呟く。
「わり……死ん……」
秀司は自室のベッドで飛び起きた。
荒い呼吸を繰り返し、汗は止まらず、手も僅かに震えている。
震える手で黒革鎧の骸骨に貫かれた胸元に手を当てるが、穴が空いている訳もなく、早鐘を打つ心臓の鼓動が手に伝わってくる。
徐々に落ち着きを取り戻した秀司のスマホが、メッセージの受信を告げる短い着信音を鳴らした。
秀司は目覚ましにもなっているスマホを手に取ってメッセージの確認をする。
『馬鹿。また明日』というメッセージが小松から届いていた。
「小松も死んだかな……死んだよな……」
秀司は『ごめん。また明日』とだけ返信した。
試練の内容についてメッセージに出来ず『死んで』や『死んだ?』などのメッセージは作れなかった。
大きな溜息を吐き出した秀司は目を閉じるが、とても眠れるような状態ではなく、朝まで眠る事は出来なかった。
午前2時から起きている秀司は気怠そうに2学期の最終日である学校に向かい、校長のありがたいお話を居眠りでやり過ごした。
体育館で行われた終業式が終わっても秀司は自分の教室に戻らず、小松の教室にやってくる。
「小松!」
教室は秀司が小松の名を呼んだだけで不思議な静けさが包み込んだ。
秀司は1人で席に座って軽く手を上げた小松に小走りで駆け寄る。
「体調は?」
「死んだくらい最悪」
教室は静けさから一転してざわつき始めるが、秀司は気が付いておらず、小松は全く気にしていない。
小松の言葉で全てを察した秀司が小さく頭を下げる。
「わり……俺が……」
「別に良いよ。また後で話そ」
「そうだな……。また後でな」
それだけ言って秀司は教室を出ていった。秀司が教室を出た後の小松は再びスマホゲームに集中し、外界との接触を拒絶した。
教室内は小松陽平が普通に喋ったという衝撃の事実でざわつきが収まらない。
小松が作る心の壁を突破して話しかける猛者が居なかった訳では無い。しかし、心の壁を突破しても、人見知りが激しい小松と会話できる者が居なかったのだ。
徐々に話しかける者は居なくなり、小松は1人で居る事が多くなった。そして、クラスメイトも小松とは関わらなくなっていった。
そんな小松が学校でもそこそこ有名な池田秀司と話していた。それも普通に話していた。小松とは正反対とも言える性格である秀司と話していた。
そんなざわめきは担任が教室に入って来た事で中断させられ、クラスメイトが事情を小松に尋ねたくても、ホームルームが終わった直後に小松は足早に姿を消してしまった。
小松のクラスに謎という爆弾を残して2学期が終了した。
秀司は午前2時を寝ずに待っていた。寝ても6時には小松が電話で起こしてくれるが、今日は午前2時を待って神の世界に行く決意が固い。
少し長い瞬きをしたような僅かな時間で、自室だった周囲の景色はホテルのような1室に変わっている。
秀司はすぐに電話を手に取って小松に掛ける。
『何? 4時間寝ようよ』
「ごめん! 油断してた訳じゃねぇけど死んじまった!」
『わかった事も多かったし、別に良いって。それよりも話は寝た後にしようよ』
「……わかった。おやすみ」
『うん。またね』
小松の声は失望も無ければ、秀司を責める様子も無かった。
秀司は少し安心して布団の中に入った。
秀司は電話が鳴り響く音で目が覚める。
「……ぁい……」
『スマホでアラーム掛けとけって言ってんじゃん!』
「……ぁい……」
『ロビーで待ってるからね』
「……ぁい……」
毎度のように小松に起こしてもらった秀司は、神の試練に来る時に着ていたスウェットと、ホテル内で使用する為に持ち込んだサンダルで部屋を出る。
秀司が眠そうにロビーに降りてくるところを見た小松は、固定席のように使っているフードコートの隅に移動する。
秀司は先に行ってしまった小松を気にする風も無く、マイペースで固定席に向かう。
小松はテーブルでサンドイッチの他に珍しくジュースも飲んでいる。
「おはよ」
「はよ……」
小松はジュースを一口飲んでから口を開く。
「まだ眠いの?」
コクりと頷いた秀司はポケットから金貨を2枚取り出す。
ご飯代として少額を小松から渡されているのだ。毎回のように小松からお金を貰っている訳では無い。
定番の和風朝食セットと100%リンゴジュースで、お腹を満たした秀司が口を開く。
「よっし! リベンジ行くか」
「馬鹿。ステイ。ハウス。座って」
腰を浮かした秀司にぐうの音も出させない勢いで小松が告げた。
そして、しゅんと肩を落として椅子に座り直した秀司に小松は告げる。
「まず装備が無い」
「……え?」
「昨日、僕たちが装備してた武器とか所持品が無い」
秀司は目を大きく見開いて固まってしまう。
「死んだら所持品は全部その場に残されるみたいだね」
「きっつ!」
「神に試練を辞めるって宣言するまで挑戦が続けられるだけマシだよ」
秀司はハッとした表情になって口を開く。
「リュック! あのリュックは!?」
「また買うしかないよね……」
秀司は座っていた椅子の背凭れに全体重を預けるようにして天井を見上げる。
「……きっつ」
「っという訳でしばらくお金稼ぎだね」
神の試練で死んだ場合、死体を含めて所持品は全てその場に残る。しかし、現実世界から持って来た物は再び持ち込む事が出来ない。
生き残った者が回収しなければ消失してしまう。
幸いな事に秀司たちが神の試練に持ち込んだ物に貴重な品は無いが、動きやすい服と靴は敵の攻撃を回避する事に長けた秀司には貴重だ。
少し真剣な表情に変わった小松は放心状態の秀司に告げる。
「まずは反省会をしようか」
秀司は小松の声質が真剣なものに変わった事を敏感に察知する。
「お……おぅ」
そして、秀司と小松は多くの挑戦者が神の試練に向かい、空席が目立ってきたフードコートで反省会を始める。
戦闘中はお互いの事を確認するのが困難だった。お互いがどんな戦闘だったのか詳細を話し、反省点や改善点を実際に戦った視点と、話を聞いた視点から意見を出し合っていった。
私の中では黒革鎧の骸骨がカッコイイ。
倒すの勿体ないなぁ……。
何でも無い事を含めて、追記や修正をツイッターでお知らせしております。
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次回もよろしくお願い致します。




