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神の試練  作者: しゅむ
第1章:迷宮
12/18

1-8

魔石見つけた!

風魔法覚えた!

おぃぃぃ! 計画と違う!

 世間はクリスマスを終えて年末年始の緩い空気に包まれている。

 秀司と小松は5日、もしくは7日ほど迷宮内で過ごして帰還という日程で攻略を進めていた。


 迷宮内で3日目の午前2時を迎えて現実世界に帰還した場合は、再び神の試練に向かった時も迷宮の中だ。現実世界に帰還していないかのように始まり、神の試練に向かう際に身に着けていた物を持ち込む事も出来なかった。


 今度こそラケットバッグを背負って午前2時を待った秀司が、ラケットバッグを迷宮内に持ち込めず、その絶望したような表情で小松を笑わせるだけだった。


 秀司たちが神の試練に挑戦して既に現実時間で10日。神の世界では30日が経過していた。


 秀司の剣は粗末なショートソードだった武器を、骸骨から回収した鉄の武器を素材にして立派なショートソードにしており、左手に持つ盾も鉄のバックラーに変わっている。

 秀司のレベルも2に上がって、無事に体に2ポイント振れている。


 小松は新たにラウンドシールドを持っている。中央と外円が鉄で作られた木製の丸盾だ。

 しかし、小松も秀司もレベルが2のままで、3に上がらない事に少し焦りを感じ始めていた。


 秀司の背負っているラケットバッグには鉄製の武具が詰め込んである。ようやく持ち込めた愛用のラケットバッグは長物を詰め込むのに勝手が良いのだ。収まり切らない刃などがラケットバッグから飛び出しているが、リュックよりも綺麗に収納されている。


 秀司と小松が迷宮から何度目かの帰還を果たしたが、噴水前がいつも以上の喧騒に包まれている。


 小松は眉根を寄せて喧騒が集中する正面の石碑周辺を見つめる。

「……あれ?」


 秀司は小松の声と見つめる先を見て喧騒の原因を察する。

「小松! あの石碑の門がすりガラスになってんぞ!」

「やっぱりなってるよね……」


 石碑は人々が取り囲んでいる為、全てを見る事は出来ないが、門の上部が辛うじて確認できる。そして、門の上部は迷宮に行ける石碑と同じように、すりガラスのように歪んでいる。


 秀司は小松に視線を向ける。

「どうゆう事だ?」


 小松は思案するような表情に変わって口を開く。

「……誰かが迷宮をクリアしたんじゃないかな」

「マジか!!」


 小松は小さく頷いて口を開く。

「うん。最近は魔石が値崩れしてるからね。かなりの数の人が迷宮の奥まで行けてるんだよ」

「あぁ、奥は魔石が結構見つかるからな」


 迷宮で鉄製の武具を身に着けた骸骨が出現する辺りから、魔石の入った宝箱が多く発見されるようになった。秀司たちと同じように迷宮に挑戦している者たちも多い為、競売屋で売られている魔石は価格を大きく下げていた。


 秀司と小松は迷宮を隈なく歩き回っている為、未だに最奥には到達していないが、最奥だけを目指して進む者たちが最奥に到達していても不思議ではない。


 先に迷宮の攻略を達成した者たちが居ても小松は慌てない。

「そろそろだと思ってたけど、僕らは僕らのペースで行こうよ」


 秀司は唇を窄めて不満を表すが、小松に反対はしない。

 未だに発見されていない魔石以外が入った宝箱に夢を見ているのだ。


 小松は聞き耳を立てながら噴水の石垣に座って、リュックを秀司に手渡す。

「僕はここでちょっと座ってるから、秀司は買取屋に行ってきて」

「え……あっ、おぅ。任せとけ」


 秀司は小松の行動が理解出来なかったが、すぐにここで情報取集すると察して素直に応じた。


 小松は離れる秀司の背中に告げる。

「予備の素材は確保してるし、全部売っちゃって良いよ」


 秀司は小松に右手を挙げて応えるだけで、喧騒のある噴水を離れていった。


 秀司には鉄製の防具も何個か作ったが、動きが鈍り秀司の長所である速さを殺してしまった。そもそも骸骨の攻撃に当たらないのに、装備で身体が重くなって良い事が無いのだ。

 ガチャガチャと音がうるさいのも秀司が不快な点でもある。


 その結果、万が一に備えて小盾を持っているが、活躍の場は殆どない。


 秀司は言われた通りに買取屋で戦利品をお金に換えて、噴水広場に戻ろうとするが、噴水広場の喧騒以上に道具屋が盛り上がっている。


 フラフラと誘われるように道具屋に入った秀司は、すぐに道具屋の商品が増えている事に気が付く。


 道具屋はかなりの人で混雑しているが、店内は広く、商品棚もまだまだ空きが目立つ。


 秀司は人が比較的少ない地図が売られている商品棚に向かう。

「……高っ!」


 迷宮の地図が置いてある隣には同じような白紙の羊皮紙が置かれており、1万Gという値札がある。迷宮の地図が100Gに対して、1万Gは高額で秀司たちでも気軽に購入する事は出来ない。


 遠くからでも窺う事が出来る商品はテントだ。

 そこも割と人が少なく、簡単にテントが売られている区画に来られた。


 テント以外にも寝袋やリュック、ランタンなどキャンプに必須な道具が売られている。

「塩にコショウもあるな……」


 次の試練で必要になるのかもしれないが、それを考えるのは小松の仕事だと秀司は思考を放棄して、人が多く集まっているエリアに近づいて聞き耳を立てる。


 秀司が聞き耳を立ててすぐに売っている物が判明する。

「……魔石? 売ってんの? マジで?」


 耳を疑いたくなる言葉が聞こえてくるが、興奮するような人々は口々に魔石が売っていると騒いでいる。売っている魔石は迷宮で発見できる8種類で、目当ての魔石を手に入れた者が笑顔で人混みから離れていく。


 秀司が次に目を向けたのが、同じくらい多くの人が集まっている商品棚だ。

「あっちは……」


 秀司はスルスルと人混みを抜けて商品棚に近づくが、これ以上は進めないという場所で再び聞き耳を立てる。


 売っている商品の情報を聞きつけた秀司は少し強引に商品棚に進む。

「あっ……すいません……いえいえ……すいません」


 肩や肘などをぶつけながらも、売られている栄養ドリンクのようなガラス瓶に腕を限界まで伸ばし、ガラス瓶の先端を指で挟んで3つ確保する。


 秀司はガラス瓶を見つめながら呟く。

「マジ? これ回復薬なの?」


 値札や名称は人混みで確認できないが、周囲の人たちの話しでは傷を癒すポーションの類だそうだ。


 魔石は既に回復の魔石を確保しており、購入の必要は無い。しかし、回復薬だけはあって困る物ではない為、秀司は独断で購入を決断した。


 回復薬のポーションは少々高くついたが、小松も許してくれるだろうと道具屋を出たところで小松と出会う。

「秀司、ここに居たんだ」

「おぅ! ポーション買ったぜ!」


 小松は秀司に顔を寄せるように手招きする。

「ねぇ、リュック売ってなかった?」

「ん? リュック……」


 秀司は小松の耳元で大きな声を出す。

「あっ! 売ってたぞ! キャンプ道具の近くにあった!」


 小松は耳を手で押さえてバッと秀司から離れる。そして、ジトっとした目付きで秀司を見つめる。


 秀司は申し訳なさそうな表情で頬を指で掻く。

「……わりっ」

「そのリュック2つ買おう」

「はぁ? なんでだよ」

「良いから! 行くよ!」


 秀司は渋々と再び混雑している道具屋に入っていくが、キャンプ道具が置いてあるエリアは比較的空いている。小松は秀司を盾にするようにして、秀司の背後にピタリと貼り付いている。


 そして、秀司はキャンプ道具が多く置かれているエリアから、リュックを2つ手に取る。比較的空いていても商品棚の前には人が多く、値段や質の良いリュックを確認するといった事は出来ない。


 ブツブツと文句を言いながらも小松の言い付け通りに、リュックを2つ持って会計に向かう。

「リュックなら俺のラケットバッグと小松のリュックがあるのに……」


 しかし、その背後に小松は居らず、小松は商品棚に置かれたリュックを確認している。


 秀司は1人で会計まで来て、カウンターにリュックを2つ置いて店員の言葉を待つ。

「1万Gになります」

「……は?」

「1万Gになります」


 店員の答えも微笑みも全く変わらずに同じ金額が告げられた。

 秀司は慌てて振り返ってキャンプ道具が置かれているエリアを見るが、小松の姿は確認できない。


 秀司は店員に向き直って歪んだ笑顔で口を開く。

「はは……値引きとか……」

「1万Gになります」

「……ですよね」


 秀司はガックリと肩落としてカウンターに置かれたリュックを見つめて呟く。

「高すぎじゃない? 何これ。こんな小汚いリュックが1個5,000もすんの?」


 そして、暫しの沈黙の後に微笑んだ店員が口を開く。

「1万Gになります」

「はは……買えないんで置いてき……」

「ごめん。お待たせ」


 秀司の背後から聞こえたのは小松の声だ。秀司には救世主の声のように聞こえている。

 しかし、救世主小松は地図をカウンターに置いた。1万Gの白紙の地図だ。


 これまで買取屋で得たお金は殆ど小松が管理している為、秀司は現在の所持金を把握していない。


 秀司はカウンターに置かれた地図を見て蛙のような声が漏れ出てしまう。

「げぇろ」


 毎回、買取屋で得る金額はカウンターに置かれる金貨の量で大体察している。これまでの全てを合算しても、2万Gに届いていないのは明白だ。1万Gでもあやしい。


 そして、フードコートの食事は1品1Gだ。5Gもあれば満足いくまで食事を楽しむ事が出来る。お腹も精神も満たしてくれる最高のフードコートだ。


 そんな秀司に2万Gという大金は精神的な許容量を超えてしまう大金だ。


 微笑んだ店員が口を開く。

「2万Gになります」

「ぐふっ」

「り……リリュ、リュック……1つ」


 秀司は膝から崩れ落ちて戦力外だ。人見知りな小松1人で買い物をするしかない。

「15,000Gです」

「き……ききき、金庫から……引き落とし」

「畏まりました」


 一礼する店員の前に置かれていたリュックが1つ消失する。

「お買い上げありがとうございました」


 小松は地図をリュックの中に乱暴に突っ込んで、崩れ落ちた秀司の脇を持ち上げて立たせる。体のステータスを3に上げた事で、小松の細腕とは思えない力を発揮している。


 道具屋を出た小松は秀司から手を離し、秀司はその場で力なく座り込んでしまう。そして、小松は座り込んだ秀司の背負っているラケットバッグを掴んで、文字通り秀司を引き摺ってホテルに向かう。


 フードコートに漂う食事の匂いが秀司を復活させる。

「はっ! 飯!」

「あ、正気に戻った?」


 秀司は踵を引き摺るようにして運ばれている状況に気が付いて、背後に居るであろう小松を見る為に振り返る。

 

 そして、小松の手に握られている見てはいけない物を見てしまう。

「ぎゃぁあぁあ! そのリュックは!?」

「高かったねー。魔石の売り上げがなかったら買えなかったね」


 小松は競売屋で拾った魔石をしっかりと売却していた。骸骨から得る素材だけでは15,000Gの大金を払う事は出来なかっただろう。


 小松はリュックに怯えるような秀司に告げる。

「また稼げば良いよね」

「そんな小汚いリュック要らんだろ!」

「……え」


 小松は残念なものでも見るかのような視線で秀司を見つめる。

「これ……無限収納だよ?」

「…………………………はぁ?」


 秀司はたっぷりと時間を掛けても言葉は出なかった。

「あ、無限じゃないかも。これから検証するから僕の部屋に行くよ」


 秀司は無言で小松に部屋まで引き摺られていった。


 小松は秀司をベッドの横に放り投げるようにして、新しく買った地図はリュックから取り出して机の上に放り投げる。


 小松はベッドの横で力なく横たわる秀司に尋ねる。

「秀司もこれの検証する?」


 小松は白い部屋からリュックを掲げて見せるが、秀司は首を左右に振って拒絶する。

「……結果だけ教えて」

「はーい」


 白い部屋では目を疑うような光景が広がっている。

 滝のような水が出現して、リュックの中に全て入っていくのだ。


 小松はリュックの口を手で広げたまま口を開く。

「やっぱ無限じゃん?」


 小松は秀司に確認の意味も込めて尋ねているが、秀司の開いた口は塞がらない。

「無限で確定かな」


 小松は滝のように流れ落ちる水を止めてリュックを持ち上げようとする。

「……あれ?」


 しかし、リュックは床に縫い付けたかのように微動だにしない。

「くっ……これ……重さの軽減が無い……かも……」


 小松はリュックの口を下に向けて水を出て来るようにイメージする。

 水はリュックの口から勢いよく飛び出して白い部屋を水浸しに変える。しかし、水は白い部屋から出る事はなく、小松が水に濡れる事も無い。そういうイメージをしているのだろう。


 リュックから全ての水を取り出した小松は、大きなリュックが乗るような天秤を出現させる。

 天秤の片方にはリュックを載せ、反対側には釣り合うように重りを載せていく。


 小松は天秤が釣り合ったところで、1kgの重りをリュックの中に入れた。当然、天秤はリュックの方に傾くが、すぐに反対側にも1kgの重りが追加される。


 釣り合った天秤を見る小松は少し残念そうに呟く。

「無限収納だけか……」


 次に小松はリュックの中にあらゆる種類のボールを入れていく。サッカーボール、バスケットボール、ラグビーボールなどだ。


 そして、ゴルフボールを入れた際に秀司が叫ぶように告げる。

「テニスボール!!」

「いや……それ大事?」


 確かにテニスボールは入れていないが、秀司は我慢が出来なかったようだ。

「超大事!!」


 真剣な表情で訴える秀司に従って、小松はリュックの中にテニスボールを入れた。

 それを見た秀司は満面の笑みで頷いた。


 何種類ものボールを入れた小松はリュックの中に手を突っ込む。

「……おぉ! これ面白い」


 笑顔の小松に秀司は興味を持ったのか、這うようにして白い部屋に入ってくる。

「俺も」


 小松が秀司の目の前にリュックを置くと、秀司はすぐにリュックの中に手を突っ込んだ。

「……おぉ! これがテニスボールだろ!!」

「野球のボールと似てない?」


 小松には野球のボールとテニスボールの形だけでは判別できないが、秀司には形だけでテニスボールを見抜く事が出来る。


 秀司はニヤリと笑ってリュックから手を抜く。

「こっちがテニスボールだ!!」

「感触を確かめたんでしょ?」


 ドヤ顔だった秀司は小松の問いに驚いたような表情で口を開く。

「……え? そんな事も出来んの?」

「いや……まぁ……出来るよ……」


 再びリュックの中に手を突っ込んだ秀司は感嘆の声をあげる。

「ほぉ……ほぉ! ほぉおお!」


 リュックの中に手を突っ込むと、中に入っている物体の数や形が分かるようになり、その形に集中すれば感触なども分かるのだ。


 しかし、リュックに収納している物の数が増えていくに従って、形が分かっても精度は低くなっていき、より集中しなければ形も感触も分からない。


 様々な検証を終えて白い部屋を出た秀司は小松に尋ねる。

「迷宮じゃなくて、次の試練に行くのか?」


 小松は腕を組んで数秒悩んでから口を開く。

「勢いで地図は買っちゃったけど、僕としては迷宮をクリアしてから次に行きたいかな」

「だよなぁー」

「ボスが居たら武器とか興味あるし」


 秀司はボスという単語にテンションを上げる。

「確かに! 鉄じゃないかもな!」

「でしょ?」

「じゃあ、迷宮をクリアしてからって事で決まりだな」


 小松が頷いた事で2人の方針は決まり、今後も最初の試練である迷宮に挑戦する事が決まった。


 そして、迷宮の最奥に到達した2人は目の前の豪華な両扉に手を掛ける。

私は貧乏性なのでお金を使うと精神的に疲れます。

家族の物を買う時は少しのダメージで済みますが、自分の物は5千円超えるだけでなんか疲れます。



何でも無い事を含めて、追記や修正をツイッターでお知らせしております。

https://twitter.com/shum3469


次回もよろしくお願い致します。

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