1-7
前回のお話
2人で仲良く迷宮攻略
盾Get
骸骨を倒した直後にガッツポーズを作った小松に秀司は怪訝な表情で視線を向ける。
「どした?」
「上がった」
「テンションか? 俺はアゲアゲだぞ」
小松はツッコミも入れずに首を左右に振る。
「秀司と一緒にしないでよ。レベルだよ。レベル」
秀司はポカーンとした表情で小松を見つめるが、言葉の意味を理解して叫びだす。
「うぉぉぉおお!! 良いなぁ! 良いなぁ!!」
「結構早かったと思うけど、最初だからかな」
秀司は小松に駆け寄って尋ねる。
「どんな感じだった? レベル上がるってどんな感じだった?」
「え、あぁ……うーん」
小松は腕を組んで首を傾げる。
「なんて言うんだろ……レベル上がったって感じ……かな」
「わかんねぇよ! 頭の中で音が鳴るとか、スポットライトが当たるとか、光のエフェクトに包まれるみたいになるとか、なんか無かったのか?」
小松は眉根を寄せて秀司に答える。
「無かったよ。それに僕が光ったら秀司が気付くでしょ?」
「な……なん……だと……」
秀司はヨロヨロと後退って崩れるように座り込む。
「レベルが……レベルが上がって効果音もエフェクトも無いのか?」
「仮に音や光みたいなのがあったら、戦闘中にレベルが上がった時に邪魔じゃん」
秀司は目を見開いて冷静な小松に視線を向けるが、小松は首を左右に振る。
「敵の背後に回ってたり、敵の拠点に侵入して気が付かれないように倒して回ってる時にレベル上がって光ったら台無しだよ」
秀司は目を見開いたまま首を左右に振る。
「レベルだぞ! レベルが上がったんだぞ! それ位は許されるだろぉ!!」
「敵に見つかって死んだり、ピンチになったりしたら僕は神を許さん」
秀司は小松から視線を外して目を閉じる。
「くっ、小松……意見は……平行線のようだ!」
「レベルが上がったって感覚は凄くあるよ。たぶんステ振るまで何かに急かされてる感じは続くと思う」
秀司は再び興味深そうな表情に戻って小松を見つめる。
「良いなぁ! 良いなぁ! 俺も早く上がんないかなぁ!」
「とりあえず予定通り体に2ポイント振っちゃうね」
「良いなぁ! 良いなぁ!」
小松がステータスを表示させようと念じれば、他人には見えない半透明のディスプレイが出現する。
そして、ステータス画面では体と頭の数字の横に、余剰ポイントを割り振る『+』の表示が増えている。
小松はディスプレイをタップするようにして『体』の横にある『+』を押す。もちろんイメージするだけでステータスは割り振れるが、『+』を押してしまうのは悲しいゲーマーの性だろう。
小松の1だった体の横の数字が3に変わって確認画面が出現する。
小松は手斧を持ってブンブン振り回した後に、確認画面で『いいえ』を選択する。
再び余剰ポイントが2に増えて、体の数字は1に戻っている。
再び手斧をブンブン振って、つまらなそうに何度か小さく頷いた小松は、再び『体』の横にある『+』を押した。
確認画面ではすぐに『はい』を選択してステータスを反映させる。
確認画面で『はい』を選択するまでは、ステータスの数字が変わるだけで、実際の筋力などに変化は無かったのだ。
簡単な確認も終えた小松は秀司に告げる。
「振ったよ」
「良いなぁ! 俺も早く上がんねぇかなぁぁ!」
小松は初めてレベルが上がってご機嫌だ。確認したい事があった為に、冷静に確認作業を進めたが、普段は骸骨を倒しても大して喜ばない小松がガッツポーズを作って喜んだのだ。
その時の笑顔は確かに輝いていた。
小松を羨む秀司と小松は先に進む。
骸骨の武器は金属製の短剣に変わったが、棍棒よりもリーチが短くなった影響で、秀司たちにとっては楽な相手だった。
そして、遂に秀司は宝箱の置かれた小さな部屋を発見した。
秀司は宝箱を見つけた瞬間に小躍りするようにして部屋に入っていく。
「小松! あったぞ! 宝箱あったぞ!」
「8分の1だし期待薄いかな……」
秀司が習得する魔法は回復魔法で、8種類の魔石の中の1つでしかなく、確率にして12.5%だ。
小松が期待していないのもわかるが、秀司は魔法というだけで舞い上がっている。
ここまでの道中で小松が戦闘時に身体能力向上の魔法を切らした事はない。効果時間を完全に見切っており、効果が切れる直前には重ね掛けして効果時間を延ばしている。
時折、小松自身は効果を切らしているが、それは実験も兼ねている為だ。
秀司は宝箱を開けて魔石を手に取る。
「うぉぉぉお! 小松! 魔石だ! 魔石が出たぞ!」
秀司は手に持ったビー玉のような魔石を後ろに居る小松に見せるが、小松は冷静に魔石を見つめて呟く。
「うーん。緑か……。ハズレっぽいなぁ」
魔石には色が付いており、小松が習得した魔法は火属性で、魔石の色は赤だった。
小松は単純に火が赤、水が青、風が緑、土が茶色などと連想している。小松が見つけた魔石も火属性で赤だった為、火以外の色は想像でしかない。
ガイドブックによれば、回復魔法は水属性だ。
小松は秀司の持っている緑の魔石が水属性とは思えなかった。
既に気落ちしている小松と違ってテンション高めの秀司は違う。
迷宮に入るまでは魔法に対してそれほど執着していなかったが、実際に付与される身体能力向上の魔法は非常に有益だった。
高まる筋力と速くなる足は体感できるレベルで高まり、秀司が他の魔法に掛ける期待は非常に大きい。
秀司の魔法に対する感情は憧れにも近いほどに高まっている。
「なぁ、どうやって使うんだっけ!?」
「持ったまま使いたいって思うだけだよ」
小松は秀司に答えた直後に、己の迂闊な発言に気が付いた。
「待って! 秀司はかいふ……」
「あれ? 魔石が消えたぞ?」
秀司は魔石を握っていた手を開いて不思議そうに見つめ、次に周囲の床を見渡してから首を傾げる。
口をパクパクさせて声にならない声を発していた小松は叫ぶように告げる。
「秀司が使ったんだよ!!」
「あっはっはっは……は?」
大きく笑った秀司は俯くようにして自分の両手を見つめる。
「……俺が? 魔石を使った?」
「そうだよ!! 魔石を持ったまま使いたいって願ったでしょ!?」
秀司は慌ててステータスを表示させる。ガイドブックを読んだ時に興奮して何度も練習した事で、ステータスを表示させるのは非常にスムーズだ。
そして、呆然とステータス画面を見つめる。
秀司のステータスには『風』という魔法が追加されている。
「こま……小松ぅ!! 風! 風だって!」
「なんで習得してんだよ!! 秀司の習得する魔法は回復って話したじゃん!!」
秀司は我に返ったかのように絶叫する。
「あぁぁぁぁあ! やっべぇ! キャンセル!!」
「出来ないんだよぉ!!」
「ノオオオオオオオ!!」
小松は全身の力を抜いてガックリと膝から崩れ落ち、ほぼ同時に秀司も崩れ落ちて膝立ちから両手を床に着いている。
秀司は床を見つめたまま口を開く。
「なぁ……小松……」
「……何?」
「回復って重要かな?」
「回復縛りなんてドMの縛りプレイだよ。殆どのゲームがクリア不可だよ」
秀司はガバっと頭を上げて小松に視線を向ける。
「俺はドMじゃねぇ!!」
「そこじゃないよ!!」
小松はずり落ちた眼鏡を震える指で上に押し上げる。
「頼れる相棒だと思ってた秀司が想定外の馬鹿だった……。駄目だ……攻略できる気がしなくなってきた……」
「いや、酷くねっ!?」
小松は幽鬼のようにユラリと立ち上がる。
「どっちかが怪我したらどうすんの? ねぇ、どうすんの?」
秀司は顔から表情が抜け落ちた小松からサッと視線を逸らす。
「……き……気合?」
「体が3になった僕の力……試してみる? 気合があれば耐えられるよね?」
小松は拳を握りしめて骸骨よりもゆっくり秀司に歩み寄る。そして、1歩1歩が非常に重い音を出している。
「お……落ち着け小松……」
「僕は落ち着いてるよ。すごーーーく落ち着いてるよ」
秀司は無表情で自分を見下ろしてくる小松に弁解するように告げる。
「お……俺のレベルが上がったら頭に振るよ……」
「その案はさっき僕の中で却下した」
「いや……俺のミス? ……だし……」
小松は無表情で首を左右に振る。
「秀司の運動神経が無駄になるような選択は良くない」
「……小松ぅ」
秀司は褒められたと感じて少し笑顔になるが、無表情の小松の目が僅かに細くなる。
「脳筋の秀司は……脳筋馬鹿野郎は体にだけ振ってて」
「……え、言い直す必要あっ……いえ。自分は脳筋馬鹿野郎です」
小松に睨まれた秀司は正座の姿勢に移行している。
「次に魔石を見つけたら触っちゃ駄目」
「いや……でも……触るくらいは……ほら、俺もう習得できな……はい……すいません」
小松は正座で背中を丸めて俯く秀司を睨みながら告げる。
「元々身体を動かすセンスは秀司が……脳筋馬鹿野郎が上なんだから僕が体を伸ばすより、脳筋馬鹿野郎が伸ばしていくべきなんだよ」
秀司は俯いて呟くように告げる。
「……ごめん」
見るからに反省している秀司を見た小松は、大きく息を吐き出してから口を開く。
「……別に良いよ。また僕のレベルは上がるだろうし、回復はそれまで我慢しよ」
「……小松ぅ」
小松に差し伸べられた手を握って立ち上がった秀司は申し訳なそうに告げる。
「な……なぁ、その……魔法さ……使っても良いかな?」
「ん? あぁ、風魔法、覚えたんだっけ……」
小松は宝箱を指差しながら、小刻みに何度も頷く秀司に告げる。
「あの宝箱に向かって使ってみなよ」
「おぅ! 任せろ!!」
秀司は目を閉じて宝箱に右の掌を向けて集中する。
魔石で魔法を覚えてから、どのように使えば良いのか理解できている。
秀司は目をカッと見開いて気合の息吹を吐き出す。
「はぁ!」
しかし、秀司の手から何かが出た様子はなく、宝箱にも何も起きない。
小松は首を傾げて秀司を見つめるが、秀司は輝く笑顔に変わっている。
小松は輝く笑顔の秀司に尋ねる。
「今……使ったの?」
「おぅ!」
「見えなかったけど?」
秀司の魔法を疑うような小松だが、秀司の手には放たれた風の感触を確かに感じていた。
しかし、目で見ただけでは風魔法の発動がわからないのも理解できている。発動した本人すら魔法を視認できなかったのだ。
再び秀司は宝箱に掌を向ける。
「はぁ!」
やはり何も起きない宝箱を見た小松は壁を指差す。
「ねぇ、壁に使ってみてよ」
「任せろ!」
秀司は気合の息吹と共に風魔法を壁に向かって放つが、やはり小松が視認する事は出来ない。
小松は輝く笑顔の秀司に尋ねる。
「その風って痛いの?」
「たぶん痛くねぇぞ」
秀司の言葉には何故か自信が感じられた。そして、小松は覚悟を決めて口を開く。
「それ……僕に使ってよ」
「おぅ!」
秀司は少し怖そうに視線を逸らす小松に気合の息吹と共に風魔法を放つ。
小松の長い髪がフワっと上に持ち上がるが、すぐに長い髪は眼鏡を覆うように元に戻った。
小松は何度もパシパシと瞬きを繰り返してから口を開く。
「……本気で使った?」
「おぅ! マジもんの全力だったぜ!」
小松は魔法習得を喜んでニコニコ笑顔の秀司に告げる。
「団扇かなんかで扇がれた感じだったんだけど……」
「おぅ! すげぇよな! 手から風が出るんだぜ!」
秀司は虚空に向かって風魔法を放っているのか、何度も気合の息吹を吐き出している。
そんな秀司を無視して小松は腕を組んで目を閉じる。
(完全にハズレ魔法か? いや、魔法レベルが1だから?)
小松の自問自答の答えは出ない。ショッピングモールやフードコートで魔法に関する話題は聞こえてこなかった。
自分で風魔法を使えば考察も進むだろうが、小松は多くの魔法を覚えたいとは思っていない。
レベルアップで増やせるステータスは2ポイントだけだ。体のステータスは非常に重要で、魔法は頭のステータスの数字分だけしか覚えられない。
頭と体にポイントを割り振れば器用貧乏になってしまうが、体に多く振った魔法戦士のビルドが小松の完成形だ。
1人で攻略を模索していた頃は更に体重視でポイントの割り振りを考えていたが、秀司のサポートがあれば幾分か頭にポイントを振る余裕がある。しかし、小松は秀司が習得したような攻撃魔法を習得する気にはなれなかった。
小松が思考を止めて目を開けば、嬉しそうな笑顔で風魔法を放つ秀司が居る。
しかし、その様子は完全に中二病を拗らせたような動きだ。
「アレはないわ……デバフあったら取ろ……」
しばらく魔法で遊び続けた秀司が魔法を使うのを止めて小松に視線を向ける。
「小松! 大変だ!!」
「ん? 風が強くなった?」
秀司は悲壮感の漂う表情で口を開く。
「なんか頭がすっげぇ疲れたし、魔法が出なくなった」
「……魔力切れでしょ」
「な……なんだ……と……?」
小松は絶望するような表情に変わった秀司に告げる。
「魔力は自然に回復するからまたすぐ使えるよ」
「俺……レベル上がったら頭に振る」
「なんでだよ! 秀司は体! 体に振るの!!」
秀司はブンブン頭を左右に振る。
「もっと魔法が使いたいんだ!」
「止め……」
小松は強い否定の言葉を発しようとしたが、思案するような表情で口元に手を当てる。
そして、冷静に秀司を見つめる。
興奮したような秀司は止まらない。理屈ではない。感情で動いているのだ。
魔石を持った時も止める事は出来なかった。どれだけ小松が止めても秀司のレベルが上がれば、思考停止と勢いだけで頭に振るのは避けらない未来だ。
小松は固定砲台の道に突き進もうとしている秀司に告げる。
「秀司、頭に振ったら僕が秀司を守る盾になるよ」
「……ん? 小松が……俺の盾?」
小松は小さく頷く。
「そう。秀司より小さくて身体も細い僕が秀司の盾になって、秀司を守りながら僕が戦う」
「いやいや、それは流石に……」
秀司も小松に守られるというのには抵抗があるようで、手を横に振って否定するが、小松の真剣な表情を見て言葉が続かなかった。
そして、小松は石畳の上にうつ伏せになって右肘を立てる。
「腕相撲しよう。今は魔法も使わないよ」
「ふっふっふ。レベルが上がって調子に乗ったか? 相手になろう」
結果は秀司の敗北だった。
秀司は叩きつけられた右手の甲を押さえて呆然としている。
小松はそんな秀司に告げる。
「神の試練ではステータスがある。ステータスが同じなら実際の身体能力で勝負が決まるけど、ステータスに差が出たら勝つのは難しくなるんだよ」
単純に理屈を並べても秀司は止まらない。運動不足の小松が秀司の自信を持っている身体能力を超えている事実を淡々と秀司に説明する。秀司の心情的に嫌だという感情を刺激する。
小松は黙って話を聞く秀司にトドメを刺す。
「だから秀司が頭にポイントを振るなら前衛は任せられない。僕の後ろに隠れてて」
秀司は親指で背後を指す小松に告げる。
「俺は小松の後ろには隠れない」
「駄目。頭に振ったら後衛に回ってもらう」
「俺は小松の横で一緒に戦うんだ!!」
小松は睨みつけるように見てくる秀司に告げる。
「じゃあ、体に振れば良いじゃん。僕より振らないと僕の後ろに回ってもらうからね」
「上等だよ! 俺が体に振りまくって小松を守ってやるからな!」
ムキになった秀司を見た小松は、自分の説得が成功した事を確信した。
「期待して待ってるよ」
フンと鼻息を荒くして通路に出ていった秀司を小松は追う。しかし、小松の口元は三日月のように嗤っていた。
既に秀司は小松よりも前のポジションを確立していた。小松は秀司の横に並んで戦っていないのだ。
小松は秀司に何かあればサポート出来、敵の様子も観察できる秀司の1歩後ろが最適だと感じていた。
そして、秀司が魔法を覚えても使いこなせないと思っている。
様々な属性があれば、敵はそれぞれに耐性を持つようになるのだ。各属性をバランスよく習得し、適切な魔法を使用しなければならない。
小松は敵の耐性に対応した魔法を使う事は秀司にも可能だと思っているが、魔法使いにもっとも重要な事が秀司には出来ないと断言できる。
体にポイントを振らない魔法使いは、敵に接近してはならない。仲間たちの後方で敵から身を隠す必要がある。
小松は秀司が我慢できずに飛び出してしまう光景が容易に想像できた。
体にポイントを振っていない秀司が敵に突っ込めば、攻撃も効かず、相手の攻撃を防ぐ事も困難だろう。最悪の場合は一撃で即死だ。
今はまだ敵が弱い骸骨だが、この先も弱い敵が出現し続けるとは考えられない。迷宮からはチュートリアルの雰囲気を感じている。
小松が考える秀司の性格はどう考えても前衛だ。そして、類稀な運動神経も優秀な前衛になれる資質とも言える。それを活かす為にもステータスの頭にポイントを振る必要は全くない。
小松は自己回復が出来るゾンビ前衛を秀司の育成プランに目論んでいたが、早くも潰えてしまった。
しかし、まだまだ軌道修正は可能だ。
暴走して頭にポイントを振らなければ、挽回の余地は十分に残っている。
小松は通路を歩きながらも頭を悩ませる。
再び秀司が暴走した時に備えて、秀司を押さえるイメージトレーニングが必要だった。
頑張れ小松。
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次回もよろしくお願い致します。




