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神の試練  作者: しゅむ
第0章:夢
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0-1

見つけてくれてありがとうございます。

ゆっくり楽しんでいって下さい。

 教員は『カッ、カッ、カッ、』という音を鳴らしながら黒板にチョークを走らせる。

 重要な部分は声に出し、チョークの色を変えるなどして、教員は生徒たちに授業内容を教えていく。


 平日の学校ではよく見る事が出来るありふれた授業風景だ。


 そんな教室で1人の生徒が机に突っ伏していても、その生徒の生活態度や性格を知っていれば、教員が生徒の健康に問題があるとは思わない。

 もちろん真面目で品行方正な生徒が机に突っ伏していれば、教員は声を掛けて保健室に行くように促すだろうが、居眠りをしている生徒は常習犯だ。


 そんな生徒の居眠りを許さない教員は少なくないが、生徒の居眠りを無視する教員も確実に存在している。


 居眠りをすれば授業態度という項目は低く評価され、定期試験の際に苦労するのは居眠りをしている生徒だ。

 むしろ居眠りを許さない教員は生徒に嫌な顔をされながらも、生徒が苦労しないように忠告をする優しい教員なのかもしれない。


 口やかましく言ってくる教員は生徒にしてみれば面倒で好ましくはないが、生徒を想っての行動であり、無視をする教員よりも熱心に教育していると言えるだろう。


 しかし、居眠りを放置する教員は生徒に甘く見られてしまう。

 様々な理由で夜遅くまで起きていた生徒は、退屈な授業や興味のない授業では睡魔に襲われる。


 生徒は夜更かしした睡眠不足を補うかのように、机に突っ伏して回復に努める。その後に苦労するのは自分だが、睡魔という魔物が持っている強力な力に、特定の生徒は抗う理由を持ち合わせていない。


 この教室で唯一の居眠りをしている生徒は教員に無視されている。高校生にもなれば、自己責任という言葉の意味も理解している事だろう。


 その生徒は日本人にしては大きめな背中を小さく丸め、両腕を枕代わりにして机に突っ伏したまま微動だにしない。

 仮眠というレベルではなく、熟睡しているようだ。


 机に突っ伏して寝ていれば自然と口は下を向いている。顔が横を向いていても大きな違いは無いだろう。

 眠っていても涎の生産が止まる訳ではない。半開きになった口からは当然のように涎が零れ落ちる。いや、流れ落ちる。


 枕代わりにしている両腕で顔や口元などが隠れているが、人知れず机には涎という大海が広がっていく。


 女子生徒などはミニタオルなどで大海を防ぐ猛者も居るが、男子生徒にそんな配慮が出来る者は少ない。


 授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いても、その男子生徒が起きる様子はない。


 そんな男子生徒に声を掛けるのは、優しいクラスメイトであり、友人だ。

 起こすタイミングは次の授業が違う教室で行われる場合や、体育、昼休みに入った時などだ。


 優しい友人は男子生徒の肩を揺すりながら声を掛ける。

「おい、起きろよ。飯だぞ。学食行こうぜ」

「……んぅ」


 しかし、男子生徒は小さな呻き声を出すだけで動く事は無いが、優しい友人が1人ではないのは幸運だろう。


 別の友人も寝ている男子生徒の肩を揺する。

秀司(しゅうじ)、起きろって。飯食わねぇとデカくなんねぇんだろ」

「……う……うぅ……デカくなりたい……」


 秀司と呼ばれた男子生徒がゆっくり顔を上げる。


 しかし、顔を上げた秀司を見た友人が、慌てて後ろに下がって声をあげる。

「うわっ! 顔拭けよ!」

「机もだろ!!」


 何もわかっていない秀司は右目を閉じたまま、左目を半開きにして首を傾げる。

「……んぁ?」


 秀司の右頬から顎にかけて、自身の涎でベチャベチャに濡れているのだ。


 そして、1人の友人は秀司が右腕で口元を拭おうとするのを全力で阻止する。

「止めろ! 袖が死んじまう!」

「よし! 西山(にしやま)はそのまま押さえとけ!」


 優しい友人は西山に秀司の右腕を押さえさせたまま、周囲を見回して何かを探し始めている。


 秀司は机を挟んで真正面に居る西山を半開きの両目で見つめる。

「……腕が……痺れ……」


 腕を枕代わりにして熟睡し、そのままの姿勢を維持すれば、腕は痺れて僅かな痛みを与える。


 しかし、秀司の右腕を押さえている西山は涎に塗れた秀司の顏に眉根を寄せるが、秀司の右腕を離そうとはしない。


 秀司の性格なら袖を犠牲にしても涎に塗れた顔を拭くだろう事はわかりきっている。

 いくら冬服の学生服でも確実に不快感を覚えるほどに濡れてしまうが、秀司が気にしない事を友人たちは完全に見切っているのだ。

 その為、西山は僅かに動いた秀司の左腕も確保する事に成功している。


 本気で運動部の部活動に取り組んでいる秀司の腕力は強いが、寝起きでは全くその力を発揮できない。しかも痺れていれば尚更だ。

 両腕を確保された秀司が目の前の西山を睨みつけているように見えるが、寝起きで目が開いていないだけだ。


 部活動で培った数々の真剣勝負によって、秀司の眼光は鋭いものになっているが、春からの短い付き合いである西山は全く怯んでいない。


 普段の秀司は爽やかなスポーツマンで背も高く、女子生徒から告白を受ける事もあるが、中学時代に同じ理由で2回破局してからその後はお断りをしている。


 ある部分に触れなければ非常に温厚な性格をしており、多くの者が秀司を気安く呼び捨てにしている。小学校時代から始まった『秀司』呼びが続き、中には苗字がわからない生徒も居るほどに、秀司という呼び方は生徒たちの間で広く普及しているほどだ。


 直感的な行動や抜けている事も多く、周囲の友人たちを困らせる事も少なくない。

 しかし、秀司は憎めない性格をしており、寝起きの顔が怖い程度では友人たちが怯む要因にはならない。


 例え、秀司の腕を押さえている西山の腕が小刻みに震えていても、教室に不穏な空気など全く流れていない。むしろ今の状況を楽しんでいるようだ。


 しかし、徐々に力を取り戻していく秀司に西山が焦ったような声をあげる。

(みなみ)! 早くしろ!!」


 睨み合う秀司たちを無視して目的の物を発見した南は、足早に移動してクラスメイトの机の上にあるトイレットペーパーを掴む。


 南は秀司の席まで戻りながら、クルクルと手早くトイレットペーパーを手に巻き付けて、十分な厚さを確保した物を秀司に差し出す。


 しかし、秀司は目を半開きにしたまま口を開く。

「……痺れて動かん」

「はぁ!?」


 秀司の言葉に驚いた南は眉根を寄せて、秀司の腕を押さえている西山に尋ねる。

「……俺が拭くのか?」

「よろ」


 南は西山の気軽な言葉に目付きが鋭くなる。

「西山がやれよ」

「俺は……ほら、腕を押さえてるから」


 確かに秀司を押さえている西山の腕は震えている。西山が秀司の両腕を離せば、確実に秀司の袖は死んでしまうだろう。秀司は自分の制服の袖が涎で塗れる事に全く躊躇いは無い。


 そして、3人の様子を眺めている生徒たちの多くが思っている。

 当初は秀司の袖が死ぬか、西山が耐えきるかという勝負を楽しんで眺めていたが、今は『そこまで行ったんだからちゃんと拭けよ』という共通の見解だ。


 もちろん西山や南は最初から秀司の袖を死守するつもりだ。ハンカチを差し出すなんてトンでもない。涎に塗れたハンカチをポケットに仕舞いたいか?

 否である。断じて否である。それ故にティッシュやトイレットペーパーを探したのだ。


 秀司は苦悶の表情を浮かべる南に右頬を突き出すように寄せる。

「よろ」

「クッソ! 捨てんのは秀司がやれよな!」


 観念した南はトイレットペーパーで秀司の顔を拭く。

「うげ……涎ヤバすぎだろ」

「さーせん」


 南は全く反省していない秀司の頬を拭いたトイレットペーパーを、汚い物でも遠ざけるようにペッと机の上に投げ落とした。そして、トイレットペーパーは机の上に広がる大海を吸い上げていく。


 秀司の頬から涎が除去された事で、西山は秀司の両腕を解放する。

 しかし、秀司はトイレットペーパーで拭かれた頬に違和感が残っていたのか、肩を使って再度拭ってから、両腕を高く上げて大きく身体を伸ばす。


 伸びを終えて大きく息を吐き出す。

「んはぁぁあー。サンキュー」

「いや……机も拭けよ」

「おぉ! サンキュー」


 秀司は再び南から差し出されたトイレットペーパーを受け取るが、両腕には痺れが残っており、腕がパンパンに張った感覚とピリピリした微弱な痛みを与えている為、その動きは非常に遅い。


 秀司がゆっくりした動作で机を拭いていても、友人たちは苦笑しつつも机が綺麗になるのを待っていた。

 そして、秀司は机を拭き終わって僅かに腰を上げるが、ピタっと動きを止めて再び席に腰を下ろした。


 疑問に思った西山が口を開く。

「何してんだよ。それ捨てて早く飯行こうぜ」

「もっとデカくなるんだろ?」


 秀司は不敵な笑みを浮かべて口を開く。

「ふっ、足に感覚がねぇ。これは動かないやつだ」

「はぁ!?」

「……マジかよ。寝すぎじゃね?」


 その後10分近く座り続けた秀司はようやく立ち上がって、ノロノロと3人で学食に向かった。待っている間も文句を言わずに雑談しながら待っていてくれた2人は良い奴らなのだろう。


 教室を出た当初の秀司はぎこちない歩き方だったが、徐々に感覚を取り戻していき、学食の近くまで来た頃には完全に感覚を取り戻していた。


 秀司は軽快に2人の前に出てクルっと振り返る。

「はっはっは! 身体が軽いぜ!」

「おーい、よそ見してっと危ねぇぞー」


 西山は笑顔で秀司に注意を促すが、秀司は軽やかに跳ねる。180㎝を僅かに超える身体で、高校生という年代もあって、ぶ厚い肉体というものではないが、日々の部活動で鍛えられた身体には相応の筋肉が秘められている。


 スポーツ選手が本格的に筋肉で身体をぶ厚くするのは20歳を過ぎてからで、それまでは身体を大きくする為の下地を作る方に重点が置かれる。


 秀司は右手に弁当箱を持っているにもかかわらず、ヒラヒラと舞うように踊って学食に入ろうとするが、学食内の壁沿いを歩いてきた女子生徒が秀司の目の前に現れる。

 お互いに死角となっていた為、避けるのは困難だ。


 女子生徒は死角から現れた秀司に驚いて可愛らしい声をあげる。

「キャッ!」

「ぬぉ!」


 女子生徒は驚きで身体を固め、ビニールでラッピングされたサンドイッチを落としてしまう。女子生徒は回避行動など全く取れなかったが、秀司は鍛えられた肉体と超絶的な反射神経、さらに優れた身体操作でクルリと回って女子生徒の横を抜けて回避する。


 秀司は女子生徒を避ける際に顔も確認していた為、女子生徒の後ろに回り込んですぐに腰を直角に曲げる。

「すいませんでしたぁ!」


 西山と南は一部始終をしっかりと見ており、秀司の優れた運動能力に舌を巻くが、ぶつかりそうになった相手は学校で1番の美人と名高い1学年上の先輩だ。


 身長は女子の平均よりも僅かに高い165㎝程度だが、細身でスラっとしており、細長い手足も相まって実身長よりも高く見える。髪は前髪をピンで留めているだけだが、背中の中程まである艶のある黒い髪は真っ直ぐで非常に美しい。


 美人は近寄り難いと言うが、この女子生徒には友人も多く、学食から出るのも友人たちと一緒だった。友人たちは学食で購入したパンなどを持っている為、学食以外の何処かで食事をするのだろう。


 女子生徒の友人が美人さんに駆け寄るようにして声を掛ける。

恵美(えみ)! 大丈夫?」


 恵美は軽く息を吐き出して口を開く。

「大丈夫よ」


 先程の高い声色の悲鳴と違った少し低い声に、恵美を目で追っていた全く関係ない女子生徒が呟く。

「お姉さま……」


 女子生徒も虜にする美貌を持った恵美は落としたサンドイッチを拾い、氷のような冷たい表情で振り返って頭を下げる秀司に視線を向ける。


「気を付けてね」

「はい! すいませんでした」


 恵美はそれだけで踵を返して去っていき、恵美の背中を見つめてうっとりしている女子生徒は少なくない。


 頭を上げて大きく息を吐く秀司に西山が声を掛ける。

「お前、清水(しみず)先輩に怪我させたらこの学校で生きてけねぇぞ」


 そして、同じように南も口を開く。

「男子も女子も大勢が敵に回るな……もちろん俺らも」

「マジか!?」


 秀司は思わぬ友人の裏切りに目を見開く。

「逆の立場ならどうよ」

「さらば友よ」


 即答した秀司に南は怒りを見せない。

「だろ?」


 秀司は唇を窄めて不満顔をしているが、何度も首を小さく縦に振って呟くように告げる。

「みんなの憧れだもんなぁ……」


 清水は親しい友人と話す時は穏やかな笑みを見せるが、そうではない者たちと接する時は氷のように冷たい表情をしている。


 もちろん笑顔を拝めれば最高であるが、氷のような表情がたまらないという意見は、一部の男女で根強い共感を得ている。


 西山は振り返って清水の背中を見つめる。

「はぁ……、清水先輩……良いよなぁ……」


 そんな惚ける西山に秀司が告げる。

「ふっ、清水先輩は良い匂いだったぜ」

「なっ……おまっ! あの状況でそんな余裕があったのかよ!?」


 秀司は西山に詰め寄られ、南にも追及を受けながら学食に入っていく。


 学食にはパンやおにぎりなどの軽食も購入可能で、学食以外で食べる事も可能だが、多くの生徒が学食を利用している。


 理由は安さと量だ。


 成長期の肉体は成長の為に大量の食事を必要としている。特に男子生徒の食べる量は多く、学食の定食は彼らの欲求を満たしている。


 秀司は日替わり定食を券売機で購入し、食事を提供している列に並ぶ。西山も同じように並んでいるが、南は日替わり定食が好みではないらしく、本日はカレーライス(てんこ盛り)を得るべく、カレーライスを提供している場所に向かった。


 無事に定食を受け取った秀司と西山は定食の載ったトレーを持ちながら、食事をする為の席を探す。


 キョロキョロと辺りを見渡しながら3人で座れる場所を探すが、学食に来るのが遅かった3人は簡単に席を見つける事が出来ない。

 彼らは昼食に出遅れた事もあるが、1年生である彼らが2、3年生の先輩たちに囲まれて食事をするのも避けたいのだ。


 自然に学食の奥に向かう秀司は小学生時代の友人を発見する。

(おっ、小松(こまつ)だ。一緒に食えるかな?)


 秀司は食堂の1番最奥に空席を発見するが、その近くには既に1人の男子生徒が座っている。


 小松は長い前髪が眼鏡に掛かっているが、器用にスマホを操りながらカレーライスを食べている。

 小松の周囲には多くの席が空いているが、学食の最奥に態々座っている事から、小松が1人飯を希望しているのは明らかだ。


 しかし、近寄るなという雰囲気を発している小松に、秀司は気軽な様子で向かっていく。

 秀司が中学に入って本格的に部活動に熱中してから疎遠になっているが、小学校時代によく遊んだ友人である。


 小松は小学校から陰キャ属性だったが、秀司とは馬が合ったのか、2人は非常に仲良く遊んでいた。主に小松の家で対戦ゲームをしていたが、熱い戦いがそこにはあった。


 しかし、既に席を確保して座っていた南が手を振っているのが秀司の視界に入る。

 先に気が付いた西山は既に秀司から少し離れている。


 秀司は旧交を温めるのを諦めて、素直に南が座っている席に向かう。


 南は自分の正面に座った秀司を見て口を開く。

「俺も秀司みたいに食えば大きくなるんかね?」

「なるんじゃね?」


 素っ気ない返事をした秀司の日替わり定食が載っているトレーには、持参した2段になっている弁当箱も置かれている。

 弁当箱だけでも南や西山が満足する量が入っているが、秀司は弁当と日替わり定食の両方を楽々平らげるのだ。


 無責任は答えを返した秀司に西山が尋ねる。

「もう180超えてんだろ? 十分じゃね?」

「あっ、馬鹿!」


 西山は南の言葉を聞いて自分の口を片手で押さえるが、既に遅かった。

「180なんてまだまだ小さいんだよ! まずは185でそれ以上を目指してんだ!」


 突然、熱くなった秀司だが、昼食を食べる手は止まらない。


 そして、喋りも止まらない。

「良いか? テニスに重要なものの1つがサービスだ! 背がデカければそれだけ威力のあるサービスが打てる。角度だって付く。そうすりゃ主導権が取れる。俺のサービスゲームがキープ出来る。そうすりゃリターンゲームに集中できる。おい、聞いてんのか?」


 西山と南は脱力したように首を縦に振ると、熱くなっている秀司は再び口を開く。

「背が低い選手を否定するつもりはねぇよ。だけど選択できる武器が減るんだ。武器は多い方が良い。世界ナンバーワンになるには武器が多くて困る事はねぇんだ!」


 西山と南は諦めたように適当な相槌を打つが、熱くなっている秀司は空気が読めない。

「サービスだけは自分で投げたボールを打てるんだ。それ以外は全部相手の打ったボールだ。わかるか? 自分のペースで打てるサービスを軽視する奴なんて居ねぇんだよ! それを武器にするには努力の他に身長も大事な要素なんだ。じゃあ、やる事は決まってんだろ?」


 南はカレーライスを口に含みながらも首を縦に振る。

「ん……あっ、あぁ」

「そうなんだよ! 身長が伸びる成長期に食って、動いて、寝て、限界までデカくなる努力が必要なんだよ」


 秀司は横に座る西山に視線を向ける。

「聞いてんのか?」

「も……もちろんだ」


 秀司は納得したのか再び喋り始める。

「さっきも言ったが小さくても強い選手は居るぞ。俺が尊敬して止まない錦戸(にしきど)さんは180無いからな」


 西山と南はまた始まったと内心で思っているが、それを口に出す事は無い。出せば話が長くなるだけだ。


 秀司は目を閉じて口を開く。

「今でも忘れねぇよ。小5年の時だ。東京で錦戸さんの試合を観に行った時だ。メチャクチャデカい選手を……怖いくらいのサービスを打つ外人を、すんげぇストロークで倒すんだよ。1発で憧れたね。全身が痺れたね」


 その後も秀司は自分の熱い想いを話続けるが、西山と南がこの話を聞くのは何度目かわからない。そして、止める事も出来ない。どうせ止まらない。


 既に暗黙の了解となっているが、秀司にテニスの話を振ってはならないのだ。

 振ったが最後。尽きる事の無い秀司の熱い想いを聞かなければならない。


 そして、食事が終わっても席を立つ事は許されない。

「……だから俺は世界一のテニス選手になりたいんだよ。日本人男子で初めての世界ナンバーワンになりたいんだよ。その為には……」


 西山と南を救ったのは昼休みの終わりを告げるチャイムだ。

「そ……そろそろ行こうぜ」

「あぁ、午後の授業に遅れちまうな」


 西山と南は強引に話を打ち切って席を立つが、追いかけてくる秀司の話は終わらない。


 ここで『もう良い』と言っても無駄である。

 それを言ったが最後。錦戸選手の苦難の歴史や日本人男子選手の苦難の歴史。秀司自身の夢である世界ランキング1位の達成がどれだけ難しいか等々が永遠に語られてしまう。


 西山と南は午後の授業が始まるまで黙って秀司の話に耳を傾けるのだった。


個人的な感想をあとがきに書いていこうと思います。


私は机に大海を広げて自分で引いた。教科書が死んだ。

今では良い思い出です。


何でも無い事を含めて、追記や修正はツイッターでお知らせしております。

https://twitter.com/shum3469


次回もよろしくお願い致します。

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