カボチャの馬車と竜の巣穴
ちょっとお出かけ
朝霧を風が吹きはらい…日差しが広大な森を照らす。夜行性の生き物達がねぐらで目を閉じ…代わりに鳥たちの囀りが始まる。しっとりとした朝の空気、今日も一日が始まったのだ。
「じゃぁキガキーク、3日ほどで帰るから…それと送畑の札だけど」
「送畑の札は移して置きました、実りはトマト…マルティム様にも満足していただける品だと思います」
魔女の庭は野菜不足に陥っていた。飢え死にするような事にはならないが…動き回る植物達は魔女のお茶の大切で貴重な原料であり、そのお茶は魔女の美肌の大切な要だ。
魔女とリトリアとソードは庭を出て、第二の畑=魔女の裏庭へと野菜を取りに行く所であった。
「ソード、シャキッとしなさいよ!見て見て!カボチャの馬車よ!うっひょー!」
「うでぇでぇ…むにゃ…朝は苦手なんだよ…うーん…タコ?」
仮にも王女の身でありながら「うっひょー」とか言い出したリトリアの横で、ぼんやりとソードはそれを見た。ソードがタコと形容し、リトリアがカボチャの馬車と形容したそれはどちらも正しい。
物置ほどもある大きさのタコめいたカボチャがケタケタと笑い…馬の代わりに車をひっぱるという代物だカボチャの馬車のいうよりもカボチャ車が正解だろう。
「ハニー積み込みは終わったぜ!」
「アカネ様への手紙と、銀の木への手紙も出して置きましたよお嬢様」
「ありがとう、では私が不在の間はキガキークの指示に従うように。では行ってくるわね」
「「「いってらっしゃいませ」」」
同じ顔をした3人の執事に見送られ、一行は霧深い森へと入っていった。
◆ ◇ ◆ ◇
「魔女の庭に更に西があるなんてな…世界の一番西が魔女の庭だと思ってたよ」
「山脈を抜けるって話だし、あの山の向こうは地図にも載っていないからね…フフフ、楽しみね!」
銀の木の王国<シルヴァーウッド王国>出身のリトリアと、その城で初めて世界地図を見たソードにとって
世界は四角、魔女の庭は地図の一番西の世界の壁<天止め山脈>の麓であった。
その山脈を越えるという今回の旅は、リトリアの冒険心に火を付ける。狭い城の中で生まれ育ち、外の世界に憧れ続けたリトリアにとって、冒険はいつでも最高の憧れ…当然荷台に座っているなど出来るはずもなく。巨大なカボチャの上で身体を揺らして調子づいていた。
「まぁそうね、山脈を越えるのは大変だから。道を知らないと超えれないから…今の人達はあまり居ないのかもしれないわねあ、リトリア…もう少ししたら赤い花さいてるから、超えたら右ね」
「はーい!」
「花が目印ってすごいなぁ」
魔女の花と呼ばれる花がある。天に咲く花とも呼ばれる…土地の力を吸いながらぐんぐんと天に伸びる異様な花だ…その花が咲く土地は魔女にとって住みよいため。一般の人間には恐怖の花だ…うん、普通は魔女とは恐ろしいのだ。森の木々よりも高く高く伸び空に咲いた花を超え、馬車は右へと進路を変える。
「ふぁ…あとはまっすぐ、山の中腹に横穴があるのよ。この馬車は岩場でも崖でも関係なく通れるから、あっそうだ…明かり出して置いてくれる?屋根にカバーついてるでしょ?その裏にしまってあるのよ。」
屋根の四炭
「わかった、洞窟かぁ…リトリア、頭打つ前に戻って来た方がいいぞ」
「わかったわ!じゃぁカボちゃんお願い!」
「ケタケタケタ」
リトリアがカボチャの頭をポンポンと叩くと、大蛇めいた巨大なツタがシュルシュルとリトリアの体を掴み荷台へと運ぶ。言葉も通じないカボチャなのだが、何故かリトリアとは意志の疎通が可能なのだ。
「フフッ流石私のスカウトした娘だ、これぞ魔女の才能よ。」
「そういえばコイツ、なぜか動物に好かれるんだよなぁ…動物?植物?」
「私の偉大さが解ったようね、覚えておきなさい…やがて世界を一周する探検家、リトリア=シルヴァーウッドの幼き日の逸話、伝説の1ページよ」
吟遊詩人だったり、魔法少女だったり…この王女の夢はコロコロ変わる。
「世界一周ねぇ…しばらくしてないわ」
「先生!黙ってて!それは人類初の偉業って事にするんだから!私の!」
「う~ん、でも多分数億人ぐらいはもうしてるわよ?私が黙ってても」
「億人!?」
そうこう言ってるうちに、山脈に突入…ウネウネとした触腕でカボチャが荷台を担ぎ上げ岩肌をノタノタ登り始めた。
「洞窟に入ってからが長いわよ、そうね…夕方ぐらいまでかかるかしら、なんだったら寝てても良いわよ?」
世界の壁と言われる山脈は、頂きを雲に食い込ませて尚も天高く続いて行く…眼下に雲海を眺める高さまで馬車が昇ると、無数の穴が開いた灰色の壁が見えてきた。
「何個かは竜の巣になってるのよ、えーっとどれだったかしら…多分あそこね」
「そんな適当で大丈夫なのか?竜だろ?死ぬだろ?」
「やったー!ドラゴンに会えるの?」
「会わないぞ!?会わないよな!?えぇえぇ」
ソードの故郷、北の山々は竜の狩場と呼ばれる場所であった。竜が出歩く昼間を避けて…先祖代々洞窟暮らしの夜行の暮らし…瞼の裏には恐ろしい竜伝説の絵本が過るし、父母から語られた恐ろしい竜話は耳にタコだ。ソードは腰の剣の柄を握り、震えを抑える。
「あぁ思い出したわ、カボちゃんあの爪跡の横に入って」
「目印こっわ!」
竜が居ますと言わんばかりの巨大な爪跡、木の幹ほどの巨大な3本の亀裂の横にクジラが入れそうな大穴があった。なるほど…これを目印と知らなければ絶対に誰も入らない。
「この中には竜がいるから起こさないようにね、リトリア静かにしてるのよ」
「はーい!うっひょー!」
「………!?」
竜居るのかよ、爪跡はダミーとかじゃないのかよっと…ソードが突っ込みを飲み込んだのと同時に、生臭い空気漂う闇に…カボチャの馬車が入っていった。
「カボちゃんって名前いいわねぇ~、この子の正式な名前にしましょうか」
「フフフ、名づけ親は私だから…私の子にしちゃってもいいかしら?」
「いいわよいいわよ。ちゃんと毎日お世話するのよ」
「はーい!」
「…………!?」
必死に黙るソードを他所に、呑気な師弟の会話は続く…あれ?竜を怖がってるのって俺だけなのか?自信を無くしつつある少年の心を置き去りに…カボチャの馬車が深く深くともぐっていく。
何処までも続く闇の中、じんわりと光る馬車の明かりは…余りに頼りなく、ウネウネガタガタと反響する馬車の音が…少年の心にさざ波を立てていた。
冒険っていいよね