魔女の修行と花嫁修業
魔女と言えば大鍋である
グツグツと大鍋が煮られている。鍋を囲む二人は上下をすっぽりと包む黒いローブと白マスク、そしてゴーグルを身に着けて…おしい!魔女に見えそうで見えない二人はお察し、正真正銘の魔女と魔女見習いのリトリアだ!
「串刺し杉の灰を煮込んで、上に出てくる灰汁を中鍋に移すんだよ…、そしてモイロ貝の殻と混ぜてまた煮込む、ヤカンとって頂戴お湯を足すわ」
グツグツグツ
「これもまた、灰汁を…今度は小鍋に移して…ここからが複雑よ、私がやるからメモとってなさい」
弟子から小鍋を受け取り、魔女は木の机に向かう。そこには様々な材料がビン詰めになって置かれている。鍋敷きに鍋を置き、魔女は片っ端から手を伸ばす。
「空ヒトデの粉末、小麦、塩、牙ガマの油、6足蜘蛛の糸、白爪草の灰汁…そして紅茶を一つまみ」
材料を加えながら鍋の中身を混ぜて行くと、灰色だったドロドロが黄色味掛かった白に…最後の茶葉でピンク色へと変化する。
「あとは一晩おけば石鹸が出来るわ」
「魔法関係ないのぉおおおおお!?」
必死に書き込んでいたノートを取り落とし、リトリアは今日も元気に突っ込みを入れていた。
◆ ◇ ◆ ◇
さて、午前中に石鹸作りを終えた二人は昼食をはさみ、恒例のお茶タイムにと移行していた。
「黒いローブで大鍋囲んで、いよいよ魔女っぽいと思ってたのに!」
「あぁ、でも私服ですると匂い着いちゃうし、黒は汚れが目立たなくて良いのよ」
「ロマンもヘチマもありゃしないわね…いい加減慣れて来たけれど」
「あっ…あっ…////」
リトリアはマズイお茶を舌でチロチロ舐めて飲んでいた。湯気の精が相変わらず飲みにくい反応をしているが、先ほどの件と同じくいささか慣れた。うーん、しかしこの味は慣れない。
「砂糖加えちゃダメ?」
「駄目よ、それは一種の薬だもの。成分は変えてはいけないわ…それに太るわよ?」
「ちぇ~」
苦い、甘い、酸っぱい、辛い、甘い、苦い…全ての味を混ぜたような味だ。一日一杯、リトリアが苦心して飲むそれを魔女は朝昼三時と夕夜と呑んでいる…お肌に良いからと言っているが、いささかリトリアは引っかかっていた。
「先生って味覚音痴だったりするの?」
「うーん、子供舌のリトリアちゃんには大人の味すぎるのかもね」
子供には解らないのだ、ビールはただの苦い水だし、漬物は酸っぱい何か…人生の酸いも甘いも苦みも辛みも、まだまだリトリアには解らない。そしてそれは決して悪い事では無い。
「さてと、お茶もおいしかったし…午後の勉強を始めますか。午後のテーマは掃除と料理です。」
「先生!いつもおかしいけど今日はおかしいです!魔女修行じゃなくて花嫁修行みたいになってます!」
「ウフフ、昨日やったパンツ論を覚えてる?誰かを動かす為に何かを差し出す方法論…そう、料理と家事で心を掴み、馬車馬の如く男を使う!これぞ魔法!イッツ魔法!」
「執事がいるのに毎日料理と洗濯を先生がしてるからおかしいと思ってたけど…うん、やっぱりおかしい!先生って魔女じゃないわよね?ただの主婦よね?ゴーレム相手の悲しい独身よね!?」
「えぇえ?ちょ…ちが…してるし、結婚してるし!」
リトリアの悟りと突っ込みに魔女ははじめて動揺した。いつも余裕まったりマイペースな彼女は目を泳がせ、最終的に空を見上げて現実から逃げた。
「ほら…月が綺麗よ、あそこにいるの運命の人」
「御免なさい、先生。午後の授業もよろしくお願い致します。」
いささか悪いと思ったので、リトリアは真面目に授業を受けた。魔女修行の名目で行われる花嫁修業、あぁ…彼女の未来の旦那様は今は何処におわすやら。
「ウフフ…夕飯はドーナッツにしましょう、あの人の好物だったのよウフフ」
「先生、正気に戻って…ご飯はご飯が良いです。ドーナッツはオヤツです。」
こうして本日も魔女の庭に平和な一日が過ぎて行った。