聖剣は台座に
谷底であるので、日の光が届かなくなるのも早い。暗くなっている筈だったが、私の視界は昼間のようにはっきりしていた。
目玉を介さない超常的な視界だから、光の強度は関係無いのだろうか。
とはいえ、夜の冷えは骨に沁みる。適当に歩いて見付けた横穴に入り、拾った木の枝とイッカクちゃんの脂で焚き火をセット。火種が無い事を思い出して、仕方なく、なるべく奥に入って横になった。
眠気は無い。寒さだって、寒いと思うだけで震える訳でもない。暗さは感じられない。
本当に人外になってしまったと実感する。あのイッカク兎といい、マンドラゴラみたいのといい、私といい、まだまだ人間が知らない事は多いものですね。
そのまま思案する事三時間。いい加減飽きてきた。というかお腹空いた。イッカクちゃんの肉、少しぐらい残しておけば良かった。
食事の後判明した事だが、私が食べた(顎を通した)後の干からびたものは、触れると塵にばらけて消えてしまう。もう一度食べてみようにも空気に溶けるように自然消滅してしまうし、その前に何とか口に放り込んでも、何かが流れ込んでくるような感覚は感じられない。
一応、栄養は取れているような気がしている。消えてしまうのは栄養とかの成分を吸収したからだろう。まったく腹の足しにならないのはどうにかならないものかね。
食べ物を求めて外に出てみる。草も動物もいない。
この谷底では、どうしても育ちにくいのだろう。最初の巨木は奇跡的な存在だったのかもしれない。
どうにか上に行ければ、沢山木が生えているのも見えるし、動物の声も虫の声も聞こえる。
虫もいないここは、死の谷と呼ぶ事にしよう。雑草もマンドラゴラみたいのだけだったし。
さて。この死の谷、進むも戻るも先が見えない程長いらしい。お腹が空いた。こんな状態で長い距離を歩いたら多分死ぬだろうし、さくっと手軽に登りたい。
さっきの横穴、上に続いたりしてないかな。行ってみよう。
どうせ、時間は沢山あるのだ。
焚き火セットを破壊して得た脂付き薪を囓りながら、暗闇をずんずん進んで行く。岩肌は段々滑らかになり、苔や剥き出しの鉱石っぽいなんかが増えてくる。
壁に手刀を当てて歩けば、ごりごり苔が取れていく。それを口に放り込みながら進んで行く。
……下に向かっているのは、この際無視しよう。取り敢えず食べ物はあるし、ここを住処にしている動物がいるかもしれない。
そんな感じでしばらく歩くと、開けた場所に出た。近くで水の音がしている。生き物の気配もする。
気配を感じる、ってファンタジーっぽいね。漫画的な、映画的な。
その中でも一際大きな気配に、引き寄せられるように進んで行く。苔美味しい。
別れ道を気配の方向に進み、目印に苔を食べる。ちょっと飽きてきた、あんまり美味しくないよ、やっぱり。
やがて、一際大きく開けた部屋に出る。天井も高く、苔も生えていない。動物もいないが、人間のものらしい骨が二体程転がっていた。
部屋の真ん中は綺麗に盛り上がっていて、台座のようだ。何か突き刺さっているのに気付いて、近付いた。
綺麗にカットされた滑らかな平面で構成された台座、その真ん中に剣が突き刺さっている。日常ではそうそう見かけない本当の武器。装飾たっぷりの豪華な感じは、非常に安っぽい。金色だし、プラスチック感が凄い。
……金属だよね? まあ、いいや。鈍器にはなるだろう。食べ物と交換して貰えるかもしれない。
そう思って、普通に近付いて引っこ抜く。大仰に鎮座していた割に、質感に違わずあっさり抜けた。やっぱり安物か。鈍器にしよう。
『誰が安物だ、誰が!』
……。
頭の中に直接声がする。幻聴?
『幻聴じゃねえよ。俺だ、俺。てめえが持ってる高貴な剣だよ』
やっぱり幻聴だ。馬鹿な事言ってるし。
『違うっての! ……なんだその目、何考えてやがる』
鉄って食べられるかなって。大木でも案外何とかなったし、今の力なら石とか鉄も噛み切れる気がする。
『よーし、落ち着け骨野郎。俺を持てる位の神聖耐性があるからって、喰ったら流石に死ぬぞ。しかも俺鉄じゃねえ』
まあ願ったり叶ったりなんだけれどね。まだ苔で我慢しよう。
で、貴方は何よ。大仰に刺さってる感じ、マスターソードかカリバーン?
『おお、骨の癖に俺の真名を知ってるとはな。俺こそまさしく、アーサー・ペンドラゴンに引き抜かれた選定の剣にして、湖の乙女に預けられた王の剣よ』
……。
樹海すげー。
『いやー、最近の連中は俺の事をザーストガインとか呼びやがるからな。久し振りだぜ。もしかしてブリテンから来たのか?』
私は元黄金の国にいたけれど、多分時代が違うよね。
選定の剣。よりも、ゲームなんかで登場する事が多い、最も有名な聖剣の方が分かりやすいか。聖剣エクスカリバー。アーサー王伝説に登場する、無敵の鞘のおまけな剣だ。
『誰がおまけじゃ。ぶっ飛ばすぞ』
出来るものなら。囓るぞ。
閑話休題。なんか凄い剣を手に入れたけれど、武器ならラビットランスで間に合ってるんだよね。剣なんていらないし、売るか。
『なんだ、俺と契約する為に来たんじゃねえのか?』
違います。知らないですね。お腹空いた。
『お前、変な奴だな。でもまあ、ここまで来れたって事はそれなりに強いんだろ。俺を抜いたって事は王に相応しいって事だし、契約しようぜ。俺の持ち手になってくれよ』
……契約内容の確認は必須です。
『お前は俺の持ち手になる。前なら王になるのが条件だったが、まあ良いや。話し相手になってくれ。そうしたら、俺の力を貸してやるし、鞘を見付けたら無敵だぜ。俺自身も絶対に折れないし鈍らない剣だ』
まあ、それぐらいなら。契約に血がいるとか言われたら困るけれど、一応持って行ってあげよう。
『ま、あれだ。どうせ鞘もねえし、便利な剣とでも思ってな』
まあ、どっちもは持てないんですけれどね。軽い分こっちの方が良いかな。ラビットランスさん、長すぎて使い難いから。ラビットさん、長い間お疲れ様でした。ぽい。
投げたら壁に刺さった。
『何だお前、左腕欠けてんじゃねえか。直せよ。丁度そこに骨があんぞ』
いや、直せとか言われても。
……あー、くっつく可能性ね。
折り重なるように転がっている二体の骨の元に寄って、眺める。辛うじて人っぽい形にはあるけれど、転がったりしてどこからどこまでが一人分の左腕なのか分からない。
それっぽいのを分けたけれど、なんかこう、数も長さも多い気がする。まあ良いか。
『いや、自分の右腕見りゃ分かるだろ?』
……。
『だから、右腕の骨と見比べてやりゃ数も形も分かるだろ?』
その手がありました!
エクスカリバーを手に入れて、投げて刺しちゃった槍を回収して、ついでに生えていた蔦で背中に背負えるような感じに改造して、来た道を戻る。相変わらず苔しかない殺風景な景色が続く。
『敵とかどこ行ったんだ?』
さあ、知らないですね。そんなのがいたら食べてるよ。
つーか、目下の敵は空腹なんだよ。
『そんなもんかねえ……』
苔をがりがりしながら歩いて行く。疲れを感じないこの身体は案外便利だ。前の私なら、多分最初の何歩かで疲れてダウンしてる。
未だに骨だけの原理が分からないけれど。関節に本来付いている軟骨とかそれに類するものが無く、正真正銘骨だけにもかかわらず、普通の人体みたく、より上位というか親の骨と連動している。
後付けの左腕も、普通に違和感無くくっついている。手首一つ分長かったり、ぱっと見で分かるぐらい太かったりするけれど。
まさにごちゃまぜスケルトン。雑魚的の代名詞じゃありませんか。欠けた骨をそこらで集めた超雑魚みたいな。
折角食べるのを我慢した蔦で背中に吊したラビットランスも、よく見れば骨っぽいし。
『まあ最下位のアンデッドだしな。ゾンビよか上だが』
ゾンビもいるんだ。ファンタジーっぽくなってきましたね。
『ジパングにもそれぐらいいただろ?』
いねえよ。
エクスカリバーはむむむっと唸り声を上げて、それきり黙った。静かになった洞窟内で、苔を削るのにも飽きてくる。
やがて出口に到達した。やっぱり誰にも会いません。小さい羽虫はいたけれど、骨の身体で捕まえるのは困難極まる事がよく理解出来た。
なんかこう、芋虫とかさ。一メートルぐらいのでかい蜂とか蟻とかいれば食べ応えもありそうだ。放射能で突然変異した系のやつ。
洞窟を出ると、すっかり朝になっていた。谷の上がうっすらと朝日に照らされているっぽいのが分かる。いつか、朝日をたっぷり浴びたいものだ。
『おう、出たのか。これからどうするんだ?』
上に繋がってる洞窟を探す。最初から掲げる目標だ。エスカリさん、マップ情報とかないの?
『エスカリボルグじゃねえよ。気が付いたらあそこにいたからなぁ、外の事も知らねえよ。ボウケンシャとかいうのが俺の事をザーストガインっつって呼んでるのと、あの場所に辿り着くまでにかなり苦労したって事ぐらいだ。何言ってるのか分かんねえし』
へー。という事は、この左腕の持ち主はそこまでの傷が原因で死んだって事か。本当に道中で何かと戦ったりしたんだね。
『……あー、ソウデスネ』
なんか声色が明らかにおかしい。何を知っているんだね。私が嘘だと判断したら壁に埋めていくけど、何か言いたいことは?
『い、いや……あの二人、消耗してはいたが、死ぬような傷は無かった』
じゃあ、なんであんな所で同類さんになってたんです?
『……そのー、二人共俺を抜けなくて、なんか苛立った感じでな。「ここまで来て抜けないなんてあり得るか!」もしくは「この俺に抜けないなんてふざけるな!」的な感じで蹴られたから、ちょっとカチンと来ちゃいまして。ね? お前なら……そういえばお前名前あんの?』
誤魔化すな馬鹿剣。
まったく。この剣サイテーね。
『い、いや、あの程度の魔力で死ぬとか誰も思わねえじゃん! ブリテンの木っ端騎士程度でも多分死なねえぞ!?』
はいはい。私は殺さないでね。
……いや、まあ、殺されても良いか。せめてお腹一杯食べてからにしてね。
閑話休題。さて、辺りを見回すと、垂れた草に隠れていたり、光の加減で隠れるようになっていたりするけれど、似たような洞窟というか洞穴は沢山ある事が分かった。
垂れ草を食べて地面にぼろぼろ落としながら、中を覗いてみる。やっぱり若干下に傾いているけれど、エスカリさんが言っていたような敵がいるかもしれないし、もしかしたらもっと格好良い武器があったりするかもしれない。
『捨てる気マンマンなのね』
食べても減らない剣とかあるかも。
『ああ、そういう系ね』
うるさいっすよ。
兎に角、どうせ時間は余りあるのは変わらないし、片っ端から入ってみよう。
冬眠中の熊とかいたら最高ですね。暖かいけれど。あと勝てないけれど。
という訳で突撃、隣の洞窟。
ところで、この「なろう」において、最初は連続投稿しないと読まれない、みたいのを聞いたんですけれど、四話も即日投稿したらノルマ達成ですよね?
あ、僕は完結してから読むので関係ありませんが。だから評価悪くても完結してよね! 読むから!