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骨の王  作者: 三井崎瑞希
第一章 七つの大罪編、的な
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人を食った話

 まさか、もう一度意識を取り戻せるとは思っていなかった。吹き荒ぶ冬の風を感じない辺り、というか生温い感じがする辺り、やっぱり限界なのは違いないだろうけれど。

 重い瞼が僅かに開く。濁った視界に映るのは、やはり朽ちた段ボールとミイラ腕――では、なかった。

 頬に感じるざらりとした感触。それは紛れもなく土の感触だった。視界には土と、生命力に満ち溢れた植物。目の前にあるのは巨木の根元だろうか。瑞々しいそれは、確かに生きている。水を含んだ樹の幹は長い齢を感じさせ、きっと私が抱き付いても半周さえしない太さ、

 そして、肉付きの良い右腕が、かつてのミイラ腕と同じ構図で伸びていた。最後に見たのはきっと幻覚か何かだろうという考えが浮かぶ程、今の私は健康体だった。

 あちらこちらから聞こえてくるざわめき。木々が揺れる音。虫が跳ね飛び、動物が走る音。生命が鳴き、生命が動き、それによって生命が動く。生命を畏れ、生命は笑う。

 うん。ここはどこだ。富士の樹海か? 死体だと思われて捨てられた?

 にしては、深い場所だ。重い身体――ああ、動く身体だ。左腕は無いままだが、きちんと健康体の身体を起こして、あまりに大き過ぎる樹にもたれて座った。

 左右には石が剥き出しで、切り立っている。苔や植物の感じから見て、ここ二、三年で隆起したとかいう感じでは無い谷の底、多分一番大きな木の下だ。谷の幅は一キロ程。超広いぜ、ひゃっはー。

 ……。

 さて。現状を確認しよう。樹海の奥にこんなのがあったとしても、どこかの酔狂な気狂いが私をここまで運んで捨てたとしても、まあ許容しよう。

 でも、私の身体は健康そのものになっている。飢餓感はそのままで、今も脂肪をガンガン消費しているのを感じるが、少なくとも骨と皮も危ういミイラ状態ではない。肉は付いている。脂も乗っている。水分も神経もあって、その上心臓は全力で胸を叩いている。

 奇跡? あの気狂いがずっと言っていた「奇跡」とやらが起きたのか? それとも、私の記憶がおかしいのか?

 まあ、頬を抓れば痛みを感じる以上、ここは現世だろう。出来れば、健康体にしてくれるなら橋の下にそのままにしておいて欲しかったけれど、まあ良い。ここにはきっと食べ物がある。

 何か食べよう。不味くても、毒があっても。今ならふぐの内臓にだって食いつくだろう。あれだろ、死ななきゃ良いんだろ。

 さて。思い立ったが吉日とも言うし、考えるのは後にしよう。最初に視界に入った雑草に手を伸ばし、葉を掴む。形はたんぽぼの葉っぱっぽいけれど、確かあれに毒は無かった。この際毒があっても良い。死にゃしねえ。

 ぐいと真上に引っ張る。思いの外、根は深いらしい。こなくそ、と入らない力を無理矢理入れて引っ張ると、あるタイミングで抵抗が無くなってするりと抜けた。

「○×□○△!」

「……うわあ」

 声も出た。健康の証だ。結構結構。

 引っこ抜いたそれは、人型に見えなくもない形の根をしていた。目っぽい窪みが二つ、鼻っぽい小さな窪みが二つ、口っぽい横長の窪みが一つ。それらがある太い根っこに、手足の如く別れた細い根が四本。シュミラクラ現象でそう見えるだけかもしれないけれど。謎の叫び声も幻聴かも知れないし。

「○□□! △○×○!」

 うん。きっと幻聴だ。植物が叫んだり動いたりするもんかい。いただきます。

「□○!」

 土を払うのももどかしく、かぶりつく。土も滑らかで何だか甘く、苦みのある植物とよく合った。しゃきしゃき、しゃきしゃきと歯に感触が伝わる。甘くて苦くて、ああ、幸せだ。

 よく分からない人面雑草を食べ終わり、私は更に強い飢餓感に襲われていた。極限に腹ぺこな時にちょっと炊き出しとかあると、余計に腹が減る奴だ。足りない。この程度じゃ、全然足りない。健康になったからか、生命活動を極限まで落としてもエネルギーの消費が激しい。たんぱく質もカロリーも、何もかもが足りない。

 私が次に目を付けたのは、寄り掛かっていた巨木だった。



 私が富士の樹海深層に捨てられて、一週間が経った。私は巨木の根元を削って食べ、倒れたそれをひたすら食べ続けた。やはり木らしく硬くて不味かったけれど、少なくとも栄養にはなった。

 飢餓感は変わらない。満たされない。自分よりも体積は大きかった筈だけれど、全然まったく足りない。どこへいった、あんちくしょう。

 すっかりすっきりしてしまった辺りを見回す。富士の樹海なら、それもこんな谷があるぐらいの奥深くなら人の手も入っていないだろうし、陸地の哺乳類半種が生息しているというなら少しぐらい通り掛かっても良い筈なのに、動物も、多いという蝶さえ見掛けない。いつの間にやら、付近から先の雑草と同じ種類のも消えていた。味は兎も角、食べ応えはあったから悲しいばかりだ。

 雑草め、逃げやがって。

 ……まあ、私の思考がおかしいのはいつもの事だ。雑草が逃げるかってんだ。ったく。空腹で脳細胞まで食っちまったのかい。

 閑話休題。食物繊維は沢山摂った。食物繊維が何なのかはよく知らないけれど、それっぽいものは沢山食べた。けれど、私はベジタリアンじゃない。タンパク質が欲しい。今ならラードでも飲める。麻婆豆腐もカレーも飲み物だと認めよう。だから肉だ。兎に角肉だ。兎でもカモシカでも熊でも――いや、熊は絶対勝てないから、草食動物で。弱ってて空腹な元女子高生でも倒せる奴を下さいなぁ。

 ……。

 願いが叶ったのか、或いは嫌がらせか。がさりと遠くで草が鳴って、降ってきたのは兎だった。兎らしく強靱な後ろ脚で着地して、長い垂れ耳を揺らしながらこっちを見る。黒い目が私を捉えて、鼻がひくひく動いた。

 私が知っている兎は全長一メートルも無いし、というか額からイッカクみたいな角は生えてない。動き難くないですか、それ。重いでしょ。

 イッカクな兎は私を見て、また鼻を鳴らした。取るに足らない雑魚とでも思ったのだろう。

 やだな。きっとどっか行くよね、きみ。それは嫌だ。私の所に来て、大人しく死んでくれないかな。しないよね。うん。

 あんまり動かないけれど、脚を頑張って動かして立ち上がる。お腹は空いているけれど、身体はそこそこちゃんと動く。ミイラよりよっぽどマシだ。でも、食べたい。

 イッカク兎に向かって走る。ほとんど転けないように脚を動かしているだけだけれど、兎に角向かって行く。

 相手も、当然私に気付いている。角の先を向けて睨みつける。

 嘗めるなよ。今の私は自慢じゃないが、ふわふわして酒に酔ってる感じだからな。多分、理性も飛んでる! じゃなかったらこんなに突っ込んだりしないからね!


 結果から言えば、惨敗した。右足首を貫かれて血まみれになり、何とか回避したものの脇腹が削れて血が出た。イッカク兎は馬鹿にするように去って行って、負傷した私は巨木が倒れる時に抉れた場所でぶっ倒れた。

 まったく。どうかしてたな。多分あいつは樹海の主だ。無理無理。あれは食えねぇ。超痛ぇ。

 凄く美味しそうだったけれど。白い毛皮に覆われた下で躍動する筋肉、それを覆う適度な脂肪、脂……ああ、考えるだけで涎が出そうだけれど、きっと無理だ。

 その後、動物が谷に降ってくる事はなかった。あの(ヌシ)的なイッカク兎が例外だったのだろう。普通なら死ぬだろうし、死んだらこちらとしては願ったり叶ったりだが相手からすればたまったものでは無いだろう。

 まったく。一匹ぐらい、私の前で死んでも良いじゃない。

 ああ、お腹が空いた。何か食べたい。手近な植物は食べ尽くしたし、これ以上は遠征しないといけない。残念ながら、無謀な行動によってそんな元気は無い。血が足りないのだ。ミイラ化しても辛うじて独白だけはしていたように、今の私は壁に寄り掛かってダウンしたままの状態なのだ。

 内心でどれだけペラ回しても、肉体的には半死状態である。ああ、まったく。

 お腹が空いた。足りない。何かを食べないと。

 下手に食べたせいか、今や飢餓感は最初より増している。富士の樹海深層の癖に、岩ばっかりで食べられるものが無い。

 ……。

 右手を見る。

 悪食、という言葉が思い浮かんだ。

 一番手近なたんぱく質。最も身近な食料。

 ……。

 ミイラより、マシだよね?


 一番食べ易い右手の指、一番肉が多そうな親指の根元にかぶりつく。皮が強くて、骨もある。血がたくさん出て、指が動かなくなった。筋が多い。肉は硬い。

 でも。

 ああ。

 涙が出る程、美味しい。

 やっとまともな食べ物にありつけた。肉。動物性たんぱく質。雑食の動物が最も好む肉という食べ物を舌の上で転がすと、至高の旨味が脳を満たした。

 脳が喜んでいる。飢餓感が僅かに薄れる。美味しくて、吐きそうで、私は全てを飲み込んで親指を飲み込んだ。

 骨がぽとりと落ちる。

 ああ、肉はまだある。人差し指、なかゆび、くすりゆび。てくびからひじ、にのうで。なくなってもだいじょうぶ。まだ、わたしにはりょうのあしが――


 両脚まで食べ尽くして、けれど私にはまだ足りなかった。骨格的な問題があって、腹とか胸はそのまま食べられない。

 私は背骨を動かして這い、そこいらにある尖った石にのし掛かる。腹が破れて内臓が出てくる。それを必死に飲み込む。美味しい。腸も胃も肝臓も腎臓も、(はらわた)はみんな美味しかった。通の味ってやつだ。幸せ、仕合わせ。どうして富士樹海になんて来たのかは分からないけれど、うん。

 私を健康にして、私を食べる機会をくれたのには感謝しよう。

 まさか神じゃあるまいが、一応。天にまします我等が神(クソッタレ)よ。ありがとう、さようなら。私の灯火は消えるけれど、きっと私は幸せだ。

 多分、狂っているけれど。



「ああ、ああ、可哀想、可哀想――」


 うるせえってのよ。

 ところで、尊敬する作家さんが「完成してから投稿すると考えているといつまでも完成しない」みたいな事を言っていたんですけれど、ありゃ間違いですね。正確には「完成しないまま投稿しても完成しない時はしない」みたいな。


 あ、この小説もどきは現時点で完成していませんが、まあその内完成すると思います。多分。

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