なんか流れで王になった話
勘に頼って走った結果、きっと森の中心でありそうな大樹と、その根本にある洞を見付けた。
なんとなく惹かれるその樹を食べるのは我慢した。折角隠れ家に使えそうなのだ、消し去ってしまうのは勿体ないし、売れそうだし、ついでに非常食にもなるし、という訳だ。
洞の入り口は狭く、奥は広い。やたら広い洞窟に慣れていた私には狭く感じられるが、木の洞としては異様な程広い。
いや、木がそもそも異様にでかいんだけれど。千年だか万年だか、そんな感じの杉を嘲笑うようなサイズ感だ。当然ながら洞も相応なサイズ。
適当に座り、楽な姿勢になる。火を点ける為に薪を集める必要も、横になる必要も無いのはこういう時便利だ。あの鬼が追い掛けてきたら逃げねばなるめえかんね。
止まると、思考が加速する感覚がある。色んな事を考えてしまって、お腹が空いている事も自覚する。
蛇を食べて、満腹になった気がしていたんだけれどね。まあ、仕方がない。骨だし。蓄えるなんて機能が無いのだろう。
少しぐらいは、と思い立って、洞の壁を削ろうと右の手刀を構えたところで、かさりと何かが入ってくる音が反響した。
入り口から黒い狼と、その背に跨がる小鬼が入って来ていた。ぎらつくような黒い目玉を私に向けていた。
狼は舌を出して此方を見ている。強がるような、困惑したような表情だ。小鬼の方からは、なんとなく怯えのような感情が感じられた。
武器は無い。後から入って来たのが、腰に短い剣を吊しているが、触れたり抜いたりする素振りは無い。ついでに、小鬼達は敵意を向ける様子も無い。
と、私を囲む狼乗り小鬼(ウルフライダーと呼ぶ事にした)を押し退けるように、一際大きく、髭を生やした小鬼、というか普通の鬼が前に出る。私は左手を開いて、魔法を使う用意をする。イメージは風だ。鎌鼬的な攻撃なら範囲も広いだろう。
すっかり物騒な考えに染まった私の前で、緑鬼は膝を突いた。
「 × ! △□× △○ △△×△○○×!」
鬼が叫ぶと同時に、狼達は一斉に腹這いになり、乗っていた小鬼も降りて膝を突き、頭を下げた。
何言ってるのか分からないけれど、敵対はしてないっぽい? 怒ってない?
念話送っても大丈夫だろうか。というか、伝わるのかな。
『ごめんけど、言葉は分からない』
取り敢えずこの場にいる全員に伝わるようにした。送った途端、小鬼達はびくっとなり、狼は頭を更に下げて顎を地面に付けた。先頭の緑鬼も一瞬身体を振るわせたけれど、頭を上げて、恐る恐るといった感じで念話を送ってきた。
『……その、王よ。無礼をお許し下さい』
伝わってたぜ。いえい。
『無礼を働かれた覚えは無いけれど、許す方向で。貴方達は何?』
『は。王によって森に住まう許可を頂いた、小鬼氏族でございます。ご尊顔を拝謁でき光栄です、古き王よ』
というか、王?
『王?』
『王です』
ふうむ。
『今のは、「王ってのはなんだい」という意味の「王?」だよ』
『失礼致しました。死声の谷、深淵を有するここ精霊の森の支配者であり、絶対強者にして絶対驕奢を許される存在。迫害された種族がこの森に住み、生きる事を許して下さった大いなる存在であります』
そんな大層なものになったつもりはないんだけれど。うーん?
『その王が私だと?』
『はい!』
元気に返事された。
……。
『王様は骨なの?』
『ご尊顔を拝謁する光栄に恵まれたのは、今日が初めてでございますので、お姿は存じ上げませんが……』
……。
うーん?
言った方が良いかな。
『大変申し上げ難いのですが、私はその王様じゃないです』
『なんと!』
『いや、申し訳ない。勘違いさせちゃったみたいで』
私の責任じゃないけれど!
少し腰を浮かせて、逃げる用意をする。
『より強き、新たな王でありましたか!』
が、無意味だったようだ。どういう論理なのかさっぱり分からないが、彼の中では筋が通っているのだろう。多分。
『なるほど。それで死声の谷から出て来られたのですね。あまりにも王――前王と似た魔力を纏っておられたものですから、何か無礼をしたものかと、こうして挨拶に参った次第であったのです』
『なるほどねー』
魔力って何やねんな。
エスカリさんが「魔法はイメージ」とかほざいてたし、その魔力とやらを見たりする魔法だってあるかもしれない。
そんな感じでイメージしてみたが、湧き上がるオーラ的なものは見えなかった。
オーラとか信じてないからね、仕方ないね。
『私はプロメテ。この森では多分一番新参だから、よろしくね』
緑鬼――一つの集落の長って事で、立場としては族長にあたる彼の誘いで、私は村へ向かう事になった。さっき見た、柵と言うにも烏滸がましい程度の囲いがある場所だ。
ウルフライダー達が警備をしながら、ぞろぞろ着いて来る。なんか不思議な感じだ。昔なら化け物だってすぐ逃げそうな見た目の連中の、一番先頭に立っているのだ。
後ろを着いて行くよりはよっぽどマシだった。斜め前にいる狼の獣臭でさえ、空っぽのお腹が鳴る幻聴を聞かせてくる。
あー、白ちゃんどうしてるかな。今頃旨いもんでも見つけてるかな。
ちょっと歩くと案外すぐに辿り着いた村では、巨大な崖を背景に、木々を縫うようにして造られた中央の広場に沢山のゴブリンが不安そうに立っていた。数は大体、三十を超えないぐらいだ。
「ぎゃぎゃぎゃ!」
「ぐぎゃぎゃ!」
いや、何言ってるのか分かんない。
緑鬼を見ると、何か期待したような目を向けていた。うーん。
『こんちはー……?』
正解だったらしい。ゴブリン達が一斉に腕を振り上げ、叫んでいた。
カルト教団を作る心理が分かった気がする。
崖に造られた広めの横穴にて、ゴブリン達にもてなしを受けた。食べ物はクソだったけれど、まあ、何も無いよりはマシだろう。
ジーザス! 神は死んだ! 私は芋虫なんて食べたくないんだ! 美味しいならまだしも! 美味しいなら食うんだけど!
そんな訳で多少不機嫌になったけれど、それは兎も角。
慕われるのは悪くない。
『さて、緑鬼さん』
ゴブリン達にとって最大限の敬意であるらしい、草と芋虫の王冠を頭蓋骨に乗っけて、私は隣に座っている緑鬼さんに念話を送る。
おい芋虫、もぞもぞすんな。こそばいのよ。
『前の王様は何をしてたの?』
『魔力を放つ事で森全体を守っておられました』
それはニートと認識して良いのかね。私もなんか放ってるらしいし、同じかい。
『絶対的な強者が守護する森に住まわせて頂けるというのは、それだけで素晴らしい事なのですよ』
『さいでっかぁ』
ふうむ。私は何にもしないで適当に生きられるならそれで良いけれど、現状に甘んじる程狂ってはいない。
人はパンだけに生きるに非ず。ただし、私はチーズパンもピザトーストも揚げパンも食べたい。そんでここにはそれが無い。
『んじゃあ、例えばさ。私が小鬼族にああしろこうしろって言いだしたら、どう思う?』
『最高の名誉であります』
『嫌じゃないの?』
『王の側にいるという事は、より強くなるという事です。我々は王から力を頂けるのですから、王の命令で死ぬ事を忌避したりしません』
さいで。
『私が力を与えるって?』
『我等、ヒトより魔物と呼ばれる存在は、魔力を根源として存在しております。そして強き王は、存在するだけで強い魔力の余波を放っておられます。我等はその魔力を受け、強くなれるのです』
『成る程。それで、王は存在しているだけで良いって事かい』
『前王は谷の奥におられましたので、すぐ側で魔力を浴びる事は許されませんでした。それが許されるのであれば、喜んで従いますとも』
御恩と奉公的な、そういう仕組みなのか。
『その放ってる魔力っていうのは、無差別に強化するんだね』
『はい。ですが、王がお望みなら抑える事も可能な筈です』
成る程。勿体無いから抑えよう。むんっ。
……。
『抑えられた?』
『変わりませんが』
『ですよね』
オーラを抑えるとかやり方分かんないからね。つーかオーラの存在信じてないからね。ホームレス仲間の佐藤さん、黄金のオーラとかいうの持ってたらしいのに、普通にこけて足折ってそのままご臨終だかんね。
『抑えられるという事は、余分に与える事も出来る筈だね?』
『はい。余波でなく、直接与えられる魔力は“祝福”と呼びまして、与えられた者は紛れもない王の庇護を受けたとして強い力と権力を持ちます』
えこひいきの権化ですものね。
まあいいや、と、取り敢えず王冠を外して、芋虫は逃がしてやった。それから草を編んだ玉座から立ち上がり、集落を見渡す。
雌ゴブリンは子供と戯れたり、乳をやったり、寝床に草を足したりしていて、雄は半分程が休み、もう半分は狩に出ているらしい。
この寝床というのがまた厄介で、枝だの草だのを適当に木の根元へ敷いただけのものだ。雌ゴブリンと、緑鬼を始めとする強いゴブリンの雄は、玉座が設置されたような横穴に寝床を持っているが、雑魚……もとい、有象無象の雄ゴブリンは雨ざらしで暮らしているのだ。
屋根ぐらい作れ。
『私にも目標がある』
『はい』
『その為には、私一人じゃ駄目なんだよね』
『ならば、我等をお使い下さいませ』
うん、それも良いんだけれどね。いや、そうするつもりではあるけれど、奴隷とかみたいに顎で使うのは好みじゃない。ほら、私の顎ってばガタガタだからさ。
『私の為に働いてくれるなら、私はそれに応えよう』
さて。
取り敢えず、魔法を頑張ろう。
『まずはここの暮らしを改善しようか』
レスホームな私が見ても、彼等の暮らしは心が痛むのだ。
ところで、書き溜めある癖に勿体ぶって毎日一話ずつ予約投稿してるのが僕なんですけれど、なんか書き溜めがエリクサーみたいに見えてきて困りますね。
あ、僕はエリクサーとかせかいじゅのしずくとか使った事無いです。なんだったら薬草も使わないタイプです。99個買った癖にね。