9.固まる思考に、動く展開
「えっ……どういうことですか?」
最初に出てきた言葉は、何の含みもない純粋な疑問符だった。然るべきことで、急にそのようなことを言われても困るという至極当然の反応だった。
「いや、君は伯爵のところの息子であるシルフに浮気されて、婚約破棄するんだろ?」
「いえ、まだそこまでは……て言うかルシウス王子は何故その事を?」
またもや知らないであろうことをごく自然に話の中に入れてくるのだ。相当困惑する。何を当たり前なことをといったような表情に拍子抜けするが、そんなことを言っている場合ではない。そもそもその情報が流れて拡散するなどということがこの短時間で起こるのは可笑しな話だ。原理として殆どありえない。
状況を掴めていないアリスに対して、にこやかに彼女の疑問について、口から漏らした。
「何故って、俺の従者から聞いたからだよ。アリス嬢は伯爵領のシルフという貴族に浮気されて傷心して、婚約破棄したのだろ?」
「いえ、ですから婚約破棄までは、いってないです。しようかなというような話を少し家でしたくらいです」
「ん、ならあいつは些か勘違いをして誤った話を伝えてきたのか。それは残念だ……」
さも、がっかりした素振りを見せているが、色々と不安分子があちこちに浮かんでくる。まず、その、教えてくれたという人は何処の誰なのか?それから、なんでこんなにも短期間に婚約したい等と言ってきているのかということ。もしかして詐欺!?何てことも考えつつも、流石に謎過ぎる。
「あの、その私が婚約破棄したという話をしたのは誰なのでしょうが」
「ああ、それは俺の従者のフォル──」
「ル、ルシウス様~!!」
彼が答えようとした瞬間に、たちまちその王子なを呼ぶ叫び声が、少し離れた所から聴こえてきた。それと同時に何者かが走ってこっちに向かってくる足音も、振動となって、伝わってくる。次第にそれも大きくなり、その声と足音の原因となっている人物がハァハァと息切れを起こしながら、ルシウス王子のすぐ後ろの方に止まった。
「………ルシウス、さ、様……ハァハァ、いきなり……城を抜け出すなど、ハァハァ、またベリサーブ様に……怒られますよ…ハァ……」
「おお、中々見つけるのが早かったなフォルト。新記録達成だな」
「ハァハァ、冗談じゃ無いです……」
息切れを起こしている男性は、フォルトという名前らしい、そういえばこの人をどこかで見たような気がする。何処でたろう?そんなことを考えながら、そちらの方へと目を移す。瞬間に目があってしまった。
「あ、貴女はアリス嬢!!」
「もしかして、あの雨の日に馬車を運転していた従者の人!?」
「そ、そうです!!お久しぶりです。といっても、つい昨日の話ですが……」
「フォルト、それは久しぶりとは言わないだろ……」
アリスとフォルトが二人感慨に浸っていると、一人話から取り残されたルシウス王子は不満げにそう会話を遮った。その指摘に対して、確かにとフォルトも同意して、一端この会話は途切れた。
「それで、もしかしてフォルトさんがあの日の事をルシウス王子にお話したという訳ですか?」
「はい、それであってますよ。あんなこと聞いたら婚約破棄ものの案件でしょうから」
「婚約破棄、まだしてないらしいけどな」
そう、真実として私は婚約破棄をまだしていない。あくまで婚約破棄を前向きに検討する、とお父様と話していただけだ。それに、婚約破棄と言ってもいきなり次の日に「はい、婚約破棄します」何てことを言える訳でもなく。あくまで準備期間として、少なくとも数日はかかる。まあ、フォルトさんは、私が婚約破棄することを見越してこちらでルシウス王子に話したのだと思う。まさか、あんなことがあった次の日に王都に私が来ているなんてことを予想ができるはずもない。
「今それは思いましたよルシウス様。まさか今日この場にアリス嬢が来ているなんて予想して居ませんでしたから。昨日の出来事でしたしね」
「そ、それは私も思いました……急に来てすいません」
「いえ、別に責めている訳では……兎に角、王子はすぐに王宮に帰りましょう。貴女様が抜け出してはいつも私が怒られるのですから」
フォルトさんの冷たい声に対して、ルシウス王子はなんら戸惑うことがない。それどころか笑顔で反応を楽しんでいるようにも見える。流石、王子。余裕の反応ですね。
ついつい、アリスはフォルトにちょいちょいと手招きして、耳打ちする。
「ルシウス王子っていつもあんな感じなんですか?」
「いえ、私の前ではあんな感じですが、初対面の人とかの前ではああも、いたずらっ子みたいな言動、仕草、表情はしないですよ。良かったですね、王子はかなり貴女を気に入ってるかも知れません」
「二人とも何話してんの?俺に話せないこと?」
周囲にあまり聞こえないように会話していたのが、特に気になったのか、王子は興味津々といった顔で、こちらに首を伸ばしてくる。フォルトさんは、少し迷惑そうな顔になるが、王子はやはりお構い無し。王族の特権というのをまじまじと見せられたような感じだ。
「……はぁ、貴女のことを話していましたよ。ルシウス様」
包み隠すこともしないで面倒くさそうにジト目で王子の方へと視線を移す。
「どんなことだ?」
「えっと……何ていうか、ルシウス王子はいつもどうなんだろうなぁってことをフォルトさんから聞いていたんですよ。特に他意はありませんよ」
そうか、なら良いんだと言う王子。なんだかとても疲れた。サラスヴィアの王子様、ルシウス王子と会話をしているからなのか?それとも、相手が何かと個性的な感じだからなのか?
きっと両方だろうと、勝手に自己簡潔し、アリスは何かを考えるようにして伏せていた面を元に戻した。
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