3.涙は流れずとも、すり減る心は戻らない
本日分の最後の投稿です。
よろしくお願いします!
状況を把握しきるまでに、僅かなタイムラグが生れた。今、目の前で起こっているこの惨事を飲み込むだけの柔軟な考えが、私に不足していたからだ。しかし、暫くして、固まっていた体が漸く動き出す。
力が抜けて、床にへたってしまう方にだけど……。
状況は認めたくないもの、そしてそれを、世では浮気という。前世で男性経験が無かった私にとっては受け入れ難いもので、先ず出てきた感情としては、とても悲しいと、そういうものだった。
「……っどうしよ」
既にサプライズどころではない。こんなに悲しい気持ちではサプライズも出来ないし、そんなことをする気も、サッと引いていった。何時しか外から聞こえる雨の音が大きくなっている。外では雨の勢いがさらに強くなり、私の気持ちはそれに合わせてさらに底へと沈んでいく。
ふと気が付くと、通路の曲がり角の方から足跡が聞こえてくる。流石にこんな顔で人前には出るわけにいかないと思った私は、ゆっくりと音を立てないように立ちあがり、その場を後にした。不思議と涙は流れて来ず、ひたすらに胸がズキズキとする感覚だけが、私の失恋を知らせるかのように痛み続けていた。
立ち直れなかった私は、会場の端の方の席に着いていた。話しかけようとしてくる貴族は居れども、私の沈んだ雰囲気に気圧されて、本当に話しかけてくる人は一人も居なかった。
「お嬢様、お嬢様?」
「……えっ!?クレーナ、どうしたの?」
気が付くと近くにクレーナ私の目の前に立っていた。
「どうしたのですか、そんなに思い更けて」
「思い更けてはいないわ……」
少しコホンと、咳払いをして、彼女は話を続ける。
「シルフさんは、帝国の皇女様と今後の貿易についての話し合いを接客室でしているようです。接客室に行けばシルフ様が居ります」
「……もういい、行かない」
私の言葉を聞いて、一瞬怯んだようにクレーナは目を見開く。やがて表情をいつものものに戻した。
「もしかして、今になって恥ずかしい、とかですか?」
「違うわ……本当にいいの」
どういうことですか?そんな風にクレーナに聞かれて、私はポツポツと見てきた現実をクレーナに話した。話を聞いているクレーナはギリギリと歯噛みするかのように静かに怒っているのが分かった。口には何も出さないが、憤怒を感じさせる目と握りしめた拳が彼女の怒りをよく表していた。
彼女が怒ってくれていたことに、私は嬉しさを感じていた。私の為に怒ってくれているのだと。
「……お嬢様、これからどう致しますか?」
「そうね……もう、帰りたいわ……」
私の沈んだ顔を見て、彼女は気持ちを汲んでくれて、何も言わずに、私と馬車まで向かった。私の手を握ってくれていて、温もりを凄く感じ、とても安心した気分になる。馬車のところで煙草を吹かしていた馬車の運転をする使用人は、私達が戻ってくるのが想像以上に早かった為に、心底驚いたような顔をしていたが、何も言わずに出発の準備をしてくれた。
馬車は大雨の中、人気の無い町を静かに出発した。バシャバシャと水溜まりを通る車輪の音が、無言の馬車の中で静かにこだましていた。何時しか雷も光り、大雨は嵐と化して、その日はまるで、私の気持ちをあらわしているかように荒れた天気が続いていた。
暗い夜道には、何も見えないひたすらに深い闇が広がっていて、不思議と吸い込まれるような感覚に囚われる。そんな感覚に酔ってしまいそうな私をそっとクレーナが握ってくれている手が私の意識ごと包み込んでくれるような暖かさを感じさせてくれる。
そのまま無言のままになった馬車がシスタリアの本邸に着くまでに感じられた時間というのは、何ヵ月にも感じられるものだった。
「……お嬢様、足下、お気を付け下さい」
「ええ、ありがとう……」
かなり滅入っていた為に、ろくにありがとうの言葉をも全然感情が籠っていないようなものになってしまった。しかし、そんなことは気にしないでと言った様子で、クレーナは手を握り続けて、本邸の入り口を開いた。
「ただいま……」
初めは私の帰宅に、使用人一同がおかえりなさいと嬉しそうな顔で出迎えてくれていたが、私の酷く悲壮な顔と、帰宅の時間が予想よりも遥かに早かったことから、次第に察し初めて、少し時間が経ってしまうと、凍ったように重い空気が流れるようになってしまっていた。私はこんな雰囲気を家にまで持ち込みたく無かったが、やっぱり馬車での移動時間という僅かな時間では立ち直れなかった。……情けない。
「クレーナ、もう、部屋に戻るわ」
「そうですか……付き添いますか?」
「いいえ、気を使ってくれてありがとう。でも今日は一人にして頂戴。クレーナ、これからもよろしくね」
「はい、末長くお世話致します」
私は一人で重い足取りのままに自分の部屋に戻っていった。屋敷の二階にある部屋がとても遠くに感じた。部屋に入って鏡をそっと覗き込む。
「酷い顔ね……クレーナに相等心配をかけてしまったわね」
自分の泣きそうな顔をマジマジとみてそう吐露する。大きな部屋にはアリスが一人、使用人も今日は来ないだろう。寂しく感じられる部屋にある。何時しか時間的にも眠たくなってくる時間でふかふかのベッドに正面からダイブしたら、鉛のように重くなった体をそのまま意識と共に深く深く無意識の世界へと入り込んでいった。
良かったら評価よろしくお願いします。
上手な小説の書き方とかも教えてくれるとうれしいです。