13.婚約破棄から決戦に向けて
罵声を発しながらのシルフ様を屋敷から摘まみ出し、そのまま婚約破棄の書類を握らせて、帰すことになった。
正直、ここまでこのシルフ様が酷い人だとは思わなかった。
屋敷でのやり取りの中で、逆ギレしたシルフ様は、あらゆる情報を漏らしていった。
皇女と浮気をしていたのは誤解ではなく事実だとか、他にも手を出している女がいるだとか、さらには後ろ楯に帝国がついているので、私は必要ないという凄まじいことまで話していた。
帝国が後ろ楯になっているというのは、国家反逆に当たる。
であれば、彼は既に大きなミスをした、国家反逆を堂々と貴族界でのトップである侯爵家に対してその重大な情報を落としたことになるのだから。
彼の伯爵家は、国から爵位の剥奪を余儀無くされることだろう。
これで彼とは既に関係が切れた。
だが、彼は去り際に気になることを言っていた。
「ふざけんな!後悔するぞ。いずれこの地も帝国が納める。それまで首を洗って待っていろよ!」
この言葉には、きっとかなり大きな外交的な問題が絡んでいると、誰でも分かる。
面倒なことに巻き込まれてしまったのかも、今更ながらに悟るが、それでもいずれはこうなっていた……のかもしれない。
嫌な予感しかしないけど、これもまた仕方の無いこと……私のしたことなのだから私で片をつけなければ。
シルフとの婚約もシルフのサプライズを計画したこともルシウスをす好きになったこともシルフと婚約破棄したことも全て私が望んで選択した未来なのだ。
──五日後
「お嬢様!大変でございます!」
その時は突然やって来た。
「どうしたのクレーナ、ブラッド?」
見ると、顔を青くしたクレーナと、溜め息混じりの浮かない顔をしているブラッドが部屋に訪ねてきていた。
「どうしたもこうしたも、先程あの伯爵家近くの国境にある小さな町が変な鎧着たやつらに教われたんだって、連絡来たんだよ」
「どうやら、帝国の騎士のようで……あの男、本当に帝国軍をけしかけてきました。それで、ここに向かってその騎士達が向かっていると連絡が」
なにその展開!アニメや漫画じゃないんだからそんなに直ぐにこんなこと起こる!?もっと時間がかかるでしょう、そういうのは……。
「……今の状況は?」
「現在確認出来る敵の数はおよそ1000程度、公爵領から直ぐに出せる対抗戦力としては、200程度しか……さらに、あの伯爵家の方でも約500の武装集団が不穏な動きをしているとの報告がございます。……やられましたね。まさかこんなにも早くに行動を起こすとは……公爵領の軍の本体は現在、北への遠征任務につき、不在です」
「まんまと謀られたって訳だな。お嬢様の小麦粉で煙に巻いて逃げるか?」
「小麦粉で解決するという考えは無いでしょ……ここは私達が王家から授かった大切な地です。お父様、お母様はここに残ると言うでしょう。ならば、私も残ります」
苦渋の選択だが、それしかない。私の招いた災いなのだから……。
思いの外簡単に婚約破棄が出来て、予定通りルシウス王子からの婚約をお受けしようと思っていた矢先のこれだ。人性そうは甘くないと突きつけられた感じだ。
「お嬢様、ここは王都へ逃げるべきでは?援軍を率いてここに戻ってくればよろしいじゃありませんか」
「そうだぜ、俺もいくらお嬢様の小麦粉で負けたからって、軍を退けられるとは思えねぇからなぁ」
「……小麦粉は忘れなさい」
話の趣旨が脱線してしまうので、小麦粉を引きずるのはやめて欲しい。あと、なんか恥ずかしい。
「ねぇ、ブラッドは私の護衛でしょ?」
「ああ、そうだが?」
「なら、その人達を倒してきてよ」
「いや、無茶苦茶だろ!一人で戦場に突っ込んでいくとか、泥を牛肉よりも美味しいと思うほどぶっ飛んでるぞ」
よく分からない比喩的表現だが、本気で言った訳ではない。あくまでも冗談だ、本気にしないで欲しい……。
「冗談よ、それでその騎士達をどうしたものか……二人とも何か案は無いかしら?」
「一応、ラズワルド様が、200の内、150程度の親衛隊を率いて足止めを行おうと用意を進めています。シャゼル様は、既に30名の護衛と領の重鎮を連れて、王都へ応援要請に向かいました。お嬢様も残りの護衛である20程度の人と共に王都へ向かうべきです」
「お母様は何時出られたの?」
「昨日の3時ほどの朝早くに出られました。その頃から既にラズワルド様も迎撃する準備を始めています」
なるほど、お父様とお母様は今とても切羽詰まった状況にあると、それでも私に20人程の護衛を残してくれた。感謝しないと。
「で?どうすんだ、お嬢様よぉ?」
「私の護衛は恐らくブラッドの貴方を含めたかなり腕の立つ若い人が多そうですね」
名簿を見て気が付いた。私とよく交流していた人をお父様とお母様は選んでくれたようだ。
「まあ、そうだな。人数は少ないがかなり精鋭揃いだぜ。ま、俺には及ばないがな」
どや顔が少しムカつくが本当に彼が強いと他の人伝に聞いているので反論することが出来ない。ていうか、疲れるからしたくない。
「だからね、クレーナ、ブラッド。私は……お父様とは別に敵を討ち取りに行くわ」
「お、お嬢様!?正気ですか?」
「うわー、面白そうだとは思っていたが、まさかここまでとは……へへっ、良いじゃねぇか、付き合うぜ」
「こら、ブラッド!?何を──」
ブラッドは賛成派、クレーナは当然反対派、身を案じてくれてるのがひしひしと伝わってくる。
ブラッドはきっと私の意思を尊重してくれている。短い付き合いなのに、そこまで信頼してくれているのが嬉しい。
「クレーナありがとう。でも、これは私が決めたこと。私のしたいようにするわ」
「ですが……」
「いざという時にはクレーナの転移で逃がしてくれたらいいでしょ?」
「……すいません、今年使える分の転移は王都から帰るときに使ったので最後です。来年まで転移は使えません」
えっ!?何そのとんでも設定は。今年分って中々トリッキーな魔法の使用条件ね。
そうか、でもやるしかないのよ。
「クレーナ、それなら仕方がないわ。その辺はなんとかするから直ぐに使用人の服から武装に切り替えて、前線に向かうわよ!」
「どこからその自信が来るんですか!?やっぱりお嬢様はあの日から変わってしまいました~~~~!!」
いや、前世の記憶で少し戦いとか興味あるってだけなんだけど……いや、変わってますね大分。
クレーナに後ろめたさが残るが、それでもやはり、こんなになった責任とリアルな戦に興味を持ってしまったことで、私はいても経っても居られなくなってしまった。
……戦闘狂とかじゃないよ!
明日はおやすみです。
申し訳ありません……。




