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12.婚約破棄に向けて






 公爵家の屋敷に戻り、そうしてブラッドのことをお父様に説明して、それからお父様に婚約破棄についての打診をし、それからおよそ五日が経っていた。

 何だかんだブラッドも屋敷の使用人と打ち解けて、今では私専属の護衛として認識されている。私専属なのは、ブラッドきっての要望なのだが、そこまで私は何か彼にしたのだろうか?本当に今でも彼の動機が理解できない。クレーナともあくまで使用人同士として接しながら以外にも真面目に仕事に取り組んでいる。

 護衛としてなので、普段は大体屋敷の掃除などをやらされているが……。


 

 それで現在私は、婚約破棄についての書類に長々としたサインをしているところだ。なんというかこんなに面倒な書類をこの世界で全くといっていいほど書いてなかったが私だが、前世の色々やらかした時に散々書いていた反省文などのお陰で、スラスラと筆が進む。

 前世ではかなり問題児だったことが今になって有り難いと思える瞬間だった。



 そんな書類を自室で書いているのを見ているのが、先程話にも出てきたブラッドと常に私の近くに控えているクレーナ、クレーナは顔色を一つとして変えず、ブラッドは眠たそうにあくびをしながら……、


「はぁ、まだ終わんねぇのかよ……細かい文字が羅列し過ぎてて俺にはよくわかんねぇわ。よくもまぁ、そうスラスラ筆が進むもんだ」


「ブラッド、お嬢様を舐めすぎよ。お嬢様はこんなに長い文書を書く機会は今日が初めてなのよ。流石お嬢様、何をしても優秀です!!」


 若干一名私の狂信者がいる気がするけど、まあ、いいだろう。好かれることは絶対にいいことなのだ、うん!




「それにしても、まさかお嬢様みたいな面白れぇ女が居るってのに他の有象無象の女に浮気するなんてな、馬鹿な男も居たもんだぜ。マジで笑えるわぁ」


「ブラッド、シルフ様の浮気相手はあくまで隣国の皇女。決して有象無象ではないわ。だから私がこんなにも長い文書を書類に書いているのよ」


「へっ、お嬢様より面白い存在は中々居ないと思うぜ。小麦粉撒き散らす公爵令嬢なんてなぁ、ふっ」


 なんか貶すのか誉めるのかどちらかにしてほしい。

 そんなにも小麦粉放って、逃げたことが面白いのだろうか?イマイチ私には理解できない。


「取り敢えず、終わったわ」


「流石お嬢様です」


 長々とした文字が羅列した堅苦しい書類を二人に見えるようにハラリと持って見せた。









 そうして、色々とその他に伯爵領への出発の準備、伯爵家当主のジルアーム様への連絡などを済ませ、気が付けば日も沈み始めて、空が真っ赤に染まっている頃。



 事件は起きた──。






「お嬢様、その……大変言いにくいことなのですが」


「どうしたの、そんなに深刻な顔をして」


 いつになく歯切れの悪いクレーナに思わず眉を八の字にして、心配そうにアリスはそう囁く。

 つい先程色々な下準備が終わったというのに、なにか不備でもあったのだろうか?


 しかし、アリスのそんな特定範囲での予想は大きく外れることになる。



「凄く……不味いことになりました。シルフ様がお見えになっております……。お嬢様はきっと会いたくないと思いますから……追い返しますか?」


 心底嫌々そうな感情を露にしながらクレーナは渋々といった様子でそう告げてきた。確かに、シルフには会いたくないが、丁度いい頃合いかもしれない。


「構わないわ、シルフに会う。もてなす準備をして頂戴」


「は、はい!」


 まさか私がそんなことを言うと思わなかったのか心底ビックリした表情を浮かべるが、直ぐに気が付いたように少し早足で自室から出ていってしまった。

 シルフがここに来たということは、つまり手間が省けるということだ。





 わざわざ婚約破棄の会談を彼方側に行かなくても済むという、ある意味好都合な状況であるのだから──。










「やあ、アリス会いたかったよ」


「これはこれは、シルフ様、わざわざお越し頂きありがとうございます。今日はどうされましたか?」


「愛する婚約者の君の顔を見るのに理由が必要かい?」


 歯の浮くような軽い言葉を羅列して、さも自分は私一筋だと言うような言い方。でも今は彼の一挙一動に対しても、ときめいたりはしない。

たなびいた明るい茶髪と吸い込まれるような深緑の瞳にも当然ながら好感など持てるはずもない。

 事務的に流してしまうが、それもこれもきっとルシウス王子の影響だろうか。私の心は既にこの場所には残っていないのだから。

 



「いえ、そんなことはありませんよ。どうぞ中へ入ってください」


 アリスがそう言うと、笑顔のままにアリスの横を抜けて屋敷に向かってゆっくりと歩きながら入っていった。アリスはあくまで事務的な対応にしていたのだが、そんなことに彼は気付くことはなく終始ご機嫌な面持ちでいた。


 滞りなく書面に婚約破棄に関してのサインはしてある。

 そうして後はそれを彼に押し付けるだけだった。



「シルフ様、少し良いですか?」


「なんだいアリス、君から何かあるなんて珍しいね。言ってごらん」


 そんな台詞を吐いた瞬間に、ピリッとクレーナの殺気が感じられたが、そんなことは気にしてられない。シルフも気が付いてないようで、ニコニコしながら私の口から出てくる次の返答を待っている。

 スッと深く息を吸い込み、そのまま全てを吐き出した。










「婚約破棄をして下さらないかしら──」

 








「はっ?」


 どうやら彼は暫しの沈黙の後に、静かに衝撃を受け、訳が分からないといった感じで口をあんぐりと開けて呆けていた。

 自分の浮気がばれていないとでも思っていたのだろうか?

 こんなにも愚かな男に惚れていたなんて……数日前までの私はどうかしていたのだと思う。


「何故なんだ?婚約破棄されるようなことを俺が何時したと言うんだ!」


「黙りなさい。全て知っていますよ、隣国の皇女と繋がっていることくらい」


「何故……お前はあの日……」


「行きましたよ、あの日。貴方の誕生日の祝賀会に、私は出席しました。そこで全てを知りました」



 

 シルフは膝から崩れ落ちる。

 当然だ。自分に非がある婚約破棄に加えて、隣国の皇女との浮気、国に知られれば当然自分の処遇はよくないものになる。

 さらに、公爵家と深く繋がる機会をみすみす逃したのだ。痛手であることは、明白だった。


「君は来れないと言っていた筈だ!」


「貴女が言えることはそれだけですか?全く、どのような教育を受けているのやら……先ずは、お嬢様に謝るのが筋ってものじゃないんですか?」




 それまで黙って佇んでいたクレーナの声だった。

 ひしひしと伝わってくる怒り、クレーナの氷のように冷たい声は静に鋭く部屋に響いた。

 クレーナの言い分はもっともであり、部屋にいたその他使用人達も同調して、首を縦に振った。



「使用人風情が……分かったような口を……」


「それが貴方の本性という訳ですね。やはり、お嬢様をこんな下賎なやからと婚約させる訳にはいきません。私は使用人ですが、誰よりもお嬢様を想っています」


「おい、この使用人に暇を出せ!この俺にこんな無礼を働いて許されると──」


 彼がそう言い終わる前に、なんとお父様が部屋に入ってきて、そして──。


「無礼は貴様の方だ。人の屋敷の使用人を首にしろだのよくもまぁぬけぬけと言えたものだな。それでも伯爵家の人間か!恥を知れ!お前の所の伯爵家との関係は白紙に戻す。アリスに対して働いた無礼を一生後悔していろ!真っ黒野郎!」



 と凄い形相で怒鳴り付けてる。

 わぁ怖い……でも、クレーナ然り、お父様然り、私の為に怒ってくれているのはとても嬉しい。

 お母様に関しても、お父様の後ろから着いてきていて、これまた表情には出ていないけど、目が全く笑ってない。



 両親や屋敷の使用人達が皆私のことを大切に思ってくれてることを改めて実感し、心強いと感じられた。




 疲れたから寝るって言って使用人の休憩室で休んでるブラッドには、後でちょっと言いたいことがあるけど……。














次回作も制作中です。

よろしくお願いします!

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