表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十五章 紅の漣
75/107

七十五話

 土俵を這いずり、命からがら逃げようとする男達が十九人。もはや武人の面影を見せるのは、ずたずたに切り裂かれた戦装束と折れた獲物だけだった。

 全員急所は外してあるし、怪我も大したものじゃない。治療師の手にかかれば、一笑に付して元通りになる。儀式的な闘いに過ぎないのに、こいつらはこんなになるまで闘いをやめなかった。まるで狂気だ。

 未だ両足で龍人サンの前に立ち、拳を構える者がいた。

〝戦神の剣を刻まんと望むは我らなり〟

 そう叫んだこの男の言葉は本心だったのだろうか。

 刀を下ろし、構えも見せない龍人サンに、男は半ばやけくそに体術を繰り出す。

 戦神の力を試すこの手合わせは、それだけが目的ではない。龍人と手合わせしたモノノフ自身が、戦神の魂がヴィアドラを守っていると認識するためのものでもある。

 今まで闘ってきた武人達は、俺と闘い戦神の魂が龍人という力として存在していると認識し、矛を収めてきた。そのはずなのに、この男はどうして死に急ぐような闘いをするのだろうか。

 龍人サンの独楽のように素早い体術を受けた男は、震える片膝を地面に突いた。男の首に刀が添えられる。


「もう終わりだ。じゅうぶんだろう?」


 男は悔しいのだろうか? ならばなぜ、そんなに追い詰められたような目で俺を見るんだ?

 男が、首に添えた刀の刃に首を滑らそうとしたのを見て、サンは慌てて刀を戻した。その男の行動に、サンは数歩後退り、今初めて見たかのような目を男に向ける。


「あんた、今――」


「殺してくれ」


 男の食いしばる歯の間から聞こえたその声に、サンは耳を傾けてどういうことか目で訊いた。

 だが、男は口で答えることはなく、赤い闘気を纏って襲いかかってくる。

 剥き出しの感情を籠めた闘気なのだろう。闘気は、男が抱くどうしようもない嘆きに満ちていた。剣で受けるたびに男のことがわかっていく。この人は、生きたいのに命を散らさなければならないこの闘い嘆いている。なぜそんな理由で闘うことになったのかまではわからない。だけど、嘆きながらも命を捨てるにたる理由があるのだ。


「いいだろう、望み通りにしてやる。だから、あんたは心を牙として全力を俺にぶつけてくれ」


 龍人サンはそう言うと、吊り劔の構えをとった。男は目頭を赤くさせて、一つ震える。観衆は龍人を相手にして屈服しない男の武者振るいとでも思ったのか、歓声をあげた。

 サンは淀んだ沼に浮かぶ油をかけられたような気分になって、観衆に唾を吐きたい気持ちに駆られながら、目の前で噴きあげる炎のような闘気を纏う男に心を向ける。

 あんたの想い、受けとめてやる。

 龍人サンと、闘気の炎を纏う男が目にも止まらぬ速さで擦れ違う。炎と炎がぶつかり、互いを喰らわんと空気を轟々と震わせた。

 龍人サンは振り返り、倒れ伏した男を見ながら、心の中でふつふつと沸き上がるものを静かに見つめた。

 男の信念から見えたものは、後戻りできない怒りと嘆き。家族が殺されないために、男は命を投げ出さなければならなかったのだ。俺と闘い、死ななければならなかった。

 サンは静まり返っている観客席を見回して、周囲の感情が恐怖に染まっていることに気がついた。皆、俺が殺したと思っているのか?

 背後で息を吹き返すように咳き込む音が聞こえて、サンは振り返った。倒れていた男が己の鼓動を確かめるように胸を押さえると、眉を下げて口を戦慄かせる。身を起こし、首を重く振りながら俺を見て「なにゆえに」と、石臼ですり潰されたような掠れた声で言った。


「もう終わりだ」


 サンの言葉に、しかしなにも起きない。


「終わりと言ったんだ、治療士出てこい!」


 張り上げた怒号に、ようやくそろそろと治療士達が土俵に上がってくる。担架に呻く男達を載せて下がっていく中で、サンは最後まで力を振り絞った闘気使いの男に近寄って膝を突いた。


「あんたの願いは聞き入れられなかった。嘘をついてごめん。だけど、あんたをそこまで追い込んだのはなんだ?」


 男は涙を流し唇を震わせながら、決して届かない小さな星の光を見るような目で天井を見ていた。その目は、言うなら折れた剣だ。

 サンが立ち上がろうとすると、男は腕を掴んでそれを止めた。そして、男は暗闇の先の貴賓席を睨みつける。その目は、もはやただの折れた剣ではない。折れたゆえに生まれた鋭さを纏っている。


「龍人様。あなたが狂気に陥るのを望んでいる者がいまする。どうか、あなた様も強く気をお持ちくださいまし」


 男の目には未だ涙が溢れていたが、そこには一矢報いる一欠片の光が宿り、すでに男の口の震えは収まっていた。

 男はそう言うと、闘志の残滓だけを残した涙無き目を閉じて、治療士達に連れられていった。

 龍人サンは、男が最後に見せてくれた視線の先を睨んだ。そこは貴賓席であり、燕宗熾が組んだ手に顎を載せてこちらをじっと見つめている。

 龍人サンは貴賓席に向けて刀を突き出した。


「龍人の力、魂に刻みたい者あれば、今一度我が前に出でよ!」


 燕宗熾が一呼吸おいてから片手をひらりとさせた。笛の一声が響き、太鼓の音が再び挑戦者を迎える。入場門の暗闇から、一つの影が土俵に進み出て姿を現した。その姿に、観衆がどよめき立つ。

 モノノフたる魂を示すためのこの場所に現れたのは、見たこともない鎧に身を纏った者だったのだ。その者が纏う鎧は見るからに異国の物。体の可動部以外の急所を、艶めく黒い金属が保護していて、金属は筋肉に沿わせるように加工されていた。

 可動部である膝や肘、脇、首回りは、銀霊樹の葉から紡がれる銀糸にも似た繊維で編まれたもので保護してある。

 着け心地は最悪であろう頭部全体をすっぽりと覆う兜は、前面を黒い硝子質のもので覆っており、つるっとした表面には周囲の景色がはっきりと写り込んでいた。

 鎧兵士の秘める力は未知数であるものの、鈍臭く張りぼての案山子のようで恐怖は感じない。

 鎧兵士は、槍の柄の両端に斧を取り付けた槍斧を獲物としていた。刃の反対側には金槌のような塊がつけられている。あれで叩かれたら、骨なんか砂糖菓子のようにじゃりっと砕け散ることだろう。だけど、そうはならない。速さに劣る攻撃なんて、子供の拳を避けるようなものだ。

 鎧兵士が貴賓席を見上げた。それが合図だったのか、貴賓席に明かりが灯り、燕宗熾が観衆の視線を一点に集める。手を腰の後ろに組んで、にこやかに視線を味わうと両手を上げた。

 それに応えるように観衆から拍手が上がる。それを燕宗熾は両手を降ろして鎮まらせると、ようやく口を開いた。


「昨今、皆の暮らしに活力が漲っていることと思う。街は賑やかになり、暮らしやすくなった。それは我が國と元老院が幸せを祈るだけでなく、邁進してきたからである。また、共に進んできた同胞である皆の力が築き上げてきたものだ」燕宗熾は言葉を区切ると、土俵に立つ鎧兵士に手を向けて示した。「だが、実際はそれだけではない。君達も耳にしたことはあるだろう。バルダス帝国という南方の国のことを。ヴィアドラを喰うためにやってきたなどという、根も葉もない噂が聞こえてきたりするが、それは全くの嘘である。モルゲンレーテ星教国が北の援助にきてくれたように、バルダス帝国は技術的援助という立場できてくれているのである。それは、化学という技術革新による暮らしの充実、生活の豊かさを与え、幸せを現実のものにするのである」


 燕宗熾は貴賓席をゆっくりと歩きながら、身振り手振りを交えて一つ一つの言葉を丁寧に出していく。


「例にあげるなら、電気を用いた街灯がわかりやすいだろう。町は隅から隅まで明るくなり、治安向上から商店街は賑やかになった。これは律士の尽力だけでは成し得なかった。また、いろいろなものを効率化し、最も尊ぶべき家族との時間が増えたのは皆が実感している事だと思う」


 観衆から噛みしめる同意の波に、燕宗熾は頷いて応えると続けた。


「街の維持にかかる仕事をバルダス帝国の万象帝技(ばんしょうていぎ)にとって代わり、余った労力を既存の者達と分かち合う。そして生まれた家族との時間は、何にも代え難いものであろう。私も、最近は家族との食事が趣味になりましてな。娘の成長を感じて驚くと共に、今までこの時間を知らなかったことに愕然としたものです。それはまるで暗い穴を振り返るような気分でした」


 燕宗熾の見下すように冷たい視線が自分に向けられるのを感じて、サンはまっすぐと見返しながら次の言葉を待った。


「その暗い穴がなんだか、すぐに悟ったものです。それは、ヴィアドラの古き風習であります」


 燕宗熾が向けてくる目は人に向けるものではない。あれは、庭に生える気に入らない木を見るような目だ。


「風は流れる。同じ風が永遠に吹くことはないのです。これからのヴィアドラを、これからの大切な時間を、元老院と共に創っていきましょう。その我々の刀となるこれからの力、それを皆さん、しっかりと見届けていただきたい」


 そして、燕宗熾は両手を広げて、龍人サンと鎧兵士が相対する土俵を示す。


「これより、バルダス帝国の最新兵器の力をお見せします。それでは、始めましょう!」


 サンは拍手が上がる観衆と、その拍手を力とする燕宗熾に膝を突かされた気分になった。

 最悪だ。観衆は、すでに元老院の手の内なのだ。烈刀士のことを気にする者など一人もいない。鬼を知らず、戦って犠牲を払う烈刀士のことを知る者、知ろうとする者はいないのだ。ヴィアドラたらしめたモノノフの魂が感じられない。

 槍斧を振りかざし、剣気を纏ったかの如く速さで接近してくる鎧兵士の姿を見つめながらも、サンが見ていたのは燃え尽きたような自分の心だった。

 烈刀士の犠牲、ガマドウのような者の意志が泡のように消えていく。その泡が皆の暮らしもとい、命を守っているというのに。誰にも知られず、消えていくのか。ここで俺が負けたら、それが確かなものになってしまう。俺は負けられない。勝つことがヴィアドラを守ることになる。

 龍人の羽衣が一層光を増すと同時に、龍人サンは愛刀を握り直し、ひらりと身を翻した。

※2019/7/20

帝国技術の〝科学〟という言葉を〝万象帝技〟に置き換えました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ