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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十四章 烈刀士
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六十七話

 月光落ちぬ妖魔の森。淡く宵を照らす苔色の燐光が、樹々や草花にさながら血管のように息づき、妖艶な姿が世界を包む。

 その世界の主役は、花火の如く散る剣の走り火。鬼の隆起した濡色の黒き鋼の体と、白き焔に揺れる羽衣の龍人サンが妖魔の森に踊る。

 龍人サンの白き羽衣が、五本の剣となり宙を舞い、六つの鬼を相手取る。龍人サンの姿は吹き乱れ乱舞する白きヴィアドラ桜のよう。捲き上る黄金の雨雫の中で、吹き乱れた白焔の桜吹雪が収まると、地面は黄金の褥と変わっていた。

 サンが纏っていた白焔の羽衣の鎧が、勢いを弱める焚き火のように消えてゆく。目を輝かせていた翡翠色も水に搔き消える墨のように姿を隠し、顔の赤い隈取りも古い書物の文字のように掠れてやがて見えなくなった。

 サンは糸が切れた人形のように空を虚ろに見上げながら、根をはるかのように重く座り込んだ。

 走り寄ってくるライガ、カゲツ、鬼火の顔を見上げると、力なく乾いた笑いを転がして立ち上がろうと膝をついた。危なげに膝を揺らすサンに、カゲツが肩を貸して二人は目笑を交わす。


「俺、やったぞ」

「あぁ、見てた」


 四人は、黄金に染まる地面と鬼の骸を見て、安堵の笑いを投げ合いながら砦へ足を向けた。途中でカゲツの笛を聞きつけてやってきた班と合流して、何があったかを話しながら八人で砦への帰路へついた。四人を照らす夕陽は淋しげで、鬼の黄金の血の色、黄金の褥の色に似ていた。



 鉄の冷えた梯子を登ると、梯子守が珍しく労うように肩を叩いてきた。ライガは気さくに同じ仕草で梯子守に応えたが、他の三人は面食らって会釈しかできなかった。


「おめらの戦、すんごかったな」


 梯子守(はしごもり)の訛りの強い言葉に、カゲツが振り向いて弱々しく首を振りながら、目でサンを示す。「龍人様のお陰だよ」


 サンはライガのくすぐるような含み笑いに短く頷いて応える。

 俺は、喜んでいる場合じゃない。ライガの肩に腕を回して、顔に髪を張り付かせて虚ろな表情をする鬼火を見て、自分の刀の柄を強く握りながら勢いよく扉を開けた。救護室に向かう間に合流した班と別れると、怪我人だと声を上げながら烈刀士(れっとうし)達の間を縫って砦の中を進んだ。

 鬼火を救護室に届けて処置が終わるのを待つ間、三人は一言も話さなかった。カゲツが何度かサンに視線を送って口を開きかけたが、サンが腕を組んだ指に力を込めながら地面に目を落としているのを見て、行ったり来たりする烈刀士の顔に視線を移した。ライガはそんなサンをじっと、責めるわけでもない無表情で見つめている。

 鬼火が包帯で腕を吊った姿で現れると、三人は石像が命を持ったかのように立ち上がった。


「鬼火、俺のせいですまなかった」サンは握った拳を脇に添えて、地面と頭が平行になるまで腰を折った。


 鬼火が腕を固定する石膏を爪で示すようにつつき、「辛気くさい。ていうか、いまにも腹の虫が鳴りそうな顔をしてるわ。食堂でも行ってきなさいよサン班長」 


 サンは鬼火の飄々としながらも、大儀そうに欠伸をする姿を見て、今度は真剣に頷いた。鬼火の額に滲む汗を見ると無理をしているのは明白だったからだ。

 カゲツがサンの肩に優しく手をかけて「サン、鬼火がそう言ってるんだ。甘えさせてもらうとしようよ」と顔を傾けて言った。

 食堂はいつものように酒精の香りと心地よい喧噪に満ちている。一緒に帰還した班長が豪快な笑いをあげて、こちらを指差してきた。サンはカゲツと遅れてやってきたライガと目を合わせて何事かと視線で訴え合うが、答えが見つからないないまま、周囲の烈刀士達の視線が強くなるのを感じて、近付いてくる班長に向き直る。


「これはこれは、皆の者、龍人様だぞ! ついに我らが龍人様がおいでくださった!」


 サンは思わず顔を顰めそうになって、隠すように会釈をした。今まであんなに腫れ物を扱うような目線を向けてきていたのに。サンは班長に肩を掴まれて苦い片笑みを浮かべながら揺さぶられるがままにした。


「今日のおかげで百年の疑いが拭われたってわけだ」周囲の明るげな表情をする烈刀士達は、興奮げに酒杯を傾けながら頷いている。

 そんな中、冷静に張り上げる声が響いた。

「早すぎるんじゃないのか」周囲の喧噪が一気に曇った。「百年前の龍人だって、最初から狂ってたわけじゃないんだぞ」


 その声を張り上げた先輩烈刀士は、肆ノ砦においても年嵩な男だった。板についた横柄な態度で机に脚を乗せて、酒杯を揺らす腕には腕章をしていた。おそらく年齢は蒼龍将と同じくらいだから、かなりの古参だ。

 古参の班長は、十二分に視線を稼いだことに満足したのかゆっくりと席を立つと、酒杯を突き出して挑むようにサンを見据えると指差して続けた。「前の龍人が狂った時にはモルゲンレーテの奴がいたそうでな。ひどく仲が良かったそうだ」一歩サンに近づき、声を落とす。「今もモルゲンレーテの奴らがいる。なにか知ってるんじゃないか、龍人様」


 静まる食堂の中で、雑士達が手際よく配膳を済ませて、小走りで去っていく。古参の班長に同調しているような目をした烈刀士は少なくない。

 その時、椅子を引く場違いな音がして、皆が目だけを向けたり体を向けたりして注目した。引いた椅子に立って注目を集めたのは、少し前まで俺達を見守ってくれていた明水だった。酒杯を掲げて白い歯を見せながら一つ眉をあげて見せると、大きく手を広げて諌めるように周囲の烈刀士を見回した。


「まぁまぁ、最初は何事もわからんものじゃないか。今は曇りかもしれないが、そのうち天気は変わるもんだろ。雨が降るか晴れるかはわからん。物事が動いたことに喜び感謝すればいいんじゃないかね」そう言って酒杯を少し掲げる。「龍人の目覚めに、乾杯!」


 明水の言葉に納得した烈刀士達の和やかな頷きや相槌によって、食堂内は一気にいつも通りの喧噪に戻った。古参班長も気づけば仲間と酒を共にして談笑を始めている。

 明水が自分の机の席を指差したのを見て、サン達は酒を手に取り明水の元へ向かった。

 サン達が席に着くと、明水が肩をあげて戯笑してみせる。「古株の連中は、烈刀士の誇りを少し大きく解釈しすぎてて頭が堅いのさ。龍人に何かがあって、烈刀士の評判が落ちれば今後に関わっていくからな。ま、なにはともあれ、力を操ることに成功とはいい話だ」

 その食卓についている十人近くがサンにちらりと視線を投げる。その視線を横目で感じながら、サンは鼻を擦り口を歪めて「まだ練習が必要ですけどね」と言った。


「俺、あいつに食事持っていくから、またな」


 ライガはそう言って、返事を待たずに席を立って行ってしまった。


「明水班長。俺がこの班に残ることを進言してくれたって聞きました。ありがとうございます」


 机に手をついて頭を下げるサンを見て、明水は一つ払いのけるように笑った。「なに、必要なことだと思っただけだ。だが、お前が班長でって条件は呑んでもらわないとな」


 サンは自分の腕章を掴み頷いた。班を護り、大切なものも守る。俺はこの腕章に見合うことができるだろうか。今日だって、自分のことばかり考えて鬼火に怪我をさせてしまった。


「その辛気臭い顔が調味料になって、食事がより美味しく感じられるよ」カゲツが肉を口に頬張りながら楽しそうに言った。「命に別状はないんだから、そんなに気にしないほうが良いと思うよ。鬼火だって望んでない」


 サンは、不幸中の幸いというやつを噛み締めながら頷いた。鬼火は暫く動けないことに嫌気が差すだろうな。その気持ちは理解できる。なにかできることはないだろうか。サンはふと思い出してカゲツを小突いた。


「そういえば〈鬼目郷〉で鬼火と飯を食った時に、なにかを頼まれたようだったんだけど、酒が回ってて忘れちゃってさ。カゲツにも頼んどけって言ったから、なにか知ってるかと思ったんだけど、なんだったんだ?」


 サンの問いにカゲツは宙を見上げて思い出したのか、あっと声を上げてから片笑みとともにサンを見た。


 カゲツに連れてこられるままに、ライガ達の寝台のある部屋に連れてこられた。ここに来るのは久しぶりだった。天星神宮で行われた元老院の議から帰ってきてからというもの、俺は龍人という理由から個室に移されたからだった。

 サンは、ライガの棚の引き出しを開けては何かを探しているカゲツに、やめたほうがいいんじゃないかと声をかけるも、なにを探しているのか気になってそれ以上は止めなかった。


「これだよ、これ」


 そう言ってカゲツが取り出したのは、紐の切れた首飾りだった。剣と拳を合わせた赤黒い石の装飾品がついている。剣は諸刃で、異国の装飾品だと思わせた。


「鬼火は、ライガが貰って喜ぶものがなんだか探れって言ってきたんだよ。んで、俺はこれだと思うんだけど、どうかな」


「革紐ってところか? そんなものどこでも手に入りそうだけどな」サンの言葉にカゲツは白い目を向ける。サンは言葉が出てくるのを待って口を開きながら目を泳がせる。「いや、確かに、ライガは髪が短いから櫛も必要ないしこれぐらいしかないか。というか、鬼火はなんでそんなものを?」


 カゲツがわからないのかと言いたげに眉を上げた。サンは困惑しながらも、苦笑とともに首を振る。


「烈刀士の中で男と女はないはずだろ」


 カゲツが笑う。「この病はどうしようもないらしい」


 二人は含み笑いを転がして、慌てて声を落としてライガがいないか周囲に目を走らせる。首飾りを棚の中に戻したカゲツが「なんだこれ」と言って腕飾りを取り出した。

 ライガの腕にするには細すぎる腕飾りは、見るからに異国のものだった。白銀、金の流線型を描いて縺れ合い、空気が固まったかのような浮遊感をもつ金細工。散りばめられた青い石や金剛石は、夜空の光を散りばめたようだった。


「こんなもん、ライガはつけないよな」


 サンの言葉にカゲツは頷く。そして深刻な顔で腕輪を棚に戻しながら重い声で言う。


「鬼火がこんな柄じゃないのも流石に知っているはずだよ」

「誰のためのものだろうな」


 二人は苦い憫笑を交わして、そっと棚に戻す。鬼火に早いところ真実を伝えるか、玉砕させるか、二人は目に歯痒いものを湛えて真剣に議論をしながら食堂に戻って行った。

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