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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十四章 烈刀士
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六十四話

 月影に染まる森を見下ろすサンの頬を、夜風がゆっくりと撫でていく。そっと目を瞑り、心の中で脈打つものに表情はどこまでも優しいものを浮かべさせた。

 

〝独りではないことをお忘れなきよう〟


 その言葉がどれほど俺の心に優しく沁み渡ったことか、カグラは知らないだろう。戦技大会のための修行から、友と信念の刃を交えるまで、俺を支えたのは師匠の己を犠牲にしたことへの怒り。触れれば簡単に溶けてしまう飴細工のような、自分の弱さを見ないために、本当の強さというやつを求めて走ってきた。犠牲すら出させない強さを。守った先に自分が犠牲になってしまえば誰かを悲しませる。それは誰も守れてはいないことなのだと信じて。

 だけど、烈刀士になるための試練でそれは間違いだと知った。師匠の死によって、欲しい愛が二度と手に入らないことへの怒りだと、ようやく心にそれが収まった。

 力を求めた自分の意味を知った先に残ったのは、一つの想いだけだ。本の擦れた頁を捲るあいつの嫌味や皮肉。兄への執着の理由もよくわからないけど、龍人という力を持つ俺を仲間だと見てくれるあいつ。最初に俺を守ってくれた、破天荒で何を考えているのかわからないけど、一番頼りになるあいつ。俺を送り出してくれた、あたたかい人達。

 重なる想いが瞼の裏に蘇り、サンは覚悟を眉の間に刻みながら胸と刀の柄を握った。

 胸を仄かに温めていたその熱を、烈刀士(れっとうし)達や元老院の冷たい視線が埋めていく。俺は皆とは違うのだ。力には代償がつく。俺は龍人。ヴィアドラの守護者にして象徴。モノノフだ。

 大切なものを守るために、龍人として選ばれたのなら、孤独だって飲み込んでやる。

 サンは踵を返して〈鬼目郷(おにめきょう)〉の賑やかさを求めて踏み出す。その時、喧しい鐘の音が夜空を起こさんばかりに響き渡り、黒い風が胸の中の草原を揺るがす。

 優しさの欠片もない鐘のけたたましい音と、重い静けさを纏った剣呑な烈刀士達が港の方へ向かう姿を見て、いっそう黒い風が草原を掻き立てた。

 港に向かう途中の一番広い通りで、人溜りができていた。〈鬼目郷〉に住む人達は、人溜りの原因である烈刀士達の周りから、何事かと背伸びをして窺っている。サンはその内の一人の男に何事かと訊いた。


「バルダス帝国だ」


 男のその言葉に、元老院での蒼龍将の姿を思い出す。他国の干渉を嫌い、古きヴィアドラを貫こうとしている蒼龍将を。そんな蒼龍将に希望と絶大な信頼を寄せる烈刀士達は、つまり他国を受け入れない。助けに来てくれているモルゲンレーテ星教国の人たちでさえ砦から閉め出してしまうほどに。

 もし帝国の人を斬ったとなれば、水面下で烈刀士と対立している元老院側はどうするのだろうか。

 サンは人混みを掻き分けて中央を目指した。人混みの間を縫って見えてくるのは、バルダス帝国らしき人と、烈刀士三人が睨み合っている姿。何か話し合っているようで、刀は抜いていない。

 人溜りの最前列にやってきて、ようやく何が起きているのか見えた。明水(みょうすい)と烈刀士二人が、バルダス帝国人の女率いる帝国兵達の前に立ち塞がっているのだ。

 明水と並ぶ二人は腕章をしているから、どこかの班長だ。今ここに居合わせた烈刀士達の中で一番責任ある者達ということだ。

 対してバルダス帝国側の先頭に立つ女は、皇燕将よりも鋭い光を湛えた赤銅色の目、腰まである赤銅色の髪、バルダス人だ。

 見間違えようのないその風貌の女は兜をしておらず、ゆっくりと周囲に目を向けている。背丈は皇燕将よりもわずかに低いくらいで、並みの男と目線は同じ。皇燕将を遥かに凌ぐ威厳ある立ち姿は堂々としており、身に纏っている全体的に黒い革と布、肩や手の甲を覆う漆黒の金属は縁を金色で飾っている。全体的に機能的に仕立てられた服の肩には、整然と誇張する小さな徽章がびっしりと四列は並んでいて、それが一層女の存在を確かなものにしているように見えた。

 あの肩の徽章は何を表すのだろうか。そして服装もまさに異国風といったもので興味がそそられる。きっと律刑隊(りっけいたい)の服装はあれを意識しているに違いない。胸元で折り返された広い襟は鮮やかな赤色をしていて、一つだけ徽章が付いている。黒と赤の太陽、バルダス帝国の紋章だ。

 前を合わせて釦で留める上着は、腰までしか丈がない。ズボンと呼ばれる異国の袴は太さが変わらず、膝丈の革製の長靴の中にしまわれている。その服装は、頭のてっぺんから、長靴の先まで汚れを知らないのか、場違いなほどに綺麗だった。

 女の後ろに立つ兵士達は、同じ様式の服を纏っているものの、先頭の女のような徽章はおろか、金色の金属の装飾はなく、漆黒の金属も少なめで数物という印象を受けた。だが、その兵士の腰の帯に収められているものを見て、サンは眉を顰めた。

 あれを一度見たことがある。無色(むしき)の町にいた頃だ。一度は師匠をねじ伏せた男、カゲムネが、バルダス商人が使うあれと対峙していたのを覚えている。あの黒い金属製の細長いものは、相手を指差すように握る。そして、金属を軽く叩く音と共に、金属の針を飛ばすのだ。原理はわからないが、常人なら音が聞こえ、黒い金属の筒の先から白い光粉が見えたと思ったら、体を貫かれているであろう危険なものだ。


「貴女方バルダス帝国が足を踏み入れてよいのは、蒼龍ノ國の海陽湾(かいようわん)のみと聞いておりますゆえ、お引き取り願いたい」


 明水の山底から押し上げる熱の籠もった危険な声音に、バルダス帝国の兵士の一人が後ろから進み出てくる。肩の徽章の数から見るに、明水のような立場にいる者だろう。側頭部を刈り上げた男らしい髪型に、がっしりとした顎を持つ背の高い男だ。髪の毛と目の色からして、あの男も生粋のバルダス人だ。

 男は、上官なのであろう女から一歩下がったところで止まると、太く威圧的な声と赤銅色の老成な目を明水に向けた。


「口を慎め血の民。この御方はバルダス帝国のミュルダス皇女殿下であらせられる! そのような無礼――」


 男が自分の腰の革帯に収めてある黒い棒に手を伸ばすのと、明水の左手が刀の鯉口を切るのは同時だった。あたりの空気がなくなったかのように、その場の呼吸がなくなり、サンも思わず自分の刀の柄頭に手を沿わせた。


「やはり、北の戦線への言付けは足が遅い。風斬嵐とやらはいないのか? 話がある」


 バルダス帝国皇女ミュルダスの露ほども臆さない淡々とした声音に、明水の刀から覗いていた鎺が鞘の中に戻る。


「無礼をお赦し願いたい。今宵は酒に女と愉しんだ故に目がおぼつかないもので、貴女がミュルダス将軍だとは思わなかったもので」明水のその言葉に、ミュルダスはまっすぐと鋼の視線で応えた。まるで剣を喉元に突きつけるような視線に、明水は苦笑いを浮かべて会釈をして重ねて謝罪をした。


 ミュルダスの横に立つ男が顎の筋肉を隆起させて、腰に収めていた黒い光沢のない金属の棒を取り出した。明水が顎を僅かに引いて男を見据える。


「ディクス」


 ミュルダスの抑揚のないその言葉に、デュクスと呼ばれた兵士は腰に黒い棒を収めた。


「北方の血の民は頭もゆるいようですな」


 デュクスは齢三十後半ほどだろうに、老人のような物言いをする。そのがっしりとした顎に柔らかさを戻して嘲笑した。


「血の民達よ、世に安寧をもたらすべくおいでになられたミュルダス皇女殿下に無礼であるぞ。聞こえているならば姿を見せよ、烈刀士将、風斬(ふうぎり)(らん)!」周囲の烈刀士全員が剣呑な目をバルダス人に向ける。そんな烈刀士を見回して、再びディクスは嘲笑った。「出てこないというならば、交渉の余地はないととる」


 烈刀士が作る剣呑な壁の向こう側から明朗な笑い声が一つ響いた。人の壁の一部が割れて、背中に布で包まれた大太刀を背負った蒼龍将が出てきた。剣呑な空気が阿呆らしくなるほどに、蒼龍将の場違いな陽気さが空気を変える。明水は抜かりなく刀の柄に伸ばした手の緊張を解くことはなかったが、それでも安堵の息を細く漏らした。


「そう焦るな異国の者。血の民に劣らず血の気の多いこと多いこと」蒼龍将が薄ら笑いを浮かべるディクスに言葉を投げた後、ミュルダスに視線を移す。その目には刀の出来栄えを確かめるような光が、さながら流れ星の如く横切った。と思ったら嘘のように友好的で陽気な笑みに変わっている。「噂に聞く、鮮血の戦乙女とな。誠、光栄。立ち話も愉快ではあるが、ここはどうだ。それがしの行きつけの場所で飲み交わそうではないか。そこの連れもくるがいい。それがしも龍人を相席させるゆえ」


 なんだって? サンは頭が真っ白になった。両隣の烈刀士がさっと一歩引いて、誰かが俺の背中を押す。ひょこんと人混みの中から飛び出た俺を、蒼龍将が指をさして微笑んだ。


「ほれ、龍人も喜んでおるわ」

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