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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十四章 烈刀士
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六十話

 神の一柱である天星命(あまつほしのみこと)は、人が鬼との戦いの道を選び、人同士で力の優劣を決め始めたことを憂いたという。そして力を授けた自らが禍の星とならないために山の頂を裂いてその中に姿を隠した。

 混沌の未来。人々が神から賜った力。気の力を神はどう扱って欲しかったというんだろう。人々は鬼と戦う必要があった。家族や大切なもの、未来を守るために。

 サンは〈凪ノ谷〉の雷に撃たれて裂けた木のような黒い硝子の光沢をもった谷の岩肌を見ながら迎陽(げいよう)に寝転んで、冷たい風を浴びながら太陽に手を翳した。俺はこの力を守るために使うんだ。なにかを壊すためじゃない。皆だって自分の力をそうしたいはずじゃないのか?

 サンは眉を下げて胸に手を置いて握った。それなのに、手を取り合おうとしないのはどうしてなんだ。

 蒼龍将の望みである烈刀士の増員は見送られた。それは、諸外国との繋がりが太くなる昨今、外からの脅威に対抗するべく軍を増強することが最優先事項であると大名の過半数が納得したからだった。もちろん、その流れにもっていったのは蒼龍軍総士、(さざなみ)豪雹(ごうひょう)だ。拳を握り息を噛み殺す蒼龍将の末代までをも恨むような目を思い出してサンは苦い笑みを鼻から零す。

 サンは立ち上がると、声をあげて深呼吸をしてからこの二週間で覚えた型の動きを反芻する。蒼龍将と積み重ねた稽古で体は動くようになっている。〝千手体術〟は殺めるためのものではないために〝(みち)〟ではなく〝型〟と呼んでいた。親指一本で立つのは流石に無理だが、片足で爪先立ちをしてゆっくりと腰を下ろし、片足は座禅のように曲げる。

 蒼龍将の言ったように、これは〈無色(むしき)流〉に似ていた。相手の攻撃の力を利用してこちらの攻撃につなげる。あくまで、守るための武術なのだ。

 サンは体を動かしながら頭の中を整理していく。

 議会では無色のこともでていた。あの人達は無色のことを、外国を迎える玄関にしようとしているようだった。師匠が守りたかった無色、師匠は無色ノ國と呼ばれるようにしたかった。外国の人達が多く流れ込めば、そこは繁華街などになってしまう。あの無色の港町は宿町になってしまう。空の館で、父親に読み書きを教えてもらったり、ひっそりとした空気の中で書物をめくり、知らない世界に入ることもできなくなってしまうかもしれない。師匠との思い出が残るあの町が消えるのは嫌だ。だけど、俺にはどうすることもできない。守りたいものが増えていく。

「殊勝。が、いまだひよこよな龍人」

 その声に体が氷漬けになってしまったかのようだった。サンは声の主である蒼龍軍総士漣豪雹に腰を折って礼をした。

 なんだって総士様はこんなところに邪魔しにきたのだろうか。

 豪雹は袂に腕を入れたまま、陽が清くそそぐ迎陽に歩み出てきた。「宝玉を護る龍が如しあやつがお前に巻きついておったゆえ、なかなかこうして時間をとることができん」まるで、抱いた疑問に答えるかのような言葉にサンは喉を鳴らして重い唾を腹に収めるとゆっくりと近づいてくる豪雹の顔を見据えた。「覚えておるか。この議の初めに行われた儀式で、御酒をいただいた者が死によったことを。御酒は、このヴィアドラの未来を憂いて身をお隠しになられた天星命様の涙と言われておる。今も憂いておられるということやもしれん」

 豪雹の目には、相手を睨み殺すいつもの光はない。心なしか表情が柔らかい。

「あの御酒は、その者の魂に宿る気の性質を見極める。その魂が己の欲に穢れきっておればそれが喰い荒らされるということよ。誠、神の御技よ」豪雹はサンの目を見る。背骨の髄まで掻き分けて魂の扉をこじ開けて覗き見るように。「若さゆえの無知なのか、真なる刀を抱くゆえか。お前の先が楽しみだ。そしてこのヴィアドラもな。それがしは、ヴィアドラの未来のためならば刀を抜く。よいか龍人よ、たとえ神が我らに何かを遺したと言うたところで最後にはヴィアドラを、人を見放したということをゆめゆめ忘れるな」豪雹はサンの肩に手を置く。その手は温かく、人を捻り殺す殺気のかけらも感じない。

「お前はヴィアドラの象徴たる龍人だ。百年の時を破り選ばれた者。ヴィアドラの剱に相違ないが、ヴィアドラの道を切り拓く劔である。傀儡になることはあってはならん」

 サンは威圧的な豪雹の目を見据える。この威圧さは、もしかしたら仮面なのだろうか。この人は、俺に自分の意思を、信念を貫けと言っているのだ。意思を持つ一人の人として俺を見ている。武器ではなく、ヴィアドラを切り拓く存在だと……。

 豪雹の目にいつもの抜き身の刀のような光が戻る。向けられた先は俺の後ろだった。

「総士殿……。よもや龍人を軍に招こうとお考えではあるまいな?」

 豪雹の手が肩からすっと落ちるのを感じながら、サンは蒼龍将の方を振り向くと、「いえ、千手体術のコツを教えてもらっていたんです」と言った。


 天星神宮を出て山を下り終えて、サンは胸を撫で下ろした。あの霧は登ったときと変わらず不気味だったが、幽霊のようなものは出てこなかったからだ。

 蒼龍将の話だと、ここから船を使い川を下っていくそうで、烈刀士(れっとうし)の砦に戻るのは早くて二週間もかかるらしい。ということは、砦に戻るのは二つ月ぶりとなる。烈刀士となってからもう一年が経つというのに、俺は皆よりも砦にいる期間が短い。烈刀士だけではなく龍人であるにも関わらずだ。きっと皆は戦いに慣れているだろう。まさか死人が出ているということはないだろうか。それだけは勘弁してくれ。

〈凪ノ谷〉にいたのは二週間と少しだというのに、森はさらに命を咲かせていた。木々の蕾はすでに開き、太陽を讃えてその身を風に揺らす姿はさながら感謝の舞だった。

 陽が垂れる宴に踊り花弁舞う賑やかな森の中で栗鼠が忙しそうに木を枝を駆け回り、鹿が呑気な顔で若い下生えを食んでいる。その顔を見てサンは思わず笑いを漏らした。自然はこんなにも平和なのにな。サンは議会での大名達の互いの腹を探る目を思い出し、胸の内の油のような感覚を押しやろうと空気を吸った。

 少し前を歩いていた蒼龍将が立ち止まり、口笛を吹いた。低い音から高い音へ変わる音だ。そして、森のどこからかその音を引き継ぐかのように、高い音から低い音へと変わる口笛の音が聞こえてくる。

 サンは刀の柄に手を添えて、懐かしき自分を感じながら気を収束させて剣気を体に巡らす。

 蒼龍将は立ったままで警戒しているようには見えない。崩れてもいない自分の襟元を正して背中の大太刀を縛る紐を引っ張ると、何事もなかったかのように歩き始める。

「蒼龍将殿?」

 サンの言葉に、蒼龍将は笠を被りながら振り向いた。「なに、案ずるな。それがしの仲間への合図に過ぎぬ。議会が無事に終わったという合図だ」

 無事に終わらなかったらどうなっていたのだろうか。そもそも、仲間がいることを俺は米粒の欠片ほども聞いていない。なんで黙ってたんだ。信用されていないのだろうか。

 蒼龍将の、大名や烈刀士以外のヴィアドラの人間を白蟻呼ばわりする言葉、元老院での反対派との軋轢。蒼龍将、あなたはなにを考えているんだ。

 霧がかかった心の目で蒼龍将の背中を見ながら、未来のために家を建て直すと言ったあの純粋な熱を湛えていた目を思い出した。


 結局、ロジウスおじさん達に会うことは叶わず、道中で手紙を二通出した。一通は巖亀(がんき)ノ國の様子だ。霧の中に塔さながらに立つ岩をくり抜いて巖亀の人達は暮らすことや、その岩が立つ自然への敬いをしたためた。二通目は、蒼龍将にも教えずにこっそりと書いて便り屋に渡した。それには、まず教えなければならないだろうことを書いた。龍人になったということだ。心配させないために、白い長衣を纏った謎の〝賢者〟に仲間もろとも死に半分体を突っ込んだこと、黒刀を携えた刺客に斬られて危うく本当に死ぬところだったことは書いていない。

 それよりももっと重要なことをしたためた。俺がどれほど皆を恋しがっているか、そのために力を使うこと。龍人となってから、皆の目の色が変わり距離ができていることを。ずっと変わらずに俺を想ってくれているロジウスおじさん達には話しておきたかった。孤独の中で壊れてしまう前に、あのぬくもりは今でも俺を迎えてくれると、そう信じたいから。


 烈刀士の砦の姿は変わらなかった。地面や砦に積った雪がなくなったくらいだ。南のいろいろな職人が働く施設広場に入ると、皆が蒼龍将に気付き慇懃な礼をしては、自分達の仕事の出来栄えを見せていく。ここは元老院のように相手の腹の内を探り、己の意思を貫こうとする者達はいないのだ。皆が一つの、モノノフの信念を抱き支え合っている。蒼龍将が烈刀士を守ろうとするのは私利私欲のためではなく、皆が一つの信念を元に支え合うこの姿を守りたいのだ。だけど、それも力なくば成せない。鬼との戦いは優しくないのだから。

 サンは己の拳を握り、胸に当てるとそのまま刀の柄を確かめるように握った。俺は強くならねばならない。そして操られず、己の信念を貫き生きるのだ。武器でも傀儡でもない。

 砦の方から見たことのある班長が走ってくる。顔は自然としているが、目には重いものが見えた。蒼龍将に近付くと、一瞬俺に目を走らせて会釈をしてくる。俺が返すのを確認しないで蒼龍将に何かを小声で伝えている。なにを言っているか全てを聞き取ることはできなかったが、バルダスという言葉は聞こえた。

「龍人よ」振り返った蒼龍将はいつもの快活な笑みを見せている。「此度の旅路、実り良きものであった。しばし体を休め修行に励んでくれ。ではな」

 そう言って蒼龍将は砦へと、ゆっくりとした歩きで向かっていく。道中の職人達に笑顔を見せ、明朗快活な声を響かせる。設備広場は和気あいあいとした空気で何も不穏なものは感じさせない。だが、その隣にいる班長は独り唇を噛んでは砦の方へ何度も目を走らせていた。

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