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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第一章 初めてのぬくもり
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六話

 サンはなにかを感じて目を開けた。

 影か。人の影だと理解したと同時に、目もさめる衝撃が鼻を襲い、目元までつんざく痛みがやってくる。鼻から何かが垂れるのを感じて、拭いながら慌てて立ち上がった。

「こいつ泣いてらぁ」

 少年たちの嘲笑がいくつも聞こえてきた。寝ている俺に蹴りを入れたのは、同じ年頃の少年だった。がっしりとした顎を持つその少年の細い目を睨みつけると、その少年は丸っこい鼻を擦りながら意地悪い笑みのまま一歩近づいてきた。

「おまえ、昨日のやつだよな。忘れたとはいわせねぇぜ。おまえのせいで、俺様たちは昨日の取り分なかったんだからよ。でもよ」少年は黄色い歯を剥き出して、口に笑みを浮かべる。「これで、ちゃらな」

 少年の蹴りがサンの腹にめり込み、サンは後ろの壁に激しくぶつかった。

 息ができずに喘ぐことしかできない。鈍くて重い痛みが、腹から足の骨を震わして力を奪っていき、その場にうずくまった。だが、終わりではなかった。顔の横に衝撃がやってきて一瞬意識を手放すが、歯を食いしばってとどまると、自分の頭が壁にぶつかり跳ねるのと同時に体の感覚が散りじりになった。続けざまにあばらや足、身体の至るところに衝撃を感じ全身が悲鳴をあげる。

 死ぬ。

 サンは蹴られながらも立とうと試みた。変な方向に行ってしまいそうな膝を片手で押さえて、目に入る変にぬめりけのある汗を拭う。沁みる目を開けると視界が赤くなっていた。全身が一つの鐘になったかのように痛みと熱に響く。ようやく立ち上がると、次々と襲ってきていた衝撃がおさまっていき、音も聞こえるようになってきた。

「も、もうやめたほうがいいんじゃないか」

「こいつ、なんで死なねぇんだ。こんちくしょう!」

 頬に今までで一番強烈な衝撃を感じ、手を突かねばと思いながらも反応しない身体に、なんで動かないんだろうと思考を巡らせる。視界が揺れて地面がどこかもわからない。いや、見えているのに立つこともできずにいるのだ。

 立たなきゃ。諦めるな。そう、諦めるな。ここまできたのに。

 少年達が急ぎ足で去って行った後も、サンは暫く動けずにそのまま横になっていた。

 肌をじりじりと撫でる陽射しなんて可愛いもんだ。海からの風は少し臭うばかりか、暑さと痛みをいたずらに助長させてくる。

 恐る恐る口の中に溜まった唾を飲み込んでみる。やってくるであろう響く痛みは杞憂に終わった。これはいい。さっきまでは、唾を飲み込むだけで痛みが騒いでいた。

 次に身体のどこが痛いのか確認するために、腕や足に少しずつ力を入れて、指一本にも満たないほど僅かに動かしてみる。足のどこがではなく、全体が痛い。左足は使えなさそうだ。右足も痛いがなんとか立てるかもしれない。あ、手は大丈夫そうだ。

 サンは壁を支えにゆっくりと立ち上がると、恐る恐る一歩を踏み出す。唸り声を漏らしながら腹を押さえて歯を食いしばった。

 どれほど歩いたか。目に刺さる西日と陸から吹く風に揺られながら、通りに一本だけ生えている木に寄りかかり腰を降ろした。木なら誰のものでもないはずだ。この木陰が今日の屋根ってことでいいだろう。

 木に頭を預けて上をみると、季節外れの花が咲き乱れていた。かぎりなく白に近く、ほのかに赤を感じさせるくらいの優しい色。七つの花弁の花が咲き乱れ、風に舞っている。この木はいったいなんだろうか、森の中でもこんなのは見たことがない。

 その花のそよぎに惚けていると、木の下の影の輪郭が曖昧になるほど太陽が落ちていることに気がついた。人がまったくいないことにも。まるで死んだ街のようだ。

 通りの角を二人の男が歩いてくるのをサンは見つけた。

 一人の男はふくよかで、髪は薄くその色は薄い茶色で、サンは直感で赤銅色の男のように、ここら辺の人間とは違うのだと察した。

 ふくよかな男は服装も上と下で分かれた服を着ていて、足を覆う履物は革でできていた。

 それに対してもう一方の男は、一つ結びの黒髪に笠を被り、たっつけ袴に革の足袋、膝丈まである羽織を纏い、少し短めの同じ長さの刀を二本腰に差していた。男の動きは堅いようで柔らかい流れるような歩き方だった。その姿を見たサンは、只者ではないと感じて鳥肌が立つのを感じた。

あの人たちはなんだろう。あの変な服装をしたふくよかな大人は落ち着きなくあたりを見回している。それなのに、もう一人の大人は静かで触れがたい雰囲気だ。

 ふと、他の気配を感じ、家と家の間の方を見てみると、どこから現れたのか、笠を被った別の男が一人、通りに現れていた。二人の男を待ち構えるように、通りに立ちはだかっている。それに気づいた二人の男は止まり、ふくよかな男は不安そうに立ちはだかる男を指差して、刀を二本携えた二本差しの男の背に隠れた。二本差しの男が違う方向を見た。その視線にはもう一人、通りの陰からまたもや刀を持った男が現れた。

 新手の二人はあの二人を襲う気なんだ。サンは自分の鼓動が早くなっていることに気がついた。

 金属を弾いた音とともに、二本差しの男が一本の刀を抜き放つ。サンの近くに落ちてきたそれは、金属製の細長い飛び道具だった。

 通りを塞いでいた男が、裾に手を入れると飛び道具を素早く二本差しの男に投げる。二本差しの男はそれを一本の刀で軽々と弾いていく。

 二人目の男が二本差しに斬りかかるも、二本差しの男はひらりとそれを躱し、同時にもう一本の刀を抜くのと同時に斬り伏せて見せた。

 静寂がその場を支配する。投擲した男は静かに刀を抜き、離れているにも関わらず構えをとってみせると、気迫のこもった声をあげて走り出す。二本差しの男も迎え討つように走り始める。二本差しの男は終始力の入っていないような身体の動きだった。相手の剣をすり抜けるように躱すと同時に相手の四肢を斬りつけていき、相手はあっという間に倒れこんで事切れていた。

 二本差しの男が刀を振るい血を落とすと、背後の方からふくよかな男が甲高い悲鳴をあげる。最初の男たちと同じ装束の者が二人、悲鳴をあげて走るふくよかな男を斬りつけようとしていた。

 あの大人は死んだな。サンがそう思った矢先、一陣の風が一瞬吹いたかと思うと、二本の線が地面を穿ちながら進んでいき、二人の刀を構えた男達を斬り裂いた。

 サンは驚きに目を丸くして二本差しの男をみると、すでに刀を腰におさめている。いったい今のはなんだ? それに返り血を浴びずに男を切り伏せる強さ。あの大人はなんなんだ。

 ふくよかな男が薄い頭から流れ落ちる汗をぬぐいながら、興奮した様子で二本差しの男の肩を叩く。

「さすが二本差し! 噂は伊達ではないようだ。どうだ、このまま私と組まないか? 謝礼はたんまり出すし、船室も用意する。どうだ、一回の渡航で二千(はん)! 無色(むしき)の國じゃ二年分の働きになるぞ!」

 二千(はん)って黄判(おうばん)何枚なんだろうか。あのダンゴは何本食べれるかな。

 ふくよかな男はその後も興奮しながら言葉を続けていたが、二本差しの男は手を前に出して男の言葉を遮った。

「拙者は用心棒をしているが人斬りとなんらかわらぬ。ゆえに斬った数でうけとる。一人百半、その契約ゆえに貴殿の申し出は承服しかねる」

 ふくよかな男はなおも食い下がっている。そんなにしつこくしたら斬られちゃうんじゃないかとサンはそわそわしてきた。すると、二本差しの視線がこちらに向くのがわかった。笠の影に隠れて顔がはっきりと見えないが、それでもこっちを見ていることぐらいはわかる。

 二本差しの男がこちらに近づいてくる。心臓が異様に高鳴っていく。斬られるのかな。喉が渇き恐怖が募る。

「商人殿、子供を雇うのは如何か」

 二本差しの男はサンを見下ろしながらそう言った。

「それよりもあんたの力が欲しい。船の上でも戦えるなら望みの金額を言ってくれ。限度はあるがな」

「子供を雇う気はないと」

 商人は二本差しの男からこちらに視線を送る。その目は〝親〟と同じだ。俺の身体を見て使えるかどうか見極める目だ。どこにいってもこんな目をされるのか。俺にも二本差しのこの人みたいに力があれば。

「ぼろぼろだろうこんなの。どこも買いはしないぞ。荷物の一つも運べなさそうだ」

 悔しい。なにもできないと言われているのだ。なんでこんなに悔しいんだろうか。いいじゃないか、親のところにいたときとは違う。今はなんでもできるはずなんだから、また同じようにする必要はないはずだ。それなのに、この感覚はなんだろう。

「買ったところでどこにも売れなさそうだしな。それに俺は慈善なんて金にならないことに興味はない。あんたは一体なにが言いたい?」

無色(むしき)も少しは良くなったと思っておったが。異国の貴殿らが仕事を与えているという話を耳にしたものでな。だが、貴殿にその心はないと」

「ないね」

 二本差しの男はなにを考えているのかわからない。立ち姿は木のように変わらず、話す声は抑揚が少なくて気持ちがわからない。今もこっちを見てなにを考えているのか、なにを思っているのか、ちっともわからなかった。

 二本差しの男は、商人の後をついて歩いていってしまう。どうやったらあんたみたいに強くなれるんだ。聞かなくちゃ。サンは痛む足を庇いながら立ち上がる。男たちが歩いていってしまうのを必死に追いかける。

 二本差しの男は港の近くの建物にくると、商人と短い会話をした後、ずっしりと重そうな袋を受け取り、それを腰帯にしまうと街の中へと向かって歩き始めた。街の中にはいきたくなかったが行くしかない。サンはなるべく人目につかないように端を歩いて行く。

 夜の街は違う顔を見せていた。建物の前に無数に提げられた提灯が、柔らかな灯りで街を染め上げていた。夜は昼間よりも騒がしくない。人は変わらず多いが、なんというかゆったりとして時間の流れが緩やかになった感じだ。昼間に見ることも聞くこともなかった大人の笑い声がいたるところからしてくる。不思議だ。こんな空間があるなんて。きっとライガもこんなところがあるなんて知らなかったはずだ。俺がもっと強ければ……もしかしたら、今一緒に。

 二本差しの男は立派な建物の前にくると、足を止めて振り返った。二本差しの男と目が合った。男の目は今まで見たものとは違った。大人の汚らしいものを見るような、面倒を嫌うような色はそこにはなかった。だが憐れみもなければ、やっぱりなにを考えているのかわからない。それでも目をそらしてはいけないような気がした。まっすぐとその目に食いつきながら歩く。男の目の前まできて男を見上げた。足が震えそうだ。

「俺はサン」

「なにゆえ追ってきたかはわからぬが根性はあるようだ。だが、仕事はない。去れ」

 サンは唾を飲み込むと、背筋を伸ばす。

「どうやったらそんなに強くなれるんだ」

「おぬしは拙者のなにが強いというか」

「さっきの戦いを見たんだ。四人をあっという間に。すごかった。それに、あの商人って人からカネってやつを受け取ってたでしょ。あれがあればここで飯が食える。あのダンゴとか」

「人を斬らなくとも金は手に入る。おぬし、ここの生まれではないな。流れの者か」

 男はそういうと暖簾を分けて入ってしまう。

「ちょっと待ってよ」

 サンはそれを追う。建物に入るなり、出迎えた大人がサンを見てギョッとしたように黙り込み、言いづらそうに二本差しの男に礼をした。

「あの、カシ様、お連れ様でしょうか?」

 出迎えた男は横目でサンを見る。今すぐにでも摘んで放ってしまいたそうな目をしている。サンは睨み返すと、その男はさらに驚いたように目を丸くした。

「違う」

 男はきっと今日最大の喜びを得たのか、顔を笑みでいっぱいにするとサンに近づき手のひらをひらひらさせて出ていけと言った。

「番頭はおらぬか。この子供にできる仕事はないか尋ねたい」

 男はさっとカシを振り向くと、口をあわあわさせた後、出そうになったのであろう言葉を飲み込み、一礼して奥へと消えていった。

「おぬし、サンと言ったな。ここにくる前はなにをしておった」

「鉱山で石を運んでた」

「いつから」

「さぁ」そういえばいつからだったっけ。というよりあそこの外を知らない。

「親の顔は覚えているか?」

「〝親〟? いっぱいいるから。だけどたまに来る商人と話す一番偉い人と、あと見張り役の人、それから……いや、それくらいかな。それ以外の人とはあんまり会わないから」

「さようか」

 沈黙が流れた。外ではなにやら愉快な音楽が流れている。親たちが笛を吹いたり歌を歌ったりしているのを聞いたことがあるが、こんな音楽があるとは思わなかった。

「おお、カシか。仕事が終わったんだな」

「さよう。話がある。この子供に仕事をやってはくれぬか。流れの者で身寄りもおらぬ。長いこと鉱山で働いておったようで、気骨も根性も持ちあわせておる」

「あんたの願いでもいきなりはなぁ。それにぼろぼろではないか」番頭のガッチリとした男はサンに短く目を走らせた。

「一揉まれでもしたのだろう。洗い場や荷運び、配達など手は足りなかろう? 奉公人と同じ扱いにはできぬのか」

 番頭の男は首を傾げ、組んでいる手で顎を掻く。

「すまん、カシ。もうちょいでかければ色々と使えたんだがな。まだ十二そこらだろう。礼儀作法も仕込まなきゃならん上に、怪我の治療もある。かかりすぎる」

 この二本差しの男、カシって大人は俺に仕事をくれようとしてたんだ。なんでだ? だけど黙ってるわけにもいかない。

「俺、なんでもする! 頼むよバントウ!」

 番頭は顔を歪めた。

「小僧、言葉遣いも知らんのか。カシ、この子は無理だ。あんたの力にはなってやりたいがこっちも商売でな。そうだ、あんたが面倒見るのはどうだ? あの丘の家に一人ってのも寂しいもんだろ。それにちっこくっても人の手が増えるってのは良いもんだ。小僧、お前なんでもやるんだろ? ん?」

 サンは慌ててカシを見上げる。

「できる! 荷物だって俺が全部持つし掃除もする! 掃除なら得意だ。厩舎を何年も掃除したし、細いけど力だってよくライガに褒められたんだ。だから、だから」

 カシが長い溜息をついた。この人は溜息をつくのか。初めて人間らしいところを見つけたぞ。

「拙者はこれから一つ用があるゆえ、明朝また寄る。番頭殿、こやつを一晩泊めてやってくれ」

 カシはそういうと、先ほど受け取っていたずっしりとした袋から、紋様がある銀色の金を取り出した。

「おいおいカシ、一晩にしては多いぞ」

「精のつくものを食わせてやってくれ」

 銀色のあれと同じものを親が商人から受け取っているのを見たことがある。そうか、商人は俺たちが運んでいたものをカネで親と交換していたのか。ライガが俺たちを買うって言ってたけど、そういうことか。俺はなにも知らないんだ。だけど、カシって大人はなんでそこまでしてくれるんだ? このあとにはなにがある?

 なにも思い浮かばず、サンは逃げたくなった。わからない恐怖が胸に漂う。

「俺になんでそこまで」

 カシはサンを数秒見つめる。

「大人の務めであろう。怖いか? そうであるならば、今は拙者の言うことを聞き、傷を癒すがよい。そのあとは好きにすればよい。どこかにいきたければ行け、与り知らぬところよ。番頭殿、こやつの傷が癒えるまではここに置いてやってくれ。それだけあれば足りるであろう」

 カシはそう言い先ほど渡した銀(ばん)を目で示した。

「あんたがそこまで言うなら仕方ない」番頭はサンに向き直ると礼をする。サンは大人が何をやっているのかと理解不能な事態に固まってしまう。「ようこそお越しくださいました。部屋までお連れいたします。まずはこちらをお履きください」

 サンは差し出された草履に足を通すと、なにが起きているのかわからずカシを振り向く。だがそこにカシの姿はなかった。

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