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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十三章 龍人
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五十二話

 砦の中の通路は直線的で男二人がぎりぎりすれ違うことができる幅くらいしかない。通路は殆どが灰色の石が剥き出しになっており、天井に太く黒ずんだ木の梁が通路に沿って壁から覗いている。その梁に〝護〟の文字をでかでかと書いた提灯が、燃えない明かりを灯して吊り下がっている。火ではない光の元となっているのは、加工したなんらかの鉱石に秘術を施したもので、火災の心配もなければ暖かい光りを発し、数ヶ月はもつ高価なものだ。それが砦の中と壁を照らすための通路と部屋に数え切れないほど吊り下がっている。

 剥き出しの冷たい灰色の石造りの通路は、広々とした正方形の広い部屋に繋がっていた。砦の中は通路と広い正方形の部屋、そして通路と繰り返す造りとなっている。

 食堂や砦内部に設置された水周りの設備など、ある程度説明を受けて気付いたのだが、砦の中に窓は一つもなかった。住居空間である正方形の部屋も同じで、薄茶色の漆喰を塗った部屋を照らすのはやはり提灯だった。通路から続く正方形の部屋は生活感に溢れるもので、一つの巨大な今日同部屋となっている。薄茶色の漆喰の壁に張り付くようにして寝台が本棚のように天井へ向かって重なっていた。十段以上も重なった寝台を見るのは初めてで、柵があると言っても肘を掛けるほどの高さしかない。サンはカゲツと目を見合わせるとぶるりと一つ震えて見せた。

 生活感を漂わせる強烈な存在が、寝台一つ一つから対壁の寝台へと渡されている縄だ。下から見ると縦横揃った網目に見えるその縄には、擦れた襦袢(じゅばん)(ふんどし)、穴を空けて紐で括った書物らしきものや、小道具が吊るされている。寝台の中に置く自分の荷物が収まりきらない物を吊るしているのだろう。

 寝台の上へは列ごとに取り付けられた長い梯子で上り下りするようだ。たった今、上の寝台にいた先輩烈刀士が淀みない動作で梯子を滑り下りてきて、俺達の顔を見ると珍しそうに眉を上げて通路へ消えて行った。

 梯子の天井付近には小さな滑車もあり、縄に取り付けられた桶に物を入れて上の者に渡すこともできるようになっていた。

 梯子から颯爽と下りてきたもう一人の戦装束(いくさしょうぞく)を纏った長い黒髪の人間を見て、サンは驚いた口調で明水(みょうすい)に訊く。

「女性も同じ部屋にいるんですか」

 明水(みょうすい)は寝台に寄りかかり、たった今下りてきた女性烈刀士(れっとうし)を指し示す。

「こいつが女に見えるかね。それじゃあここの仕来りを教えるとする。烈刀士たるモノノフに男も女もない。ここはヴィアドラを護る烈刀士ノ砦だ。恋愛がしたけりゃ里に帰るこったな」明水は先ほどの烈刀士と短く会釈をする。サン達に視線を戻すと、歩くように促して話を続けた。

「だから、欲情することは許されない。もしもそんなそぶりを見せたり、なにか起こしたら〝不名誉〟な除名処分が待っている。これは女にも言えることだ」明水(みょうすい)は足を止めて振り返ると、釘をさすように指を一本立てて四人の目を食うように見る。どこか愉しそうだ。「無論、烈刀士ノ砦の中では恋などという遊びも禁止だ。盛りのお前達には辛いかもしれんが気張れよ。気晴らしの時間はちゃんとある。だが、それまでは己がここに来た理由、その廉潔なる初志を忘れるな」

 己が来た理由。鬼に蹂躙される皆を、師匠が愛した無色(むしき)の町を、壊させないため。それを強く胸に抱き、腹に力を込める。突如、脇腹に刺されたような鋭い痛みと衝撃に、声も出ないまま壁に寄りかかり、奇襲の元凶を探して横を見る。そこには、カゲツに今しがた使ったのであろう凶器、木刀を取り上げられありありと不満を表す少年が立っていた。歳は五、六つだろうか。

「君ね、龍人がこんな物で死ぬと思うかい?」

 カゲツ、言うことこそこじゃないんじゃないか。痛みを見ないようにそんな言葉で気持ちをはぐらかしながら、ゆっくりと息を吸った。

 いきなり現れた場違いな少年を紹介するように、明水が手を広げた。

「こいつは(しん)風斬真(ふうぎり しん)だ。蒼龍将(そうりゅう)風斬嵐(ふうぎりらん)様の甥にあたる」

 短く力強い黒髪は、かつてのライガを彷彿させた。細い目に細い眉、線の細い骨格はライガとは正反対だが、臆しない無謀さもどこかライガに似ていた。不思議なことに、ヴィアドラ人らしい黒い目の虹彩に、宝石のように透き通った輝く緑色の線が混じっていた。こんな不思議な目を持った者が他にもいた。テットウの娘カグラの美しくも妖しい赤い目に、紫色の筋があったと思う。

 真はむすっとした表情で、サンに何かを差し出させるように腕を突き出し手を広げた。

「お前に宿った戦神の力、よこせ。それは叔父様の物だ」

 明水が真の肩に手を置いて諭すように眉を下げた。

「戦神が選ばれたこと。どうもできんよ。それより、わざわざ奇襲をするためにここに来たのではないだろう?」

 真は足を一歩踏み出してサンに脅しをかけたが、サンは臆することなく脇腹をさすっていた。その様子を見て、真は苛立ちと恥ずかしさを誤魔化すように声を張り上げた。

「蒼龍将たる風斬嵐が、龍人たる無名のサンをお呼びだ。〝迎陽(げいよう)〟に行けって言ってんだよ。早く行けよ!」

 ライガが歯の間から笑いをこぼし「ご大層なこった」と笑った。それを真が睨みで食い殺そうとライガに目を向けるが、ライガの容赦ない挑戦的な目を見て竦むように目を泳がせた。

 真はカゲツから木刀をひったくると、「お前ら嫌いだ」と言って足を鳴らしながら去っていった。

 明水がその小さな背中を慈しむように見ながら言った。

「あの子は一年前にここにきた。二年前に殉職された蒼龍軍総士、風斬海風(ふうぎり うみかぜ)の一人息子さ。家族全員殺害されて、一人生き残ってな。俺達には守りたいものがまだある。だが、あの子は六歳にして全てを失った。まぁ、そのことを少しでもわかってやってくれ」

 ライガが鼻で嗤う。

「そんなの人それぞれだろうが。痛みの重さも人それぞれ。俺はあいつを甘やかす気なんぞないね」そう言ってライガは思い出したように、いまだに脇腹をさすっているサンの頭を小突く。「呼ばれたんだろ、早く行かなくていいのか」

 サンは頷いて立ち上がる。

 皆、俺のことを少しは心配してくれてもいいんじゃないか。


 肆ノ砦。その頂上は道場を物見台のようにした吹き抜けの開放的な場所だった。神社のような屋根は裾が反り返っていて、中央はくり貫かれた構造で空が見える。迎陽(げいよう)は屋根と柱と板間という簡素な造りだ。壁がなく、吹き抜けになっているために東西南北を見渡せるようになっていた。この場所に上がるには床にある跳ね上げ式の扉を通るか、掴みどころのない石壁をよじ登ってくる他ない。一羽の鴉が飛んでいるのを見て、飛んでくる方法もあるな、とサンは一人考えた。

 迎陽は指揮官の立つ場所であり、団欒の場所でもあると明水は言っていた。

 中央で燃え盛る大きな焚き火が、中央だけくり貫かれた屋根から覗く空をなんとか触ろうとばちばちと音を立てて燃え盛っている。

 その焚き火の前で四人が話し合っていた。その内の一人、背中に大太刀を背負った男が振り向いて俺を見た。

 五爪城で行われた戦技大会表彰式、そこに鬼を連れてきて大騒ぎを起こした張本人であり、俺に本当の脅威と守るべき戦いを見せた男。そして毛も生えていない無垢でありながら、悪意の権化のような少年、真の伯父、烈刀士蒼龍将、風斬嵐。

「おぉ! よぉきたよぉきた。ささ、こちで暖をとろう」

 他の三人の内、二人は見たことがある。

 背筋の曲がった大きな熊のような体を持ち、一刀流の男は金剛(こんごう)という名で巖亀将(がんきしょう)だ。口元を黒い布で覆っているため顔は窺えない。だが、紫色の羽衣を纏い強固な盾を使うことは覚えている。

 黒い艶やかな髪を高い位置で結わえた女性は、皇燕将(こうえんしょう)朱雀烈火(すざく れっか)で鬼火の姉だ。皇燕の者らしく、武器のようなものは持っていない。あの紅の羽衣が刃となり盾となるのは記憶に新しい。

 最後の一人、他の三人とは戦装束が少し違っている。袂が無くて、拳に近くなるほど裾が広がっていて拳が隠れるようになっている。それ以外は同じだ。たっつき袴と革を多用した膝丈の足袋、袖のない羽織には白鬼将(びゃっきしょう)であることを示す白鬼の姿が刺繍されていた。白い長髪の頭を三つと、腕を六本もつ強靱な肉体をした白い人が胡坐をかいている姿だ。

「それがしのことは憶えておるか?」

「はい」

 サンは白いものが混じった髭を掻きながら快活に笑う蒼龍将嵐に頭を下げた。

「他の者も知っておると思うが、一応、名乗ってもらうとするか!」

「朱雀烈火だ」

 皇燕将の様子は、龍人が宿った時のような畏怖に溢れた慇懃さは一滴もなく、シーナさん達と龍人の祠に向かっている途中で出会った時と同じような冷たさしかなかった。きっとこれが素なのだろう。

「わしゃ、白鬼将の拳神鬼丸(けんしん おにまる)と申す」

 胸の前で片方の拳を包むように手を合わせて挨拶をする手には、拳を精巧に形造った金属質のものを嵌めていた。金属の拳で殴る体術使いなのだろう。剣術以外にも闘気、魔法、体術と様々な戦い方があるんだなと、感心しつつ巖亀将(がんきしょう)の方を向く。

 巖亀将は目が合うと焚き火の方へと視線を逸らした。蒼龍将が自分の鳩尾ほどの高さにある巖亀将の尻をひっぱたいた。

「ほれ! 名乗らんか」

 巖亀将が地鳴りのような唸り声を出してから、ぎこちない咳払いをした。

「おでは、巖亀将。よろしくね」

 外見に似合わず内気すぎるその声音にサンは目をぱちくりさせるしかなかった。だが、すぐに失礼なことに気付き、他の烈刀士将達にしたように頭を下げた。

「俺は〈無色流(むしきりゅう)〉のサンです。よろしくお願いします」

 蒼龍将はこれまた快活で豪快にサンを迎えると、声を一つ落として北を指差した。打って変わっての真剣さに、サンは注意を傾ける。

「それがしらの戦っている敵がおる」

 北に何がいるかは聞いている。

「鬼……」

 さよう、そう言って蒼龍将は南を見た。今は枝だけの森が続き、その先に年中問わず鬱蒼とした妖魔の森が広がっている。ここからは見えないが、西に行けば蒼龍ノ國があり、恩師であるキリ師範達がいる。そしてその更に奥には、寂れながらも今を活き活きと生きようと日々を積み重ね、または理不尽な行き方しか知らず絶望の中に生きる人達が混在する、まだ何色にも染まっていない場所、師匠の愛した無色が広がっている。俺の守るべき大切なものがある場所だ。

 蒼龍将は言った。

「ならば、本当の敵は?」

 南を見てのその言葉の意味が理解できずに、サンは蒼龍将の顔を見返す。

「ときに、家の土台が白蟻に喰われれば、家はどうなる」

 サンは考えて眉に力が入る。

「崩れる、と思います」

「いかにも。ならどうする? 白蟻を根こそぎ消し去るか、木材を新しいものに変えるか、また一から建て直すか」

 なにが言いたいのだろうか。家の話なら、砦のようなものの建築のことを言っているのだろうか。

「木材を新しくするとか?」

 蒼龍将は口に笑みを浮かべる。

「すでに喰われていたら?」

「それは、建て直すしかないんじゃないかなって思います」

 蒼龍将は満足そうに頷いた。

「いかにも、建て直すしかない」そしてサンの肩をぽんと叩いた。「建て直すしかないのだ」

 そう言って烈刀士将達は去って行った。跳ね上げ扉から明水とライガ達が上がってきた。

 蒼龍将の苦々しくも覚悟を決めたような最後の言葉が妙に引っかかったが、明水班長の戦闘区域の説明が始まると、その引っかかりもどこかへ行ってしまった。

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