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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十二章 決勝
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四十七話

 暗い階段を抜けると、目の前に広がったのは地下洞窟だった。水底から発光する青白い地下水が、中央の円形の広間を囲んで溜まっていた。地下水に囲まれた円形の広間は、社の柱に使われていたものと同じすべすべとした白亜の石でできているようだった。その中央には、一本の刀が怪しげに揺らめく気を纏い近寄ってはならないと突き立っている。まるで呪いでも封じているのではないかと思わせるのは、外周から刀に向けて描かれる秘術にも見える血の色の流線の文字のようなもののせいだろう。血の蜘蛛の巣、そんな形だ。

 階段から広間へ続く小さな岩の橋に、座り込む人影が一つあった。膝を抱えているその姿は鬼火に見えるが、銷沈した姿からは同じ人物だとは思えなかった。サンは階段を下りて、その人影に声をかけた。

「鬼火、だよな」

 驚いた猫のように跳び起きた鬼火の目には、逃れることのできない恐怖に追い詰められた絶望と諦めたような闇夜の森の静けさが入り混じっていた。だが、突如幼子のように悲しみに顔を歪ませる。口は戦慄き、眉は情けないほど力なく下がった。今にも崩壊しそうな、堰から漏れ出した湿った泣き声が聞こえたかと思ったら、いきなり両手に炎を纏い憎悪に捲れ上がった表情で俺を睨んでくる。

「あいつが悪い。あたしは悪くないんだ。あたしは! お前もか? お前もあいつらと同じなのか!」

 サンは慌てて刀から手を遠ざけると唇を舐めて湿らせる。

「待てよ、意味がわからない! これも試練なのか? 試練は祠に辿り着くことだろ。ここがそうじゃないのか?」

 鬼火はわけがわからないと言いたげに、視線をあっちこっちに動かしてから、サンを見る。

「試練? そうだ、あたしは試練で。試練で――」

 鬼火の纏っていた炎が消えて、代わりに胃の中のものをぶちまけた。洞窟内に嫌な音が響き、サンはなんとなく洞窟内を見渡した。

「なにがあったんだよ。他のやつは? 一人は帰ってきたけど」そして死んだけど、という言葉を喉で止めて、鬼火を窺う。

 質問に答えるように鬼火は吐き続けた。やっと落ち着くと、服を汚したことを気にもとめずに、疲れ切った様子で再び膝を抱えて俯いてしまう。

 サンは溜め息混じりに鼻を掻くと、時間を埋めたくて再び洞窟内に目を向けた。

 円形の広間は百人は集まれるだろう。この洞窟は自然にできたものなのか、仰ぎ見る天蓋には鐘乳石が地面に向かって垂れている。青白い光を帯びた地下水の底から延びる石筍を見れば、この洞窟がとてつもない時間を過ごしたことが窺える。

 だが、白亜の石でできた広場は手入れされているかのように風化の様子も見られなければ、埃も積もっていない。湖にあった社は小さな入り口で、ここが本殿のようなもので頻繁に手入れされているのかもしれない。

 サンは橋と広間の境界線に立つ。ふと視線を感じて後ろを見ると、少し顔を上げてこちらを見ている鬼火と目が合った。鬼火は逃げるように視線を逸らして俯いてしまう。

 サンは思い切って一歩踏み出し広間に入る。

 なにも起きなかった。

 後ろを振り返り、やはり見ていた鬼火に肩を上げてみせる。その時、階段のほうから騒がしい転がり落ちる鈍い音が響いてきて、サンと鬼火は張り詰めた視線を向けた。

「この野郎! ちんたらしてんじゃねぇぞ!」

 ライガとカゲツだった。

「普通、人は真っ暗な階段はゆっくり下りてくいくものなんだけどね。君は暗闇の中で物が見えるのかな、梟なのかな?」

 カゲツは変わらず、減らない口にありったけの苛立ちを籠めていた。

「なんだ? お前は見えないのか。気の使い方もわかっちゃいねぇんだな」ライガはこちらに気が付いたのか、尻をさすりながら「よう」と手を上げた。

 ライガとカゲツが加わり、洞窟内の緊張は水に吸い込まれてしまったかのように消えた。ライガとカゲツは鬼火を見て、サンに状況を求めるが、サンは肩をすくめる。

 カゲツとサンが試練で体験したことを聞いたライガが、考えを纏めるように眉を寄せて腕を組み、鬼火を横目で見ながら言う。「試練って言っても、それぞれ別のものだったってことか。サンは自分自身と戦って、カゲツは宝探しか」

「子供の遊びみたいな言い方に腹が立つけど黙っておくよ。そういう君はどうだったんだい」カゲツが低い声で訊いた。

 ライガはカゲツの目を一瞥に無視を決め込んだのか、鬼火に視線を戻した。カゲツが目を丸くしてライガを指差し、サンになにかを訴える。サンは乾いた笑いで応えた。

「おい、朱雀家のなんとか。お前はどんな試練だったんだ?」

 ライガの問いに鬼火が顔を上げた。目は病人のような暗さがあった。なにを考えているのかわからないその視線に男三人はわずかに顔を引きつらせる。鬼火の視線が階段の方へと向けられてそれを追うと、皇燕将が木箱を担いで階段から下りてくるところだった。

「残ったのはお前達か」

 皇燕将(こうえんしょう)が高い位置で結わえた黒髪を揺らして歩きながら言った。

 ライガが、横を通り過ぎて広間に入る皇燕将に顎を上げて「他の奴らはどうしたんだ」と訊いた。

 ライガの言葉を小石程度にしか思っていないのか、はたまたそれ以下か、皇燕将は無視して広場の中央に突き立った刀に礼をした。

「お前達、我らが戦神、その御前である。礼はしたであろうな」

 皇燕将は、立っているサン、カゲツ、ライガ、膝を抱えて俯いている鬼火の四人をじっくりと値踏みするかのように見つめる。その目が突如冷たさを帯びて鬼火に戻った。

「鬼火、ここにいるということは覚悟あってのことだろう。朱雀家ともあろう者が、なにをしている」

 鬼火がゆっくりと立ち上がる。眉は盛り上がり目は怒りに影っていた。

 その仇に向けるかのような視線を、皇燕将は不快に思うどころか、薄い笑みとともに喉の奥で笑った。

 サン達はちくちくする空気を感じて刀に手をかける。

 鬼火は、気を纏っている。

 皇燕将が女にしては豪快な笑い声を上げた。

「よい、よいぞ。それでこそ朱雀家。恥じない程度には育ったか」

 鬼火の火の玉が空気を焼いて皇燕将(こうえんしょう)に迫る。だが、皇燕将は羽衣を瞬きの速さで身に纏うと、羽衣の腕で火の玉を弾き鬼火を鷲掴みにした。鬼火が今にもひしゃげそうに、半透明の朱色の拳の中で悶えている。

「こ、皇燕将!」

 サンは思わず叫んだ。皇燕将が俺を見る。その切れ長の冷たい目から漏れる殺気を受けて尻込みしたが、それをねじ伏せてまっすぐと見返す。

 皇燕将の羽衣が空気に溶けて消えた。同時に鬼火が地面に倒れこむ。

「この程度、我ら姉妹には遊びも同然。これくらいで根を上げてもらっては困るのだがな」皇燕将は興味でも失ったのか、白い石で造られた広場に顔を向ける。

「では、始めるとしよう」


 儀式の説明が書物に目を走らせるかのように味気なく行われ、これから儀式を受ける者達は、皆一様に不安を滲ませて互いの表情を探りあったが、目が合うと気丈にも胸を張ってみせる。

 サンは、さっきまで喪失と不安の権化さながらの様子だった鬼火が、目をやけくそに爛爛とさせているのを見て、自分が抱いている不安を消し飛ばすように「俺だって信念と意思がある、朝飯前」心の中で自分を奮い立たせた。

「今度は誰が死ぬのかね」

 カゲツの半笑いに同調する音もなければ表情もなく、天井から滴る水滴の音だけが響いた。皆、それが冗談ではないと知っているからだ。この儀式の最後に、本当に死ぬ。

 巨大な一つの白亜の岩を削り出した広間は儀式の間だったのだ。烈刀士となるための、龍人を見定めるための。

 中央に突き立つ刀を囲んでサンたちは正座をした。指示通りに上着を肩から落として上半身を無垢の姿にし、己を戦神という白日の元に晒す。

 巫女を務める皇燕将は、のっぺりとして目のところを切り裂いただけの白い仮面と長い白髪がついた冠物を纏い、摺足で一人一人の前にやってきては正座をし、儀礼的な会釈を交わして脇差を渡していく。その動作一つ一つがきびきびと、それでいて朝靄の如く静かに柔らかかった。

 ここから八時間もの間、瞑想をするのだ。まず、正座に耐えられるかわからない。次に眠る以外にどう耐えればいい。

 そう考えていたサンは、頭に煙を注入されていくかのような眉を寄せる感覚に目を開けようとした。だけど、開かない。続いて指先が痺れてきて、足にも力が入らなくなった。正座が原因で痺れるのとはわけが違う、この感覚は異常だ。

 音も鍾乳石から水面に落ちる雫の音だけだったのに、今は水の中にいるかのように重い無音に包まれている。体の中心から熱がほとばしり、呼吸が苦しくなっていく。その熱はおさまることを知らず灼熱となり背骨を溶かすようだ。頭と首の間の芯から下腹部までに赤くなった鉄を刺し込まれたかのような感覚に息ができず、体が震える。

 激痛などという優しい言葉では耐えられないその感覚に、体の感覚は砕かれて色もわからない光の砂となって消えていく気分だった。

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