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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十二章 決勝
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四十六話

 シーナさんの治療の技は、蒼龍軍でも有名らしい治療士ナガレさんと負けず劣らずのもので、体の力が抜けて意識さえ失いかける傷も小一時間で歩けるくらいまで回復した。だけど、鳩尾の傷は確認していない。包帯が何重にも巻かれているので見ることも叶わないのだが、三人の深刻そうな顔を見てわざわざ確認しようとも思わなかった。

 それにしても、会話がないのは寂しいものだな。サンは少し後ろを歩くライガとシーナをちらりと見て、目が合う前に鼻をこすって前を見た。

 この沈黙は、俺が歩けるようになったとき、カゲツが気を利かせて「アダーツィに運んでもらうのはどうかな」と提案したのが原因だった。その言葉にライガがシーナさんにまだ隠し事があるのかと突っかかり、シーナさんは無愛想にそれをはぐらかす。この沈黙が生まれるのは当然というわけだ。

 サンは歩調を緩めてライガと肩を並べると、決意したように息を短く吸った。

「なぁ、ライガ」ライガは目だけで応えると、黙って先を促す。「今更だとは思うんだけど、あのとき置いていってごめん」

 目を見て言わなければならないはずなのに、顔を顰めて足元を見ることしかできなかった。

 続いた沈黙の中で何度死んでしまいたいと思ったか。なんか言ってくれ、そう言い出そうとしたとき、ようやくライガが口を開いてくれた。

「俺はやりたいようにやっただけだ。それに、俺が弱すぎたんだよ。あの場所にお前が助けに来ても、俺は意識ぶっ飛んでたみたいだし、どうしようもなかっただろうよ。お前の行動は正解だったぜ」ライガはサンを見下ろして口の端を片方あげて見せる。そして前を向いて「俺は気づいたら奴隷商人の馬車の中、まぁ計画通り買われたってわけだ」と言った。その声には怒りも悲しみも感じなかった。どこか面白そうで、恥じない芯がある。ライガは俺より大変だったに違いないのに、やっぱり強いな。

「それで、お前はあの後どうしてたんだよ」

 サンは村で噛みつき五郎丸とかいう犬に追われたこと、無色(むしき)の港町に着いて、人の多さと海の姿に感動したこと、こっぴどく人足の少年たちに歓迎を受けた後に、師匠に拾われたこと。そして、その師匠と周りの人々のおかげで今の自分があることを話した。

「ライガは? 脱走後の計画は聞いてなかったと思うんだけど」

「いろいろあった。それだけだ」

 重い石を落とすようなその声は、拾うことを許さないものがあった。


 戦神(いくさのかみ)が祀られた龍人の祠に着いたのは、それから数日後だった。

 曇り空の間から地に差し伸べられる光の柱が、湖の中心にひっそりと佇む東屋ほどの大きさの社を照らし出している。目の前にあるのに、桟橋に足を踏み入れれば同じようには戻れない神秘的で危険な静けさ。風は穏やかに澄み、水面を撫でて森へと還る。その粛粛な姿に、一行は言葉を失いしばらく佇んだ。

 突如響いた手を叩く音に、サンは不快な表情を向けた。皆も同じように振り向く。そこには、並の男と同程度の背丈で、凛としているよりも刃物に近い、雪と風を切り裂く峰の頂のような女が立っていた。黒い戦装束を纏った姿は紛うことなき戦士の出で立ちで、長く艶やかな黒髪を高い位置で結い上げている。刀は差しておらずとも、勝てないと本能が目を逸らす。

 シーナが歩み出て、足を片方引いて異国風の礼をした。慇懃な礼を見たサンとカゲツも腰を折って頭を下げる。

「これは、皇燕将(こうえんしょう)殿ではないですか。なぜこのような場所に?」シーナは笑顔でわずかに顔を傾けた。

 皇燕将(こうえんしょう)と聞いて、サンとカゲツは眉を上げて顔を見合わせると、ぎこちなく背筋を伸ばした。ライガは腕を組んで、皇燕将の爪先から結い上げた髪の部分までを眺めた。そのライガの挑戦的な視線を、皇燕将は取るに足らない存在だと教えるかのように三人とも同じ時間をかけて一瞥する。そして射抜くような視線でシーナを見た。

「それはこちらの問いだ、モルゲンレーテの者」

 皇燕将の無表情な声に、シーナは手を後ろに組んで姿勢を正した。

「わたしは応援の見回りです。途中でこの子達と会ったんです」

「そうか」皇燕将は短くも十分すぎる時間をかけてシーナの笑顔を見据えた。まるで仮面を剥がさんと言わんばかりに。そしてふと射抜くような目の光が消えたと思うと、踵を返して森の中へと歩いて行ってしまう。だが、唐突に足を止めてゆっくりと肩越しに四人を振り返ると「ついてこい」と言った。

 シーナはすでに前を向いて歩いている皇燕将の背中に再び礼をすると、「わたしは任務に戻るわ」と小声でおどけたような笑顔でサン達に言い、呼び止める間もなく森の中へと消えてしまった。

 森の中だというのに颯爽と歩く皇燕将(こうえんしょう)にサン達三人はついていくと、森の中にぽっかりと空いた空間に出てきた。無地で簡素な天幕が幾つか張られた野営地だ。そこには見慣れた顔があった。漣家の氷海に、朱雀家の鬼火、そのほか五爪城にいた戦技大会出場者達が、食事をしたり、意味もなく木の枝を短刀で削ったりと思い思いに過ごしている。結局、皆も烈刀士(れっとうし)になることにしたらしい。

 サン達が入って来たことに気づいた者は、決まってライガをじっくりと見た後にサンとカゲツを流し見た。特選枠で優勝者と並べばそうなるよなと、サンは心の中で苦笑いをした。

「なんだ、あんたも烈刀士になるのかよ。あんなデカい口叩いてたのに」鬼火が相も変わらず強気な物言いでライガの前に立ちはだかる。

 ライガは鬼火を見下ろして一歩近付いた。「実力隠して格下とやりあう女狐が仲間たぁ心強えなぁおい」ライガは近すぎる距離で鬼火の顔を見下ろす。

 ライガを見上げる鬼火の顔がみるみる赤みをましていく。怒っているのか照れてるのか、どっちかな。サンは呑気に笑った。

 鬼火が何かを言おうと口を開こうとして、皇燕将の「もう烈刀士になったつもりか」という鋭く淡々とした言葉に皆が黙り手を止めた。

 野営地にいる大会出場者の全員が皇燕将の方を見る。鬼火だけは子供っぽく視線を逸らしていた。

 皇燕将は愚弄するかのように鼻で嘲笑った。「お前達はまだ烈刀士ではあらぬ。これより試練を授ける。龍人様の祠に辿り着けた者が烈刀士就任の儀を受けることが許される。受からなかった者は自らの國に帰るか、妖魔の森でのたれ死ね。ここまできて國に帰るよりは死んだほうがましであろう」

 長旅に疲れた新人達の顔には、それぞれの表情が浮かぶが、そのどれもが困惑と怒り滲ませていた。

「お前達も知っておるだろう。流浪の身や、少し腕がたつ愚者が元烈刀士などと戯言を口にする者達がいることを。あいつらはこの試練から逃げた軟弱者、屑だ。この試練に落ちれば、名誉を失い國に戻る。軍はそんな屑を迎えはせん」

 皇燕将は出場者達の死んだような顔を気にとめる様子もなく、いきなり数人を指名して龍人の祠へと向かわせた。

 サンは、淋しくなっていく野営地で、木箱に寄りかかり空を見上げた。

 皆を守るために、この試練を乗り越えなければ。そう心の中で呟き、目を閉じた。

 しばらくして、野営地に傷だらけの男が一人だけ帰って来た。頭を丸めているこの男は白鬼の特選枠の人間だ。だけど、戻ってきたということは……。

「なにゆえか皇燕将様! あんな試練突破できるはずがない!」

 白鬼(びゃっき)の特選枠の男は三十は齢を重ねているだろう。その逞しい男が、半分泣きながらそう叫んだ。皇燕将は酷いくらいに冷たい眼差しを向けている。

「あれを超えられぬお前は弱い。屑は不要だ、去れ」

 白鬼の男は言葉の代わりに、何を思ったのか刀の柄に手を置いた。皇燕将の目が狂気じみた期待の微笑を、光をおびる。

「拙者は家名を背負ってここにきている! 人手不足だというから志願してやったというのに! 後釜の将の分際で——」

 最後の言葉と同時に男は刀を抜き放つ。だが、その刃が皇燕将に届くことはなかった。頭を無くした白鬼の男の体が独りでに崩れ落ちたからだ。白鬼の男の頭は、悔しさに歪んだ表情のまま、朱色の空気の手に掴まれていた。これは、鬼火が戦技大会で使った技を同じだ。

 皇燕将は腕を組んだまま、朱色の羽衣を纏っていた。体をなめるように朱色の気が揺らめいている。それが肩から形を成して薄い炎のような腕となり男の頭を鷲掴みししているのだ。その蜃気楼のような羽衣の腕で、どうやってか男の首を断ち、まるで虫を捻るようにして殺したのだ。

 次の瞬間、男の頭は鈍く砕ける音と共に、果物さながら飛沫を上げて砕け散った。

「次、お前」

 皇燕将の揺らめく羽衣の腕に指されたサンは、浮つく足を叱咤しながら立ち上がった。

 ライガとカゲツの俺の心を窺うような視線に、サンは沈黙で応えると、己の二本の刀を確かめるように握って野営地を後にした。

 戦神を祀る龍人の祠がある湖畔には、さきほどの澄んだ姿はなかった。湖の中央にあるはずの祠どころか、湖全体に濃霧が立ち籠めて桟橋の板五枚先すら見えなくなっている。これは妖魔の森による不可思議な現象なのだろうか。少なくとも、この霧に善意は感じられなかった。

 サンは桟橋を渡り始めると、すぐさま異変に気がついた。風もないのに霧が動き始めたのだ。サンを呑み込まんと霧の壁が押し寄せてくる。顔や首に水気が纏わりつく感覚に口を歪ませた。サンは後ろを振り返るも、すでに後ろにも霧が回り方向感覚を失う。沸き上がる不安をねじ伏せようとしゃがみ込み、桟橋に突いた手の感触に眉を顰めた。

 桟橋じゃない。これは、土の地面……?

 そう認識した途端、霧が意識を持ったかのように遠のいていき、俺は広々とした空間に立っていた。

 ここは……。

 忘れるはずがなかった。雪があちこちに積もった無色の町の港。桟橋が並び、俺の横に突き立った散り桜の彫りをもつ刀。夕黒の刀だ。

 ここは、夕黒がキリ師範に斬られた場所。

 師匠の最後の場所だ。

 見たくないと拒絶する心の叫びが矛盾する力によって首を後ろへ向かわせる。師匠が倒れていた方へと。だが、そこに師匠の死体はなかった。思わず笑いがこぼれる。

「安心したのか?」

 すぐ横から少年の甲高い声がして振り向くと、そこには目のない窪んだ眼窩から、まだ臭い立つ血の涙を垂れ流す少年が、笑みを浮つかせて立っていた。

 サンは数歩後ずさり、少年のそのおぞましい姿から目を離そうとして顔を背けるが、瞠いた目でどうしても見てしまう。目がないはずなのに、俺を見ている。

 この少年の着ている厚手の着物には見覚えがあった。あれはロジウスおじさんに金子を足してもらい、やっと買った木綿の着物。そうか、あれは俺なのか?

 少年は笑みをそのままに、地面に倒れ込むようにして走ってきた。目を失い血の涙を流すその醜い少年を相手に、サンは無心で腰の刀を抜いた。

 少年は走りながら地面に突き立った散り桜躍る刀を手にとると、そのままの勢いで斬りつけてきた。サンはそれを躱して距離をとる。

 少年が一刀流の吊り劔の構えでこちらを見ている。相変わらず笑みはそのままだ。

「お前はなんだ?」サンは震える声でなかば叫ぶように言った。

 少年は笑みを消す。

「なんで怒った?」問うてくる少年が再び斬りかかってきた。理解できない少年の言葉の意味を眼窩の中に探すも、そこにはなにもない。なおも少年は斬りかかってくる。

 少年の意味不明な問いかけに困惑しながら、サンは少年を蹴り飛ばした。

 倒れた少年は手も使わず、なにかに引っ張られる傀儡のようにして地面に立った。その異様さにサンは息を呑む。

「なにを言っているのかわからない。これが試練なのか? お前はなんなんだ?」

「お前だよ」少年の声は、俺のものに変わっていた。「だれかを守りたい」俺の心の声である信念を、俺と同じくらい熱を籠めて言った。だが、少年はけたたましく嘲笑う。「嘘だ、嘘つき」

 少年のその言葉に突如沸いた怒りは、続いた少年の言葉に剥がされた。

〝なんで死にやがったって思ったじゃないか〟

 サンは自分の呼吸を呑み込んだことに冷たい衝撃を覚えながら、それでも一歩前に出て噛みつくように言う。

「なに言ってんだお前。そんなわけないだろ」

 少年は肩をあげておどけてみせた。

「そんなわけない? 心当たりがあるんだろう。そうなんだよ。だってお前が言ってるんだもん。俺はお前だからわかるんだ」眼窩からは、問うてくる視線があった。「逃げて逃げて、大切な人の想いからも逃げた」少年はまたも笑った。「自分ばっかり」

 サンはなにも言い返すことができずに、地面に視線を落とした。

 そうだ、俺はライガを見捨てて逃げた。だから、強くなるって決めたんだ。それでようやく居場所ができたと思ったのに、師匠は勝手に死んでしまった。自分を犠牲に、俺が望んでない未来のために。俺は一緒にいたかっただけなのに。見てて欲しかったのに……。

 力が湧いてくるのを感じて、サンはそれを振り払おうとして荒々しく息を吐き出した。

「そうそう、それ!」少年が嬉しそうに刀を向けてくる。「だけど、残念なんだ」小さな俺は胸が痛むのか掴んで下を向いた。「〝誰かを守るために犠牲は出させない〟なんて綺麗ごと言って、自分を騙して、俺を閉じ込めるんだからさ」

「自分を騙す? 違う、俺の信念だ。誰かを守ろうとして犠牲が出れば誰だって悲しむんだ。誰かに悲しい思いをさせて、どうして守れたって言える。それは俺が死んだって同じだ。俺が死んだせいで誰かに罪悪感を背負わせたら、そんなのは守れてないのと一緒なんだ!」サンは目を上げて堅く言い切った。

 本当に? 少年は首をかしげてそう問いかけてくる。血が脈打ち流れる眼窩から俺を覗き見るように近づいてくる。

「ならなんで、誰かを守るって考えるより、二人が死んだときのことを考えた方が、力が出るんだろうね」少年のあるはずのない目が何かを思い出すように動いた気がした。「俺は知ってるんだよ、だって俺はお前で、お前は俺だから」

 サンは刀を突き出して、少年の歩みを止めようとする。それでも少年は近づいてくる。遂に刀の鋒が少年の胸に当たる。サンは後ずさるも、少年は体に突き立つのも構わず足を進める。

「くるな、くるな! 俺は俺だ。俺は犠牲を出さないほど強くなるんだ」

「だから、その力の出どころはどこなんだよ。お前はそれを見ないようにしてるじゃないか。〝俺〟を見ないようにしてる。だから弱い」少年はなおも歩み続けた。サンは一思いに刀を突き出す。まるで種の入った麻袋を刺すような感覚は、まるで手応えがない。

「お前は俺じゃない。偽物だ」サンはそう言って、突き刺した刀を離して震える手を握った。「俺はお前の言うような人間じゃない、俺は誰かを守るために……」

 少年がゆっくりと笑みを広げた。

「〝お前の言うような〟ってなに?」サンは息を呑んだ。「ほーら、お前はわかってる。誰かのためなんかじゃない。失ったものに対して自分が傷つきたくないだけなんだ」少年は自らの胸に突き立った刀を抜いて、サンに差し出す。「いいんだ、そんな自分を受け入れていいんだ。人にはみんな同じ強さがあるわけじゃない。お前の強さはそれで、それは俺なんだ」

 サンは背中に壁を感じて振り返るも、なにもない。頭より下が土にでもなってしまったかのように体が動かなくなったのだ。視線だけが、なにかに引っぱられて少年へと向いてしまう。

「助けてくれるはずのライガが死んだとき、悲しかったけど勝手に死んだことに怒りを抱いたんだ。その怒りのおかげで立ち上がれたじゃないか。師匠が死んだとき、ずっと一緒にいてくれると思ったのに、俺のために勝手に命を捨てたことに怒りが湧いただろう?」

 サンは喘ぐように息を吸い、首を振る。

 少年はサンを見上げて、包み込むように優しく顔を綻ばせ、頬にそっと手を触れた。醜いはずなのに、ぬくもりを感じる。

「いいんだよ。それがお前の力なんだから。自分を守っていいんだ。俺が守ってやるから、俺になれよ」

 胸の中にあった何かが崩れていく。こいつの言う通りだ。俺は、あんな悲しい思いはしたくなかっただけなんだ。奴隷でいれば、あんな温もりを知ることなんてなかったのに、ライガは俺を連れ出して、勝手に死んだ。本当に悲しかったんだ。師匠は俺に温もりを教えてくれた。知らなければ苦しむことはないのに、勝手に死んで俺を置いていった。

「お前の……言う通りだ」サンは少年を見つめる。少年の眼窩の闇は甘かった。「俺は自分のことだけを考えて、守りたかっただけなんだ。ただ、愛ってやつが欲しかった」

 少年はゆっくりと、優しく頷き、サンの首に手を伸ばす。

「だから、ありがとう」サンの言葉に少年の手が止まる。「おかげで、人の想いを見つけることができた」少年はサンの言葉の意味を知ろうと眉を顰める。そんな顔にサンは微笑んだ。「師匠やライガの気持ちを俺は見てなかったんだ。俺のためにそそいでくれた愛ってやつを」

 少年が獣のように啀む。サンから離れると手に持った刀を向けてくる。サンは自分の体が動くことに気づき、自分の刀を構えた。

「それでも俺は俺、お前が言う俺も俺なんだ。受け入れるよ。それで、師匠のような強い人になる。愛で誰かを守れる、本当の強さを持つ人に」

 少年が歯を剥き出しサンに斬りかかる。サンは少年を刀ごと一刀両断に斬り捨てた。

 地面に落ちた少年の顔が笑う。

「俺はいつでもお前の中にいるぞ」

 サンは「わかってる」と優しく応えると、刀を鞘に戻し目を瞑る。

 風を感じて目を開けると、湖の桟橋に立っていた。霧はいずこへ、すっかりと晴れ渡っていた。


 祠のある湖の中央の島は、人が十人立てればいっぱいになる小さな場所だった。そこに色も塗られていない小さな社が建っている。祀られているのは、刀を振りかざした姿を精巧に彫って表現された銀色の人形だった。浮き立つ羽衣を身に纏い、清廉な顔で刀を構えるこれが戦神の像か。

 大きくはないが、街道に祀られる旅祈願の社よりかは大きい社を見上げる。基本的には木造だが、戦神の祀られている場所は白くてすべすべとした石でできていた。白い石は表面が陽の光を浴びて、虹色の輝きを可憐にちらつかせている。こんな石は見たことがない。瓦は冷えて固まった溶岩で作ったかのようにくすんだ黒色をしていた。

 ヴィアドラで最も崇拝される戦神の本殿がこんなちんけな場所だとは思わなかった。

 サンは不満と疑問を滲ませた唸り声を出した。それより、先に試練を突破した奴らはどこに行ってしまったにだろうか。

 社の後ろに回り、地下に延びる狭い階段を見つけてサンは手を打つように眉を上げるが、すぐさま懐疑的に眉を寄せた。

 苔むした石の階段の先は暗く、埃の匂いがここまで届きそうだ。蜘蛛の巣が見当たらないのはいいが、みんなここを下りていったのだろうか?

 サンは気怠そうに長く息を吐くと、覚悟を決めて息を吸った。

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