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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十二章 決勝
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四十五話

 森の中に入った途端、息苦しくなってカゲツを見ると、やはりカゲツも苦しいのか戦装束の喉元を緩めている。身なりを気にするカゲツがここまで緊張するのも頷ける。この森は変だ。なんでこんなに……。

「こんな森、みたことない」

 カゲツの洩れでた掠れ声にサンも頷く。

 森の葉がわずかに発光しているのだ。葉脈の太い部分とでも言おうか、木々の葉の裏側が光り、森の中はわずかに緑色の燐光を帯びている。

 流れ吹く風もおかしい。四方八方から落ち着きなく吹いてきて、方角すら読み取れない。

「サン、俺はおかしくなってしまったのかもしれない。落ち着いて聞いてくれるとありがたいんだけど、葉が光ってる」サンはカゲツ言葉に頷いた。「それと、風が話してる」

 サンは頷こうとしてカゲツを見た。

「今なんて?」

 カゲツは体を硬直させて一点を見つめて耳を澄ませていた。

「ほら、ほら、話してる」カゲツはサンを見て強く言ったが、すぐに目を泳がせた。「いや、そう聞こえるだけかもしれない」

「そりゃそうだ」サンは軽い笑いを必死に転がした。「風が話すかよ。なんで話すんだよ」サンは唾を一つ飲み込むと、目だけをカゲツに向ける。「なんて言ってたんだ?」声が揺れなくてよかった。

「信じてくれるのか。なんて言ってるかはわからないけど、騒いでる。それも四方八方から聞こえてくるんだ」

 四方八方から吹く不可思議な風、これ全部がカゲツには話してるように聞こえるのか。それは頭がおかしくなったと疑うだろうな。だけど、こんな変な感覚をさせる森だ。ありえるかもしれない。

「いや、ありえないことだよね。サン、行こう!」

 カゲツが急に笑い始め、急に黙ったと思ったら歩き始めてしまう。

 サンはカゲツと森の両方に気を張りながら歩く。暑くもないのに汗が頬を撫でていた。


 緊張の中、腹が減ってきて歩きながら握り飯を食べていたサンは、横目に映り混んできた影の正体を確認することなく刀を抜き、そのまま一振りすると、影は大きいものと小さい物に別れて地面に崩れ落ちたのを視界の端に収めて、握り飯を捨ててもう一本の刀を抜いて吊り劔の構えをとった。横でカゲツが慌てて刀を抜くのを感じながら、サンはその影に目を落とす前に周囲を観察した。物音一つしない。

 素早く地面に落ちた影を見ると、滑りけのある液体が森のわずかな光を反射していた。間違いなく血だ。しかも、この光沢は五爪城(ごそうじょう)で見たものと同じ黄金だった。人のそれとは似ても似つかぬ異形の証。

「妖魔だ」

 サンの短い言葉を愚弄するかのように、甲高い笑い声が周囲から聞こえてきた。森はそんなに暗くはない。少し遠くまで見渡せるくらいの明るさはあるというのに、妖魔の笑い声は遠かったり近かったりと居場所が掴めない。

「サン!」

 サンはその叫び声に振り返ると、カゲツが新手の一体の妖魔の体に刀を食い込ませ、必死に力で押さえようとしているのを見た。

 なぜあんな危険なことをしているのか、ひやりと背筋に嫌なものが走る。だが、自分が緊張から知らぬ間に気を練り上げて、刀を抜いた拍子に剣気を使ったことを理解すると、サンは切羽詰ったカゲツに叫ぶ。

「カゲツ、剣気だ!」

 カゲツはこともあろうか刀を手放し、刀が食い込んだ妖魔はそのまま黄金の血を剛毛ににじませたまま、森の中へと逃げて行ってしまった。

 まじか。刀離したらそうなるって。サンはらしくないカゲツに沸いた刹那の怒りを冷静な焔として剣気に変える。

「カゲツ、俺の後ろ側を見てくれ。それと焦らずに剣気を使うんだ」

 カゲツが後ろに立つと、妖魔たちの甲高い笑い声が一段低くなった。

「行けるか?」

「あぁ、すまなかったよ。もう大丈夫。あいつら、俺の刀が食い込んでも生きてるなんてね。ああいう奴らなんだ……割り切れた」

 それはそれですごい、と思いながらサンは意識を集中させた。

「サン、俺の方は大丈夫だから、そっちを頼んだ」

「お前素手でどうするんだよ。気でも狂ったのか?」一瞬ライガのことが頭をよぎり、サンは息を呑んだ。そんな無茶をすればお前は。「無理だ、俺がやるから、お前は奴らの場所を教えてくれるだけでいい」

 カゲツが笑った。とうとうおかしくなったな、と思い短く振り返ると、カゲツは顔の前で数本の指を立てていた。

 あれは、印だ。

「前の時のようにお前だけにいいところをもってかれちゃね。今度は俺だってやれる」

 サンは不安ながらもカゲツに背中を預けると、目の前の木の陰から飛び出してきた妖魔に向かって、花びらのようにひらりと腰を落として斬りかかった。

 僅かな抵抗、それも嫌ではない手応えとして腕に伝わってくる。気付けば妖魔達がバタバタと地面に転がっていた。こんなにも命は呆気無いのか。そう考えた途端、無心で渡っていた橋が崩れるように集めていた剣気がほどけて消え、刀が妖魔の腕に食い込んだ。

 腕に刀を食い込ませた妖魔の顔、人のようなそれは皮膚が爛れて半分腐ったようで皺だらけだった。その顔が、黄色い歯をゆっくりと見せた。笑ったのだ。

 腕から全身に駆け上がる悪寒は時を止めたかのようだった。鳩尾に強烈な衝撃と熱を感じながら吹き飛ばされ、地面を三回ほど転がるもすぐさま立ち上がる。

 なにやってんだ俺は。だけど大丈夫だ、痛みも何も感じ――。

 そう思った途端、膝から力が抜けていく。刀を食い込ませた妖魔が、無事な腕の方で俺を突き飛ばしたようだった。衝撃を受けた鳩尾が熱い。燃えているのか。内側まで熱くてたまらない。

 触ると濡れていた。真っ赤だった。カゲツが何か言っている。なんだあいつ、印をしている腕を振るうだけで妖魔を斬ってるじゃないか。すごいじゃんカゲツ。

 あぁ、駄目だ。こんなにも体が燃え上がり、金槌で叩かれているような痛みとも似つかない衝撃を感じているのに、なんで眠いんだ。

 森の中が白い稲妻のような閃光に何度か染まり、炎の塊まで踊っていた。まずいものまで見えてきたようだ。顔の横が冷たい。なんだよ、いつの間に地面に顔をついてたんだろうか俺は。瞼を必死に開けているのに、視界が暗くなっていく……。



 震えながら空気を吸い込み、無理矢理肺が広がる感覚に悪態を突こうとして、鳩尾から生まれた鈍痛が骨の髄まで震わせて呼吸が止まる。

 どうやら俺は気絶していたのかもしれない。いつ気絶したのかも覚えていないが、森の中で太陽が見えるのだから、さっきまでいた場所ではないはずだ。

 眩しすぎる陽光に目を瞬かせて、かざしていた手をどけると、それは太陽ではなかった。銀色の長杖、その先端にある菱形の宝珠から放たれているのだ。これはシーナさんの杖だ。

「やっと目を覚ましたか。お前はやっぱり俺がいねぇとだめか。来て正解だったぜ」

 サンは聞き覚えのある声とその顔を見て、驚きに二回連続で息を吸った。辺りを見回し、吸えない息をまた吸おうとする。

「ライガ、シーナさん、なんでここに? あ、カゲツは?」

 ライガが目を上げた。急ぎ足なのだろう、慎重さのかけらもない足音が聞こえて来た。

「サン! よかった、無事だったのか」カゲツは咳払いをして腰に手を当てた。「こんなところで寝るなんて、そのずぶとい神経だけは天下一かもね」

 サンは笑いをこぼし、痛みに顔を歪めた。

「まだ横になっていた方がいいわ。治療が終わって三時間ほどだけど、まだ痛むはずだから」

「シーナさん。なんでここに? 前線に行ったんじゃ」

 ライガがシーナに鋭い視線を向けると同時に、思い出したかのようにシーナの手から杖をひったくった。シーナは抵抗することなく、呆れたように眉をあげてサンを見る。

「わたしはただ森を散策してただけなのに」

 ライガが立ち上がり、そう言うシーナを見下ろす。その目には敵意が籠められている。

 なにがあったんだろうか。サンはカゲツに助けを求めるように目を向けたが、カゲツはお手上げだと言うように首を振り、腕を組んで傍観に入った。

「なにが散歩だ姉ちゃんよ。こいつらのこと知らないと最初に言ったのに、どうやら知り合いみたいだな。他になにを隠してる? 前線に行くはずだったっていうのにここにいるってのはどういうことだ? ヴィアドラ人はそんな武器使わない。あんた、見た目は俺らとそっくりだが、モルゲンレーテの人間だな」

 沈黙が流れた。なんて居心地の悪さだ。ライガとシーナさんとの再会は嬉しいのに、二人は険悪で、シーナさんもシーナさんで嘘をついている。ライガの反応はもっともだげど、それでも知り合い同士がこんな状況なのは嫌だ。

「みんな、ごめん、俺ついていけないんだけど」

 シーナがため息をついた。こんなにも上品で面倒くさそうなため息があるのか。

「いいわ、少し説明してあげる」

 そう言ったシーナさんはこの森を歩いていた経由を教えてくれた。

 砦から南に広がる妖魔の森は、四國(よんこく)の領土ではなく烈刀士(れっとうし)の管轄とされている。その妖魔の森の西には蒼龍ノ國(そうりゅうのくに)巖亀ノ國(がんきのくに)があり、烈刀士は妖魔達が四國の方へ行かないように駆除をする役目も担っているのだった。だが、最近砦で起きた大きな戦いで、南の要員を前線に回すことになり、巡回する手が足りなくなった。最初こそ烈刀士と肩を並べて戦っていたモルゲンレーテだったが、蒼龍将が戻ってくるなりモルゲンレーテ星官(せいかん)達は問答無用で南の森の巡回へと回されることになったのだという。

「鵜呑みするのよくねぇな。異人どころか、同じ國のもんすら信じるには早すぎる。ほいほい腹に入れれば、こいつらは蛆のように腑食い漁って、気づけばこっちは死んでる」ライガは吐き捨てるように言い、サンとカゲツを短く見た。「だいたいなんでサンと、カゲツだったか? お前らはこの女を信じるんだ」

 サンは体を起こしているのが辛くて横になった。シーナが患部に手をかざそうとしたのをライガが一瞬止めようとしたが、腕を組んでそれをやめた。

「サンは話せないだろうから、俺が説明するけど」カゲツはサンとライガの目を見て同意を見て取ると言葉を続けた。「シーナさんは、サンと俺に気の練り上げ方、使い方を開花させてくれた人だ。俺達が頼み込んでやってもらったんだ。無償でね。そんな人いるかい? 師範代も頑張って教えてくれていたけど、簡単なものじゃない。そんな大変なことをやって、この人にはなんの利益もないのに」カゲツはシーナと目が合うと目を逸らして会釈した。そして腕を組んでライガを見た。「疑うのはわかるけど、大概にしておいたほうがいいと思うけどね」

 ライガは静かにカゲツを見る。サンは心の中で止まぬため息をついた。なんだってカゲツはあんな物言いするのだろうか。

「一言がよけいだなお前は。まぁいい」ライガはカゲツに一暼くれるとシーナを見た「あんたは、なんでこいつらに神秘を教えたんだ?」

 シーナは意味ありげにライガを数秒みると、一つ笑みを浮かべた。

「神秘ね……。そうね、出来心ってものかもしれないわ。世界の未来を想っての行動とでも思ってくれて構わないわよ。それよりも、ライガ君だっけ。言葉使いには気を付けたほうがいいわよ。ヴィアドラ人は〝神秘〟なんて言わないから」

「話をそらすな女狐が」ライガが微笑むシーナに啀む。

 サンは無理して起き上がり、シーナとライガを睨んだ。

「もうやめよう。それより、俺達にはいかないといけない所があるんだ」

 サンはそう言って、最大の疑問を口にした。

「それより、ライガはなんでここにいるの?」

 全員が疑問と言う名の純粋な視線をライガに向けた。ライガは、五爪城(ごそうじょう)であの五爪達と烈刀士将(れっとうししょう)に面と向かって外の世界に出ると豪語したのだ。

 硬直したまま三人の顔を見るライガのその姿は、どことなく面白くサンは弱々しく笑いながら横になった。

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